中岡望の目からウロコのアメリカ

2011/8/2 火曜日

債務上限引き上げを巡る”チキン・ゲーム”:アメリカは本当に赤字削減できるのか

Filed under: - nakaoka @ 13:07

アメリカの債務限度額引き上げを巡る民主党と共和党の対立は一応終結をみました。両党とも財政赤字削減では意見は一致していましたが、具体的な案を巡って意見が分かれていました。オバマ大統領と民主党は増税と歳出削減を組み合わせることを主張したのに対して、共和党は増税は認めないとの立場を取り、同時に憲法を修正して財政均衡修正条項を求めていました。土壇場での妥結ですが、予定されたものだったと思います。債務不履行をいうリスクを犯してまで、債務限度額引き上げを拒否する理由はないからです。ただ、これを人質に取ることと、お互いの立場を主張しあうことで、民主党はリベラル派を、共和党はティーパーティ議員を納得させる必要があったのでしょう。議会では両党とも離反者が出るでしょうが、とにかく財政赤字削減への道筋を付けたことになります。ただ、これが実際に実現できるかどうかは別物です。また景気への影響も懸念されます。以下、この問題の背景と合意内容などを整理しました。

 【債務限度額に関する基本的情報】

議会が政府の債務上限を設定するようになったのは1917年から。議会が決めた債務限度額内で、財務省は第一次世界大戦の戦費を調達するために大きな裁量権を持って財務省証券(Liberty Bondsと呼ばれた)することができた。1940年の債務限度額は430億㌦であった。第二次世界大戦中の発行高は3000億㌦であった。2000年に限度額は6兆㌦に引き上げられた。現在の限度額は14.3兆㌦である。今回、政府は議会に対して、限度額を2.5兆㌦から2.7兆㌦引き上げることを求めた。

 5月16日に財務省は特別措置を講じ、2320億㌦の資金を確保、債務不履行を回避。財務省は8月2日までに借入限度額に多っすぅると指摘し、議  会に限度額引き上げを要請。

 資金繰り状況は、8月の歳入見込みが1724億㌦に対して必要資金は3067億㌦で、1340億㌦の資金不足に陥る。財務省証券や借入を実行しない限り、不足分は補えない状況になる。8月の歳入を財務省証券の償還と利払い、年金の支払い、メディケア・メディケイドの医療保険の支払い、軍事関連の支払いなどを優先し、政府役人の給料、高速道路建設費、税還付などの支払いを遅らせることで対応も可能で、こうした処置をメディアは”prioritizing(優先順位策)”と呼んでいる。また政府資産の売却で資金調達は可能との見方もある。ただ、財務省は、そうした措置をとっても“実質的に”債務不履行に変わりはないという立場を取り、議会を説得するために厳しい見通しを発表している。

 議会は2001年以降、10回にわたって限度額引き上げを決定している(オバマ大統領は上院議員時代に限度額引上法案に反対票を投じている)。1960年以降で見ると、合計78回に限度額が引き上げられている。限度額引き上げは特に異例な措置ではない。共和党政権下で49回、民主党政権下で29回引き上げられている。今回、共和党は限度額引き上げに強硬に反対しているが、過去の例を見る限り、共和党政権の方が引き上げを求めた回数は多い。

 2010年の財政赤字額は1.29兆㌦であった。現在の債務残高は14.3兆㌦で、2010年に設定された上限に達している。債務の内容は①社会保障信託基金など政府基金からの借入が4.6兆㌦、②連邦準備制度への預け入れ担保など1.5兆㌦、③9.7兆㌦が財務省証券発行による調達で、個人や機関投資家などの保有額は3.6兆㌦。④そのうちの約半分の4.5兆㌦は外国政府が保有。外国政府の内訳は、中国政府は1.15兆㌦、日本政府は9070億㌦、イギリスが3000億㌦保有。

