中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/12/4 土曜日

アメリカの保守主義をどう理解すべきか

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このところ、仕事に追われて原稿をアップする時間がありません。そこで、今回は2004年7月に東京の「経済倶楽部」で行なった講演碌をアップします。まだケリーもブッシュも正式に党の大統領候補に決定されていない時期です。当時の段階で、アメリカの政治状況をどう理解したらいいのかを、私なりの立場で説明したものです。特にアメリカの保守主義の基本的な考え方について触れました。今、振り返っても十分に読むに耐える内容だと自負しています。単に目先だけの話ではなく、歴史的な背景からもアメリカの政治を語ったものです。やや長い文章になりますが、ぜひご一読ください。

浅野 それでは開会いたします(拍手)
今日は中岡さんに「アメリカの保守主義」の話を伺います。東洋経済出身の中岡さんのお話を伺うのは3回目だと思いますから、改めて説明は必要ないと思いますが、私が『週刊東洋経済』の編集長をやっておりましたとき、中岡さんは編集スタッフで、東洋経済でも屈指の英語力を生かしていろいろ原稿を書いてくれました。ブリティッシュ・テレコムの会長や化学会社ICIの会長とか様々な外国から来日した様々な経済人や政治家など、一緒にインタビューに行きました。いちばん思い出に残っているのは、イギリスの人気作家であり政治家でもあるジェフリー・アーチャーです。彼とのインタビューをホテル西洋でしましたが、たいへん面白いインタビューでした。時間があればそのエピソードをお話ししていただくとたいへん面白いと思います。

それはともかく、そういう英語力を駆使して、今、学者兼ジャーナリストの道を歩んでおられます。最近、『アメリカ保守革命』という本を中央公論より出版されました。私もこれを読ませてもらいましたけれども、たいへん面白くて、我々はつい「アメリカの保守」を単に1くくりして考えますけれども、非常に幅が広いし、奥も深い。また、歴史的にもいろいろな流れがあるということがわかりました。単純にレッテルを張るというのはいけないことかなと思ったりもしております。

今日はその辺のお話をたっぷり伺いますが、今日は1時間だけ話していただいて、あと5分か10分、質疑応答をさせていただきますので、じっくり聞いて難問をぶつけてください。

中岡さん、よろしくお願いします。(拍手)

中岡 中岡です。よろしくお願いいたします。
今、浅野さんの方からご紹介がありましたように、実は今回が3度目の講演になります。最初はちょうど東洋経済を辞めて、アメリカに行く直前にお話をさせていただきました。それから、昨年アメリカから帰ってきてお話をさせていただきました。今年は3回目で、3年連続になります。非常に嬉しいのは、毎回出席者の方が増えているということです。最初のころは、出席者は3分の1ぐらいでしたが、前回は3分の2くらいの席が埋まり、今日は後ろの席まで全部座っていただいています。今までの2回の講演を少しはお楽しみいただけたのかと思っております。
 私は東洋経済で30年ほど記者をしておりました。その間、アメリカ経済に限らず国内経済を担当、また投資関係の雑誌も作ったり、英文の月刊誌の編集長をしたりと、様々な仕事をやってきました。今、学者というわけではないのですが、ICU(国際基督教大学)で教えています。ICUは、私の母校でもあります。

ジャーナリストの“特権”の1つは、特に専門がないということだと思います。私は、今年度は2クラス教えます。1つは「日本企業と日本社会論」で、これは英語で教えております。もう1つは「アメリカ研究」です。これは冬学期に教えますが、アメリカの宗教と政治の関係を教えようと思っております。それから、来年度は、さらに「日本経済論」を教えることになっています。普通ですと、経済学者は経済学しか教えない、アメリカ研究家はアメリカ研究しか教えない、経営学者は経営しか教えない。ですが、ジャーナリスというのはいい加減で、何でも教えることができる。まあ、どんなテーマに関しても専門家らしく振舞うことができるんですね。そういう意味では、今、ジャーナリストの特権を十分に利用させていただいております。

3度も講演をやりますと、少しぐらいうまくなったのではないかと思います。最初のとき、高柳前理事長から「おまえは早くしゃべり過ぎる」とご注意を受けました。2度目の講演とき、最初に「1回目に早くしゃべり過ぎたので2回目はゆっくりしゃべります」と言ったんですが、終わった後、やっぱり高柳さんから「まだ早い」と言われました(笑)。今回は3回目で、できるだけゆっくり喋るようにいたします。もしまだ早口でしたら、途中でも結構ですから「ちょっと早いぞ」と注意していただければ幸いです。

1年間、アメリカのセントルイスにあるワシントン大学で教えてきました。そこでは「Rise and Fall of East Asian Economies (東アジア経済の勃興と没落)」というクラスを担当し、日本と中国と韓国の経済発展形態と経済政策の違いについて大学院生を対象に教えてきました。同時に、アメリカの経済を改めて勉強し直す機会を得ました。そうしたことが、偶然、今回の『アメリカ保守革命』という本につながったわけです。

正直言いまして、本を書くプロセスで、自分で言うのもおかしいですけれども興奮しました。書き終わったときに何か目からうろこが落ちたような気がしました。私は1981年にフルブライトの奨学金をもらってアメリカに留学し、それ以来20年以上、アメリカの専門家としていろいろな形でアメリカと付き合ってきたのですが、この本を書き終えたとき、改めて自分はアメリカを知らなかったと思いしらされました。自分が書いた本を読んで目からうろこが落ちたという、わけのわからない状況を経験しました。そして改めて思ったことは、「そうなんだ、目先のことばかりを追いかけていたら、先が見えなったんだ」と気がつきました。

今、ネオコン(ネオコンサーバティブの略で、「新保守主義者」)に関する本がたくさん出ています。実は1週間ほど前に北海道大学の法学部の先生から電話をいただきました。科研費という日本政府の助成金を使って3年計画でアメリカの保守主義の研究をやっており、アメリカなど海外から学者を呼んで8月に札幌でシンポジウムを開くので、パネリストとして参加してくれないかという依頼がありました。その先生は「ネオコンの本はたくさん出ているけれどもみんな目先の話ばっかりだ、歴史的な背景とか宗教的な背景とか思想的背景、経済政策を含めて長い目で書かれているのはなかった」と仰って、拙著はそうした歴史的な観点を踏まえた数少ない本であると過分な評価をしていただきました。本当にうれしいことで、僕は別に学者でもないんですが、こういう形で学者の方から評価していただけたということは非常にうれしいことです。ここまでは本の宣伝でして、ぜひ帰りに買っていただきたいということが本音です(笑)。

日本とアメリカというのは、こんなに近い国であるにもかかわらず、実はこんなにお互いに知らないというのは、珍しいのではないかなと思います。今日ここに来る前に時事通信に寄って、『世界週報』の編集長とお話をしました。同誌の編集長は「アメリカに関する記事を書いてもらおうと思っていろいろ人を探すんだけれども、どうも良い書き手がいない」と漏らしておられました。僕も「同感です。アメリカは日本にとって大事な国であって、こんなに大量のコミュニケーションがあって、大量の物のやりとりし、非常に多くの人々の行き来があるのに、アメリカに関する良い書き手がいないというのは不思議なことですね」と答えました。僕は僕なりにその理由を考えてみました。多くの学者がアメリカに行って勉強する。しかし、学者は大学のゲストに過ぎないんですね。そうした学者は一種の特権階級で、大学のキャンパス以外の生活はあまりご存じない。日本のビジネスマンもたくさんアメリカで働いています。でも、彼らは主に日本企業を相手にビジネスをしているわけです。週末は仲間や取引先の人とゴルフに行くわけです。そうすると、アメリカの社会にいても、本当のアメリカを知らないまま任期を終えて、帰国するんですね。

僕はシカゴのコンチネンタル銀行に招待されて初めてアメリカに行きました。その帰りにニューヨークに寄りました。大学の先輩の新聞社の特派員にお目にかかったときに、日本の特派員の状況について話を聞きました。特派員仲間は誰かにスクープされるのが嫌だから週末になると皆で一緒にゴルフに行くとか、記事はアメリカの新聞などを読んで書くとか、インタビューのときアメリカ人スタッフに質問を訳してもらって一問一答でやるといった生態を聞きました。もう20年以上前の話ですから、今とは随分違うかもしれませんけれども、結局、本当のアメリカの中に入ってアメリカを伝えるというのは非常に難しいことです。

