中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/4/4 月曜日

国連改革の陰の部分:「ボルカー報告」が明らかにする国連の腐敗

Filed under: - nakaoka @ 11:45

週末の衛星放送CNNとBBCは終日、ヨハネ・パウロ2世(英語ではJohn Paul II:ジョン・ポール2世)の死去に伴う特別番組が続いていました。特別番組を見ながら高校時代に読んだ戯曲『神の代理人』(ホーホフート著)を思い出しました。第二次世界大戦中、バチカンがナチに協力したことに抗議してユダヤ人とともに自ら収容所で死を選ぶ神父の話で、ずっと書名は頭の隅に残っていました。その後、何冊もバチカンやローマ法王に関する本を買いましたが、まだ積読の状況です。もう1つ特別番組で記憶に残ったのは、ユダヤ教のラバイ(聖職者:日本語では”ラビ”と発音しますが、これは正しい発音ではありません)が語った「ユダヤ教では伝統的にセイント(聖者)はいない」という言葉でした。さてブログのことですが、最近書いた国連に関する一連の原稿は非常に良く読まれていました。日本の安保理常任理事国入りの話題があったのが理由かもしれません。そこで、もう1つの国連改革に関連する陰の部分を書くことにします。現在、国連は2つのスキャンダルに揺れています。1つはイラクの「オイル食糧プログラム」に関する汚職事件と国連職員のセクハラ事件です。

アメリカ議会では、国連に関する調査や公聴会が頻繁に開かれています。アメリカの議員は納税者に対する責任を非常に重く感じています。ですから、アメリカが国連に拠出している資金は納税者のお金であり、それがどう使われているかについて非常に高い関心を示しています。それは世銀についても同様で、国際機関を聖域とみる考えはまったくと言ってありません。日本は拠出額でアメリカに次いでいますが、国会で国連や世銀の無駄使いや非効率に関する調査や議論が行なわれたことはないのではないかと思います。順序から言えば、安保理常任理国入りの前に、アメリカ議会と同様に自ら国連の機能をチェックするくらいのことをしてもいいのではないかと思います。

イラクの「石油・食糧交換プログラム(Oil-for-Food Program)」のスキャンダルを暴露したのはアメリカのCIA(中央情報局)でした。CIAは2004年にサダム・フセインが同プログラムを悪用して109億ドルの利益を上げたという報告書を発表しました。そこから、このスキャンダルが注目されるようになり、国連職員を含む不正の可能性が明らかになったのです。スキャンダルの内容に移る前に、このプログラムのことについて若干説明します。

湾岸戦争後、国連はイラク制裁を実施し、石油売却などを厳格に規制していました。しかし、食糧や医薬品などの必需品が必要であり、それを購入するという条件で1996年に国連の安保理はイラクに石油販売を認めたのです。石油販売代金は国連の特別勘定に入金になり、イラク政府は自由に使うことができませんし、その資金も食糧や医薬品などを購入するため以外に支出は認められていませんでした。では、それがどうしてフセインの不正利得に結びついたのでしょうか。それは、このプログラムでは、石油の販売先と食糧や医薬品などの購入先を決定する権限はイラク政府にあったからです。イラク政府は、石油売却に際して最終購入者(主に石油メージャー)する前に非公然に仲介業者(ミドルマン:middlemen)を置き、そこを通して石油売却を行なったのです。その際、仲介業者に市場価格よりも安い価格で石油を販売しました。仲介業者は、それを石油メージャーに売却することで、利益を得たのです。その得た利益がキックバックとしてフセイン大統領に支払われたのです。また、フセイン政権は、最終的に石油購入先を決定する権限も与えられていました。要するに、フセイン政権は、自ら利益を得るだけでなく、影響を与えたい企業や個人を石油の買い手に選んだのです。

こうした不正の仕組みの存在を明らかにしたのは、2004年9月30日に発表された「イラク・サーベイ・グループ」の報告でした。そして、その報告書の中で、国連の石油・食糧プログラムの責任者ベノン・セヴァンが関与している可能性があることが指摘されたのです。こうした動きを受けて、アメリカの議会と政府が動き始めます。上院では「Government Affairs Permanent Subcommittee on Investigations」 などの5つの委員会や小委員会でアメリカ企業やアメリカ人の関与の調査が行なわれいます。下院では「国際関係委員会」「エネルギー商業委員会」など4つの委員会で調査が行なわれています。さらに、財務省も通商法違反行為がないかどうか調査を行っています。先にも触れましたが、日本の国会ではまったく議論がされていないようです。