2001年の債務総額は5.8兆㌦で、現在は14.3兆㌦と約9兆㌦増加。その増加要因は、①ブッシュ政権の2度の大幅減税による額は1兆.8120億㌦、②金利負担増加分が1.4兆㌦、③ブッシュ政権のイラク・アフガン戦争による戦費と防衛予算増加分が1兆4690億㌦、④ブッシュ政権の非防衛予算の裁量的歳出増分が6080億㌦、④オバマ政権の景気刺激策による支出増が8000億㌦、⑤2010年の租税措置分(オバマ政権と共和党の妥協による実施、内容は失業保険給付増の継続、社会保険料減税)が4000億㌦、⑥ブッシュ政権下の2003年に実施されたメディケアの処方箋による医薬品給付1800億㌦、⑦ブッシュ政権の2008年の景気刺激減税などで7730億㌦、⑧ブッシュ政権下の2008年の金融機関救済(Troubled Asset Relief Program: TARP)分が2240億㌦、⑨金融危機後の不況に伴う歳入の減少分が数千億㌦など。(参考:ブッシュ政権の新政策に伴う歳出増加額の合計は5.07兆㌦、オバマ政権は1.44兆㌦)。

政権別の財政赤字累積額:レーガン政権は1.9兆㌦、ブッシュ(父)政権は1.5兆㌦、クリントン政権は1.4兆㌦(ただし最後の2年間は財政黒字を計上)、ブッシュ政権は6.1兆㌦、オバマ政権は2.4兆㌦で、ブッシュ政権の財政赤字拡大が際立っている。

格付けと利回りに関しては、アメリカの財務省証券のS&Pの格付けはAAAで、現在の利回り(10年物)は3%程度である。S&Pの格付けでAAAは14カ国ある。利回りで見ると、スイスは1.5%、香港が2.3%、ドイツが3.7%などである。日本の格付けはAA-で、利回りは1.1%である。なおAA-は中国と同格である。

 【債務限度引き上げ合意の過程】

7月31日の夜、ジョン・ベイナー下院議長(共和党)は下院の共和党議員と電話会談を行い、下記に説明した「合意の枠組み」を説明した。下院議員の一部の反発を招く懸念はあるが、全体として共和党議員に受け入れやすい内容であると説得。他方、民主党議員も疎外しないように配慮した。同議長は「合意案は新歳入を含まないという共和党議員の要求を達成したものである」「提案されている枠組みは小さな政府という我が党の原則に合致した形で危機を終わらせるものである」と共和党議員に説明した。

オバマ大統領は日曜の午後8時に議会指導者4名と会談し、合意を取り付けた。これを受け、オバマ大統領は「合意によって債務不履行という事態を避け、ワシントン発の危機を終結させることができる」と演説。ハリー・リード上院民主党院内総務とミッチ・マッコーネル上院共和党院内総務も合意案に賛成した。リード議員は「両院の指導者が歴史的、超党派的妥協に到達し、危機を終わらせた」と発言。債務限度額は最終的に現行の14.3兆㌦から2.4兆㌦に引き上げられることになる。

同合意で今後10年間に少なくとも2.4兆㌦(『ロサンジェルス・タイムス』は3兆㌦としている)の歳出削減が行われる。新規の超党派委員会が11月24日までに歳出削減案を作成し、債務引き上げは“二段階”で行われる。具体的な歳出削減策は超党派委員会で検討する。

ベイナー議長のスタッフは「第一段階の債務上限の9000億㌦の引き上げは向こう10年間の裁量的歳出の9170億㌦と一体化して行われるものだ」と説明している。また「第二段階の引き上げ1.5兆㌦は憲法の均衡財政修正条項が議会で成立すること、あるいは超党派委員会が作成した1.5兆㌦の歳出削減案を議会が承認した場合に行われると説明している。もしいずれも実現しない場合、機械的に削減が行われ、それは軍事予算と非軍事予算で同額の削減が行われる」と説明している。ただ、超党派委員会は増税案を盛り込むことはできないと注釈している。すなわち共和党の主張には、ブッシュ減税の延長=増税拒否の論理がある。

民主党のナンシー・ペロシ前下院議長は、同合意に対する態度を保留し、民主党議員は同合意を支持しないかもしれないとし、「どれだけ支持できるかどうか同僚と法案を検討する」と語った。また民主党のリベラル派議員連合House Progress Caucusの議長のロール・グリジャルヴァ議員は合意案に反対する意向を示している。黒人議員連盟Congressional Black Caucusのエマニュエル・クリーバー議員は、同合意を”砂糖で包まれた悪魔のサンドイッチ“と呼び、同議員連盟は月曜に集会を開いて賛否を議論するとしている。

