中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/3/19 土曜日

ライス国務長官の上智大学での講演と、『世界週報』に寄稿した拙稿「ライス長官の下でアメリカ外交政策はどう変わるか」の全文転載

Filed under: - nakaoka @ 12:25

3月19日の土曜日、前日来日したライス国務長官の講演会が上智大学で開催されました。私はプレス(記者)として、この講演に出席しました(念のためですが、私の本業は「ジャーナリスト」です)。終ったのが午前11時過ぎですから、取りたてのホヤホヤの原稿です。こうして即座に原稿を書くことができるというのも、ブログの優れた点でしょう。新聞ですと今日の夕刊に載るか、週刊誌ですと1週間後の号になるでしょう。ライス長官の講演に加え私が『世界週報』3月22日号に寄稿した「ライス長官の下でアメリカの外交政策がどう変わるか」の全文も掲載します。なお、ライス長官の来日で彼女に対する関心が高まったせいか、本ブログで何度も取り上げたライス国務長官と新しい外交政策に関連する何本かの記事(特に「国務省の新ライス・チームの誕生で外交政策はどう変わるのか」)に対するアクセスが非常に増えています。木曜日のヒット件数は6000件を越えました。その意味で『世界週報』の寄稿原稿と上智大学の講演も、興味をもっていただけると思います。さて、一般の人は、こうした講演あるいは要人の記者会見に出席することはできません。そこでまず、その様子を簡単に説明して、本題に入ります。なお、本講演よりも、質疑応答の部分のほうが興味深い発言がありました。質疑応答部分も掲載します。アメリカ大使館の案内では、プレスの入場手続きは8時から8時半の間。これに遅れると入場できないと書いてありました。入場するためには事前の登録が必要です。8時過ぎに集合場所に着き、登録してあるかどうかのチェックを受けて、赤いリボンを渡されました。以下に続きを書きます。

会場場所は上智大学の講堂です。中に入ると、記者席が指定されています。中央の上の方の椅子が記者席です。その前に「reserved」と書かれた座席が数列ありました。そこはライス長官に同行集材をしている国務省詰めの記者のための席です。また、今回の講演会は上智大学主催(と思いますが)ということで、最初からライス長官に対する記者の質問は認められていません。こうした講演は、珍しいことではありません。以前、クリントン大統領が来日したとき、早稲田大学の大隈講堂で同じような講演会を開いています。

記者はテープレコーダーの持ち込みは認められていますが、その他の電子機器の持ち込みは許されていません。また写真撮影は、メディアの代表撮影ということで、やはり個別の記者がライス長官を撮ることは認められていません。同行記者団の関以外にも「reserved」の座席がありましたが、そこは大使館関係や米軍関係者などが座っていました。それと、会場では携帯電話の電源を切るように指示もありました。

8時過ぎに会場に入ったのですが、ライス長官が到着したのは10時05分頃ですから、2時間近く待たされた格好になります。また、9時40分を過ぎたら離席もしてはならないという指示もありました。安全上の問題なのでしょうが、途中で用も足したくなるでしょう。やや過剰な対応という感じもしないではありませんでした。

ステージには6脚の椅子とポデューム(演台)が置かれています。椅子には上智大学の関係者が着席していました。ライス長官は、到着するとすぐにポデュームの前に行きました。彼女と一緒にステージに上がってきた上智大学の女子学生がライス長官の紹介をしました。アメリカでは軽いジョークで話を始めるのが、良い演説の要件です。紹介した学生が留学経験があるが、その大学が彼女が教えていたスタンフォード大学でないことから、「次に留学するときはぜひスタンフォード大学に来てください」と軽く笑わせて、本題に入りました。幾つかの場面で、ジョークが出ました。「自分は1954年生まれだ」と語ったあと、少し間をおいて「don’t count it (数えないでください)」と付け加え、さらに続けて「実は50歳です」と告白したり、また学者時代に書いた論文と現実の政策の違いを質問されたとき、「政府で働くということが分かっていたら学者の時は論文を書かなかったのに」と切り返すなど、軽妙な受け答えもありました。

