中岡望の目からウロコのアメリカ

2011/7/19 火曜日

米国の労働組合運動の最新事情:保守化の逆風に晒される労組

Filed under: - nakaoka @ 1:40

アメリカの保守化は政治や経済、社会に留まりません。労働組合運動も激しい保守化に直面しています。ニューディール政策でアメリカの堂々組合運動は大きく前進しました。1935年に会社の労働組合運動への干渉を禁止したワグナー法が成立し、国家労働関係委員会(National Labor Relations Board)が設置され、労働者の権利は守られるようになりました。ただ、戦後、1947年にワグナー法を改正するタフト・ハートレイ法(Taft-Hartley Act)が成立し、組合の権限を制限する労働権(the right to work)が成立し、ニューディール政策の揺り戻しがありました。企業はクローズド・ショップを採用している北部諸州から、オープン・ショップ(労働権)を求めている州に工場を移してきました。最近の保守派の労働組合攻撃は公務員の団体交渉権に向けられています。こうした動きに対して、リベラル派は自由に組合を結成できる「従業員自由選択法(Employee Free Choice)」を提出して抵抗しています。ボーイング社が工場を労働権を認める州に移転することを巡って、論争が起っています。

 オバマ政権下、全国労働関係委員会の5名の委員のうち3名がオバマ政権によって任命されたことで、戦後続いてきたアメリカの労使関係が大きく変わる可能性が出てきた。アメリカではフランクリン・ルーズベルト政権のもとに行われたニューディール政策の一環として全国労働関係法(通称ワーグナー法)が制定され、労働者のスト権や団体交渉権が認められるようになった。また労働者は組合に所属しなければならないというクローズド・ショップ制が導入された。だが、戦後、タフト・ハートレイ法の成立で、労働者は組合に所属する必要はないというオープン・ショップ制が認められ、それは「労働権(ライト・ツー・ワーク:right to work)」と呼ばれ、現在、南部と西部の22州で適用されている。

その結果、労働組合との交渉を嫌う企業は「労働権」を保証する州に工場を移転してきた。そうした企業移転が南部や西部の経済発展を支え、人口も次第に保守的な南部に集中し、アメリカの政治状況にも大きな影響を与えてきた。2000年から2008年までに「労働権」州に移動した労働者の数は480万人に達している。そうした企業の南部指向のブレーキを掛ける動きがでてきたのである。

ボーイング社が生産を計画する次期中型ジェット機787ドリームライナーの組立工場をワシントン州シアトルから南カロライナのチャールズストンに移転すると決定したことに対して、傘下にボーイング社の労組を抱える全米機械工・航空機工組合が同社の決定は不当労働行為であると、2010年3月に全米労働関係委員会に訴えた。1年に及ぶ調査の結果、同委員会はボーイング社の決定はシアトルの工場でのストを回避するのが目的で、「労働権」を認める南カロライナ州に一方的に工場を移転するのは不当労働行為の当たると認定したのである。6月14日にシアトルでボーイング社の出席のもとに審判が行われる予定になっている。最終決定は同委員会の5名の委員による最終審判を待たなければならないが、こうした動きは企業に対してだけでなく、今後の政治動向にも大きな影響を及ぼす可能性がある。

同委員会の決定に対して共和党のリンゼイ・グラハム上院議員は「この裁定が認められれば、組合に企業の決定に対する拒否権を与えることに等しい」と批判の声を上げた。さらに全米製造業協会のジョー・トラウガー副会長も「企業はどこに工場を建設するのか、誰を雇用するのかを決定する際に全米労働関係委員会の意向を斟酌しなければならなくなる」と、企業経営に与える影響を懸念する表明を発表している。

また会社側は、同委員会の決定は、事業計画を立てる際に企業は将来のストを考慮することは合法であるという1965年の最高裁判決にも反するものであると反論を加えている。事実、ボーイング社は内部メモで「ストによって生ずる納品の遅れが生じるという脆弱性を低下させる」のが移転の目的であると認めている。事実、同社のシアトル工場では1977年、1989年、1995年、2005年、2008年に大規模なストが行われている。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は「政府機関が介入して企業に対して操業する場所を指定するのは初めてのことだ」(5月13日)と論評している。