 今回の合意は民主党に有利との解説もある。ホワイトハウスは、同合意はブッシュ減税に終止符を打ち、福祉政策を守るものであると反論している。すなわち、超党派委員会が税制改革案を提出できない場合、ブッシュ減税は2013年1月に失効するので、実質的にブッシュ減税を終わらせることになると説明している。その意味で、民主党の得るものは大きいというのがホワイトハウスの解釈のひとつである。さらにホワイトハウスは、議会が債務上限の引き上げができなければ、2013年1月から非軍事費と軍事費を50対50で削減することになり、これも民主党にとって有利な条件だと指摘している。また歳出削減の第一段階に福祉関係の予算の削減が盛り込まれていないのも、民主党の主張が通ったとの解釈もある。

債務不履行を回避するためには、第一段階として即座に4000億㌦の債務上限引き上げを決定する必要がある。第2段階として1.2兆㌦から1.5兆㌦の債務上限引き上げが、議会の同意で行われる。また、債務上限引き上げに対応する歳出削減策を検討するために新超党派委員会が設置される。委員会が合意に達さない場合は、議会は「均衡財政合意(balanced budget agreement to the Constitution)」を適用するか、全般的な歳出削減(across-the-board cuts)を行う。

合意の詳細は日曜日に作成される。議会は月曜に内容の検討を行う。ホワイトハウスは、法案成立のデッドラインは8月2日だが、議会の承認が数日遅れる場合、議会は短期的な債務上限の引き上げを行うことで対処することになると説明している。

 合意案に基づく法案が成立するかどうかは、まだ不確定要素がある。民主党のリベラル派と共和党のティーパーテフィ派は必ずしも納得していない。『ロサンジェルス・タイムズ』は、法案が可決されるかどうか不透明だが、海外に市場には良い影響を及ぼすと指摘している。

 上院では直ちに投票が行われ、可決されるだろうが、下院では共和党議員の支持を得るために少し時間がかかるかもしれない。下院では共和党と民主党で、それぞれ反対票を投じる議員が出ると予想される。たとえば、大統領候補の一人と見られるミシェル・バックマン下院議員は、同合意に反対の意向を明らかにしている。『Huffington Post』は、法案は月曜に上程されるだろうが、上院と下院のどちらが先に審議するかは未定であるとしている。

【合意案の内容】

合意成立後、オバマ大統領と共和党下院のベイナー議長はそれぞれ合意の内容を説明した。ホワイトハウスはウエブサイトで、またジョン・ベイナー議長は”Two-Step Approach to Hold President Obama Accountable”と題するプレゼンテーションで合意の内容の詳細を明らかにした。以下はベイナー議長のプレゼンテーションの内容である。

  合意の枠組みは主要3点:①政府は債務上限の引き上げ以上、歳出を削減すること。②将来の歳出を抑制するために歳出の上限を設定する。③憲法の均衡財政条項の実現を目指す。さらに、同枠組みは雇用の破壊を引き起こすような増税なしで実施する。

 増税に関して:①増税を行わないで枠組みを実施する。②合同委員会が増税を行わないようにするために現行法にベースラインを設定する。 福祉政策と予算節約に関して:①広範な歳出削減を行うために新たに独立した手続きを設定し、債務上限引き上げは歳出削減内に留める。②上記のことを前提に債務上限を1.2兆㌦引き上げる。それに対応して全般的な歳出削減を行う。歳出削減は2013年度から2021年度に掛けて行われ、強制部分と裁量部分の歳出のいずれもが対象になる。メディケア(高齢者医療保険)も削減の対象となるが、メディケイド(低所得者医療保険)、社会保障退役軍人恩給、軍の人件費などは除外する。④合同委員会の立法に基づいて削減は行われる。

 憲法修正均衡財政条項に関して:①2011年10月以降に、同修正条項に関する投票を行う。②修正条項が各州の票決に委ねられれば、二段階として1.5兆㌦の債務上限引き上げを行う。