ですから、日本のマスコミが「ブッシュ、再選危うし」という報道を盛んに行なっているのを読んで、「ちょっと待てよ」と感じています。新聞とかテレビを見ていますと、同じ論調の報道ばかりです。確かにイラクの問題は、ブッシュ政権にとって大失敗だと思っています。政策的にも、手法的にも失敗だと思います。でも、アメリカはそれだけではないわけですね。

そうした意識を踏まえて、今日は2つのテーマを準備しきました。1つは皆さんが一番関心のある選挙の行方です。ただ、政治評論家のように「ブッシュが勝つのか、ケリーが勝つのか」という議論をするだけでは面白くないと思います。大切なのは、アメリカの社会の底流を流れているものを理解することだと思います。それを理解して、初めて今の大統領選挙の意味づけができるのではないかと思います。その意味で、実はアメリカ社会はどういう状況に置かれているのかということを、保守主義という観点から、保守革命という観点から少しお話をしたいと思っています。これが2つ目のテーマです。それを理解することで、始めて今の問題となっているイラク戦争の本当の姿が明らかになってくるのです。イラク戦争は突然起こったわけでもないです。この講演を通して、アメリカ社会と大統領選挙を理解するヒントを皆さんにご紹介できればと思います。

詳しく内容はぜひ「アメリカ保守革命」を読んでいただくとしまして、最近、日本でも「小さい政府」とか「自己責任」とか、「自由競争」が当たり前のように言われています。でも、そうした主張の根源をたどっていくと、「アメリカの保守主義」に到達するんです。日本で「自己責任」とか「自由競争」といった議論が行なわれるとき、それは効率性の問題として議論されているのです。要するに、大きな政府は効率が悪いから小さくすればいいじゃないかといった種類の“経済効率性議論”です。また「競争原理」を導入したら経済が活性化して成長率が高まるだろうとか、小さな政府にして、政府に頼ることなく「自己責任」で頑張れば経済成長率は高まるのではないかといった議論が一般に行なわれています。繰り返しですが、要するに「小さな政府」「自己責任」「自由競争」「私的財産の尊重」というのは日本では経済の効率性の中で議論されているのです。

ところが、「保守主義」が主張する「小さな政府」「自己責任」「自由競争」「私的財産の尊重」は、そうした経済効率性の議論の中から生まれたものではないのです。保守主義の主張は、彼らの「個人と国家との関係」から出てきているのです。それは、保守主義者の世界観、国家間、人間観から出てきた主張なのです。

非常に嬉しいことに、『諸君!』という雑誌に私の本が「今月のベスト新書」という形で紹介されています。評者の宮崎哲弥さんが最初に良いことを書かれています。実は僕も本の中で同じことを書いているんですけれども、「アメリカ」と「保守主義」というのはどういう関係があるのかということです。私たちの意識の中には「ヨーロッパから迫害された人たちがアメリカに来て自由な国を創ったのだから、アメリカは基本的にリベラルな国」ではないかというのがあります。確かに、アメリカを支えている知的伝統は“リベラルリズム”であることは間違いないと思います。では、そのリベラルな国における保守主義というのは何なのか。新世界であるアメリカにとって保守主義は何を意味するのでしょうか。保守とは何かを守ることですが、アメリカにとって守るべきものは何なのか、という疑問が出てきて当然だと思います。

実は「アメリカの保守主義」は、その問題から始まっているのです。アメリカが守らなければいけないものは何なのか。保守主義の“保守”とは何なのか。経済学者のミルトン・フリードマンが自伝の中に書いているんですけれども、戦後、保守主義という言葉を使ったらパラノイア(偏執症)だと言われた。ほんの一握りの人たちが「自分たちは保守主義者だ」と言っていただけだったのです。アメリカ社会は、リベラルリズムが席巻していました。大学もリベラリストが支配し、ジャーナリズムもリベラルリストが圧倒的な影響力を持っていました。ルーズベルト政権もリベラルリズムに依拠し、リベラルリズムこそがアメリカの真髄だと言われていたのです。その中で保守主義者を名乗れば、パラノイアだと言われても当然だったのです。

パラノイアだと軽蔑され、非難されながらも、なぜそういう人たちは保守主義を名乗りながら保守主義運動を起こし、保守思想を創りあげていったのか。その小さな流れが、やがてアメリカ社会の底流となり、レーガン革命でピークに達し、保守革命が実現したのです。そうした流れの中から、最近話題のネオコンが“鬼子”として誕生し、さらにいえば、イラク戦争につながっていったのです。実は、保守主義は、アメリカの世界観を問題とする息の長い思想の流れなのです。

「アメリカ保守革命」の中で、私は2人の学者を取り上げました。ラッセル・カークとリチャード・ウィーバーという哲学者です。二人とも清貧の生活を送った大学人でした。また、青春時代に二人とも共産主義の影響と色濃く受けています。アメリカの保守主義の面白いところは、保守主義者のかなりの人たちは共産党員やトロツキストだったことです。後で触れますが、ネオコンの創始者と言われる人たちは、ユダヤ人でトルツキストだったのです。

彼らは考えました。アメリカは何を守らなければいけないか。それまでアメリカにも保守的な考えはあったわけですけれども、思想として体を成していなかった。要するに、南部のアグラリアンと呼ばれる農本主義者みたいな考え方、リベルタリアンと呼ばれる自由経済主義者がいましたが、「保守主義」を名乗るほど体系的な思想は何にもなかった。

その中でカークとウィーバーは個人的な接点はなく、まったく関係ないところで、同時に保守主義の思想構築に取り組み始めます。彼らの出発点はどこかというと、全体主義に対する批判でした。要するに、権力が集中していくと必ず全体主義になる。それは必然的に個人を圧迫していく。第2次世界大戦が起こったのは、実はリベラリズムが原因だったと考えた。フランス革命に始まるリベラリズムというのが、結局は神を否定する人間の傲慢さと権力の集中を生み、それがナチズムやファシズム、コミュニズムといった全体国家を生んだと考えたのです。その論理的な根拠をどこに求めていったかというと、イギリスの思想家であり政治家でもあるエドモンド・バークに原点を求めていくわけです。エドモンド・バークは1790年に『フランス革命についての省察』という本を出版してフランス革命を批判しました。彼は、フランス革命以降、伝統的なヨーロッパ文明が壊れてし、相対主義、実証主義が一般に受け入れられるようになり、神の存在が否定されたと批判します。

リベラリズムは、自分たちのアイデアで世界を変えることができると考えたのです。その典型的な思想は、共産主義です。自分たちが理想そ考える社会、計画経済を、自分たちの力で作り上げることができると考えたのです。そこには神の存在や絶対的な価値は必要なかった。ところが、そうした社会観、人間観が結果的には権力を集中させ、全体主義国家の誕生に結びついた。バークは、フランス革命がヨーロッパの伝統社会を壊してしまったと考えたのです。同時に、それは神の否定につながってしまった。絶対的な規範である神の存在の否定によって、人間は傲慢になってしまった。要するに、自分たちは何でもできる、自分たちが好きな社会を作ることができる、ユートピア社会を作れると考えたわけです。しかし、権力が集中すると、必ず人は権力をより拡大し、それを守ろうとするものです。これが、全体主義を生み出す。アメリカの保守主義者は、バークの議論を援用しながら、アメリカの保守主義思想の構築を行なったのです。

フランス革命以前の世界は何だったのか。ヨーロッパ文明の根底にはユダヤ・キリスト教文化があった。それがフランス革命によって崩された。しかし、カークやウィーバーは、ヨーロッパで失われたユダヤ・キリスト文化の理念を実現するのがアメリカの建国の理念だと考えた。アメリカは「グレート・エクスペリメント」の国、すなわち「偉大なる実験国家」だと考えた。保守主義者の考える権力の集中は絶対悪に結びつくという思想は、一種のペシミズム(悲観論)です。人間というのは必ず悪をなすものだ。それは、ある意味でキリスト教の原罪の思想に結びついている。そうすると、権力は分散しなければいけない。アメリカの伝統的な考え方に「権力の分散」や「フェデラリズム(連邦主義)」というのがあります。それは地方政府こそがアメリカの基礎であるという考え方です。アメリカは権力の集中をものすごく嫌う。中央政府に対する不信感が非常に強い国です。ワシントンのことを“インサイド・ベルトウェイ”と言います。ワシントンを取り巻く環状道路(ベルトウエイ)があります。一般の人には、環状道路の中に住む人々、すなわち連邦政府の役人や政治家は普通の人々と違うという意識が強くあります。その意識が、権力の分散の発想の底にあるのです。アメリカ社会の動向や政策などを見ていると、そうした思想の影響がいたるところに観察されます。