また、講演と質疑応答が終ったあと、「長官が立ち去るまで席を立たないでください」との指示。彼女の姿がステージから消えると、参加者は出口に向かったのですが、会場の外にはまだ自動車が待機しており、車が動き出すまで、会場の外に出してもらえませんでした。長官一行は15台の自動車で会場にやってきており、同行記者のために特別のバンも一緒に来ていました。ちなみに、通常、アメリカ大使館で行なう記者会見では、必ず事前に登録しなければ館内へ入ることはできません。

以下、ライス長官の演説と、それに続く質疑応答のポイントをまとめます。正式なスピーチ原稿は国務省かアメリカ大使館のホーム・ページに載るでしょうから、興味のある読者は自分で確認してみてください。同行記者団と違い、日本の記者は事前に草稿をもらっていないので、以下はメモを頼りのまとめて見ます。ですから、聞き間違いや誤解などがあるかもしれません。その点はご容赦を。むしろ、私の”解釈”を含めたライス長官の発言の要約と思って読んでください。講演の時間は20分程度で、質疑応答が30~40分ありました。

紹介を受けたライス長官は「今まで何度か日本に来ています。もっとも印象に残っているのは、1986年に横須賀の防衛大学で3週間教鞭を取ったことです」という発言から、講演を始めました。そして、横須賀は小泉首相の選挙区であることにも言及、午後に控えている会談の予行演習を軽くして本題に入りました。彼女は元々ソビエト研究の学者です。長官によれば、学者には2種類あるとか。まず、誰も聞かないような話をくどくどと述べる学者と、もう1つは開放的な対話を進める学者であり、「自分は後者である」と、対話を行いたいとの希望を述べました。

そこから本題に入り、最初の取り上げたテーマは”日米パートナーシップ”についてでした。同長官は、日本は戦後、目覚しい復興を遂げたが、その復興で日米パートナーシップが果たした役割は大きいと指摘し、さらに日本の復興はアジアにとって模範となっていると日米パートナーシップの成果を高く評価しました。そして、今、日米は「新しいパートナーシップの時代」に入りつつある。アメリカも汎太平洋コミュニティの一員であり、日米はアジア地域の留まらず、民主主義を実現するために働きかけていく必要があると訴えました。安全保障を確保することは、様々な機会を産み出し、人々に自由を与えることになり、安全保障、機会、自由はそれぞれ相互に関連していると指摘。ライス長官は、安全保障の確保がいかに重要かを強調しました。30年にわたって日本は太平洋地域での安全保障確保に大きな役割を果たしてきが、中東支援でその役割は国際的なものになってきたと、日本のアフガニスタンやイラクでの支援活動を高く評価しました。「日本はより大きな(安全保障の)役割を果たそうとしており、アメリカはこれを歓迎している」と、同長官は述べました。さらに、日米が安全保障で協力することがアジアや世界にとってますます重要になっていくと、「新しいパートナーシップ」のイメージを明らかにしました。

ライス長官によれば、アジアにとて「集団安全保障」が重要な課題になっています。アジア各国はそれぞれテロ事件に遭遇しており、テロ撲滅のために強力する必要性が高まっています。テロに対する戦いにアジアは積極的に参加する必要があると語っています。

北朝鮮に関しては、「6者協議が重要である」と指摘した上で、「北朝鮮は主権国家であり、北朝鮮を攻撃する意図を持った国は存在しない。北朝鮮は速やかに6者協議に復帰すべきである。北朝鮮に核開発を中止させるためにはエネルギー問題などを含めて解決しなければならない」と語りました。また、6者協議における中国の役割を強調、「北朝鮮に対して決断すべき時である」と説得する必要があると指摘。中国に対しては、中国はテロ対策などで協力的な政策を採っていると評価しながらも、中国には台湾問題など難しい問題も抱えている。「アメリカは(台湾海峡など)状況を急激に変えるような政策は支持しない」として上で、「中国が様々な問題を抱えているとしても、アメリカは”1つの中国政策”を変えていない」と、中国と対決政策を採らないことを明らかにしました。

