中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/12/26 日曜日

米大統領選挙レポート「オハイオ州はそれでも、なぜブッシュを選んだのか」(『諸君』1月号掲載)

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前のブログで『諸君』に記事を掲載したこと、その簡単な内容と小見出しを紹介しました。今回は、同掲載原稿の最初の原稿をアップします。『諸君』に掲載された分は、ここでアップした物よりも少し短くなっています。11月2日の選挙後、様々な分析が行なわれています。今でも、アメリカのジャーナル、メディア、学者が分析記事を発表しています。2004年の大統領選挙の持つ意味は、これからますます大きな重みを持ってくるでしょう。『諸君』の原稿は、鳥瞰的な分析ではなく、ミクロ的な分析をしてみたいという意図から書いたものです。その意味で、多くの同じような分析とはやや趣をことにしているかもしれません。400字で36枚と長い原稿ですが、最後まで読んでいただければ、何か得るものがあると思います。なお、タイトル、リード、小見出しは、私が付けたもので、掲載記事とは違っています。

オハイオ州で何が起こったのか
―アメリカ大統領選挙の深層を探る―

ブッシュ再選の意味

アメリカが“赤く”染まった。西海岸と東海岸のニュー・イングランド地域と五大湖周辺の州のブルーを残し、アメリカの地図が赤く塗りつぶされた。世論調査は、大統領選挙の投票日直前までブッシュ候補とケリー候補の支持率が拮抗していると伝えていた。選挙直後に行なわれる出口調査は、いずれもケリーの優勢を伝えた。午後7時頃、ワシントンDCのインテリが集まる街ジョージタウンはケリー勝利を確信する人々が街に繰り出し、まるで“大晦日”のような雰囲気になった。

しかし、開票が始まるにつれて、メディアはブッシュ候補の勝利を告げ始める。ブッシュが勝利した州は赤く塗られる。その数が次第に増えていく。2000年の選挙で最後まで紛糾し、今回も“スイング・ステート(激戦区)”と見られていたフロリダ州について、メディアは午後11時半頃にブッシュ勝利を伝えた。テレビに映し出されたアメリカの地図の赤い色がブルーの色を圧倒していった。

だが、ブッシュの優勢が誰の目にも明らかになっているにもかかわらず、どのメディアも最後までブッシュ当確を出すことに慎重であった。ケリーも、前回の選挙で早々と敗北宣言をして失敗したアル・ゴアの間違いを繰り返したくないとして、敗北宣言を出すのを渋った。ボストンで開票結果を待つ民主党の副大統領候補ジョン・エドワードは「我々は最後の一票まで戦う」という短いメッセージを残して、ケリーの自宅に引き込んでしまった。

ブッシュ陣営も、早い時点で勝利を確信したわけではなかった。出口調査がケリー優勢を伝えると、選挙本部は重い空気に包まれた。開票が進むにつれて、ブッシュ優勢が明らかになってくるが、選挙本部に活気が戻ったのは、「ブッシュがフロリダ州を抑えた」というニュースが流れてからである。それでもまだ勝利を確信する雰囲気はなかった。深夜、ブッシュは選挙本部の広報責任者ダン・バートレットと電話で話をするが、二人の会話に“勝利”という言葉は出なかった。ブッシュはオハイオ州の選挙状況についてバートレットに質問しただけであった。

深夜も押し詰まり、保守系のテレビ局フォックス・ニュースが、ブッシュがオハイオ州で勝利したと報道した。その報道を受け、バートレットはブッシュに電話をかけ、「大統領閣下、おめでとうございます」と伝えたのである。しかし、まだケリー陣営はオハイオ州の敗北を認めなかった。すべての開票が終っていないし、票の再集計を要求する可能性も残されていたからだ。まだ2000年のフロリダ州での失敗が頭の中にあった。しかし、朝の9時半、ケリー陣営はオハイオ州の投票結果がもはや覆えることはないと認め、11時に「敗北宣言」を発表したのである。

投票結果は、ブッシュが31州で勝利し、選挙人286人を獲得したのに対して、ケリーは20州で勝利し、選挙人252人を獲得したに留まった。「ポピュラー・ボート」と呼ばれる国民の一般投票は、ブッシュは約5946万票を獲得し、51%と過半数を占めた。ケリーの得票は約5595万票、48%であった。しかし、この差を見る限り、“ブッシュ圧勝”といえるものではなかった。かつて民主党のジョンソン候補が得票率61・1%、選挙人486人を獲得し、得票率38・5%、選挙人52人しか獲得できなかったゴールドウォーター候補を圧倒した64年の大統領選挙や、共和党のニクソンが得票率で60・7%対37・5%、選挙人で520人対17人とマクガバン候補を破った72年の大統領選挙と比べると、今回の大統領選挙は“地すべり的勝利”といえるようなものではなかった。しかし、今回の選挙の結果は、ブッシュにとって数字以上の重みを持つものであった。

