中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/1/27 木曜日

ホワイトハウスの二人の陰の実力者:アンドリュー・カード首席補佐官とカール・ローブ政治顧問

Filed under: - nakaoka @ 17:05

アメリカの政治はシステムで動くよりも、個人の個性の影響を色濃く受ける傾向があります。したがって、誰がそのポストに就くかによって、政策の傾向が大きく変わってくることがあります。前回のブログで国務省の人事について触れました。ブッシュ大統領に一番近いところにいて、あまり外部から見えないホワイトハウス内で大きな影響力を行使している人物が二人います。1人はアンドリュー・カード首席補佐官で、もう一人はカール・ローブ政治顧問です。ローブについては来月発売の「中央公論」に詳細に書きましたので、発売になったら、そちらの記事をぜひ読んでください。ここではカード首席補佐官について書きます。93年、ワシントンで私はクリントン政権のパネッタ行政予算局長にインタビューしたことがあります。彼は、後でクリントン大統領の首席補佐官になります。今でも、その時の彼の印象は強烈に残っています。そこで、そもそも首席補佐官とは何かから始めることにします。その前にカードについてのエピソードを1つ。ムーアの映画「華氏911」ですっかり有名になったシーンですが、連続テロ事件が発生したとき小学生を前に本を読み聞かせていたブッシュ大統領の耳元に「2機目の飛行機がもう1つのタワーに激突しました。アメリカは攻撃を受けているのです(A second plane hit the second tower. America is under attack)」とつぶやいたのが、カードです。カードは、そう告げるとすぐに退席し、残されたブッシュ大統領の当惑した顔が印象に残っています。なお、本ブログの最後に「トリビア」として、ブッシュ大統領、チェイニー副大統領、カード首席補佐官、ライス元安全保障担当補佐官などのホワイトハウスのスタッフの年収を書いておきました。

首席補佐官(Chief of Staff) は「ホワイトハウスで最も権力のあるポジション」とか「首相に相当するポスト」と言われています。大統領と常に行動を共にし、大統領に対して非常に大きな影響を与えることのできるポストです。首席補佐官というポストを最初に作ったのはアイゼンハワー大統領です。それ以降、様々人物が大統領首席補佐官のポストに就きます。歴代の記憶の残る首席補佐官の名前を挙げてみます。初代の首席補佐官はアイゼンハワー政権のジョン・スティールマンです。第1期ニクソン政権の時の首席補佐官はハルデマンで、彼はウォーターゲート事件に関与したことで知られています。第2期ニクソン政権の首席補佐官はアレキサンダー・ヘイグで、彼はウォーターゲート事件の情報をリークした”ディープ・スロート”ではないかと見られています。フォード政権の時の最初の首席補佐官が現在のブッシュ政権のラムズフェルド国防長官で、彼の後に首席補佐官に就任したのが、同じく現ブッシュ政権の副大統領チェイニーです。第1期レーガン政権の時の首席補佐官はジェームズ・ベーカーで、彼は後に財務長官になり、ドル相場調整を決めた「プラザ合意」の指揮を取ります。また、彼はジョージ・H・W・ブッシュ政権でも首席補佐官を務めています。レーガン政権でのベーカーは、実質的に首相の役割を果たしたと言われています。先に触れたペネッタはクリントン政権の2人目の首席補佐官です。2001年に誕生したブッシュ政権の首席補佐官はカードです。カードは第2期ブッシュ政権でも首席補佐官のポストに留まり、歴史上最も長期間、首席補佐官を務めることになります。

ブッシュ政権の特徴は、周りにブッシュ・ファミリーの忠誠心を示す人物を多く登用していることです。カードもその例外ではありません。彼は、ローブと同様にブッシュ・シニア(現大統領の父親を以下「ブッシュ・シニア」と呼ぶ)に引上げられた人物です。彼は、民主党系の勢力の強いマサチューセッツ州のボストンから15マイル離れたホールブルークという人口1万人の小さな町で、1947年に生まれました。彼の一族はメイフラワー号でアメリカに最初に上陸した一員でいわば”由緒正しい家系”でしたが、大恐慌で財産をなくしています。父親は弁護士で、政治好きでした。州議会に立候補していますが、当選はしていません。ただ、いつも食卓で父親は子供たちを前に政治について語っており、アンドリューもその影響を強く受け、10歳の頃からタウン・ミーティングに顔を出していたそうです。彼の兄弟の一人は、選挙運動で戸別訪問をするなど「政治はまるで一種のスポーツだった」と言っていますから、家族そろって相当の政治好きだったのでしょう。