では、国家に対してどういう形で自分たちのアイデンティティーを守っていくかといったとき、小さい国家論や個人の自己責任の議論が出てくるのです。また、私有財産を強調するのも、国家権力の市民生活や市場への介入を排除するために主張されるのです。実はこれは古い話ではなくて、減税などの政策に今でも大きな影響を与えているのです。保守主義者が減税を主張するのは、単に税負担を軽減するというのではなく、税金そのものが私有権の侵害であると考えるのです。アメリカでは相続税は廃止する方向にありますが、それも国家の財産権の侵害だという考えがベースにあるのです。草創期の保守主義者の考え方は、今でもずっと続いているわけです。

保守主義者は、必ずしも変化を否定しているわけではありません。変化というのはグラデュアル(緩やか)にやらなければいけないと主張しているのです。なぜならば、文化とかコミュニティーとか社会の秩序を維持することが大切であり、急激な変革はそうした社会的な基盤を破壊してしまうと考えているのです。人の体が再生するみたいに社会を再生しなければいけないけれども、ラディカルに変化するということはあまりにもコストが高い。保守主義者は必ずしも変化を否定するわけではない。社会の慣習やヒエラルキーに支えられたものでなければならないと考えているのです。

アメリカには、カークやウィーバーに代表される保守思想である「伝統主義」が存在しました。もう1つの保守主義の流れがあります。これは、経済自由思想と呼ばれるものです。その代表的な思想家はハイエクです。彼はオーストラリアでナチスの弾圧を受けて、イギリスに亡命している。彼も全体主義を批判しますが、それは伝統主義の保守主義者が神の存在など文化的な面から批判するのに対して、経済の面から批判しています。
最近、ハイエクに対する関心はすごく高まっています。つい1週間ぐらい前の朝日新聞の小さなコラムに参議院と衆議院の役割をどうすべきかというのがありました。その中に、一般の法律と予算の配分というのは別で、一般の法律は国民全体に適用されるルールであるが、予算は利益配分に関するもので、その機能を分けて考えるべきだとありました。そのコラムは、参議院は一般ルールを審議し、衆議院は個別の利害関係を調節する場にすべきだと主張し、最後に「これはハイエクが提案している考え方である」と書いてありました。朝日新聞がハイエクを紹介するというのは非常に珍しいかもしれませんけれども、ハイエクは全体主義社会の矛盾を指摘したのです。ハイエクは『隷属への道』という有名な本を書いていますが、国家に依存することは最終的に個人が国家に従属することになると主張しています。その考え方が、大きな政府や福祉国家論への批判と結びついていくのです。国家権力が増大ずると、最終的に人々は国家に隷属することになり、自由を失ってしまう。だから、国家に対して自分たちは自己責任を持たなければいけないというのが、その基本的なメッセージです。これは経済的自由主義者であるリベルタリアンの考え方です。

伝統主義的な保守主義とリバタリアンの保守主義が合体して、アメリカの保守主義が形成されてくるのです。これは「フュージョニズム(融合主義)」と呼ばれています。要するに、2つの大きな流れが融合してアメリカの保守主義ができ上がったのが、50年代から60年代にかけてです。そのときに保守思想の大きなフレームワークは決まったわけです。どうしたら、それを社会の中で実現できるのか。保守主義という思想的な基盤を得た彼らは、その理念を政治の場で通して実現しようと考えた。彼らが、自分たちの代弁者として最初に選んだのが、タフト上院議員だったのです。タフトは「タフト・ハートリー法」という有名な労働関係の法律を作った共和党の有力な政治家です。彼は尊敬された上院議員でした。しかし、志半ばでがんで死んでしまいます。

次に、保守主義者は新たなスポークスマンを選びます。それが、ゴールドウォーター上院議員です。皆さんご記憶あるかもしれませんが、彼はベトナム戦争のとき「ベトナムに原爆を落とせ」という過激な発言をして、極右というラベルを張られています。彼は大統領選挙でジョンソンと争い、惨敗します。

保守主義者は、まずタフトを大統領にできなかったことで失敗し、ゴールドウォーターの大統領選挙の大敗で、大きな挫折を経験します。そのとき彼らは、自分たちの政治基盤をもっと広げていかなければいけないと考えます。要するに、保守主義の思想に共鳴する大統領を直接選出しようと思ったがなかなか上手くいかない。では、共和党を乗っ取っちゃえという話になってくるんです。それから保守主義者はどんどん共和党の中で影響力が増していった。そのプロセスで、保守主義者は自分たちのシンクタンクを作りました。その中で最も影響力のあるのが「ヘリテッジ・ファンデーション」などの辛苦タンクです。そうしたシンクタンクで、保守主義の思想を実現するための政策を練り上げていくのです。もう1つは、地域にどんどん入っていって地域の活動家を育てていく。特に南部はもともと民主党の地盤だったんですが、その中にどんどん食い込んでいった。アメリカの宗教団体は、伝統的には政治に距離を置いていたのですが、「モラル・マジョリティー」という宗教団体は70年代の後半ぐらいに結成され、政治的な影響力を強めていった。今、アメリカで最も影響力のある宗教団体は「クリスチャン・コアリション」で、保守主義者と密接に結びついています。現ブッシュ大統領も、「クリスチャン・コーリション」から巨額の資金援助を得ており、その支持がなければ大統領選挙に勝てなかったといわれています。

保守主義者が次に選んだ代弁者がロナルド・レーガンだったわけです。レーガンはカーターを破って大統領に就任します。レーガン大統領は「レーガン革命」を行なったといわれますが、実は保守主義運動のプロセスからできているんです。最近、レーガンが死にました。産経新聞の1面に「産経抄」というコラムがあり、レーガンの死去に言及し、「レーガンがアメリカを変えた」という私の本の中の文章を引用しえています。レーガンは、アメリカを変えたのです。

日本人は、レーガンと言うと「あの俳優あがりが」と反応します。それは間違いです。彼は、アメリカの保守主義者にとってシンボル的な存在なのです。彼が大統領になったのは80歳近くだったと思います。そういう意味では、若さに溢れ、アメリカを象徴するようなケネディとは違います。にもかかわらず、彼はアメリカの保守主義者のシンボル的存在なのです。今、アメリカではレーガンに対する再評価というのはすごい形で盛り上がってきております。ある雑誌は「ブッシュはレーガンになれるか」というタイトルの記事を掲載していました。要するに、「レーガン革命」と「保守主義革命」のことだったのです。そして「レーガン革命」は「保守主義革命」の勝利だと考えられたのです。アメリカは、リベラルの国から、保守主義の国へと確実に変わっていったのです。

実は、この講演の中でネオコンという言葉は一回も出てきてないです。なぜならば、ネオコンというのは全然違うルートから登場してくるのです。ネオコンの創始者と言われる人たちは非常に小さなグループで、ニューヨークの貧しいユダヤ人の中から出てくる。彼らの多くははニューヨーク大学に進学し、トロツキスト運動に入っていた人々ですよ。その人たちは第2次世界大戦が終わった後、民主党に入っていく。冷戦の間、彼らは自分たちのことを“冷戦リベラル”と呼ぶんでいます。要するに、リベラルではあるが、反共主義者なのですね。なぜならば、まず彼らはトロッキストとしてスターリン主義と戦ってきたわけですから、ある意味ではスターリン主義体制に反対するのは当然かも知れません。

もう1つは、彼らはユダヤ人ですから、実はソビエトにおけるユダヤ人問題に非常に敏感でした。当時、ロシア系ユダヤ人のイスラエル移民を巡って、ユダヤ人がソビエトで弾圧されるという問題が起こっていました。さらに、そこにイスラエルの問題も絡んでくるわけです。リベラル派の人々は、イスラエルに対して批判的でした。したがって、ネオコンは当初から非常にアンビバレントな存在だったわけです。