日本が関心のある牛肉輸入の問題に関して、早急に解決しないと日米経済問題にマイナスの影響を及ぼす可能性を指摘しながら、アメリカの牛肉は安全であり、その輸入に関して”グローバル・スタンダード(国際基準)”を適用すべきであり、”例外的な取り扱い”をすべきではないと、その立場を主張しました。特に講演の中で、「牛肉の輸入解禁の期限設定」に関して言及はありませんでした。

さらに日米関係に関して、両国の海外援助は世界の40%にも達しており、「戦略的開発同盟」の設立を訴えました。同同盟を通して、発展途上国の”自由”を促進する共通の目的のために協力する必要性を指摘しました。その思想的な背景として、ブッシュ大統領は「一般教書」の中で自由を世界に広げる重要視を訴えたが、自由こそが「人間の普遍的な精神」であり、道徳的確信を共有する国々と一緒に自由を確立することが必要であると述べています。また、民主主義確立は容易な仕事ではないが「マレーシアのような他民族国家でも民主主義が確立しているが、アジアの民主主義はまだ生まれたばかりで脆弱である」。それをより強固なものにするには政治的、経済的な開放性(openess)が必要である。中国も、世界で指導者としての地位を確保するためには、政治や経済の開放性を確立しなければならないと指摘しました。

ライス長官は「20世紀は暴力の時代であった。21世紀は自由の時代にならなければならない」と、アメリカの外交の基本思想を説明。アジア太平洋諸国は開放的であり、選択的にならなければならない。選択するためには責任が必要となる。日本は戦後の復興過程で、「民主主義を選択した」。そうした歴史を考えれば、日本が国連の安全保障理事会の常任理事国になる資格があり、それを支持すると、明確に常任理事国問題で日本を支持する立場を明らかにしました。そして、最後に「民主的な同盟国の重要性」を訴えて講演を終りました。

20分の講演に続き、講演参加者との間で質疑応答が行なわれました。先に述べたように、プレスからの質問は認められていませんでした。質問は上智大学の学生と教員、卒業生に限定されていました。以下、質疑応答の内容です。むしろ講演よりも質疑応答のほうが面白い印象でした。

質問:沖縄の在日米軍の役割は変わったのか?沖縄に米軍が存在する意味は何か?
回答:米軍はアジア全域の安定と平和のために存在する。アジアは中国を初め、ダイナミックに成長を遂げている。中国がアジアで台頭してきており、日米同盟は安定化要素となっている。現在、在日米軍の再編成の努力を行なっており、現状に合ったものにすると同時に、日本国民にも受け入れられるようにしなければならない。日米同盟は日本が国際的な人道支援を行なうための基礎になっている。ワシントンで開催された「2プラス2」(外務大臣・防衛庁長官と国務長官・国防長官会議)で話し合ったが、日米同盟関係を近代化する必要がある。同盟関係は古くなったが、将来も役に立つものであると思っている。

質問:現在、日本と隣国との関係が悪化している。日本はどう対処したらいいのか?
回答:対韓、対中、対ロ関係に問題があることは承知している。アジアにはまだ国境紛争が残っている。それを解決する方法は、経済統合を進めていくことだ。その過程で、今あるような紛争は過去のものになるだろう。EU(欧州連合)は民主的な組織である。アジアにも同じようなプロセスが必要だろう。21世紀は、誰が資源を支配するかとか、多国を支配するかということは大きな問題ではなくなる。

質問:宗教と政治の問題をどう考えるか?
回答:宗教には普遍的な価値観がある。民主主義にとって一番大切なことは、自由に発言できるということである。また、誰もが宗教を信じる自由と教育を受ける自由が必要である。宗教の自由は、個人の良心の問題であり、個人は宗教を信じる権利を持っている。良心に従って宗教を信じる自由がある。宗教の自由は民主主義の重要な価値の1つである。アメリカでは政教分離が行なわれているが、イギリスでは国教会がある。私は、次に訪問する中国では宗教の自由について話をしようと思っている。これは、人間の共感性や人間への尊厳にかかわる重要な問題である。

