中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/3/28 月曜日

「国連改革」とアメリカの主張:日本の安全保障理事会の常任理事国入りをどう考えるべきか

Filed under: - nakaoka @ 3:06

このブログで、ボルトン前国務次官の国連大使指名について何度も書いてきました。まだ上院の承認のための公聴会は開かれていません。議会が再会される4月に入って承認手続きが始まります。民主党の有力上院議員がボルトンの大使任命を支持する声明を出していますが、外交委員会での審議はかなり紛糾しそうです。ある読者から、ボルトンの国連大使指名は「アメリカ政府は国連の無力化を狙ったものである」という指摘がありましたが、それは正しい観察ではないと思います。また、日本政府は安全保障理事会の常任理事国になろうと盛んに活動しています。27日に小泉首相はフランスのシラク大統領と会談した際に、常任理事国入りを支持するように要請しています。どうも、日本での国連改革の議論は、「日本が安保理の常任理事国になれるかどうか」ばかりに焦点が当てられ、本当の国連改革の目的がどこにあるのか真剣に議論されていないようです。もちろん専門家は、ちゃんと議論しているのでしょうが、マスコミの報道はちょっと表面的すぎる気がします。そこで、国連改革が出てきた背景、アナン事務総長の演説、同総長の諮問委員会ハイレベル・パネルの報告、アメリカの保守派の論者の主張などを以下で整理してみることにします。

アメリカは国際機関を支持しない傾向があります。戦前、ウイルソン大統領のリーダーシップで国際連盟が発足したとき、アメリカ議会はこれを承認しませんでした。国連が発足したときも、それほど積極的に支持したわけではありませんでした。ただ、戦後の冷戦状況から、アメリカは国連の役割を認めたものの、本心では、アメリカの外交政策を国際機関によって拘束されることを歓迎したわけではありません。拙著『アメリカ保守革命』の中でも触れましたが、保守派の人々は、最初から国連に対して懐疑的でした。したがって、ある読者の指摘のように、ブッシュ政権が国連の無力化を狙っているという観察は、必ずしも正しくはないのです。保守派にせよ、リベラル派にせよ、アメリカの外交政策が第3者によって制約されることに対して強いアレルギー反応があるのです。

2003年に行なわれた世論調査では、アメリカ国民の実に60%が、国連は”poor job(ちゃんと仕事をしていない)”をしていると答えています。日本と違い、国際機関に対する空想に近い信頼感はもともと国民レベルにもないのです。しかも、今、アメリカで国連に関する最大の問題は「イラクに対する石油食料交換プログラム」のスキャンダルであり、この問題で元FRBのポール・ボルカー議長が中心になって「ボルカー報告」が発表され、また上院の公聴会で膨大な無駄使いが調査の対象になっています。これれが、国民の持つ国連に対する”マイナス・イメージ”をさらに強いものにしています。

こうした一連のスキャンダルに加え、イラク問題で国連が機能を発揮しなかったことから、国連に対する批判は強まり、それが国連改革を求める声になっています。要するに、冷戦を前提とした組織から、冷戦後の時代に対応できるような組織に国連を改革しなければならないという要求が高まっているのです。ですから、日本政府のように、国連改革を安保理の拡大であり、日本が常任理事国入りするかどうかでしかみていないのと、現実の国連改革の議論は雲泥の差があるのです。

まず国連改革の流れを見てみます。昨年、12月2日にアナン事務総長の要請を受けて設立された「High-Level Panel on Threats, Challenge and Change」が事務総長に報告書「A More Secure World: Our Shared Responsibility」を提出しました。この中で国連改革に関する勧告が行なわれました。このパネルの委員は事務総長に指名された15名の委員で構成され、日本から緒方貞子氏が加わっています。それは日本政府による派遣ではなく、あくまで事務総長の指名で選ばれた人々です。ちなみに、後で触れますが、アメリカからはBrent Scowcroftが委員として参加しています。その報告を受けて、2005年3月21日に総会に対して報告書「In Lager Freedom: Toward Development, Secuirty and Human Rights for All」が提出されました。この報告書の発表と同時にアナン事務総長の演説が行なわれ、同総長は加盟国に国連改革を促進するように訴えました。