60年代から70年代にかけ過剰なリベラリズムといいますか、学園紛争とかポルノ解禁がアメリカ社会を覆います。それに対して、ネオコンは反対の立場を取ります。ポルノとか女性運動というのは“カウンターカルチャー”と呼ばれました。反文化ですね。そうしたカウンターカルチャーに対して、彼らは自分たちのことを“カウンター・カウンターカルチャー”と呼んで、批判的な立場に立ちます。反文化に対して反対するという形で、自分たちに文化的な位置づけをするわけです。

その人たちは、実はカーター政権のときに完全に民主党と袂を分かちます。ネオコンは初めから保守主義者ではなかったわけです。民主党と決別して、レーガン政権の中に入っていくわけです。普通の保守主義者というのは、どっちかというと地方の大学出身者や労働階級の出身者が主流を占めています。ところが、ネオコンと言われる人たちは、大学院卒のインテリなのです。その人たちは、政策論争をやると強い。それがレーガン政権に入っていき、政策に大きな影響を与えるのです。

レーガン大統領はソビエトを「悪の帝国」と言いました。ああいうシナリオを書いたのは俺たちだと、後にネオコンと称される人たちは言っています。レーガンの外交政策を策定したのは俺たちだという言い方をしています。彼らは政策論争の中で、50年代から始まった伝統主義と呼ばれる保守主義とある意味では融合し、ぶつかり合いながら、次第の保守主義運動を乗っ取っていくんです。それが実は、現在、ネオコンと呼ばれているグループなのです。別に初めから、ネオコンが保守主義運動の中に存在していたわけではないのです。

もう1つは、ネオコンと今のブッシュ現政権が表裏一体であったというのは、まったくの誤解です。日本のメディアを見ていると、そうした主張がまかり通っている気がしますが、それはネオコンの歴史を無視した議論なのです。たとえば、共和党の大統領予備選挙のとき、ネオコンと言われる人たちはブッシュではなく、マッケイン上院議員を支持したのです。理由は簡単で、マッケインの方が外交政策で強硬政だったからです。ブッシュの外交政策はどっちかというと軟弱でした。

ネオコンは、冷戦リベラルと自称していた時代から、外交政策では介入主義者であり、積極論者でした。しかし、伝統的な保守主義は「モンロー主義」に代表されるように、外交政策では不介入主義なんですね。ところが、ネオコンという人たちは違う。彼らはどっちかというとキリスト教的な、十字軍的な情熱を持って自分たちのアイデアを世界に広げようとする明確な使命を持っている。これは伝統的な保守主義の考えから逸脱しています。ただ、彼らは政策立案能力があり、メディアに対する影響力も強い。彼らは自分たちの雑誌を持ち、言論活動を通して世論に影響を与えています。

これは余談ですが、保守主義運動の大きな特徴の1つは、直接的な大衆運動を始める前に自分たちの雑誌などを作り、言論活動を通して政治家などの影響亮を与えていったことです。それは伝統的な保守主義者にも、ネオコンにも共通する戦略です。

ネオコンとブッシュ政権の話に戻りますが、両者が現在のような関係を構築するには、長いプロセスがあるのです。それは父親のブッシュ政権の時にまでさかのぼってみる必要があります。レーガン政権後に父親のブッシュ政権が誕生します。父親のブッシュ大統領は、ネオコンが嫌いでした。ネオコンをホワイトハウスからどんどん排除していく。これに対して、ネオコンだけでなく保守主義者も、ブッシュ大統領に対して批判的で、彼らはブッシュ大統領は保守主義者ではない、東部エスタブリッシュの亜流であると見なしていました。ブッシュ大統領と保守主義者やネオコンは基本的に対立関係にあったのです。その後、ブッシュ大統領はクリントンに負け、民主党政権が成立します。父親のブッシュ同様に、息子のブッシュも決してネオコンに好意を抱いていたわけではないのです。その両者が結びつくのは、9月11日の連続テロ事件以後の話です。そこに至るまでに、保守主義運動の動向について話しておかなければならないことがあります。

クリントン政権は何をやったか。彼は民主党でが、その政策は保守主義の政策でした。クリントン大統領は“ニュー・デモクラーツ(新しい民主党)”というスローガンを掲げます。伝統的な民主党は、大きな政府と福祉国家を主張するのが普通でした。しかし、クリントン大統領が主張したのは、「財政均衡」と「小さい政府」でした。これは。保守主義者の主張と同じです。クリントン大統領は「アメリカはもう福祉国家ではない、もう大きな政府ではない」と宣言しました。

要するに、クリントン政権は民主党政権ではあるが、アメリカの50年にわたる保守主義運動の1つのエピソードにすぎないのです。すなわち、アメリカ社会の保守化の流れに乗って成立した政権であり、保守主義者の政策の実現を図った政府なのです。個別の政策では、必ずしも保守主義的とはいえないですが、大きな枠組みは明らかに保守主義の思想に依拠したものでした。

今のブッシュ政権も、父親と同様に、必ずしも保守主義的とはいえないのです。ブッシュ政権の掲げているスローガンは「コンパショネイト・コンサーバティズム」といわれるものです。すなわち、冷たい保守主義ではなく、「思いやりのある保守主義」ということです。実は、父親のブッシュ大統領も「ゼントル・アンド・カインダー・ネーション(優しくて親切な国家)」と言っておりました。親子のスローガンは、考え方でオーバーラップしているのです。言葉使いは違いますが、この2つのスローガンには共通点があります。それは、キリスト教です。ブッシュ親子の宗教との結びつきは、かなり深いものがあります。たとえば、ネオコンの一人でデビッド・フラムという人物が著書の中で書いているブッシュ現政権のエピソードがあります。彼は、ホワイトハウスのスピーチライターとして採用され、初めてホワイトハウスに出勤します。そこで彼が最初に聞いた言葉は「聖書研究会が始まりますよ」ということでした。今のブッシュ政権というのは、「クリスチャン・コアリション」などの「リリジャス・ライト(宗教的右派)」を支持基盤にしています。おカネもかなりそこから出ています。ブッシュ大統領の思想を明確に表現したものはありませんが、厳格な意味での保守主義とは違う印象もあります。

では、なぜネオコンとブッシュ政権が一体化したのか。ブッシュ政権とネオコンは、最初は対立関係にありました。皆さんご記憶があるかもしれませんが、ブッシュ政権直後、アメリカの空軍の戦闘機と中国空軍の戦闘機が台湾海峡で交戦しました。そしてアメリカ空軍の戦闘機は海南島に不時着しました。ブッシュ大統領はその戦闘機を引き取るために中国政府に対して謝罪し、賠償金も払っています。ネオコンは、そうしたブッシュ政権の対応を国辱外交だと批判しています。

ところが、9月11日の同時多発テロ事件の発生で状況は急変します。ネオコンは、湾岸戦争のときからサダム・フセインを排除しなければいけないと主張していました。彼らは、サダム・フセインの排除によってイラクを民主化することが、中東全体を民主化させることであり、またそれはイスラエルを守ることにつながると考えていました。さらに、彼らは、中東の民主化、もっと直接的に言えば、アメリカ的民主化はアメリカのミッション(使命)を世界に広めていく鍵になると主張していました。ところが、湾岸戦争を戦った父親のブッシュ大統領は、サダム・フセインの排除には消極的でした。ブッシュ政権と、クリントン政権になります。野に下った後も、ネオコンたちは繰り返し同じことを主張していました。

9月11日のテロ事件が発生した直後、ウィリアム・クリストルはネオコンの若手の代表的論者がブッシュ大統領に書簡を送っています。その書簡の中で、ブッシュ大統領にサダム・フセインを排除することを勧めています。これは、さっき触れたように、ネオコンが10年間わたって言い続けてきた主張なのです。別に連続テロ事件があったから急に言い始めたことではなく、ネオコンの一貫した主張だったのです。一方、ブッシュ政権も外交政策を持っていなかったのです。たとえば、ライス安全保障問題特別補佐官は、“悪者国家”はそのうちつぶれるからほうっておけと論文の中で書いています。ライスは、決して外交政策で強硬論者でなかったわけです。

