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	<title>番外編：日本映画に未来はあるのか？ へのコメント</title>
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	<description>フリージャーナリストの中岡望がアメリカの経済や政治について斬新な視点で書くブログ</description>
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		<title>水無月 より</title>
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		<dc:creator>水無月</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 24 Aug 2005 03:51:23 +0000</pubDate>
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		<description>はじめまして、大変興味深く読ませて頂きました。残念ですが、確かに最近の日本映画に見るべきものは少ないと思います。

先日、「ヒトラー・最後の12日間」という映画を見ました。とても見事な映画でした。シリアスな緊張感と息詰まるリアリティがあり、兵士や民間人がボロ雑巾のように死んで行き、最後はヒトラーも死にますが、｢死｣にしつこさというか、重苦しさが少なく、しかも暗い映画にもかかわらずストーリーが非常に面白く、かつ戦争の悲惨さ、無惨さがまざまざと伝わってくる作品で、見事としか言いようが無いものでした。しかし、同じ敗戦国・日本で、仮に「終戦・最後の12日間」とかいうような映画を作ったとして、同じような名作が出来るかと言えば、多分無理なのではないかと思います。その理由の一端として考えられるのは、これはあくまで私の主観なのですが、日本人の特異な死生観なのではないでしょうか。

以前、ホリエモンことライブドアの堀江貴文社長が「実は僕は、自分は死なないと思っている」などと発言して白い目で見られていましたが、実は多くの日本人は本質的には彼と同じように考えているのではないでしょうか。国民みなが、自分の「死」について真剣に考えようとしない。以前、「死生学」というのを習った事がありますが、自分が死ぬという当たり前のことを前提として若いうちから人生設計を行っている人は、日本では非常に少ないように思われます。人間に限らず、生物は皆、生まれた瞬間から死に向かって時を刻み続けているものなのですが・・・。

「仕方ない」と言って何もしないのも、そのあたりに原因があるのではないでしょうか。自分がいつか死ぬという前提に立てば、仕方ないなどとは言っていられなくなります。ところが、多くの日本人は心の中で自分だけは不老不死だと思っているから、待っていればそのうちいい状況が巡ってくるさ、という奇妙な楽観論に浸っているのではないでしょうか。

話が逸れてしまいましたが、こと戦争を舞台にしたものでは、死というのは絶対に外せないものです。ところが、日本映画では死と言うのが異常で、普通は自分には関係無いものとして描かれているため、死というのが必要以上に暗くて重苦しいものになってしまい、死というシーンにいやでも向き合わざるを得ない戦争映画は、息がつまりそうな重苦しさに満ちたものになっていまっているのではないか・・・私の推論で、根拠も何も無いのですが。

もしそうだとしたら、やはりその原因は宗教観にあるのでしょうね。キリスト教にしろ仏教にしろ、死後に天国や極楽浄土に行ける事になっているわけで、その分、死に対する恐怖が薄れる事になるのでしょう。日本人は実質、ほとんどの国民が無宗教ですから、国民全員で死に対して目と耳を塞ぎ、自分に関係が無い事にしておかないと恐怖で押しつぶされてしまうのでしょう。

ただ、個人的には日本映画にも望みはあると考えています。まず一つ目の理由としては、日本人の評価能力の低さでしょう。黒澤監督の作品にしろ、宮崎アニメにしろ、現在素晴らしいといわれているものはいずれも海外から評価されて、国内で評価が高まったものです。日本人に良い物を見る「目」が無いとすれば、将来日本映画界をひっぱる逸材が「海外の」評論家の評価を待って、眠っているとも考えられます。これまでそうであった以上、これからそうでないという理由はどこにもありません。日本人としては、少し情けない話ではありますが・・・。

もう一つは、実写はともかくとして、アニメ・ゲーム分野における日本の圧倒的な強さです。映画はともかくテレビ放送ワクにおいては、シェアの65％を日本アニメが握っているというのを聞いたことがあります。テレビゲームも、海外勢が躍進しているとはいえ｢本家｣の日本勢はまだまだ国際競争力を持っています。こういった商業主義的性格が強いものが「文化」と言えるか議論はあるかもしれませんが、例えば現スクウェア・エニックス(旧スクウェア)の「ファイナルファンタジー」シリーズは毎回、海外で数百万本、金額にして200～300億円売り上げています。少なくとも「妖怪大戦争」よりは国際競争力の点で期待を持っていいのではないでしょうか。