2000年の大統領選挙でフロリダ州の開票を巡って裁判闘争まで行なわれ、最高裁判所の決定によってブッシュは第43代大統領に就任したが、それゆえ常に「裁判所が決めた大統領」であると“正統性”が疑問視されてきた。しかも、ポピュラー・ボートの得票率は47・9%と、ゴアの48・4%を下回ったのである。最後にフロリダ州で勝利し、選挙人271人を獲得し、ゴアの266人をわずか上回って当選を果たしたのである。今回の大統領選挙は、ブッシュにとって選挙人の数で勝つだけでなく、ポピュラー・ボートでも絶対勝たなければならなかったのである。誰の目にも疑いの余地がない勝利を挙げない限り、これから4年間、ふたたび“正統性”を問われ続けなければならないからだ。

ブッシュは、2000年に大統領に当選した日から再選の準備を始めている。これは従来の政権と比べると異常ともいえる取り組みであり、同時に彼がいかに大統領としての“正統性”に拘っていたかを示す証拠であろう。

今回の選挙で、得票率でケリーを上回るという狙いは達成した。しかし、今回の選挙はそれ以上にブッシュ大統領にとって大きな意味があった。一つは、得票率が過半数を超えたことだ。88年の大統領選挙で父親のブッシュが民主党大統領候補デュカキスを53・4%の得票率で破って以降、過半数の得票率を獲得して当選した大統領はいないのである。クリントン元大統領でさえドール共和党大統領候補を破った96年の選挙で49・2%しか獲得できなかったのである。

しかも、共和党が上院で4議席増やし、非改選と合わせて100議席のうち55議席を確保し、民主党は44議席と小数野党となった。下院も共和党が4議席増やしてと231議席にしたのに対して、民主党は200議席となった。与党共和党が、両院で過半数を占めたのである。大統領再選の選挙で現職大統領が勝利するだけでなく、与党が両院の多数を占めた例は、フランクリン・ルーズベルト大統領にまで遡らなければならない。さらに知事選挙でも共和党が50州のうち28州で知事を獲得したことも付け加えておくべきだろう。今回の選挙は、ブッシュ大統領の勝利だけでなく、共和党の圧勝であった。

もう一つ、今回の選挙はブッシュにとって大きな意味があった。改選は、ブッシュ政権の4年間の実績に対する国民の信任投票の意味も持っていた。特にイラク戦争を始めた“ワー・プレジデント(戦争大統領)”として、国民の信を得ることは不可欠であった。かつて戦争大統領として再選を求めたのは、リンカーン大統領に例があるだけである。アメリカ国民は、ブッシュ政権の政策を承認したのである。

イラク戦争以外にも巨額の財政赤字、経済状況の悪化、医療・年金改革の遅れなど、ブッシュ政権にとって不利な状況が山積していた。ブッシュは、現職の有利を享受するどころか、極めて厳しい状況で国民の審判を仰がなければならなかった。多くの国民は「アメリカは間違った方向に進んでいる」と感じていた。しかも、世界中の批判を浴びながら、なぜアメリカ国民はブッシュ大統領にアメリカの将来を託したのであろうか。

それは単に一つの大統領選挙の結果に留まらず、保守化するアメリカ社会の深層を反映しているのである。先に両陣営はオハイオ州の選挙結果を異常なまでに気にしていたことを指摘した。実は、オハイオ州の選挙は、今回の選挙を象徴していたのである。

(小見出し)
なぜオハイオ州が焦点になったのか

選挙前日、ケリーは人気ロックスターのブルース・スプリングスティーンと一緒にオハイオ州で最後の選挙運動を行なった。若者をひき付ける“スプリングスティーン効果”を狙ったもので、クリーブランドで行なった演奏会に大勢の若者が集まった。また、スプリングスティーンは労働者のヒーローでもあり、州民の関心をひきつけるには最適の人物であった。

ケリーのオハイオ州での活動は、これに留まるものではない。7月の民主党全国大会で正式に大統領候補の指名を受けた後、最初の遊説地に選んだのがオハイオ州であった。また、9月に共和党全国大会が開催される直前にも、それに対抗するかのようにエドワード副大統領候補がデイトンで徹夜の会合を開くなどオハイオ州で継続的に選挙活動を行なっている。ケリーとエドワードがオハイオ州で行なった遊説の回数は20回を越えている。ケリーは「私は余りにも多くの時間をバックアイ・ステート(オハイオ州のニックネーム)で過ごしているので、ここにメールを転送してもらわなければならない」と冗談を言っているほど、オハイオ州での選挙運動を重視していた。

