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	<title>政治学者フランシス・フクヤマとネオコン：フクヤマのネオコン批判の論理 へのコメント</title>
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	<description>フリージャーナリストの中岡望がアメリカの経済や政治について斬新な視点で書くブログ</description>
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		<title>のは より</title>
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		<dc:creator>のは</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 Jun 2006 01:57:14 +0000</pubDate>
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		<description>大変興味深く読ませていただきました。「国家の罠」の佐藤優氏はネオコンの思想的バックボーンについて「あなどれない」とインタビューで答えていました。自分としてはいいわるいは別にしてアメリカの知識人たちの真摯(そう思いたい)な結論の一つと考え、注目しています。最初にネオコンという言葉を知ったのは「ニューヨーク知識人」堀邦維著という本でした。３０年代の共産主義者から８０年代にネオコンに流れていったニューヨークのユダヤ知識人たちについて書かれており、政治主義はちがっても大衆恐怖症的でエリート主義と言う点で一貫しているという指摘がありました。本文中紹介されている「アメリカン・マインドの終焉」は読んだ当時、アメリカの知識人の真摯な言葉としてとても感銘しました。２００１年にイェール大医学部に留学していたとき、医学部生同士で「君の読みたがっていた本だろう？」とクリスマスプレゼントに送っているのを見たとき、この国で読み継がれているのかなあと思いました。この作者アラン・ブルームがネオコンの父の一人、というより実際の政治に深くコミットしていたとは思ってもみませんでした。その後「ウルカヌスの群像」で、レオ・ストラトスーブルームーネオコンの線があきらかとなり、どこかにこの記事がのると必ず読むようになりました。わたしは、沖縄に住んでおりアメリカを無視した生活は考えられません。かつて「猫の許す範囲で遊ぶネズミ」と言われましたが、悔しいですが真実です。フランシス・フクヤマの今後の展開がとても気になります。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>大変興味深く読ませていただきました。「国家の罠」の佐藤優氏はネオコンの思想的バックボーンについて「あなどれない」とインタビューで答えていました。自分としてはいいわるいは別にしてアメリカの知識人たちの真摯(そう思いたい)な結論の一つと考え、注目しています。最初にネオコンという言葉を知ったのは「ニューヨーク知識人」堀邦維著という本でした。３０年代の共産主義者から８０年代にネオコンに流れていったニューヨークのユダヤ知識人たちについて書かれており、政治主義はちがっても大衆恐怖症的でエリート主義と言う点で一貫しているという指摘がありました。本文中紹介されている「アメリカン・マインドの終焉」は読んだ当時、アメリカの知識人の真摯な言葉としてとても感銘しました。２００１年にイェール大医学部に留学していたとき、医学部生同士で「君の読みたがっていた本だろう？」とクリスマスプレゼントに送っているのを見たとき、この国で読み継がれているのかなあと思いました。この作者アラン・ブルームがネオコンの父の一人、というより実際の政治に深くコミットしていたとは思ってもみませんでした。その後「ウルカヌスの群像」で、レオ・ストラトスーブルームーネオコンの線があきらかとなり、どこかにこの記事がのると必ず読むようになりました。わたしは、沖縄に住んでおりアメリカを無視した生活は考えられません。かつて「猫の許す範囲で遊ぶネズミ」と言われましたが、悔しいですが真実です。フランシス・フクヤマの今後の展開がとても気になります。</p>
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