ブッシュ大統領は裁判所によって選ばれた大統領でした。大統領選挙でフロリダ州の投票を巡る問題で最高裁が下した判決によってやっと大統領になれたわけです。だから、政権発足当時、ブッシュ大統領の人気は非常に低かった。レーガン減税に匹敵する大幅減税などを実施しているのですが、人気は盛り上がってこなかった。しかし、9月11日の連続テロ事件以降、ブッシュ大統領は“強い大統領”になったのです。アメリカ人は、強い大統領を尊敬します。大統領は、強くなければいけないんですね。ある評論家は、「9月11日の連続テロ事件によってブッシュは初めて本当の大統領になった」と書いています。それまでは、多くのアメリカ人はブッシュを胡散臭い人物と見ていたのです。対テロ政策でブッシュ大統領は極めて強硬な政策を取り、非常に強い大統領になっていくのですね。

テロリズムというのは、アメリカ人に一番アピールするテーマだったわけです。私は昨年一年、アメリカにいましたが、テロといえば何でも通ってしまう雰囲気がありました。ニューヨークにいたとき、「アラート(警報)」が出されたことがありました。「イエロー」とか「レッド」とかアラーとの緊急度の段階があります。私がニューヨークにいたとき、「イエロー」の警報が出ました。ロックフェラーセンターやタイムズスクエアなど一般の人や観光客が集まる場所に機関銃を構えた兵士が配置されていました。現実に銃を持った兵士を見ると、怖かったですね。ある意味で、アメリカは臨戦体制にあるのです。飛行機に乗るのに3回も4回もボディチェックされて、靴を脱がされてうんざりしたこともあります。空港では、ボディチェックのために長い行列ができていました。しかし、自己主張の強いアメリカ人が、何の文句も言わずに黙々と従っている。ある意味、アメリカは変わってしまったと言っていいほど、テロでアメリカ人のメンタリティーを変えてしまったのかもしれません。そうしたアメリカ人のテロに対する恐怖感を徹底的に利用したのが、ブッシュ大統領でした。ブッシュ政権が強硬な外交政策に転じていく思想的な裏づけは、実はネオコンが与えたのです。でも、それはさっき言いましたように、ネオコンとブッシュ政権が昔から一体化していたからではなく、もともと対立的な関係にあったのが、テロ事件をきっかけに共通な利害関係を持ち始めたのです。

だから、イラク問題を巡る議論は、50年代、60年代の保守主義者が繰り返し主張してきたことが、現実的な現象となって現われたのです。たとえば、保守主義者は50年代から国際機関は信用できないし、発展途上国でも同じ一票を持つ国際機関にアメリカの命運を委ねるべきではないと主張していました。そういう保守主義者のロジックからいけば、ブッシュ政権がイラク問題で国連決議を無視するというのは当然だったのです。何も今始まったわけではないし、ブッシュ政権だけの特徴でもないわけです。

翻っていえば、イラクが大量破壊兵器を持っているかどうかはどうでもいいことだったんですね。それは、政治的には意味があるかもしれないけれども、本音のところでは、それは彼らにとってどうでもいいことだったといっても過言ではないと思います。イラクの主権委譲に関連して国連決議を得ますが、それも政治的な方便であり、ブッシュ政権はイラク支配の枠組みを変える気は毛頭ないのです。

もう1つ指摘しておかなければならないことは、日本ではイラク戦争は間違いであったと批判され、ブッシュ政権がネオコンと距離を置き始め、ネオコンの野望は挫折しているというコメントを良く目にします。しかし、ネオコンの思想や世界戦略は、もっと確信的で、イラク問題での失敗で挫折してしまうようなものではないのではないかと思います。別に大量殺戮兵器が見つからなかったから戦争の大義がなくなったとか、アメリカ軍による虐殺があったということで、彼らは自分たちの世界観や世界戦略が間違っていたとは考えていないのではないかと思います。基本的は発想は、イラクをアメリカ的な民主主義国家に変え、さらに中東を安定化させるという彼らの戦略は、基本的に変わっていないと思います。彼らの持っている「十字軍的な情熱」、アメリカは「グレート・エクスペリメント(偉大なる実験)」を行なっている国であり、アメリカは神によって託された理想国家であり、その理想を世界に広げることはアメリカの使命であるという考えは、おそらく微動だにしていないのではないでしょうか。イラク戦争の失敗で、世界観を変えるとは考えられません。繰り返しですけれども、彼らの持つ世界観、人間観、宇宙観、神に対する考え、そういったものを全部が、彼らの政策の背景にあるのです。イラクで頓挫したからとか、世論の支持を失ったとか、人気が下がったらという観点からだけでは、アメリカの保守主義者の行動を理解することはできないでしょう。もちろん、ブッシュ政権は選挙で勝利しなければならないわけですから、世論の動向を無視することはできないでしょう。今後、ブッシュ政権が政治的にどうした対応を取るかという問題と、アメリカの底流となっている保守化の動きは、別の問題なのです。

そういうアメリカの保守主義やブッシュ政権の動向を前提にして、次のテーマに移ります。すなわち、今度の大統領選挙はどうなるかというテーマです。単に選挙結果を予想するだけでは、アメリカの現実を知ることにはならないのです。保守化の大きな流れの中でアメリカを理解しないと、重要なポイントを見落としてしまうかもしれません。

アメリカは「分裂国家」だと言われています。分裂にも、いろいろな考え方があります。保守派とリベラル派という分け方があります。東部と南部という分け方もあります。多数派の白人と少数派の有色人種という分け方もあります。面白い分け方で、なかなか日本人に理解しにくい分け方に「チャーチ・ゴーアーズ」と「ノン・チャーチ・ゴーアーズ」というのもあります。要するに、「教会に行く人」と「教会に行かない人」で分ける分け方です。アメリカは、お互いに相入れない世界観を持っている人々によって構成されている国家なのです。アメリカは、ある意味では、分裂国家といっても間違いないような現実があるのです。

選挙も、アメリカは完全に二つに分裂しているといえます。アメリカの有権者の40%は、どう転んでも共和党を支持派する人たちです。この人たちは、ブッシュ大統領が何をやろうが、どうしようが、絶対に共和党を支持する人々なのです。残りの40%は、何があっても民主党を支持する人々です。この人たちも、変わらない。1つの信念みたいなものを持っているわけです。この「40対40」という主張に対して、「45対45」という議論もあります。すなわち、45%の有権者は共和党支持を変えない人々であり、45%の人たちは徹底的に民主党を支持している人たちです。残りの20%、あるいは10%の人たちは、「スイング・ボート」とか「インデペンデント・ボート」と呼ばれる浮動票で、選挙の結果に大きな影響を与える人たちです。

さっき、イラク戦争にかかわりなくアメリカの保守化の流れは変わらないと言いました。たとえば保守主義運動の歴史を見てみると、保守主義者は何回も失敗している。タフトの擁立で失敗し、オルトウォーターで挫折し、レーガンでも、半分は成功したが、半分は失敗した。その後、90年代のクリントン政権の時に保守主義者の代表としてギングリッチ下院議員が登場してくるが、彼もカネと女で失敗しています。要するに、保守主義の思想を担った人は何度も失敗を繰り返している。しかし、それによってアメリカの保守の流れが後退したかというと、必ずしもそうではないのですね。

ブッシュ大統領は選挙で負けるかもしれない、あるいは勝つかもしれない。それによってアメリカ社会を動かしている思想が変わるかというと、変わらないのではないかと思います。保守とリバラルの対立はますます先鋭化してくるかも知れませんが、まだ保守の流れにが勢いがあるようです。

先ほど浅野さんから話がありましたけれども、私はいろいろな人にインタビューしてきましたが、その中で忘れられない相手が一人います。ノーベル賞を受賞した経済学者ミルトン・フリードマンです。彼が言ったことを今でもどうしても忘れられません。彼は、アメリカの保守主義運動の中で重要な役割を果たしている学者です。彼がインタビューの中で言った「アメリカのセンティメントや思想の流れは50年から100年単位で動く」という発言は、今でも鮮明に覚えています。