他方、ブッシュも投票日の前の週末にシュワルツネッガー・カリフォルニア州知事の応援を受けて、オハイオ州コロンバスで最後の選挙運動を行なっている。二人の候補者にとってオハイオ州は名実ともに“最重点選挙区”であった。

今回の大統領選挙は、どちらの候補が“スイング・ステート”あるいは“バトルグラウンド・ステート”と呼ばれる11州の激戦区を制するかで勝敗が決まるといわれてきた。これらは、2000年の大統領選挙でブッシュとゴアの得票が僅差であった州で、わずかな票の動きで結果が大きく変わる可能性がある州だと考えられていた。たとえば、“スイング・ステート”の一つフロリダ州では、前回の選挙でブッシュは537票の差で勝利を収めたのである。また、ニューメキシコ州はさらに僅差の366票で明暗が分かれた。

オハイオ州は16万票差でブッシュがゴアを破っている。かつての大統領選挙で民主党の大統領候補がオハイオ州で勝利を収めたことは一度もない。しかし、ケリー陣営は、今回はオハイオ州では十分に勝算があり、ここで勝てば大統領選挙に勝てると考えていた。オハイオ州の選挙人はわずか20名に過ぎないが、同州で選挙運動を優勢に進めれば、他の“スイング・ステート”でも優位に立てるとの判断があった。

ケリー陣営は、なぜ歴史的には共和党の州であるオハイオ州で勝算があると考えたのであろうか。同州は、ブッシュ政権の4年間で最も経済的に深刻な影響を被った州であるからだ。ケリーにとって、ブッシュ政権の経済政策の失敗を訴える最適の州であった。ブッシュ政権が成立した2001年1月以降、オハイオ州の雇用は23万人以上減っている。これは各州の中で最大の雇用喪失である。同州は鉄鋼などスモーク・スタックと呼ばれる古い産業が多く、情報革命に完全に乗り遅れていることから、景気立ち直りのきっかけをつかめず、雇用情勢には他州よりも厳しいものがあった。

同州の9月の失業率は5・7%で、全国平均の5・1%を上回っている。地元の専門家によれば、この4年間に労働力が大幅に減っており、失業の実態は数字以上に厳しい指摘している。同州の88郡のうち失業率が10%を越える郡は6つあり、州平均の5・7%を越える郡は33もある。同州の中心地クリーブランドは「アメリカの大都市の中で一番貧しい都市」(ジェイン・キャンベル市長)なのである。同市の最大の課題は貧困で、10月に市の有力者を集めて「貧困サミット」を開き、貧困撲滅の道を模索しているが、もはや市の段階では切り札はないのが実情である。

こうした経済状況に加え、オハイオ州は民主党を支持する組織労働者が多い州でもある。02年の労組に加盟している労働者の数は83万人強と、全州のうち5番目に多い。ただ、83年と比べると不況の直撃を受けて約17万人も減っている。民主党の潜在的な支持基盤は十分にあり、それを掘り起こせば、十分に勝機はあるというわけである。
ケリーは、遊説の中でブッシュ政権の経済政策を厳しく批判し、雇用創出、健康保険制度改革、大学の授業料補助、最低賃金の引上げなどの政策を訴えた。これに対して、ブッシュは4年間に3度行なった減税を恒久化することで、景気は回復すると応じた。両候補の直接対決とは別に、地元の選挙運動組織は激烈な選挙運動を展開した。それは“グラウンド・ゲーム(獣狩り)”と評されるほど、両陣営とも徹底的な支持層の掘り起こしを行なったのである。地元紙『ザ・プレイン・ディーラー』の記者は「州の歴史始まって以来、最も刺激的な選挙」と評するほど、両陣営は熱狂的な選挙運動を展開したのである。