これに対して同委員会のウイルマ・リーブマン委員長は「労働組合の全国団体交渉権を促進する労働関係法の趣旨に沿えば、企業は労使交渉に影響を及ぼす可能性のある工場移転などを決定する際に十分な情報を組合に提供すべきである」と主張するメモを発表している。同委員長の意向を受け、同委員会は基準作りを開始することを明らかにしている。こうした動きが勢いを増せば、戦後一貫して続いてきた労働行政の右傾化に歯止めがかかり、企業活動にも大きな影響を及ぼす可能性が指摘されている。

また南カロライナ州政府はボーイング社の工場誘致に当たって1.7億㌦の資金援助を与え、さらに数億㌦の税軽減措置を講ずるとボーイング社に約束している。また、同委員会は南部の「労働権」を認めている州に対して「組合員の秘密投票権を侵害している」と是正を求める警告を発するなど、「労働権」州に対して厳しい姿勢を取り始めている。

全米労働関係委員会の委員による裁定が行われても、さらに裁判所で係争が続くことも予想され、最終決定まで時間がかかると予想される。もし最終的に不当労働行為が認定されれば、ボーイング社は10億㌦以上を投資して建設した組立工場をシアトルに戻し、既に採用している1000名以上の労働者を転勤させなければならなくなる。

大きな政治問題に発展する可能性も

 事は単にボーイング社1社の問題に留まるものではない。企業と人口の南部への移動は、アメリカの政治の右傾化と歩調を合わせて進んでいる。「労働権」州では当然ながら組合組織率は低く、労組の影響力は大きく低下している。今や南部を制さない限り大統領に当選するのは困難な状況になっている。またミシガン州、ニューヨーク州、オハイオ州、ペンシルベニア州など従来の工業州では依然としてクローズド・ショップ制を維持しており、企業転出に歯止めを掛けることを期待している。東部と南部の間の企業の争奪戦という意味合いも含まれている。

リベラル派の雑誌「ニュー・リパブリック」誌は、今回の同委員会の決定を「オバマ政権が行った最もラディカルな政策」と評論している。オバマ政権が企業に対して強硬姿勢を取り始めた背景には、民主党の支持基盤である労組の民主党離れがあるのは間違いない。各州で労組の団体交渉権を制限する法案提出が相次ぎ、保守派の医療保険制度改革を潰す動きに対してオバマ政権は明確な対応を取ってこなかった。そうしたオバマ政権に対する労組の不満が限界に達しつつある。労働運動のナショナルセンターであるAFL・CIO(米国労働総同盟)のリチャード・ツルムカ委員長は「指導者が労働者の家族を守らないのなら、我々は彼らを支持しないだろう」と、公然とオバマ大統領や民主党幹部を批判している。

それは批判に留まらない。労組は民主党に対する政治献金を減らしつつある。今年の第一四半期の政治献金の額は310万㌦で、2009年同期の580万㌦から大幅に減っている。建設労組のインターナショナル・ユニオン・オペレーティング・エンジニアズは2009年に160万㌦の献金を行っているが、今年は完全に献金を中止している。建設業界の不況が背後にはあるものの、政府与党に対する不満が献金中止の最大の理由であることは間違いない。同じく大幅に民数党への献金を減らした国際消防士協会のハロルド・チャイトバーグ会長は「議会のどこに我々の味方がいるのか。労働者階級を支援する法案の推進は進まず、失望している」と、厳しい口調でオバマ政権を批判する。

来年に大統領選挙を控えたオバマ政権と民主党は労組離れに危機感を抱いている。今回のボーイング社の問題は、労組の支持を回復する格好の材料となることは間違いない。

これに対して共和党は全国労働関係委員会に対する攻撃を強めつつある。5月13日、共和党議員11名が連盟で同委員会に書簡を送り、「委員会の行動は将来の経済成長と雇用創出にとって脅威となっている」と批判。下院監視委員会のダレル・イッサ委員長(共和党)は、ボーイング社の裁定とアリゾナ州、南カロライナ州、南ダコタ州などの組合選挙法に関する全ての書類の提出を同委員会に要求している。さらに同委員会で交わされた電子メールの提出を求めるなど、「同委員会は適切な監視の下に置かれるべきだ」と、同委員会の行動を牽制する姿勢を見せている。

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