中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/12/6 火曜日

バーナンキ次期FRB議長とは何者か:「世界週報」12月6日号掲載原稿

Filed under: - nakaoka @ 2:51

中国は小泉首相との会談を拒否しました。本来なら、日韓中が共同し、新しい東北アジアのビジョンに向かって協力しなかればならない時に、首脳同士が胸襟を開いて話し合い得ないというのは、残念なことです。これに対して、小泉首相は「靖国問題は外交カードにならない。靖国の問題は心の問題である」と、会談中止を意に介していないようです。なるほど、小泉首相にとって靖国問題は”心の問題”でしょう。しかし、それは同時に中国にとっても”心の問題”なのです。自分の心は分かっても、痛みを感じている相手の心は分からないというのが我が国の首相であり、会談を開けない事態を意に介さないという無神経さを持っているのが我が国の首相のようです。外交政策では”わが道を行く”だけでは解決できない多くの問題があるということが、理解できないようです。と、横道にそれました。今回は、バーナンキ次期FRB(連邦準備制度理事会)議長についての原稿掲載です。ベン・バーナンキは上院銀行委員会で、一人の反対を除いて承認され、本会議での承認を待っています。本会議での承認は来年になりそうですが、承認は間違いないところです。バーナンキ指名の背景、彼の人物、政策論を書きました。これは『世界週報』12月6日号に寄稿したものです。

(タイトル)
“負の遺産”を引き継いで出発するベン・バーナンキFRB新議長

(サブタイトル)
~外国為替市場で最初の試練に直面か~

(リード)
巧みな金融政策の運営から“マエストロ”と評されたアラン・グリーンスパン議長が来年1月末に退任する。様々な人物が後任として取り沙汰されてきたが、10月24日、ブッシュ大統領はベン・バーナンキ大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を新議長に指名した。彼は、2002年にFRB理事として赴任して来るまでワシントンではまったく無名の存在であった。プリンストン大学教授で金融論を専門とし、大恐慌の研究で知られる一流の経済学者であったが、わずか3年で大統領に次ぐ要職といわれるFRB議長の座を射止めた。だが、議長として市場の信任を得て、巨額の財政赤字、住宅バブル、膨れ上がる経常赤字というグリーンスパン時代の“負の遺産”に取り組まなければならない。また、彼は有名なインフレ・ターゲット論者で、今後のFRBの金融政策の運営も変わってくる可能性がある。本稿でバーナンキの人物論と金融政策に対する考え方を分析する。

(小見出し)
大統領の“ファースト・
チョイス“ではなかった

2006年1月31日に退任が決まっているグリーンスパンFRB議長の本格的な後任選びが始まったのは、今年の4月からである。ホワイトハウス内にチェイニー副大統領を中心にカード大統領首席補佐官、ハバード国家経済委員会顧問、リビー副大統領首席補佐官などをメンバーとする委員会が設置された。

最初に約20名が候補リストにあげられ、絞込みが行われた。夏に候補者は3~4名にまでに絞り込まれたが、ホワイトハウスのスタッフは「誰も私たちを幸せな気持にしてくれなかった」と、最終決定が困難であったことを明らかにしている。10月4日に行なわれた記者会見の席でも、ブッシュ大統領は、「具体的な個人の名前は出ていない」と答えている。

誰が候補であったか明らかにされていないが、ブッシュ政権で大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を務めたハバード・コロンビア大学教授、レーガン政権でCEA委員長を務めたフェルドシュタイン・ハーバード大学教授、元プリンストン大学教授で、前FRB理事だったバーナンキ現CEA委員長、そしてグリーンスパン議長が推挙したコーンFRB理事などが最後まで残ったとみられる。

グリーンスパン議長が強力に推挙したコーンは、FRB叩き上げのテクノラットであるが、クリントン政権のルービンとサマーズの両財務長官と近いこと、ブッシュ減税に批判的であることから候補から外された。フェルドシュタイン教授も、CEA委員長のときにレーガン減税を批判したことで保守派から“レーガン革命の裏切り者”と糾弾された過去がある。最近、保守派に秋波を送っていたが、保守派の受け入れるところとはならなかった。最有力候補と見なされていたのは、ハバード教授であった。彼はCEA委員長として03年に配当税の大幅減税を柱とするブッシュ減税案を作り上げた人物であり、ホワイトハウスとサプライ・サイダーの信任が厚い人物である。これに対して、バーナンキはCEA委員長に就任したときに議長候補の一人と目されたが、トップの候補者ではなかった。