民主党は党組織だけでなく、民主党系の全国組織「アメリカ・カミング・ツゲザー(ACT)」も選挙運動に加わり、積極的にケリー支援の運動を展開した。ACTの最大の献金者はヘッジファンドの運用で巨万の富を得たジョージ・ソロスである。ACTは全国で選挙運動を展開していたが、オハイオ州で使った資金が最も多かったといわれている。民主党の党組織はクリーブランドやシンシナティ、コロンバスなど22の大都市を中心に有権者の掘り起こしを行い、ACTは小都市や郊外で選挙運動を展開するなど、両者は組織な取り組みを行なった。
ACTは、戸別訪問や電話で有権者を投票所に行くように促す一方、バンを使って有権者を投票所まで送迎する「GOTV(ゲット・アウト・ツー・ボート)」運動を行なうためだけに1億2500万ドルを費やし、4万5000人の労働組合員やボランティアを動員している。それ以外にも数千人の専従運動員を雇い、積極的に戸別訪問を行なった。さらに選挙前の土曜日には3万人弱の運動員が合計で約40万回電話を掛け捲ったのである。

ケリー陣営が大量の資金を投入したのに対して、ブッシュ陣営はグラス・ルーツをベースにした運動を展開した。8万5000人のボランティアを動員し、猛烈な選挙運動を展開した。2000年の大統領選挙の時の同州の共和党のボランティアの数が2万人強だったのと比べると、その力の入れようが分かる。共和党のグラス・ルーツは想像する以上に根を張っている。ブッシュの選挙運動にボランティアで参加したデイトンに住む主婦は「今回の選挙は重要な選挙で、後になって後悔しないために参加した」と語っている。こうしたボランティアが、ドア・ツー・ドアの選挙運動を支えたのである。

共和党の選挙運動は巧みであった。たとえば経験的に選挙結果は投票前の72時間で決まることから、「72時間プロジェクト」を実施し、投票日までの72時間、4時間交替でボランティアが待機し、有権者に連絡を取り続けた。さらに1日に40万人の有権者とコンタクトを取るなど、極めて精力的な支持票の掘り起こしを行なっている。
また、地元の共和党組織は、ブッシュ選挙本部とは別に「同姓婚反対」運動を展開した。共和党の政策綱領には、同性婚反対は盛り込まれていなかった。しかし、同州の共和党は同姓婚の禁止を積極的に選挙のテーマに取り上げ、同性婚を規制する州憲法改正の住民投票も同時に行なわれたのである。オハイオ州以外にもオレゴン州、ジョージア州、ケンタッキー州など11州で同様な州憲法修正が発議され、住民投票が行なわれた。オハイオ州では、共和党組織は同性婚反対を訴えるために有権者に300万回電話をかけ、250万枚のビラを配っている。また宗教団体「アメリカンズ・ユナイテッド・ツー・プリザーブ・マリッジ」がオハイオ州とミシガン州で100万ドルの資金を使って同性婚反対のキャンペーンを展開するなど、大統領選挙と平行して同性婚反対の州憲法修正も大きな選挙課題となった。

11州で行なわれた同性婚禁止の州憲法修正はいずれも大差で承認され、改めてこの問題に対するアメリカ国民のアレルギーの強さを示すことになった。

こうした同姓婚反対運動が大統領選挙に大きな影響を与えたことは疑問の余地がない。本来なら経済問題やイラク戦争が大きな焦点になるはずであったが、オハイオ州では同姓婚に関連する道徳的な問題に焦点がすりかえられてしまった感がある。オハイオ州の投票後の出口調査で有権者の最大の関心事は、「経済・雇用」が24%、「道徳的価値観」が23%、「テロリスム」が17%であった。オハイオ州は経済状況が全国と比べて深刻なことから「経済・雇用」がトップにランクされているが、ほぼ同率で「道徳的価値観」が続いている。ブッシュ陣営が主張する「道徳的価値観」と「テロ対策」を合計すると、「経済・雇用」を大きく凌ぐのである。なお、全国平均では3分の2の有権者が「道徳的価値観」を投票を決定する際に最も重視する課題であると答えている。

(小見出し)
出口調査でみるオハイオ州の有権者像

11月2日のオハイオ州は晴れていたが、気温は摂氏4度と冷え込んでいた。両陣営の有権者掘り起こし運動は奏功し、投票数は前回の大統領選挙よりも20%と大幅に増加している。そのため投票時間は7時半までであるが、大都市では時間を過ぎても有権者の行列が続き、最後の投票が終ったのは深夜であった。

オハイオ州の投票は全国の注目の的であった。不正投票が行なわれるのではないかと両陣営から監視団が送り込まれた。開票結果次第で2000年の大統領選挙でフロリダ州で起こった事が再現されるのではないかと懸念された。特に「プロビジョナル・ボート(暫定票)」の取り扱いで、選挙結果が動くのではないかと、関係者は神経質になっていた。だが、最終的に暫定票を計算に入れても、最終的な選挙結果に変わりがないことが分かり、紛糾することなく開票が進んだ。