カードは、海軍士官学校を中退し、サウス・カロライナ大学でエンジニアリングの学位を取ります。在学中、マクドナルドでアルバイトをし、卒業後、市役所で働いていた時期もあります。思想的には共和党穏健派に属していました。したがって、いわゆる保守派とは違って「中絶権」や「同性愛」に対して比較的寛容な姿勢を取っていました。ただ、ブッシュ政権の首席補佐官になって「自分はブッシュ大統領の考え方に共感する」と、姿勢を保守よりのシフトさせています。その後、彼は州議会議員に当選し、父親が果たせなかった政治の世界に入ってきます。彼とブッシュ・シニアの出会いは、1979年の共和党の大統領予備選挙の時です。彼は、ブッシュ・シニアを共和党大統領候補にしようと支援します。ブッシュ・シニアは予備選挙で破れましたが、レーガン政権の副大統領に就任します。一方、カードは共和党大統領予備選挙後、82年にマサチュウセッツ州知事の共和党予備選挙に出馬しますが3位に終ります。失意のカードを救ったのが、ブッシュ・シニアでした。彼はレーガン政権にスタッフとして加わり、83年から87年まで地方政府との交渉窓口の担当になります。88年にブッシュ政権が誕生すると、89年からスヌヌ首席補佐官のアシスタントになります。当時のエピソードとして、大統領がスヌヌ首席補佐官の解任を決めたとき、彼に大統領の決定を通告したのはカードでした。冗談で、彼の口から解任を言われても、傷つかないというほど、ソフトなタッチで厳しいことを言う人物だったようです。

ここでは書きませんが、ローブと同様にカードにとってブッシュ・シニアは恩人なのです。ブッシュ・ファミリーとの関係はずっと続き、それが彼らのブッシュに対する強烈な忠誠心の源になっていると思われます。ブッシュ・シニアは「カードは家族の一員だ」と公然と語っているほどです。カードとブッシュ・ファミリーの関係はもう25年以上続いているのです。

88年の大統領選挙で、ブッシュ・シニアのためにカードは重要な役割を果たします。それは民主党の大統領候補デュカキスはマサチューセッツ州の知事であり、カードも同州に地盤を持っていました。カードは、選挙の際にデュカキスのスキャンダルを暴露するという役割を演じるのです。ブッシュ政権が誕生すると、彼は運輸長官に就任します。クリントン政権が誕生すると、彼は全米自動車工業会のロビイストになります。その後、会長に就任して同会の組織建て直しに実力を発揮します。その後、GMの政府担当のディレクターに就任、自動車の排気ガス規制強化などに反対するキャンペーンを張ります。京都議定書についても極めて批判的な姿勢を取ってきたのも、自動車業界の後ろ盾があったからでしょう。

カードとブッシュ大統領の関係ができたのは2000年の共和党予備選挙からです。ブッシュとカードは同じ年で、カードが運輸長官をしているころからの知り合いでしたが、特にブッシュの選挙運動を支援する気はありませんでした。だが、ブッシュは予備選挙でマケイン上院議員に劣勢に立たされていました。そのため、ブッシュ・シニアはカードの組織力を評価し、息子の支援を求めたのです。ローブは、その時のことを「既存の組織では難しい状況だった」と述べていますが、カードを選挙運動に組み込むことで、ブッシュ陣営は組織の建て直しを図ったのです。

カードは”組織の人間”ともいえるほど、優れた組織を作り上げる才能を持っています。理系出身ということもあるのでしょうが、発想はかなり合理的かつ数学的だと言われています。彼自身も「自分は規律を愛する」と語っています。歴代の政府で、ブッシュ政権ほどホワイトハウス内からの情報のリークがないのは珍しいことです。その1つの理由は、ホワイトハウスのスタッフにブッシュ・ファミリーに忠誠を示す人物が多く登用されているこ。ローブが睨みと凄みをきかせていること。それにカードの規律ある組織作りが効果を発揮しているからです。今のブッシュ政権にはホワイトハウス内での対立は見られなくなっています。

第1期のホワイトハウスは、”トロイカ(3人組)”が支配していました。それはちょうどレーガン政権でジェームズ・ベーカー、エドィン・ミーゼス、マイケル・ディーバーの3人組がホワイトハウスを仕切っていたと同じように、ブッシュ政権ではカード、ローブ、それに法律顧問のカレン・ヒューズが”トロイカ”を構成していました。カードが理想とする首席補佐官はジェームズ・ベーカーだと言われています。ホワイトハウス内の2人の実力者、ローブとカードを比較すると、ローブが”政策”に対して大きな影響力を発揮しているのに対して、カードはホワイトハウスの”運営”で圧倒的な影響力を行使しているといえます。