PS・もしもう見ていたら申し訳ないのですが、劇場用アニメでは新海誠監督の「ほしのこえ」「雲の向こう　約束の場所」が個人的にはお勧めです。日本アニメ界の新たな息吹を感じさせます。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>はじめまして、大変興味深く読ませて頂きました。残念ですが、確かに最近の日本映画に見るべきものは少ないと思います。</p>
<p>先日、「ヒトラー・最後の12日間」という映画を見ました。とても見事な映画でした。シリアスな緊張感と息詰まるリアリティがあり、兵士や民間人がボロ雑巾のように死んで行き、最後はヒトラーも死にますが、｢死｣にしつこさというか、重苦しさが少なく、しかも暗い映画にもかかわらずストーリーが非常に面白く、かつ戦争の悲惨さ、無惨さがまざまざと伝わってくる作品で、見事としか言いようが無いものでした。しかし、同じ敗戦国・日本で、仮に「終戦・最後の12日間」とかいうような映画を作ったとして、同じような名作が出来るかと言えば、多分無理なのではないかと思います。その理由の一端として考えられるのは、これはあくまで私の主観なのですが、日本人の特異な死生観なのではないでしょうか。</p>
<p>以前、ホリエモンことライブドアの堀江貴文社長が「実は僕は、自分は死なないと思っている」などと発言して白い目で見られていましたが、実は多くの日本人は本質的には彼と同じように考えているのではないでしょうか。国民みなが、自分の「死」について真剣に考えようとしない。以前、「死生学」というのを習った事がありますが、自分が死ぬという当たり前のことを前提として若いうちから人生設計を行っている人は、日本では非常に少ないように思われます。人間に限らず、生物は皆、生まれた瞬間から死に向かって時を刻み続けているものなのですが・・・。</p>
<p>「仕方ない」と言って何もしないのも、そのあたりに原因があるのではないでしょうか。自分がいつか死ぬという前提に立てば、仕方ないなどとは言っていられなくなります。ところが、多くの日本人は心の中で自分だけは不老不死だと思っているから、待っていればそのうちいい状況が巡ってくるさ、という奇妙な楽観論に浸っているのではないでしょうか。</p>
<p>話が逸れてしまいましたが、こと戦争を舞台にしたものでは、死というのは絶対に外せないものです。ところが、日本映画では死と言うのが異常で、普通は自分には関係無いものとして描かれているため、死というのが必要以上に暗くて重苦しいものになってしまい、死というシーンにいやでも向き合わざるを得ない戦争映画は、息がつまりそうな重苦しさに満ちたものになっていまっているのではないか・・・私の推論で、根拠も何も無いのですが。</p>
<p>もしそうだとしたら、やはりその原因は宗教観にあるのでしょうね。キリスト教にしろ仏教にしろ、死後に天国や極楽浄土に行ける事になっているわけで、その分、死に対する恐怖が薄れる事になるのでしょう。日本人は実質、ほとんどの国民が無宗教ですから、国民全員で死に対して目と耳を塞ぎ、自分に関係が無い事にしておかないと恐怖で押しつぶされてしまうのでしょう。</p>
<p>ただ、個人的には日本映画にも望みはあると考えています。まず一つ目の理由としては、日本人の評価能力の低さでしょう。黒澤監督の作品にしろ、宮崎アニメにしろ、現在素晴らしいといわれているものはいずれも海外から評価されて、国内で評価が高まったものです。日本人に良い物を見る「目」が無いとすれば、将来日本映画界をひっぱる逸材が「海外の」評論家の評価を待って、眠っているとも考えられます。これまでそうであった以上、これからそうでないという理由はどこにもありません。日本人としては、少し情けない話ではありますが・・・。</p>
<p>もう一つは、実写はともかくとして、アニメ・ゲーム分野における日本の圧倒的な強さです。映画はともかくテレビ放送ワクにおいては、シェアの65％を日本アニメが握っているというのを聞いたことがあります。テレビゲームも、海外勢が躍進しているとはいえ｢本家｣の日本勢はまだまだ国際競争力を持っています。こういった商業主義的性格が強いものが「文化」と言えるか議論はあるかもしれませんが、例えば現スクウェア・エニックス(旧スクウェア)の「ファイナルファンタジー」シリーズは毎回、海外で数百万本、金額にして200～300億円売り上げています。少なくとも「妖怪大戦争」よりは国際競争力の点で期待を持っていいのではないでしょうか。</p>
<p>PS・もしもう見ていたら申し訳ないのですが、劇場用アニメでは新海誠監督の「ほしのこえ」「雲の向こう　約束の場所」が個人的にはお勧めです。日本アニメ界の新たな息吹を感じさせます。</p>
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