オハイオ州の投票結果は、ブッシュの勝利に終った。ブッシュの得票は279万票で、得票率は51%であった。これに対してケリーの得票数は265万票で、得票率は49%に留まった。奇妙にも全国の比率と同じ結果となった。ブッシュが2000年に得た票数は235万票強(得票率50%)で、ゴアは218万票強(同47%)であったから、ブッシュの得票を約44・4万票増やしたことになる。これに対してケリーの得票数も、ゴアの得票数を約47・3万票も上回った。2000年の選挙と比べれば、ケリーの得票数の増加のほうが大きかったのである。通常なら、ケリーが勝ってもおかしくはなかったのである。

では、何がブッシュの勝因となったのだろうか。それを理解するために出口調査を手がかりに、オハイオ州の有権者の実像を描き出してみる必要がある。それは同時に、アメリカ全体の有権者の姿を映し出すことになるだろう。

性別で投票行動を見ると、男性の52%がブッシュ、47%がケリーに投票している。女性は両者とも50%であった。ここで注目されるのは、女性票はもともと民主党の基盤であったことだ。しかも、今回の選挙はイラク戦争を背景に行なわれた選挙である。すべての女性が平和主義者とは言わないが、オハイオ州の女性の半分がブッシュに投票したというのは意外な感が拭えない。イラク戦争はオハイオ州の女性にとって候補者選択の重要な要因ではなかったのである。

しかし、女性票がブッシュに流れたというのは、オハイオ州だけの特殊な要因ではない。全国の出口調査は、もっと明確な傾向を示している。今回の選挙でブッシュに投票した女性は全国平均で47%、ケリーに投票した女性は52%であった。ケリーが獲得した女性票はオハイオ州よりも比率は高いが、ブッシュとのの差は5ポイントにすぎない。ところが前回の大統領選挙では、ゴアとブッシュの獲得した女性票の差は11ポイントあった。今回の選挙でブッシュはかなりの女性票を民主党から奪い取っているのである。しかも、その多くは、既婚の女性票であった。

保守系の雑誌『ナショナル・リビュー』誌に興味深い投書が紹介されている。投書した女性エリザベス・オリビアは、オハイオ州北西にある小さな町に住む専業主婦である。彼女は仲間の主婦とブック・クラブを作り、マクドナルドの店で政治、宗教、貧困、同性愛などについて真面目に議論している典型的な地方の女性である。彼女は投書の中で「結婚している女性は子供の安全を図るためならなんでもするものです」と書いている。これは、オハイオ州に限らず、現在のアメリカ共通した女性の気持を代弁しているものと思われる。

従来の選挙では「ジェンダー・ギャップ」という投票パターンが見られた。すなわち、女性は民主党に投票し、男性は共和党に投票する傾向があるというものだ。しかし、今回は「ジェンダー(性)」による差よりも男女を問わず既婚か未婚かによる差、すなわち「マリッジ・ギャップ」というべき現象が見られた。男女を問わず未婚者はケリーを支持する傾向があるのに対して、既婚で子供のいる女性の多くはブッシュ支持に回っているのである。これを敢えて解釈すれば、既婚者は「子供たちを守るには強い大統領が必要である」と考えているのかもしれない。それは、まさに“強い大統領”をアピールするブッシュの狙いにぴったり合っているのである。それは出口調査で「テロ」が最大の課題であると答えて者の86%がブッシュに投票している事実と符合する。

もう一度、オハイオ州の出口調査に戻ろう。人種で見ると、白人の56%はブッシュ、44%がケリーに投票している。黒人の84%はケリー、16%がブッシュに投票している。また、ヒスパニックの65%はケリー、35%がブッシュに投票している。ここで注目されるのは、前回の大統領選挙でブッシュは黒人票の9%しか取れなかったが、今回は16%取っていることである。ヒスパニック票も増やしている。

『ロサンジェルス・タイムズ』紙の出口調査では、ヒスパニックの54%がケリーに投票し、45%がブッシュに投票しているという結果が出ている。ここでも、ブッシュのヒスパニックの得票率は前回の選挙と比べて実に7ポイントも上昇しているのである。これは84年にレーガンが獲得した46%には及ばないものの、その後の非主パニックの人口増加を考慮すれば、ブッシュがヒスパニック系住民の支持も大きく伸ばしたことは事実である。なかなか理解しにくいが、ヒスパニックの多くはイラク戦争に批判的であるにもかかわらずブッシュに投票しているのである。前回、かろうじて勝利したフロリダ州でブッシュはヒスパニックの票の44%を獲得している。