 12名の委員で合同委員会を設置し、2011年11月23日までに今後10年間で最低1.5兆㌦の赤字削減案を提出する。両院は2011年12月3日までに同委員会の提案を無修正ベースで票決する。合同委員会の提案が実施されるか、憲法修正財政均衡条項が州議会に付託されたなら、債務上限を1.5兆㌦引き上げる。

 歳出削減に関して:①裁量的歳出の削減と上限設定によって向こう10年間に9170億㌦の節約を行い、2月までに債務上限を9000億㌦引き上げる。債務上限引き上げを実施する前に、議会と大統領は大幅な歳出削減を実施しなければならない。

 以下はホワイトハウスのウエブのファクト・シート”Bipartisan Debt Deal: A Win for the Economy and Budget Discipline”に記載されている主要な内容である。

 ①誰も、今後数ヶ月、政治的な目的を達成するために債務不履行の脅威を利用できないようにすることで、現在の危機的な状況に際してアメリカ経済を覆う不確実性を取り除く。②即座に10年間の裁量的な歳出の上限を設定することで、赤字を1兆㌦削減する。軍事費と非軍事費の削減のバランスを取る。③債務限度額を2.1兆㌦引き上げ、2013年まで再度引き上げの必要性をなくす。④超党派委員会で福祉政策と税制改革によってさらに1.5兆㌦の赤字削減を決定する。⑤裁量的歳出に上限を設定することで10年間に9000億㌦以上の節約を行う。軍事予算の3500兆㌦も含まれる。⑥超党派の議会委員会を設置し、今年末までにさらに1.5兆㌦の赤字削減を実施する。⑦裁量的歳出の上限設定で2013年以降、少なくとも1.2兆㌦の赤字削減を行う。

 【合意案の評価とオバマ大統領の指導力】

今回の合意でオバマ大統領に対する評価はどう変わったのか、以下で紹介する。

  『ニューヨーク・タイムズ』は「共和党議会の圧力でオバマ大統領は財政政策で右にシフトし、党内の分裂を深めた」と指摘している。

ポール・クルーグマンは『ニューヨーク・タイムズ』のコラム(The President Surrenders)で「今回の合意は既に悪化している経済をさらに悪化させる。アメリカの長期的な財政問題は良くなるのではなく、さらに悪くなるだろう」と批判的なコメントを掲載している。また「景気が悪いときに歳出を削減することは財政状況を改善する役にはたたないし、より悪化させる」と説明している。ただ、次の交渉では共和党は軍事予算削減を避けるために妥協してくるだろうとも指摘している。

 『New Republic』(8月1日)の記事”This is not Leadership”は、「デッドラインが迫るなかでホワイトハウスはすべての交渉力(leverage)を失った」と、最終的に共和党が勝利したとの分析をしている。また「共和党は経済破綻というリスクを犯す覚悟があったが、オバマ大統領にはそれがなかった」とも指摘している。また、「合意は一見良さそうに見えるが、もっと大きな状況で見るとアグリーである」とも指摘している。

 『ワシントン・ポスト』(8月1日)の”Did Obama capitulate-or is this a cagey move?”は、歳出削減と増税のバランスと取るというのがオバマ大統領のボトムラインであったが、最終的にオバマ大統領が折れたと分析している。「リベラル派は怒り狂っている」とも指摘している。逆に言えば、大統領選挙で再選を果たすために、今回の交渉で負けることで無党派を引きつけるという戦略ではなかったかという皮肉は味方をしている。

今回、債務不履行を回避しても、財務省証券の格下げ問題は解決したわけではないというのが各メディアの共通した味方である。

1件のコメント »

  1. ただ、これを人質に取ることと、お互いの立場を主張しあうことで、民主党はリベラル派を、共和党はティーパーティ議員を納得させる必要があったのでしょう。議会では両党とも離反者が出るでしょうが、とにかく財政赤字削減への道筋を付けたことになります。ただ、これが実際に実現できるかどうかは別物です。また景気への影響も懸念されます。以下、この問題の背景と合意内容などを整理しました。

    コメント by モンクレール コピー — 2013年11月13日 @ 10:43

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