アナン総長の演説は極めて格調の高いものです。この中に、国連改革の基本思想が明確に語られています。それを以下で要約し、さらにアメリカの論者の議論とスコウクロフトの講演をあわせて、アメリカの立場を説明することにします。詳細に書くとかなり長いブログになるので、できるだけ要点を簡潔に書くようにします。

日本政府の浅薄な常任理事国になることがすべての国連改革議論と違い、アナン総長の総会に対する声明は、21世紀の国際社会における国連の果たすべき役割を実に格調高く、また情熱をもって語っています。演説が行なわれたのは、3月21日です。報告書は「より大きな自由を目指して」と題するもので、国連が21世紀に取り組まなければならない課題を詳細に説明しています。同報告書は4つの部分から構成されており、最初の3つは開発、安全保障、人権の分野で国連が果たさなければならない役割について書かれており、最後の1つは国連の組織改革について書かれています。この中でアナン総長は、4つのポイントを指摘しています。(1)欠乏からの自由(Freedom from Want)、(2)威厳を持って生きる自由(Freedom to Linve on Dignity)、(3)恐怖からの自由(Freedom from Fear)、(4)守る責任(Responsibility to Protect)です。

この4つのポイントは、フランクリン・ルーズベルト大統領の4つの自由に対応するものといえます。同大統領は大恐慌のさなかに守らなければならない「4つの自由」を訴えました。(1)言論と表現の自由(Freedom of Speech and Expression)、(2)宗教の自由(Freedom of Religion)、(3)欠乏からの自由(Freedom of Want)、(4)恐怖からの自由(Freedom of Fear)です。最後の2つはアナン総長の使った言葉とまったく同じです。

具体的には、「欠乏からの自由」を実現するために、発展途上国に対して政府のガバランス(統治)の改善と法に基づく支配、腐敗との戦い、市民社会の建設を訴える一方、先進国に対しては政府開発援助の拡大、貿易自由化などを行なうように訴えています。さらに先進国には2015年までにGDPの0.7%をODA(政府開発援助)に向けるように求めています。通商問題ではドーハ・ラウンドを推進し、2006年までに批准し、途上国からの輸入品に対する非関税化と割り当ての廃止を求めています。さらに、自然災害などによる被害者救済のための基金10億ドルを創設することも求めています。

「恐怖からの自由」では、「1国に対する脅威は全体に対する脅威である」と指摘したあと、テロ撲滅や核兵器拡散防止、内戦の終結、平和を確立するために国際的な協力が必要であると訴えています。具体的には平和建設委員会を新たに設け、各国が戦争から永続的な平和に移行するのを支援することを提案しています。

「尊厳を持って生きる権利」では、各国に法に基づく支配と字k年民主主義を確立することを訴えています。加盟国は「守るための責任の原則」があることを自覚し、大量殺戮、民族浄化、人間性に対する犯罪に対して共同行動を取る必要があると語りかけています。こうした問題は基本的には各国が取り組むべき問題であるが、もしそれができないなら、その責任は国際社会に移ることになると指摘しています。その文脈で、安全保障理事会の役割に言及しています。また、政策としては「デモクラシー基金」を設立し、民主主義を確立しようと努力している国に資金、技術援助を与えることを提案しています。

さらに組織問題としては、総会の活性化が必要であると指摘しています。同総長は、総会が本来の役割を失い、空洞化していると分析したあと、3つの理事会システムを提案しています。それは、(1)国際平和と安全保障を担当する理事会、(2)経済・社会問題を担当する理事会、(3)人権問題を担当する理事会です。その中で、日本の最大の関心事項である安全保障理事会に触れ、同委員会はもっと全体として広範な国際社会を代表し、地政学的な現実を反映するように改革することを提案しています(I urege member states to make the Security Council more boradly representative of the international community as a whole as well as the geopolitical reality of tody)。これは、安保理をもっと国際社会を代表する組織にすること、すなわち理事国を増やすことを意味しています。また、人権問題に関して、現在ある「人権委員会(the Commission on Human Rights)」を「人権理事会(Human Rights Council)」に改組することを求めています。

