尾張町の十文字~その2~

「君、今どこにいるの?」浅田さんからの電話に思わずソファーから立ち上がった。広いラウンジを見渡すと、居るではないか、4、5人の記者らしきグループに囲まれた浅田さんがこっちに向かって手を振ってくれていた。今日は沢山の取材を受けているようだ。そしてついに私の順番となった。与えられた時間は30分。記者と入れ替わりで席に着くと早速、インタビューを開始した。神田で生まれ育ったという浅田さんにとって銀座は庭のようなものらしい。私が知らない昔の銀座の話を小説ではなく、それを書いた浅田さんが目の前で話してくれている。なんて幸運なんだろう!感動しながらも話は自然と小説「地下鉄に乗って」へと展開した。「私、あのお話がとても好きなんです。」そう言った時、浅田さんの目が輝いた。「あれ、いいでしょう!」どうやら浅田さんにとってもお気に入りの一冊だったようだ。「和光の前の交差点はね、昔は尾張町の十文字って言ったんだよ。」と、懐かしそうに子供の頃の銀座の思い出を語ってくださった。「地下鉄に乗って」は1995年に吉川英治文学新人賞を受賞した作品。そしてこの日は2003年の吉川英治文学新人賞授賞式の日だった。私のインタビューの後、浅田さんは審査員としてその会場へと向かわれた。思えば、このインタビューが決った時、立ち寄った銀座の本屋で偶然手にとった「地下鉄に乗って」。なんだか不思議な巡り合わせを感じた。

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