しかし、10月24日にブッシュ大統領は、次期FRB議長にバーナンキを指名すると発表したのである。『ニューヨーク・タイムズ』紙は、この人事を「異例な人事」と評し、他のメディアも「サプライズである」と書いた。大統領がバーナンキを指名した理由は、様々に憶測されているが、おそらく最大の要因は最高裁人事との関連であったと見られている。ロバーツ最高裁長官人事に続いて、無名のメイヤーを最高裁判事に指名したことでブッシュ大統領は保守派の猛烈な反発を買った。メイヤーの指名辞退でアリトー連邦裁判事を指名したが、彼の保守的な思想から議会での審議が難航する気配である。

それだけに大統領には議会との対立を回避したいという思いがあった。保守派にもリベラル派にも受け入れられる“無難な人物”を選ぶ必要があった。ハバードはイデオロギー的すぎると見られており、そこで政治色が薄く、経済学者としても超一流で、ウォール街でも受けの良いバーナンキが、最適な人物として浮上したのである。彼は、ブッシュ政権の経済政策の立案に関わってこなかったが、金融政策ではインフレ・ハト派(容認派)と見られていることもブッシュ政権に安心感を与えていた。しかし、指名を発表する記者会見の席で「ブッシュ大統領は白けた感じで、いつものような笑顔はなかった」(『フィナンシャル・タイム』紙)のは、彼が必ずしも“ファースト・チョイス”ではなかったことを示唆している。

バーナンキは記者会見で、「私の最優先事項はグリーンスパン時代に確立された政策と政策戦略との継続性を維持することである」と発言、市場はこの指名を好感的に受け止め、株価は上昇した。上院銀行委員会のリード議員(民主党)も「政策に違いはあるが、彼の指名には異論はない」と、承認の意向を明らかにしている。上院銀行委員会の審議の後に本会議で承認が得られれば、来年2月1日にバーナンキはFRB議長に就任する。

(小見出し)
金融論を専門とする
超一流の経済学者

12年6月にFRB理事に就任するまで、バーナンキはワシントンでは無名の存在であった。プリンストン大学教授として学界で高い評価を得ていたが、政治とは無縁であった。彼をFRB理事に推挙したのは、当時、CEA会委員長で、今回、FRB議長の座を争ったハバードであった。さらに彼は今年6月にCEA委員長に登用されるが、彼を推挙したのはマンキューCEA委員長(現ハーバード大学教授)であった。そして、ワシントンに来てからわずか4年で「大統領に次ぐ重要なポジション」といわれる地位に指名されたのである。

彼の経歴は輝かしい。ハーバード大学で経済学を専攻、マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得している。卒業後、スタンフォード大学、MIT、ニューヨーク大学での教職を経て、96年にプリンストン大学教授に就任、経済学部長も勤めている。学術誌に150本以上の論文を寄稿するなど学研一筋の生活を送ってきた人物である。

彼の専門は金融論で、金融政策が実体経済にどのような経路で影響を及ぼすかをテーマに研究を行ってきた。特に大恐慌の研究で注目されている。その研究の成果は『大恐慌に関するエッセイ』(プリンストン大学出版会)にまとめられている。彼は、大恐慌はFRBが金本位制の元でドル相場を守るために金利を引上げたこと、金融システムの危機に対して有効な対策を講じなかったことが原因であると分析している。さらに、物価下落が経済に深刻な影響を与えたことから、デフレの脅威を訴え続けていた。FRB理事に就任後、グリーンスパン議長の超低金利政策を積極的に支持したのも、そうした背景があったからである。

彼は、「ヘリコプターから紙幣をばら撒く」というミルトン・フリードマンが使った有名な比喩を使ってデフレ阻止を訴えたことから、批判者は彼を“ヘリコプター・ベン”と呼んで揶揄した。デフレ阻止の主張から、彼はインフレ容認派(ハト派)と目されるようになった。

(小見出し)
新議長が直面する
様々な試練

87年に議長に就任したグリーンスパンは、ブラック・マンデーの株価暴落という洗礼を受け、それに見事に対処することで市場の信任を得た。バーナンケも、史上最大の財政赤字、住宅バブル、拡大する経常赤字とドルの過大評価といったグリーンスパン時代の“負の遺産”を引き継いでの出発だけに、かつてない厳しい試練に直面すると予想される。
グリーンスパン議長が出席する最後のFOMC(連邦公開市場委員会)は、来年1月31日に開催される。そこでフェデラル・ファンド金利は0・5ポイント引き上げられて4・5%になるというのが一般的な予想である。バーナンケが議長として最初に出席するFOMCは3月28日に開催される。そこで、彼は新議長として政策の方針を明らかにしなければならない。FOMCの決定は、彼がインフレ・ハト派なのか、インフレ・タカ派なのか、どれだけ真剣にインフレの脅威を感じているのかが問われる最初の試練となる。デフレ阻止では大きな役割を果たしたが、インフレ阻止では彼の判断力と能力は未知数である。