そして、具体的な目標として、18項目を挙げています。ちょっと面倒ですが、簡単に18項目を列挙します。(1)1日の所得が1ドル以下の国民の比率を2015年までに半分にする、(2)飢えに苦しむ人の比率を2015年までに半分にする、(3)2015年までに全ての子供が初等教育を受けられるようにする、(4)2005年までに初等教育における性差別をなくし、2015年までにすべての教育で性差別をなくす、(5)5歳以下の死亡率を2015年までに3分の2低下させる、(6)母親の死亡率を2015年までに4分の3低下させる、(7)2015年までにエイズの半減させる、(8)マラリアなどの罹病率を2015年までに半減させる、(9)持続的な成長を各国の政策に織り込み、環境破壊を逆転させる、(10)2015年までに安全な飲料水を手に入れることができない人を半減させる、(11)1億人のスラムの住民の生活を改善する、(12)開放的、非差別的、ルールに基づいた通商システムを確立する、(以下略)

この説明だけでは、もう1つ分かりにくいかもしれません。そこで、ハイレベル・パネルのアメリカ委員のスコウクロフトが2005年2月8日に行なった講演から補足することにします。国連は冷戦時代から冷戦後への世界情勢の変化い対応していないというところから出発します。国連の当初加盟国の数は51カ国でしたが、現在は191カ国になっています。また、加盟国の状況も大きく変わっています。当初は戦争を阻止することが大きな使命でしたが、今では発展途上国の貧困や人権問題、環境問題などが重要な問題になってきており、国連はこれに対処できなくなっています。

また、国際化の進展で、一国で対処できない問題、たとえば国際的な組織犯罪、テロなどが大きな問題となっています。世界の安全保障の問題に取り組むためには、途上国の貧困などの問題に対処していかなければ効果がなくなってきています。また、国連憲章51条では、各国の内政に干渉することが禁止されていますが、深刻な人権侵害などを放置できなくなっています(これはアナン総長がいう「responsibility to protect」のことです)。国連は、各国に干渉する権利を持つべきなのです。

さらに安全保障に関連して、パネルでは「preemptive attack」と「preventive attack」に冠する議論を行いました。その結果、国連は「preemptive attack」は認めるべきであるが、「preventive attack」は認めるべきではないという議論がでました。この2つの概念を巡って議論が行なわれましたが、「交渉の余地がなく、放置すれば甚大な被害が予想される場合の攻撃をpreemptive attack」と定義し、それはやむをえないという結論に達したということです。また、現在の安全保障理事会の決議なしに武力行使をすることはできません。しかし、こうした安保理の制約は、「アメリカにとって受け入れることができない」との主張がありました。要するに、安保理によってアメリカの政策が制約されることに対して、アメリカは強い抵抗感を持っているということです。しかし、国連が「preemptive attack」を認めることは、アメリカにとって大きな前進であるといえます。

安全保障理事会の改革に関して、ハイレベル・パネルでは、次のような議論が行なわれました。安保理は平和と安全保障に関する責任を負っているが、それを実施に移すメカニズムが存在していません。要するに同氏の言葉を借りると「意思決定と決定を実施する能力の間に大きなギャップが存在する」ということになります。そこで、同パネルは、安全保障理事会の元にもっと小規模で小回りの効く「平和建設委員会(peacebuilding commission)」を設立することを提案しています。また、安保理改革では、2つの案を提示しています。まず、常任理事国を6カ国増すが、拒否権を持つ国は増やさないという案です。同氏は「私たちは拒否権を拡大することは推奨しなかった」と述べています。この6カ国は各地域に配分されることになります。ただしアフリカからは2ヵ国が常任理事国になります。