同紙は、その理由としてヒスパニックはカトリック教徒が多く、伝統的な価値観や家族を大切にしており、今回の選挙では共和党が主張する「道徳的価値観」に共鳴を覚えたからかもしれないと分析している。また、黒人票が増えているのは、ブッシュ政権がパウエル国務長官やライス首席補佐官など積極的に黒人を登用していることが評価されたからかもしれない。いずれにせよ、少数民族から票がブッシュに流れたのは、今回の選挙の際立った特徴の一つである。

宗教的に区分では、オハイオ州のプロテスタントの56%がブッシュに、44%がケリーに投票している。注目されるのは、カトリックの55%がブッシュに投票し、ケリーが獲得したのは44%に過ぎないという点である。なぜならケリーはカトリックであり、しかもカトリック票は従来から民主党の地盤と見られている。それにもかかわらず、ケリーのカトリックの得票率はブッシュを下回っているのである。

宗教票がブッシュに流れたことは、全国的に共通して見られる現象である。2000年の大統領選挙ではゴアはプロテスタント票の43%を獲得し、ブッシュの得票率は55%であった。だが、今回の選挙でケリーの得票率は40%と減り、ブッシュは59%へと大きく増やしている。プロテスタントの中でブッシュの最大の支持基盤の一つである原理主義的なエバンジェリカルの得票率を見てみると、今回の選挙でブッシュは78%と圧倒的な票を獲得している。前回の選挙が79%であり、数字的には若干減っているが、後で説明するように、今回の選挙でエバンジェリカルの投票数は大きく増え、ブッシュ再選の大きな力となっている。エバンジェリカルの投票率が上昇したことで、その票の一部がケリーに流れ、得票率もゴアの19%から21%へ上昇している。

2000年にカトリックの50%がゴアに投票したのに対して、今回、ケリーに投票したカトリックは47%と大幅に減っている。これとは対照的にブッシュのカトリックの得票率は46%から52%へ大きく伸びている。60年の大統領選挙ではケネディがカトリックの票の約80%を獲得したことを考えると、この結果は隔世の感がある。

オハイオ州では両候補のユダヤ教徒の票はほとんどないが、全国的の出口調査でみるとケリーのユダヤ票の得票率は74%で、ゴアが獲得した81%から減っている。一方、ブッシュは17%から25%へと大幅に増やしているのである。ユダヤ票も従来は民主党の支持基盤と考えられてきた。中東政策で強攻策を主張するブッシュが、イスラエルと関係が深いユダヤ票を増やしたと思われる。

宗教票に関して、もう一つ興味深い動向が見られる。これもオハイオ州の出口調査の資料であるが、週一回以上教会に礼拝に行くと答えた有権者の69%が、ブッシュに投票しているのである(全国平均では64%)。ケリーに投票しているのは31%(同35%)に過ぎない。週一回礼拝に行くと答えた有権者の64%(同58%)がブッシュに投票し、36%(同41%)がケリーに投票している。礼拝にはまったく行かないと答えた有権者の63%(同62%)がケリーに、35%(同36%)がブッシュに投票しているのである。宗教的傾向が強い有権者ほどブッシュ支持の傾向が強いのである。“チャーチゴーアー”と呼ばれる頻繁に教会に礼拝に行く敬虔なキリスト教徒が、ブッシュ支持に動いたのである。
出口調査から指摘できることは、大統領選挙の争点が「経済」や「イラク戦争」ではなく、「道徳的価値観」であったこと。さらに女性票と少数民族の票が総じてブッシュ支持に流れていることである。また、選挙の最大の争点が「道徳的価値観」であったことから、宗教性の強い有権者はブッシュ支持に回り、ケリーの宗教票の得票率が低下していることだ。しかも、民主党の基盤であったカトリック教徒の票もケリー離れを示していることだ。

(小見出し)
エバンジェリカルの果たした役割

今回の選挙のもう一つの大きな特徴は、投票率が大幅に上昇したことである。最終的な投票数はまだ発表されていないが、前回の大統領選挙の投票総数よりも1500万人以上増え、1億2000万人を越えると予想されている。投票率はベトナム戦争のさなかの68年に行なわれた大統領選挙の60%に迫るものになると推定されている。これは、述べたように両陣営が支持層の掘り起こしに全力投球をした成果といえる。通常であれば、投票率が上昇すれば、組織票に依存する共和党よりも浮動票の比率が高い民主党に有利になるはずであるが、今回はまったく逆の結果となった。これは、共和党が“眠れる保守層”の掘り起こしに成功したからである。