質問:北朝鮮との6カ国協議は上手く行っていない。アメリカは、北朝鮮と直接交渉をする気はあるのか。
回答:アメリカは歴史から学んでいる。1994年に北朝鮮と「枠組み協定」を締結したが、裏切られた経験を持っている。北朝鮮は、相手国を分断するときに、直接交渉を行い、相手国を競合させようとする。当時、関係国は北朝鮮に対して明確な態度を撮らなかったため、はっきりしたメッセージが北朝鮮に伝われなかったのだろう。各国は、それぞれ異なったインセンティブを持っているものだ。ソ連の行動は変わってきて、国際敵な対話をするようになってきた。国連の安全保障理事会でも協力的になった。北朝鮮の現在の行動は、「脅し」と「6カ国協議離脱」と「核兵器保有」であり、交渉のために選択をするという姿勢はみられない。アメリカは北朝鮮問題を外交的に解決する基本的な考えは変えていない。抑止力を強めるために、韓国との同盟関係を強化している。それに北朝鮮を攻撃しようとしている国は存在していない。もし北朝鮮が核兵器開発を止めれば、国民にとって大きなプラスになるだろう。

質問:長官は以前、中国を戦略的競争相手と分析していた。現在は協調関係を求めている。考え方は変わったのか。
回答:中国に関して新しい”要素”がでてきた。それが良い方向に行くものなのか、あるいは悪い方向に行くものなのかは、人が決めるものだ。中国は良くも、悪くもなる可能性を持っている。中国が良い方向に行くために、アメリカは支援してきた。たとえば、WTO(国際貿易機関)への加入を支持してきた。ただ、中国は国内で未解決の問題を抱えている。たとえば、人権問題であり、宗教の自由の問題であり、台湾問題などがある。こうした件念材料が悪化しないように、アメリカは努力している。中国が地域社会で民主的な役割を拡大するような環境を作らなければならない。そのためには日米同盟が中国に対して敵対的なものになってはならない。

質問:(メモを取っていませんでしたので、不明)
回答:価値観と安全保障は密接に結びついている。ブッシュ大統領は「この60年間にわたって中東政策は”自由”を無視して、”安定”を求めてきた。その結果、憎しみというイデオロギーを広めてしまった」と発言している。今や中東では安定も失われている。中東における自由を求める声を無視してはならない。個人は本質的に自由を求めているものである。自分の言いたいことを言える社会でなければならない。社会が繁栄できるのは、民主的な国家だけである。民主主義を作り上げるのは非常に困難なことである。民主主義制度の価値は、皆が同じ土俵に立って妥協できることにある。アメリカの建国の父たちは自由を主張した。ジェファーソンは自由を訴えたが、同時に彼は奴隷の所有者でもあった。民主主義制度を持っていれば、いつかは民主的な社会が出来上がるものだ。それが歴史の教訓である。

以上が「質疑応答」のポイントです。やや表現は違うところもありますが、ライス長官の言いたいことをまとめたつもりです。途中で休憩を取り、書き上げる段階になって夕刊が届きました。『朝日新聞』の夕刊の1面トップ記事はライス長官の講演でした。その見出しは「途上国支援『連携』を」です。上で書いた「戦略的開発同盟」を大きく取り上げているのです。また、お昼のNHKニュースでは「牛肉問題」をメインに報道していました。その2つの報道を見て、「なんだか違うな」って感じを否定できません。

「戦略的開発同盟」は面白いテーマかもしれませんが、講演のメイン・トピックスではありませんでした。「牛肉問題」も同様に、彼女のメイン・メッセージではありませんでした。彼女が伝えたかったのは、「自由と民主主義」のことでした。最後の言葉は「民主的な日本に来ることができて嬉しい」というものでした。なんだか日本はまだ”民主化プロセス”にあるようで、この言葉を聴いたとき、ちょっと違和感を感じました。が、まあ、今の日本社会や日本資本主義の実態を見ていると、まるで東南アジアの「クローニー(縁故)資本主義:(crony capitalism)」と本質はあまり変わらないので、そういわれても仕方がないのかという気もしました。実は、今、アメリカが一番外交政策の軸においているのは「世界の民主化」です。それは単にブッシュ大統領の「一般教書」で繰り返し使われたからではありません。もっと思想的な背景があるのです。それは5月10日発売の『中央公論』6月号に書く予定なので、詳細をここで書くことはできません。