グリーンスパン議長は繰り返し「住宅バブル」の問題に言及している。これに関して、バーナンキは、指名を受ける数日前に開かれた両院合同経済委員会で住宅バブルの存在を否定し、「住宅価格が上昇しているのは雇用や所得増加、世帯数の増加に伴うものであって、投機的な需要によるものではない」と証言している。さらに「今までのペースで住宅価格が上昇することはなく住宅市場はクールダウンするだろうが、それは経済の動向と一致したものである」と楽観的な見通しを明らかにしている。

財政赤字に関連しても、08年に期限が来るブッシュ減税の恒久化を支持する発言を行なっている。今年度の米国の財政赤字はGDP比で67%と50年来で最高の水準に達すると予想されている。通常の経済学者なら、こうした財政赤字の拡大を目の当たりにして減税の恒久化は容認できるものではない。これに関して、後日、彼は「CEA委員長として政府の政策に反する発言はできなかった」と弁明している。もし、それが本音なら新議長として財政赤字を問題にせざるをえないだろう。そうなれば、ブッシュ政権と新FRB議長のハネムーンは、あまり長くは続かないかもしれない。

もう一つの大きな課題である経常赤字に関して今年3月に「世界の過剰貯蓄論」を展開し、バーナンキは経常赤字の拡大は米国に原因はないという主張を展開している。「貯蓄過剰論」とは、発展途上国が貯蓄を増やし、投資を抑制した結果、世界的に貯蓄過剰になり、その貯蓄が米国に流入し、金利を低下させたために米国の消費や住宅投資が刺激され貿易赤字の拡大を招いたという理論である。したがって、米国政府の政策によって経常赤字の拡大がもたらされたのではなく、米国としては対処の仕様がないと理屈になる。

ただ、こうした経常赤字放置論が市場で信認を得るのは難しいかもしれない。もしバーナンキが外為市場で信任を得られなければ、ドル暴落を招く可能性もある。スチーブン・ローチ・モルガン・スタンレー証券主任エコノミストは、バーナンキは「外為市場で最初の試練に直面することになるだろう」と予言している。その試練に対応できなければ、ドル暴落が起り、米国への資本流入は減り、ドルの長期金利が上昇して住宅バブルが破裂し、米国経済のハードランディングのシナリオが実現する可能性も否定できない。

さらに、最大の焦点の一つに「インフレ・ターゲット政策」がある。バーナンキは、ニューヨーク連銀の研究プロジェクトでミシキン同連銀部長(現コロンビア大学教授)などと一緒にインフレーション・ターゲット政策の共同研究を行なっている。その政策は、中央銀行は具体的な数字でインフレの目標値を発表することで金融市場に正しい期待形成を促すことを狙ったものである。現在、世界ではイギリスやカナダなど20カ国以上が同政策を導入している。バーナンキは、「インフレ・ターゲット政策のような明示的な目標を設定する政策手段の採用を支持する」と繰り返し主張している。

だが、グリーンスパン議長やコーンFRB理事などは、インフレ・ターゲット政策は機動的な政策発動を制約することになると批判的な立場を取っている。現段階では必ずしもFRB内部でインフレ・ターゲット政策についてのコンセンサスを得るのは難しいかもしれないが、彼が議長に就任すればFRB内部で導入の検討が始まることは間違いない。この動きは、注意してみる必要があるだろう。

バーナンキの新FRB議長としての能力を評価するのは早すぎる。彼にはグリーンスパン議長のような経済動向を判断する“直感”はなく、学者として計量経済モデルを使って経済を分析する傾向が強い。彼自身も「グリーンスパン議長のような経済の現状分析の能力は教育できるものではない」と認めている。新議長指名から2日後、グリーンスパン議長は彼に向かって「経済モデルは将来の結果を予測する有効なツールを提供しているが、モデルは様々な形で軌道を逸脱するものである」という忠告している。

学界からFRB議長に就任するのはバーナンキが初めてである。彼が経済学者から中央銀行家として評価されるようになるには、幾つかの厳しい試練を経なければならないだろう。

この投稿には、まだコメントが付いていません

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=156

現在、コメントフォームは閉鎖中です。