今回の選挙の分析として、人口が保守派の強い南部に移動していること、大恐慌とルーズベルトのニューディルを経験して、民主党の強固な支持基盤であった古い世代の数が減っていること、ケリーの候補者としての魅力がなかったこと、アメリカ社会全体の保守化が進んでいること、民主党は国民に道徳的な価値を訴えることができなかったなど様々な要因が指摘されている。

しかし、ブッシュ勝利の最大の要因は、ブッシュ陣営の選挙参謀のカール・ローブが指摘するように「エバンジェリカルの貢献」であった。ブッシュ陣営は2004年1月からエバンジェリカルの指導者は信者に選挙登録をするように働きかけていた。投票数の大幅な増加の要因は、エバンジェリカルが大挙して投票所に足を運んだからである。彼らの持つ宗教的エネルギーが、ブッシュ再選に大きく寄与したことは間違いない。

ローブは、2001年にブッシュ政権が発足したときから、選挙戦略を練り始めている。彼は、共和党支配の絶対的な基盤を構築することを狙っていた。そのために、エバンジェリカルと少数民族の支持を得ることが不可欠であると考えていた。今回の選挙結果は、まさにローブが想定した通りになった。特にエバンジェリカル(あるいはキリスト教右派)との協力が不可欠であった。ローブは、巧みに表の選挙運動とは別に、エバンジェリカルを中心とする“裏の選対本部”を作ったのである。

ブッシュは、飲酒はドラッグなどで生活が乱れているとき、「神の声」を聞いて“生まれ代わり(リボーン)”、エバンジェリカルに改宗したという話は有名である。その意味では、ブッシュとエバンジェリカルの間に共通する世界が存在するのである。

アメリカ社会はWASPという「白人」「アングロサクソン」「プロテスタント」が支配する社会と考えられてきた。エバンジェリカルはプロテスタントの一派であり、聖書こそが神の声であるという立場を取る。その聖書絶対主義から原理主義的といわれることもある。彼らは進化論を巡る論争をきっかけに主流派プロテスタントと袂を分かちグラス・ルーツ運動を展開し、勢力を増やしていった。その後、「ユナイテッド・メソディスト」や「プレスビタリアン」といった主流派プロテスタント教派は軒並み勢いを失い、信者の数も減っていく。そうした状況の元でプロテスタントの中で唯一エバンジェリカルだけが勢力を伸ばしていくのである。信者の多くは、中流階級の上の比較的裕福な層である。しかし、エバンジェリカルがすべて保守的であるわけではない。カーター元大統領もエバンジェリカルであるし、「エバンジェリカル・ルーサリアン・チャーチ」などは穏健派として知られている。

ブッシュは選挙で勝つためにはエバンジェリカルが長年かけて作り上げてきたグラス・ルーツの組織力が必要であり、エバンジェリカルは“神の使わした人物”を大統領の地位に就けることができるのである。03年11月にブッシュは「サザン・バブティスト・コンベンション」会長のリチャード・ランド、「ナショナル・アソシエーション・オブ・エバンジェリカル」会長のテド・ハガード、「モラル・マジョリティ」の創始者ジェリー・ファルウエルと会談している。その会談後、ファルウエルは、教会の指導者に「私はブッシュ大統領に20万の司教を代表して全国8000万人の信者がブッシュ大統領を私たちの大統領と見なすだけでなく、神が使わした人物であると考えていると伝えた」という電子メールを送っている。それは前面的な選挙協力の意思表示でもあった。それ以降、エバンジェリカルの裏での選挙運動が活発化する。

そんな中、予想外のことが起こった。04年2月にサンフランシスコのガビン・ニューソン市長が同性婚を承認したのである。エバンジェリカルにとって、これは中絶問題よりも深刻な問題であった。これが、エバンジェリカルの選挙運動をさらに活発化させることになった。同性婚の問題が突然、大統領選挙の中心的な問題になったのである。エバンジェリカルの12人の司教は「ケリーに投票することは深刻な罪である」と宣言し、「キャンペン・フォー・ワーキング・ファミリー」という組織がスイング・ステートでケリー批判のテレビ・コマーシャルを流し、オハイオ州では選挙前日に500万枚のケリー批判のビラを配るなど、それまで裏で活動してきたエバンジェリカルの組織が表面に出て様々な活動を始めたのである。さらにエバンジェリカルの団体は「ケリーは反神、反キリスト、反家族である」と書いた「投票ガイド」を作成して配布した。「シチズン・リーダー・コーリション」は、スイング・ステートで28万人の若者に選挙登録をさせたと報告している。エバンジェリカルの組織は“宗教的エネルギー”を選挙運動のために全開させたのである。