もう1つの案は、8カ国の任期4年の理事国を増やすという案です。この任期は続けて改選可能なので、実質的に”常任理事国”と同じ状況になります。そうすれば、日本やドイツ、インド、ブラジルが実質的に常任理事国と同じように常に理事の議席を確保することができることになります。また、理事国を選ぶに際して、国連への拠出金、平和維持活動への自発的貢献、軍隊の派遣の3つの基準に基づいて選挙を行なうべきであると提案しています。

さらにスコウクロフト氏はアメリカの状況に触れて「ブッシュ政権では、国連改革は現在のアメリカの政策の優先順位は高くない」と指摘しています。要するに、アメリカにとって国連改革、あるいは安保理改革は”緊急性”のない問題であるのです。また、安保理の問題は、その硬直性にあり、「理事国を増やすことは、単にその硬直性を高めることになるだけ」と、極めて冷静な指摘をしています。さらに、「30年後に大国になっている国を想像することができるか。もし新しい大国が誕生していれば、理事国を換えると主張するのか」と問いかけています。「日本は大国であり、国連へ巨額の拠出をしている」ということを理由に、日本の常任理事国を求めるなら、「30年後も日本の国際的な地位は変わりがないといえるのか」と反論されることになりそうです。

やや雑になりましたが、以上が国連改革、安保理改革の議論の枠組みです。では、アメリカでの議論はどうなっているのでしょうか。それについては若干触れましたが、保守派のシンクタンクのヘリテージ・ファンデーションの研究員Nile Gardiner氏の主張を紹介します。

国家主権について:
・国連はアメリカの外交に対する拒否権を持つべきではない
・アメリカは国連の積極的な参加国であるが、アメリカ政府は国連にアメリカなど民主国の自由を制限することを許すべきではない

国連憲章の快晴に関して
・ブッシュ政権は国連憲章を国際情勢にあわせるように抜本的な改革を行なうよう主張すべきである
・国連憲章は無法者国家や国際的なテロリストの脅威に直面した国家の自衛権を拡大するように修正すべきである

安全保障理事会について
・アメリカは安全保障理事会の拡大に反対すべきである。常任理事国の拡大は、国連の効率性を損なう。これは国連改革に逆行することである
・安全保障理事会は時代遅れの組織になっており、アメリカの外交政策の推進の障害になっていることが多い
・ブッシュ政権は安全保障の問題に取り組むために国連に新しい組織を模索するよう勧めるべきである

国連への拠出金に関して
・ブッシュ政権は中国やロシアに拠出金を増やすように要請すべきである
・将来のアメリカの拠出は国連改革の進展とリンクさせるべきである

人権問題について
・ブッシュ政権は人権委員会(the United Nations Comission on Human Rights: UNCHR)の大幅改組を要求し、同委員会から無法者国家を排除すべきである
・アメリカ政府は国連に対して圧制国家に対して”ゼロ・オプション”政策を適用するように圧力をかけるべきである

こうした提案をしたあと、同氏は「国連は世界の舞台で緩やかに影響力が低下し続けており、大胆な改革をしなければ国際連盟が辿った道を再び歩むことになるだろう」と書いています。

要するに、日本政府が能天気に「常任理事国入り」をアピールしていますが、国連改革は、そうしたレベルを超えた次元で議論されているのです。世界の安全保障をどう考えていくのか、常任理事国の果たすべき役割は何かといった真剣な議論が必要なのであり、「アメリカが日本の常任理事国入りを支持した」とか、「アフリカの何カ国が内々に支持してくれた」とか、「支持を得るために経済援助を増やした」というレベルの議論ではないのです。

すくなくとも、日本のメディアはこうした世界の現実についてあまり報道していないのではないでしょうか。ボルトンの国連大使指名も、こうした文脈から考えてみると、違った側面が浮かびあがってくるでしょう。「アメリカは国連の無力化を狙っている」といった類の議論は、極めて浅薄な議論なのです。もっと歴史的、思想的な背景があり、それはブッシュ政権になって始まったものではないのです。

今回も長くなりました。時間の制約もあり、かなりはしょった部分もありますが、関心のある読者は、自分で調べてみれください。

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