要するに、リベラルの考え方はニューディールを頂点にずっと続いた。それから思想の振り子は大きく揺れ始め、リベラルから保守へと揺り戻しが始まった。そうした振り子の揺れが起こった理由はいろいろありますが、振り子が最も左まで振れたのがケネディ・ジョンソン時代で、ニクソン政権が誕生した60年代ころから保守の方向、すなわち右に戻り始めます。レーガン政権の時代に一気に振り子は右に動き、レーガン後に民主党のクリントン政権が誕生したにもかかわらず、まだ振り子は右に動いている。フリードマンの言を借りれば、「この振り子は50年から100年の期間にわたって動く」のです。現在でも、まだ振り子は右の方向に動いている。

アメリカで世論調査して「あなたは保守主義ですか、リベラリストですか」と聞きますと、「自分は保守主義者だ」という回答が圧倒的に多い。昔は違っていた。50年代、60年代は、「自分はリベラルだ」という人が多かった。今は保守主義者だという人が多い。そういう人たちは、思想的に非常にコミットしているから、そんなに動かないんですよ。
「40対40」あるいは「45対45」、すなわち80%から90%の人たちは、リベラルであれ、保守であれ、明確な思想的スタンスを持っているのです。では、選挙の結果を何が決めるかというと、残りの20%から10%の人たちです。

最近の世論調査で「ブッシュとケリーのどちらを支持するか」という問いに対して、「ブッシュ支持40%」、「ケリー支持38%」、「スイング・ボート21%」という結果が出ています。まさに、「40対40対20」なんです。問題は、そのスイング・ボートの21%の中身です。その調査では、8%がブッシュ支持、7%がケリー支持、あとはアンディサイド、まだ決めていないという内訳になっています。

この20%の人たちをどう動かしていくかで選挙結果が決まるわけです。この20%というのは、どちらかといえば、ヒスパニック(スペイン系)とか、黒人とか、従来の民主党支持の人たちが比較的多かった。ただ、そういう人たちが、前回の選挙でもそうですけれども、保守の方にシフトしてきている。

今、日本で新聞やテレビを見たりしますと、日本の特派員たちはどっちかというとリベラル派というか、民主党が好きな人が多いようです。リベラル派や民主党の人たちの動きを報道すれば、皆、猛烈なブッシュ嫌いですから、アメリカの世論は反ブッシュであるという内容になるのは避けられません。どうも、日本のメディアは、リベラル派の動きを注視し、保守派にはあまり注意を払っていないのではないかという気がします。少なくとも、日本のメディアを見ている限り、ブッシュ劣勢という判断に傾いてしまいがちになるようです。何かアメリカは全部そういう雰囲気になっているという印象を受けます。しかし、繰り返していいますが、アメリカの底流になっている保守化の動きは基本的に変わっていないのではないかと思います。

選挙は拮抗しています。世論調査によっては若干ケリーの方が上回っています。しかし、考えてみると、ブッシュ政権は致命的ともいえる失敗をしているにもかかわらず拮抗しているというのは、ケリーが状況を自分のために十分に利用できていないということでもあるのですね。

面白い世論調査の結果があります。「なぜケリーを支持するのか」という質問に対して、「ブッシュが嫌いだから」というのが多い。そうすると、ケリーに人気があるというのではない。どうもケリーにはカリスマ性はないようです。だから、わっとケリー人気が盛り上がってこない。「ブッシュは嫌だ」「イラク戦争は嫌だ」だから、他の選択肢がないからケリーを支持するという支持層が結構あるわけです。

もう1つ、妙な言い方ですが、イラク戦争を除いて政策の違いを見てみると、ブッシュ大統領とケリー候補の間にそれほど大きな政策の差があるわけではない。イラク戦争についても、ケリーはイラク戦争については議会で賛成票を投じている。それに、イラクから米軍が撤退することに反対しているんです。場合によっては増派してもいいとさえ言っている。ただ、彼が今まで言っているのは、国連決議に基づいて意行動するということです。そこがケリーとブッシュの唯一の違いだった。ところが、新たな国連決議が通り、形式的であれ主権委譲も行なわれた。イラク戦争については、好きとか嫌いとか、あるいは失敗だったかどうかという判断は別に、政策としてそれほど際立った違いはなくなってきたわけです。

国内政策はどうか。ブッシュの国内政策はあまり日本では報道されていません。ブッシュ政権の政策は、どっちかというと決して保守的とは言い切れない。ブッシュ政権のスローガンである「コンパショネイト・コンサーバティブ」についても、『ニューヨーク・タイムズ』紙の調査では、多くのアメリカ人は信じています。また、もう一つのブッシュ政権のスローガンに「フェイス・ベースト・イニシアティブ(信念に基づく政策)」があります。これはどういうことかと言いますと、アメリカ社会は、教会とか慈善団体とか宗教や信念に基づいた団体による地域の活動をベースに支えられなければならない。連邦政府が福祉政策で肥大化するのではなく、そうした草の根運動をサポートしなければいけないというものです。それがブッシュ政権の政策思想の1つの大きな柱となっています。もちろん、現実は奇麗事だけで終るものではなく、そうしたスローガンもどれほど内実があるかは疑問ですが、ブッシュ大統領が本気で、そうした主張をしているのは間違いないと思われます。

ということは、テロ対策や外交政策では強硬で、ナショナリストですが、国内政策でも超保守的なナショナリストかといったら、必ずしもそうではないのです。むしろ、強硬派の保守主義者に距離を置いている面もあります。彼の考え方は、保守主義的というよりもポピュリストという位置づけるほうがもっと正確かもしれません。

ですから、「ブッシュ=ネオコン」、「ブッシュ=超保守主義」という方程式は必ずしも成立しないんです。たまたまテロ事件とイラク戦争という状況の中で「ブッシュ=ネオコン=超保守主義」という方程式が成立しているように思えるのですが、実はそれ以外の問題では、この関係は必ずしも成立しているわけではないのです。そういうことを理解しないと、アメリカの現実が本当には分からないのではないかと思います。

もう1つ、アメリカの選挙を見るとき非常に大切な政治学の理論があります。有権者のメモリースパン(記憶の時間)は非常に短いという理論です。人が記憶している時間は非常に短い。日本でも「人の噂も75日」といわれますが、大体人が覚えているのは3カ月前ぐらいまでです。1年前に何があったとか、半年前に何があったのか覚えていないのが普通です。そうすると、投票日より大体2~3カ月ぐらい前に何が起こったかが、選挙結果を決める非常に大きなファクターになるのです。

たとえば、父親のブッシュ大統領も湾岸戦争に勝って90%ぐらい得ていた支持率が、急速に落ちて行きました。私は大統領選挙があった1991年の夏にアメリカにいたんですけれども、その時、なんだか雰囲気が変わって来たと直感的に感じました。あのときには、ロス・ペローという第三の候補者が出馬するという不確定な要素がありました。彼は、大幅減税を主張し、富裕層にアピールし、それによってブッシュの票が食われたということもあります。もう1つは、保守主義者がブッシュから離反したことです。ブッシュ政権は大幅な財政赤字に対処するために大幅増税を行ないます。保守主義者は、それを「反レーガン革命」だとしてブッシュから離反していきます。そうした状況に不況が重なり、ブッシュ大統領の人気が急激に落ち込んで行ったのです。しかし、景気が悪かったというのも、今振り返ってみたら間違いで、景気は既に底を打って選挙のときには回復に向かっていた。しかし、当時の景気回復は「雇用増なき回復」といわれたように、失業率は高水準に留まったままだった。アメリカでは、80年代後半から90年代初めにかけて企業は猛烈なリストラをやった。その結果、企業収益は上がってきたんですけれども、雇用は増えなかった。景気回復にブーム感はなく、雇用も増えていない。マクロの指標から見れば、経済は改善していたにもかかわらず、有権者からみれば景気が悪いという印象が強く残っていた。

では、今回の選挙はどうか。まず、ケリー候補の側に、ラルフ・ネーダーという不確実要素があります。弁護士で、過激なリベラル派であるラルフ・ネーダーが立候補した場合と、しない場合で選挙結果が大きく変わる可能性があります。ちょうど、ロス・ペローがブッシュ大統領の足を引っ張ったケースと似た状況です。世論調査では、ネーダーの支持率は2~3%あります。これは、もともと基本的に民主党の票です。そうすると、民主党支持の票がネーダーに流れると、ブッシュ大統領には有利になる。92年の大統領選挙とまったく逆の状況が起こるのです。ブッシュとロス・ペローの得票を合わせると、クリントンを上回っていた。だが、ロス・ペローが共和党の票をブッシュから奪ったことでクリントンが勝利した。今回ラルフ・ネーダーがもし出馬したら、91年の選挙の民主党版が起こることになる。ですから、民主党としては何としてもラルフ・ネーダーが出るのを押さえたい。しかし、多分、彼は出馬すると思います。そうすると、それも選挙結果を予測する重要なファクターになるでしょう。