エバンジェリカルの選挙運動は「道徳的価値」に重点を置くものであった。それが予想以上にアメリカ国民の中に浸透していった。戦闘的なエバンジェリカルだけでなく、カトリック右派や他の宗派、ヒスパニックなどの保守的な少数民族まで「道徳的価値」の問題で動かされたのである。それまで大統領選挙の争点は「イラク戦争」と「経済問題」であると考えられていた。だが、蓋を開けてみると、有権者が投票を決定する際に最も重視したのが「道徳的価値」であるという予想外の事態が出てきたのである。もし、それが大統領選挙の帰趨に影響を与えたとすれば、エバンジェリカルの果たした役割は単に有権者の動員に留まらないだろう。また、ボランティアの大規模な動員でも、大きな役割を果たした。ローブは「大統領選挙で勝てたのはグラス・ルーツのボランティアのエネルギーがあったからだ」と語っている。

しかし、ブッシュ政権とエバンジェリカルは単に宗教的な連帯だけで結びついていたわけではない。ブッシュ政権は「信念に基づく政策」を掲げ、「オフィス・オブ・フェイス・ベイスト・イニシアティブ」という組織を設置、政府の福祉事業を教会など民間団体に委ねてきた。それは宗教団体からいえば、“金のなる木”である。同時に、エバンジェリカルは政府との関係を利用して中絶や同性婚などの自分たちの社会政策を実現できる。エバンジェリカにとってブッシュを大統領にすることは、宗教的な意味以上に重要なことであった。
 
(小見出し)
分裂するアメリカ社会とブッシュの選択

80年のレーガン政権の誕生は“保守革命”の成就だと言われた。それ以降、確実に続いているアメリカ社会の保守化の流れの延長戦上に、今回の選挙があったのだろうか。それとも、アメリカ社会は今までとはまったく違った次元へ移って行きつつあるのだろうか。

共和党のコンサルタントのアーサー・フィンケルスタインは「共和党はキリスト教右派の党になってしまった」とインタビューで嘆いている。ブッシュ政権は大きな付けを負ってしまったかもしれない。エバンジェリカルのグループは、自分たちの代表者である大統領に政策の面で様々な要求を突きつけてくるだろう。既にその兆候が出てきている。エバンジェリカルは、中絶を容認している共和党のアーレン・スペンサー議員の司法委員会委員長就任に反対している。上院司法委員会は最高裁判事の承認をする場所だけに、最高裁判事の人事も絡んで緊迫化する局面も出てくるだろう。

ファンケルスタインは、共和党の中で中絶を容認する発言をすれば排除されてしまうような雰囲気がでてくることを懸念している。同性婚問題も、複雑な様相を示してこよう。ブッシュは、同性婚の問題は地方政府の問題であると一定の距離を置いてきた。だが、11州で州憲法を改正して同性婚を事実上禁止したのを受けて、エバンジェリカルのグループから憲法改正を求める声もでてこよう。また、エバンジェリカルはイラク戦争に関しても鷹派の立場を取っている。ブッシュ政権が、政策の面でエバンジェリカルに取り込まれて行くのか、あるいは一定の距離を置いて政策を策定するのか、難しい選択を迫られる局面も出てこよう。

「道徳的価値」の問題を前面に出すことで、アメリカ社会はお互いに和解できない二つのグループに完全に分裂してしまった観がある。コロンビア大学のサイモン・シャーマ教授は「アメリカには地殻の割れ目が存在する。二つのグループの間の裂け目を埋めることはできない」と書いている。「アメリカは内戦の瀬戸際にある」と過激な分析をする論者もいる。元共和党下院議長で、クリントン政権下で新しい保守革命である「ギングリッチ革命」を提唱たニュート・ギングリッチも「現在、アメリカの将来に関する合意がまったく存在しない。それは政治の分裂ではなく、国家の分裂である」と語っている。

ブッシュは選挙後、「私は選挙で大きな政治的力を得た。それを使うつもりである。それが私のやり方だ」と語っている。それは非妥協の姿勢を示唆しているといえよう。両院を支配下に置き、大統領としての正統性を得た現在、ブッシュに現実的、妥協的な政策を求めるのは無理かもしれない。ギングリッチの言葉をもう一度聴こう。「2004年は共和党にとって最高潮かもしれない。もしそうなら2006年と2008年に民主党に大きなチャンスを与えることになるだろう」。ブッシュ政権が安定勢力として長期政権の基盤を作れるのか、そう遠くないときに結論がでるかもしれない。

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