こうした事実が明らかになったことで、アナン事務総長は元米連邦準備制度理事会議長のポール・ボルカーを委員長とする「独立調査委員会」に調査を委託します。同委員会は2004年10月21日に「ブリーフィング・ペーパー」を発表、さらに2005年1月9日に2度目の「ブリーフィング・ペーパー」を発表しました。2005年2月3日に「中間報告」を発表。3月29日に「第二次中間報告」を発表しています。最終報告は今年の半ばに発表される予定です。

今年の1月の「ブリーフィング・ペーパー」では、同プログラムは極めて非効率で無駄であり、不満足な仕方で運用されていると指摘し、企業や個人に対して500万ドルの過払いが行なわれていること、実際の無駄の額はそれをはるかに越えると予想されると報告しています。2月の「中間報告」では、国連で決められたルールは守られておらず、運用は公平性と信頼性に欠けていると指摘しています。さらに、国連の責任者セヴァンが「重大な利害関係(irrevocable conflict of interests)」に関与していること、すなわち友人が経営する企業に取引上の便宜を図っていた可能性があることを明らかにしています。さらに先月末に発表された「第二次中間報告」では、アナン事務総長の事件への直接の関与は否定したものの、息子のコジョ・アナン(Kojo Annan)が不正に関与している可能性があると指摘しています。彼は、同プログラムに基づいて取引を行なっているスイス企業Cotecna Inspections社の社員でしたが、同社から40万ドルの不正な収入を得ていると指摘しています。退職後も、競争相手企業に就職しないとの条件で、毎月数千ドルを受け取っていたことがあきかになっています。

さらに、この不正に関わった企業や個人は世界中に及んでいることが明らかになりました。石油購入権(バウチャー)の30%がロシア企業やロシア政府の閣僚に与えられ、15%がフランス企業やフランス政府の元閣僚などに、また10%が中国、6%がスイス企業、2%程度がアメリカ企業に与えられていることが明らかになりました。こうした企業や個人は、自らが利益を得るだけでなく、結果的に国連のイラク制裁を空洞化するために協力していたことになります。

フセイン政権は、こうして得た不当利得を使って禁止されている武器などを購入していたといわれます。中国やロシアはイラクに対して国連が禁止している武器を輸出していたと伝えられています。また、ポーランドやインドの会社もミサイル関連の部品を輸出したと言われています。

フセインが得た利益は、総額で110億ドルに達していると推定されています。中間業者からのキックバックに加え、人道的な品物の販売会社に対しても課徴金をかけていました。そうした課徴金で2億2800万ドルの不当な資金を手にしていました。国連の職員は、こうした不正を知っていて、黙認していたのです。

最終的にボルカー報告がどのような内容になるか分かりません。私の個人的な印象を含めて言えば、日本では国際機関は一種の”聖域”のような受け止め方がされていますが、決してそうではないということです。誰も機能をチェックすることなく、膨大な無駄と非効率を抱えた巨大な官僚組織でもあるのです。国際機関の官僚組織は、国内の官僚組織に負けないくらい官僚的であり、特権的なのです。だからこそ、国連の機構改革が必要なのです。果たして、国連が、あるいは他の国際機関が十分に機能を果たしているかどうか、日本政府は”納税者に対する責任”として常にチェックする責務があるのですが、残念ながら、そうしたことはあまり行なわれていないようです。国連に限らず、日本は様々国際機関に巨額の資金を提供しています。その資金がどのように使われているのか、あるいは”コスト・ベネフィット”を明確にする必要があるのではないかと思います。

そろそろ、国際機関に対する”過剰な幻想”を抱くべきではないのかもしれません。アメリカ政府の対応はやや行き過ぎた感もありますが、逆に日本の対応も過剰に甘いのではないかと思います。

1件のコメント

  1. 同感です。日本は国連や世銀などの国際機関に莫大なおカネを出しています。中岡様のように、その部分に着目するジャーナリストの方が増えるといいなあと思います。

    コメント by 為替王 — 2005年4月6日 @ 21:36

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=100

現在、コメントフォームは閉鎖中です。