7月に民主党の全国大会があって正式にケリーが民主党の候補者になる。8月に共和党の全国大会があります。そうすると、1対1の討論会が始まります。アメリカ人にとってプレゼンテーションとかパーセプションは非常に重要です。そのとき、どれだけ相手に対して優位な議論ができるかで、選挙結果に大きな影響がでてきます。今の段階で言いますと、パーソナリティーという点では、ケリーの評価は非常に低い。いろいろな問題があるけれども、どっちかというとまだブッシュのパーソナリティーの評価の方が高い。

ただ、ブッシュは、父親もそうでしたけれども、演説は上手だとは思えない。1対1でケリーと議論するわけで、両者の違いが鮮明に出てくるでしょう。副大統領候補も公開討論を行なうことになります。民主党のエドワーズとチェイニー副大統領の一騎打ちになるわけですが、チェイニー副大統領のイメージは非常に悪い。最近も彼がブッシュ政権の国防長官を辞めた後にCEO(最高経営責任者)に就任したハリバートンという軍事サービス関連会社のスキャンダル絡みなど出ており、マスコミに叩かれています。彼自身、イメージがよくないです。大統領候補と副大統領候補がそれぞれ1対1で対決するわけです。それが有権者にどういう印象を与えるかが、選挙結果にも大きな影響を与えるでしょう。

もう1つ大きな要素は、どのようなアジェンダ(政策課題)を訴えるかです。ケリー陣営から経済政策を含めて明確なスローガンはまだ出てきていないような気がします。チャレンジャー(挑戦者)は、明確なメッセージを出せない限り勝てない。私が見ている限り、ケリー陣営から明確なメッセージは出てきていないような気がします。民主党全国大会で政策綱領が発表されますが、どの程度、現政権との違いを打ち出せるかが一つの焦点です。こんなにケリーにとって有利な状況にもかかわらずブッシュに対して1ポイントか2ポイントの支持率の差しかつけられないというのは、これからブッシュを追い込めていくのは相当厳しいかもしれない。よほど明確な政策の違いを打ち出さない限り、現職の壁を打ち破るのは容易ではないでしょう。

ただし、選挙はわかりません。水物です。さっき触れたように、ネーダーが出るか、出ないかで状況が変わるでしょう。もう1つは、景気動向です。6月末にFRB(連邦準備制度理事会)は利上げを実施しました。それは非常に良いタイミングだったかもしれません。本来なら大統領選挙の年に利上げをするということは、タブーだと考えられてきました。今回は逆にインフレ懸念を背景に景気過熱を抑えながら、息の長い成長を実現する効果を発揮するかもしれない。とすれば、景気は秋口には良い形になっているかもしれない。グリーンスパンFRB議長は、ものすごく政治的な人物です。大統領選挙に対する配慮があったかどうか知りませんが、6月には彼はブッシュ大統領にFRB議長に再任されたばかりで、さらに4年間、FRB議長を務めるわけです。金利も徐々に上げながら経済成長を過熱させない、うまい形でソフトランディングにもっていけば、秋口に経済状況はそんなに悪くないかもしれない。イラク情勢にもよりますが、ブッシュ政権も悪くはないということになるかもしれない。91年の選挙でブッシュ大統領が敗北した理由として、グリーンスパン議長の強烈な引き締め政策が不況を招いたという議論があります。今回は、グリーンスパン議長の引き締め政策への転換が、ブッシュ大統領にプラスに作用したと言われるかもしれません。

もう1つ繰り返しますけれども、選挙の結果はどうあれ、かりブッシュが負けたとしても、50年代後半から続いている大きな保守化の流れは変わらないと思います。民主党政権になっても、その保守化の大きな流れの中からは新しい政策は出てこないと思います。ということは、ある意味では、どちらが勝っても政策的には五十歩百歩ということになるでしょう。外交政策でも、大きな変化は多分ないでしょう。

ただ、むしろ問題なのは、日本の政治とか政策とか政府というのがアメリカにどういう対応をしているのかというのが実は見えてこないことです。日本の政治家は、アメリカが大きな流れの中で動いているということを全然理解していない。そういった大きなアメリカの思想の流れというものをどう位置づけ、その中で日本の政策とか国家のあり方をどう考えていくかということが全然かみ合わないまま、議論しないままに、日本は動いているのではないか。ケリーが当選したときどうするのか、多分、小泉政権は何のプログラムも持っていないと思います。

最後につけ加えますと、私は『アメリカ保守革命』を書きながら、いつも思っていたのは日本の保守主義のことです。日本の保守主義は、何なのか。私たちは保守主義という言葉を使いますが、日本の保守主義とは何なのか。アメリカの保守主義とは、人間観とか倫理観とか世界観とか、神との関係とか、歴史観とか、そういう中からでき上がってきている。ですから、議論したら強い。今、まともに議論したらリベラル派は勝てないかもしれない。

うちの家内はリベラル派ですが、本の中にリベラルと保守の比較表を出しているんですが、彼女がそれを読んだあと、「私は保守派よ」と言っていました。要するに、項目的に見ると、はるかに保守主義者の理論には一貫性があるんです。どっちかというと知人の中でリベラルな人たちが「あの表を見たら、私はどう考えてもリベラルじゃないよ、保守派だよ」と言っていました。それくらい保守主義者は、明確な思想構築を行なっているのです。

最初に言いましたように、アメリカの保守主義はまず思想運動として始まって、大きな世界の歴史の中の思想として形ができ上がった。それが政治に入っている。政治というのは妥協の産物ですから、思想どおりいかないわけです。いろいろな挫折があったり、失敗があったりする。何度も何度も保守革命は失敗しているのです。自分たちのスポークスマンの選択を失敗してきているわけです。

では、日本にとって保守とは何なのだろう。「ナショナリズム=保守主義」ではない。確かに、ナショナリズムは保守主義の1つの大きなファクターです。イギリスの思想家であり、政治家であるエドモンド・バークは、ナショナリズムは保守主義の1つの大きなファクターであると主張しています。ただ、それは保守主義の多くの要素の中の一つに過ぎないということを忘れてはいけないと思います。

日本で保守主義者と目されている人々は、憲法改正を主張したり、「普通の国家」論を展開したりしています。その人たちが考えている国家とか世界は一体何なのだろうと感じながらあの本を書いてきました。本当にこの1年か2年というのは、アメリカだけではなく日本にとっても非常に大きな時期に差しかかってきているのではないかなと、そんな気がしております。日本の保守主義を真剣に考えてみる時期かもしれないなと思っています。

時間が参ったようですので、この後は少し質問にお答えしたいと思います。

浅野 ご質問をお願いいたします。

質問 最近、ジョージ・ソロスの『ブッシュへの宣戦布告』という本が出ましたね。彼は、アメリカをクローズド・ソサエティーにするのではなく、オープン・ソサエティーを維持するためブッシュを絶対に引きずりおろすんだと書いております。それについてどういうふうに考えられますか。

中岡 アメリカにはいろいろなファンデーションがあります。アメリカのいちばん大きな基金はマイクロソフトのビル・ゲイツ財団です。ちょっと規模は小さいですがソロスが拠出する基金があります。ソロスの基金は、発展途上国や東欧の国で報道の自由を守るための活動に資金を提供しています。彼はもともと東欧からの亡命者です。彼はカネもうけをしますけれども、東欧とか途上国に対する思い入れにはものすごいものがあります。

共和党と民主党のカテゴリーからいけば、彼は別にビジネスマンだからといって共和党支持というわけではありません。彼の経歴や発想からいけば、彼がブッシュ政権に批判的なのは当然なことだと思います。彼の世界観はリベラルです。クリントン政権のときの財務長官にルービンがいます。彼はゴールドマン・サックスの会長でした。ですから、経済人=共和党というわけではないのです。ですから、ソロスがブッシュ政権を批判してもちっともおかしくないです。