発言のどこを報道するかは、記者の”力量”です。同じような内容の新聞でも、比べてみると記者の力量や視点、編集者の能力の差が明確に出るものです。機会があれば、ぜひ比較してみてください。ただ、国際会議などの報道や要注意。多くの記者は役人のブリーフィング(説明)で原稿を書いています。ですから、まったく同じ内容になってしまいます。そうなれば力量も何も関係なく、お役所の情報のメッセンジャーに過ぎないのです。

以下に『世界週報』の原稿をアップします。
『世界週報』3月22日号
「ライス国務長官の下で米国の外交政策はどう変わるか」

ライス長官の最初の外交課題は
欧州との関係修復

ライスは上院外交委員会での二日間、一〇時間に及ぶ公聴会を経て、上院本会議で国務長官への就任が承認された。しかし、本会議の票決では賛成票85票に対して反対票は15票に及んだ。歴代の国務長官で最も反対票が多かった。ライス長官にとって厳しい出発だった。国務省に初登庁したとき、彼女は職員を前に「歴史が私たちを必要としている」と語っている。それは彼女の気負いというよりも、第二期レーガン政権が直面する困難な外交問題を率直に表現したものであったろう。

議会の承認に至るプロセスは厳しいものであったが、ライス国務長官の国際社会へのデビューは華麗であった。八日間に及ぶ欧州と中東へ旅はブッシュ大統領の訪欧の露払いの役割を十分に果たした。
イラク戦争を巡って米国と欧州の関係は抜き差しならないものになっていた。第二期レーガン政権の最初の課題は、欧州諸国、特にフランスとドイツとの和解であった。ブッシュ大統領は昨年の十一月に再選を果たすとすぐに欧州の指導者と電話で会談し、関係修復に向け強い意欲を伝えている。米国にとって独仏と対立関係を続けることは、必ずしも国益に沿ったものではなかった。ブッシュ大統領の意を受けてライス長官は訪欧の旅に出たのである。

欧州諸国は国務省人事に好意的であった。ライス長官とロバート・ゼーリック副長官は、父親のブッシュ政権の時に東西ドイツ統合に対する米国の政策を立案したチームである。ゼーリック副長官は欧州では“インターナショナリスト”として知られていた。さらに国務次官に指名されたのが元NATO(北大西洋条約機構)大使のニコラス・バーンズであり、新国務省スタッフは“欧州スタンス”ともいえるものであった。それだけにブッシュ政権にとって欧州との関係修復は緊急を要する課題であった。ブッシュ大統領が再選後の最初の訪問地に欧州を選んだのも、そうした問題意識を反映したものであった。

ライス長官にとっても、この訪欧は重要な意味を持っていた。二〇〇三年に彼女はイラク戦争に関連して「フランスを罰し、ドイツを無視し、ロシアを許す」という刺激的な発言をしている。国務長官として外交を展開するには、こうした自らの過去を清算し、欧州の指導者との間に信頼関係を構築する必要があった。国務長官就任直後に、その機会に恵まれたのである。ライス長官はパリで「今こそ過去の意見の不一致から離れる時である。今こそ同盟関係の新しい章を開く時である」と、過去のことは過去のこととし、新たな同盟関係を構築する必要を訴えた。

ライス長官の訪欧は幸運にも恵まれた。ケリー候補の当選を期待していた独仏政府は、再選を果たしたブッシュ政権とさらに四年間、対立したままでいるわけにはいかないとの思いを持ち始めていた。さらにイラクの選挙が成功したことで、欧州における対米批判のトーンがやや弱くなっていた。またアラファトの死で中東和平交渉開始の機運が出てきたことも、米欧の関係修復にプラスに作用した。米国にしても、イラク再建に欧州の協力が不可欠なうえ、EU(欧州連合)が独自の憲法を制定し、統一外交を目指す動きを見せ始めており、このまま放置すればやがてEUが米国の強力なライバルになる可能性があった。ブッシュ政権には、こうしたEUの動きをチェックする必要があった。