大統領の予定をすべて取り仕切っているのは、カードです。誰が大統領に会うのか、大統領がどこに行くのかなど、ありとあらゆる大統領に関連する事柄は、カードが処理をしているのです。「カードは四六時中大統領と一緒にいる。したがって大統領が見るもの、聞くものはすべて、カードも見て、聞いている」と、元副首席補佐官で、現在、行政予算局長のボルトンは語っています。大統領が毎日の最後に会うのはカードで、常に大統領に密着しているのです。

ホワイトハウス内で毎日、シニア・スタッフ・ミーティングが開かれていますが、主催しているのはカードです。カードが留守の時、その代行をするのがローブです。カードがホワイトハウスの運営の責任者になってから、ホワイトハウスのスリム化が急速に進んでいます。たとえばシニア・スタッフ・ミーティングは、クリントン政権時代は30名が参加していたのが、カードの合理化によって、その数は15~19名にまで減っています。また、国家安全保障会議や国家経済会議のスタッフも大幅に削減しています。カードは猛烈に働いています。彼が起床するのは通常午前4時半、6時半にオフィスに着き、ホワイトハウスには夜の10時までいて、大統領に「グッド・ナイト」と行ってから帰宅するのです。彼は会議での無駄な議論を嫌い、極めて簡潔に会議を行なっている。そのスケジュールは分刻みです。7時15分からボルトンやローブと打ち合わせ、7時半からシニア・スタッフ・ミーティング、そのに続いて大統領にブリーフィングをするといった具合です。

ただ、彼が政策的に影響力がないかというと、必ずしもそうではありません。イラク戦争を巡ってはラムズフェルド国防長官やチェイニー副大統領と対立しています。また、国土安全省の設立を取り仕切ったのも、カードです。政治的には、共和党中道派ですが、彼は自分を”リバタリアン”すなわち”自由市場主義者”あるいは”自由放任主義者”と呼び、社会問題に政府が関与するのに消極的でした。ただ最近では「自分は保守主義者」だと語っていますが、同時に「自分の核となる価値観はなんら変わっていない」とも語っています。いずれにせよ、ネオコン的発想は少ない人物であることは確かなようです。むしろローブが「政策と政治は同じもの」と考えています。すなわちローブにとって、政策の内容よりも、それが政権にどのような影響を与えるのかという”政治”が重要なのです。それと同様に、カードも発想は”非イデオロギー的”であるといわれています。何かの政策目標を達成するというよりも、政府とホワイトハウスをいかに効率的に運営するかが、彼の最大の関心事であるようです。とはいえ、カードは「明確で単純なアジェンダ(政策課題)を設定し、共和党のイデオロギー的な基盤を固め、忠実なスタッフを選択し、ホワイトハウスを仕事を正確にこなしている」といわれているように、大統領に最も近い立場から、目だった形ではないにせよ、大統領に対して大きな影響力を持っていることは確かです。

ブッシュ政権は、ラムズフェルト、チェイニーなどのネオコンといわれるイデオロギー過剰なスタッフと、ローブやカードのようにイデオロギーとはやや無縁なスタッフで構成されているのが最大の特徴といえるでしょう。カードは、極端な主義主張をする人間を嫌っています。カードのことを”合意形成者(consensus builder)”と呼ぶ者もいます。彼が優れた調整者であることは間違いないようです。ある意味では、意外にブッシュ政権がそれなりのバランス感覚を持っているのは、そのせいかもしれません。もうひとつ、ホワイトハウスはテキサス州など南部出身のスタッフが大勢を占めていますが、その中で東部出身のカードは例外的な存在です。

1つ、”トリビア”をお教えします。ホワイトハウスのスタッフの年収はいくらだと思いますか。まず大統領は40万ドルです。日本円で、4000万円程度。副大統領が18万1400ドル、首席補佐官のカードは15万7000ドル、政治顧問のカール・ローブも同額の15万7000ドルです。国務長官になるライスもホワイトハウスのスタッフの時は15万7000ドルでした。広報担当官のマクラレン、前のブログに書いた辞任が決まっているチーフ・スピーチライターのガーソンなども同じ15万7000ドルです。日本の基準から考えると、あまりもらっていないようです。

少し長くなりました。書きたりない部分もありますが、またいつか続編を書きます。それよりも、ぜひ「中央公論」の「カール・ローブ論」をお読みください。

1件のコメント

  1. 中岡さま
    貴重な情報感謝.こういう情報こそ、アメリカ政治を読むために本当に役立つと思うんです.それにトリビアも.最近ホワイトハウスの人達の年収は上がったんですねえ.昔は、年収が低すぎて閣僚やスタッフが辞ことがけっこうあったようです.余談ですけど、アメリカの公務員は給料安い.だから平均7年で辞める.日本の官僚が給料安くてやってられないと辞任したってあんまり聞かない.公務員天国か.

    コメント by M.N生 — 2005年1月28日 @ 09:33

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