質問 先ほどネオコンのお話で、本来、ネオコンというのはそんなにアメリカに支持基盤はないけれども、9・11という非常に特殊な状況の中で一気にブッシュ政権がネオコンの政策を取り入れて、アメリカじゅうの7割だとか8割の支持を得た時期があったわけですね。そういう状況というのは9・11という異常な事態で選択した意思で、平時の状態というか、アメリカ人が理性的になったときに本来支持し得る主張ではないんではないかというお考えですか。

中岡 おっしゃるとおりだと思います。私はちょうどその後にアメリカにいたわけですけれども、アメリカ人はあの事件以降、変わりました。何人かの知人は、あの事件以降、トラウマみたいなものを感じるようになったり、人生の最大の出来事だと語ったり、人生の意味を考えるようになったと言っていました。アメリカでテロに対抗するということに反対する人はいないわけです。テロに対抗するというのは、ある意味では今のアメリカにとって政策の第一プライオリティーになっていると言っても間違いないでしょう。アメリカは外の世界に対して開かれた国でした。しかし、最近では外の世界に身構えているような感じがします。そうした一種異常な状況がアメリカを支配していると思います。
ネオコンはイラク攻撃を最初に主張したわけではありません。テロに対する報復として、アフガニスタンから始まっているわけです。しかし、彼らの政策の本当のアジェンダ(政策目標)はイラクの民主化にあったことは事実です。ネオコンは、テロ事件を自分たちの論理の中に組み込むことで、大きな影響力を発揮するチャンスを得たといえます。

もう1つは、ネオコンは政策集団であるということです。大衆運動ではない。保守主義の運動というのはこれに限らないのですが、非常に面白い特徴を持っている。保守主義者は、保守思想の構築が終ったとき何をやったかと言いますと、思想を普及させ、思想を深化させるための場所として雑誌を創刊している。そこに社会的影響力のあるインテリを積極的に起用している。そこで議論した論理を、政策にどんどん反映させていく。保守主義運動は当初は大衆運動ではなかった。それが大衆運動化してくるのは、ポピュリストとか、モラル・マジョリティーとか、クリスチャン・コアリションとか、そういった人たちの運動と合体するところから出てくる。思想としての保守主義は、共産主義ではないけれども、純化するようなプロセスだったんです。そういった意味で、今のネオコンと言われる人たちも自分たちの雑誌を持っています。そこで論理展開をどんどんやっている。

おっしゃる通り、この数年のアメリカは異常な状況にありました。テロを撲滅することがアメリカの正義にかない、同時に世界の正義にかなうという雰囲気がアメリカにあったことは事実です。だから、最初はイラク戦争をほとんどの人が支持したわけです。しかし、結果として、違っていたじゃないかというのがどんどん出てきたわけです。いろいろな形の情報操作があったじゃないかというわけです。それが今のブッシュ政権の批判になってきているわけです。そこにおける悲惨な出来事とは別に、政策、政府に対する不信という形で広がってきていると思います。だから、おっしゃるとおりだと思います。ただ、イラクに大量殺戮兵器がなかったとか、イラク人に対する虐待があったとか、アメリカ兵の犠牲が大量に出ている事に対する批判はあっても、テロ撲滅が間違いだという議論にはなっていないのですね。

質問 政治学の本なんかを見ていますと、政治とは何だということでは、政治とは利益の分配だと書いてありますね。そうすると、今までのお話を聞いている中で、アメリカの保守主義も変わらない、日本の保守主義も変わらないということを考えた場合、利益の分配が政治の目的だということになれば話はよくわかると思うんですね。ただ、そういうことでは困るので、たとえば日本の郵政の民営化にして道路公団の民営化にしても、どうも彼らの頭の中には自分と自分のグループの利益の分配しか頭にないのではないかなと時々僕は心配するんですけれども、政治家というのは本当にそういう利益の分配にこだわる人種なんでしょうか。

中岡 難しい質問ですね。たまたま先ほど私、ここに来る前に時事通信の『世界週報』編集長とそういうお話をしたんです。そのとき、石油の利権絡みでイラク戦争を始めたという話があるが、という話が出ました。彼はロンドンの特派員をやっていて、つい最近帰国したばかりでしたが、石油の利権のためにブッシュ政権がイラク戦争を始めたのではないと言っていました。私も、そうだと思います。アメリカは石油利権に絡めてイラク戦争を始めたと考えると、状況判断を間違うかもしれません。ことで私と『世界週報』の編集長は意見が一致しました。石油に関して一言付け加えれば、現在、アメリカが最も多くの石油を輸入しているのはメキシコです。その意味では、石油という観点だけからいえば、メキシコの存在のほうが、経済的にも、地政学的にも、アメリカにとってはるかに重要なのです。

物事に対しては、それを正当化する正当な理論がないと人間は行動できないと思います。人は、何か行動を起こすにはコーズ(正義)が必要だと思います。政治家の中には確かに利益誘導的な傾向を強く持った人が多いかもしれません。しかし、政治というのは全体で見た場合、最後に問題になるのな「大義」だと思います。「大義」のない政治は長続きしない。ですから、それはより大きな世界観であったり、より大きな価値に対してどれだけコミットできるのかだと思います。

ですから、単に利益の分配を政治とは思わないです。大儀というのが行き過ぎるとミリタリー国家みたいになっちゃうというのがありますけれども、少なくともある大きな大儀に沿わないような政策というのは続かないと思います。

さきほどの質問に戻りますが、もし政治を単に利益分配だけの機能と考えた場合、たぶんそういう政治は行き詰まると思います。大きな正義、大義の中で自分たちの政策を訴えていくということが非常に大事だと思います。

質問 行き詰まらないとおかしいんだけれども、なぜ行き詰まらないのかが問題だと言っているんです。

中岡 何をもって行き詰まるとか、行き詰まらないかと言うのか分かりませんが、少なくとも国においては政権の交代という形で起こるわけです。どういう政治の機能を重視するかは別ですが、少なくとも政権交代を通して政治のチェック・アンド・バランス機能が果されていくわけで、利益誘導だけでは済まない世界が存在するわけです。ご質問の趣旨の「行き詰まる、行き詰まらない」というのがよくわからないんですけれども・・・・。

質問 行き詰まるというのは、要するに政権交代するということです。

中岡 ですから、現実に政権交代が起こるわけですね。日本の場合は知りませんけれども、少なくともアメリカでは政権交代が起こる。ただし、政権交代が起こる中にも、さっき言いましたように、時代の大きな流れというものがあって、今、たとえば「福祉国家論」や「大きな政府」といった主張をしてもあまり支持を得られないと思います。少なくともこの10年、20年のタイムスパンで考えたとき、国家とか社会に対する私たちの持っているパーセプション(考え方)は変わってきたわけです。少なくともそういう時代や思想の裏づけがなければ、政治というのは成立しないと思います。

政治は、社会の価値観や大きな動向に対して対応していかなければなりません。それに応じて、政権交代が起こると思います。アメリカの場合は、少なくとも民主党と共和党という形で政権交代が起こったり、議会と政府の勢力関係の変化が起こっています。たとえば大統領が民主党だったら議会の多数派は共和党が占めるとうように、チェック・アンド・バランスの機能を使いながらアメリカの政治は動いていると思います。

浅野 日本とアメリカはまたちょっと違いますから、同一に議論しない方がいいと思います。
先ほど、中岡さんがおっしゃったリベラリズムと保守主義の比較の表が2つありまして、私もこれを読んでびっくりしたんですけれども、東洋経済もリベラル100年と言ってきたんですが、これを見ると保守主義というのもなかなか捨てたものではないなと思いました。皆さんもぜひこの表をごらんいただくといいと思います。

私が感じますのは、保守主義もいろいろ変わってきているんだけれども、リベラルも当然変わってきている。そのとき、リベラルが保守主義のいいところをどのように取り込んでいくかというのは私個人は興味を持っておりますし、中岡さんはまたそれを追求して次の本を書いてくださるかなと楽しみにしております。

高柳さん、今日の話のスピードはどうでしたか。3回目は合格だそうです。(笑)

4回目をまた楽しみにしております。

 今日はどうもありがとうございました。

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