お互いにそれぞれの思惑があったが、ライス長官の訪欧が露払いとなり、ブッシュ大統領は米国と欧州の“新時代の到来”を謳い上げることができたのである。

だが、米欧和解のレトリックとは別に米欧の外交政策の違いも改めて明確になった。たとえば、中国への武器輸出解禁問題で対立がより鮮明となった。期待した欧州のイラク再建支援も、アメリカが計画しているイラクの保安部隊20万人の訓練のうち欧州が引き受けたのはわずか一〇〇〇名に過ぎなかった。また、イランの核兵器開発問題でもフランス主導で欧州とイランの間で外交交渉が行なわれており、欧州の要請にもかかわらずライス長官は「イランは信頼できない」として、交渉に加わることを拒否している。また、チェイニー副大統領はイラン侵攻に関して「イスラエルが先制攻撃をする可能性を否定しない」と発言して交渉重視の欧州を牽制している。またシリア政策とイラン政策を巡って米露の意見の相違も明らかになった。

また、米欧の政策の違いに加えて、ブッシュ政権の内部で対立が存在することも明らかになった。ライス長官は、EUが憲法を制定し、統一外交を展開する動きに対して「私は非常に好ましい展開である」と積極的に評価する発言を行なっている。だが、ライス訪欧と同じ頃にミュンヘンで開催されていた安全保障政策に関する会議に出席していたラムズフェルド国防長官は「ライス長官が政策を決めるわけではない。大統領が政策を決定するのだ」と、ライス長官の発言を真っ向から否定する発言を行なっている。そこには、欧州の統一が進み、独自外交を展開することは米国の国益に反するという思いが込められていた。事実、欧州はNATO(北大西洋条約機構)の役割を縮小しようという動きを見せている。米国にとってNATOという足場を失うことは、欧州に対する交渉力の低下を意味し、世界戦略の抜本的な検討を強いられることになる。こうした基本的な政策で、国務長官と国防長官の間で意見調整が行なわれていないのは意外であった。

米国の外交政策は「一国主義」から
「多国主義」に転換したのか

ライス長官は、今回の訪欧で一貫して“現実主義者”として発言している。上院の公聴会で彼女は「同盟国と国際機関は自由を愛する国の力を何倍にも強くすることになる」「国際システムを構築する際に米国は民主国家を統一していかなければならない」と、同盟国や国際機関を対象にした外交を積極的に展開する必要があると主張している。ゼーリック副長官は「ライス長官からNATO加盟国すべてを訪問するように言われている」と語るなど、積極的に同盟国との関係改善を進める姿勢を見せている。

では、米国は同盟国や国際機関との関係を軽視する「一国主義」から「多国主義」へ基本的に変わったのであろうか。第二期ブッシュ政権の人事を見る限り、ネオコンの退潮は明白である。ウォルオウイッツ国防副長官の閣僚への昇格は見送られた。さらに彼は世界銀行総裁に転出するとの情報もある。ネオコンが期待していたボルトン国務次官の国務副長官への昇進も実現しなかった。また、代表的なネオコン論者であるダグラス・フェイス国防次官は今年の夏に辞任をする意向を明らかにしている。しかも、フェイス次官は二月十七日に外交問題評議会で行なった演説で「米国は同盟国との協力を通してのみ戦争に勝利することができる」と語っている。従来、国際機関や同盟国は頼るに値しないという一国主義を主張してきたネオコンの論調とは一八〇度違うものである。では、本当に第二期ブッシュ政権の外交政策は変わったのだろうか。

ブッシュ政権の内部では外交政策を巡って“理想主義者”と“現実主義者”の間で意見の相違があるといわれてきた。“理想主義者”はネオコン・グループであり、“現実主義者”は伝統的な共和党の外交路線に沿ったグループであるといえる。今までの発言を見る限り、ライス長官は“現実主義者”グループに属していることは明らかである。その意味では、ライス長官が同盟国との関係強化を重視する外交を展開しようとしているのは当然といえよう。

しかし、ライス長官はネオコンと共通した意識を持っていることも否定しがたい。それは、米国の安全を守るためには自由と民主主義を世界に広げなければならないという使命感である。したがって、ライス長官は、同盟国との関係改善も「自由と民主主義を世界に広める政策」を実現するための手段と見ているのである。その意味では、ライス長官の外交思想は、ネオコンと同じ範疇に入っているといえるかもしれない。

また、第一期ブッシュ政権では「悪の枢軸」という規定が外交政策の基本になったのに対して、ライス長官は新たに「専制国家の前哨」という言葉を用いて、キューバ、ジンバブエ、ミャンマー、ベラルーシェ、北朝鮮、イランの六カ国を名指して批判している。こうしたライス長官の発想を見る限り、ブッシュ政権の外交政策の基本的な枠組みは変わっていないのかもしれない。

ライス外交チームは
強硬派で構成されている

第一期ブッシュ政権の外交はホワイトハウス主導で行なわれ、国務省は政策決定課程から除外されてきた。たとえばイスラエルは国務省やパウエル前国務長官を迂回して直接ホワイトハウスや国防総省に連絡を取っていたといわれている。ライス長官の使命の一つは、外交政策の決定過程に国務省を復帰させることにある。ライス長官の指導のもとに外交政策の一元化は確実に進んでいる。例えば、ライス長官の後任の安全保障問題担当補佐官は、ライスの部下であったスチーブン・ハドレーが就任している。これによって国務省と安全保障会議の間のコミュニケーションは以前より円滑になることは間違いない。さらにハドレー補佐官は「国家安全保障会議の役割はチェイニー副大統領とラムズフェルド国防長官、ライス国務長官の間の時に手に負えなくなるような意見の違いを調整することである」と語っている。

第一期ブッシュ政権の国務省は、穏健派のパウエル長官とアミテージ副長官のラインとネオコンの強硬派のボルトン次官が軸になっていたが、有機的に機能していなかった。第二期ブッシュ政権の国務省の新ライス・チームは、ゼーリック副長官のほかにニコラス・バーンズ次官、ロバート・ジョセフ次官で構成されることになる。ライス長官とゼーリック副長官はブッシュ政権(父)時代からの盟友であり、ブッシュ大統領がテキサス州知事の頃から共に外交顧問を務めていた。その意味で、国務省の復権という課題は十分に果たせるだろう。

パウエル前長官とアミテージ前副長官が“穏健派”であるとするなら、ライス長官とゼーリック副長官は強硬派に分類されるだろう。たとえば、ゼーリック副長官は前通商交渉代表部代表を務めており、通商交渉やWTO(国際貿易機構)に熟ししているが、多角的な通商交渉には否定的な意見を持っている。人権問題などを解決するために経済問題をテコに使って相手国に圧力をかけることを主張している。たとえば、最近、ライス長官が日本に対して牛肉の輸入を解禁しなければ制裁を発動すると発言したが、これはゼーリック副長官の進言だと想像される。バーンズ、ジョセフ両次官も、現実主義者といわれている。だが、ジョセフ次官は二〇〇三年の大統領の一般教書に「イラクは核兵器開発のためにウラニュームを購入した」という一文を挿入した張本人であり、思想的には強硬派である。

ライス・チームを一言で表現すれば、ネオコンとは一線を画しながら、米国の国益を前面に押し出す強硬派の顔を持ったグループといえるだろう。それだけに、第一期ブッシュ政権よりも外交交渉では厳しい姿勢を取ってくると予想される。

3件のコメント

  1. ライスさんは英語で講演したのだから英文のテキストが欲しい。日本語テキストに余り価値はないのだから。

    コメント by andy ohwada — 2005年3月20日 @ 11:48

  2. ブログの利点を生かした素早い報道、ありがとうございました。こことKenboy3さんを併せると、ライス演説のほぼ全容が浮かび上がりますね。非常に重要な演説だったと思います。

    http://blog.naver.co.jp/kenboy3.do

    コメント by かんべえ — 2005年3月21日 @ 15:59

  3. コンドリーザ・ライス旋風、北朝鮮の遠吠え、インド
     この連休にかけてコンドリーザ・ライス国務長官の日中韓訪問が、超過密スケジュールで行われた。国内メディアの中には、牛肉貿易再開のメドについての“圧力”があったことを殊更…

    トラックバック by log — 2005年3月22日 @ 23:04

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