中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/4/7 木曜日

グリーンスパン連邦準備制度理事会議長の国際金融講義(最終回):為替相場と国内経済の関連をどう見るべきか

Filed under: - nakaoka @ 13:04

過去3回、グリーンスパンFRB(連邦準備制度理事会)議長が国際金融の仕組みをどう考えているかについて書きました。3回目を書いたのは3月17日ですから、随分、時間が経ってしまいました。途中で他のテーマについて書きたくなったり、他のテーマを調べていたりしたので、ついつい最終回が延び延びになってしまいました。その間、状況に変化も出てきました。1つは為替相場は1ドル=108円と若干ですがドル高円安に振れ、”ドル下落”といった見方が薄くなっていること、また原油などのエネルギー価格が再び上昇し始めるなど、国際金融市場を巡る様相が変わってきています。エネルギー価格に関して、グリーンスパン議長は4月5日に行なった講演で、長期的にエネルギー価格の上昇はないとの見通しを語っています。それも面白いテーマですが、今回はグリーンスパン議長の金融講座の最終回を書くことにします。目先の動向にやや変化が見られるにしても、ドルを巡る議論の枠組みは変わらないと思います。本講座の1回から最終回まで通して読んでいただければ、全体が理解しやすいでしょう。なお、3月にある雑誌に寄稿した原稿「短期楽観、長期悲観のグリーンスパンの米経済見通し」もここに転載しました。

前回、ドル安が進んだにもかかわらず、どうしてアメリカの貿易赤字が縮小しないのかということを最後に取り上げました。ドル安が進んだ2002年以降、アメリカの貿易赤字はむしろ拡大しているのです。グリーンスパン議長は、その要因を幾つか指摘しています。まず、既に説明したように”過去のドル高の遺産”が残っていることです。90年代後半からドル相場の上昇が続きました。その間に輸入水準は輸出水準を50%上回ってしまったのです。ドル安が始まる出発点で、既に輸出と輸入の水準に大幅な差があったのです。そのため、輸出が輸入を大幅に上回る伸びを示さない限り、貿易赤字の縮小は進まないのです。たとえば同じ率で輸出と輸入が増えても、赤字の拡大は続きます。輸出の伸びが輸入の伸びを大幅に上回らない限り、目だった収支の改善は進まないし、場合によっては赤字拡大が続くことになるのです。

もう1つの要因は、貿易の「所得弾性値」です。議長の言葉を借りれば、アメリカの貿易収支が改善するには「アメリカの所得に対するアメリカの輸入弾力性が外国の所得に対するアメリカの輸出弾力性を上回る」ことが必要です。しかし、アメリカと外国の輸入の所得弾性値を比べると、アメリカの弾性値のほうが高いのです(蛇足ですが、アメリカ政府はそれをもってアメリカ市場のほうが海外よりも開放的であると主張しています)。したがって、もしアメリカと海外の経済成長率が同じなら、アメリカの輸入は輸出を上回ることになってしまいます。現実には、アメリカの経済成長率は海外の成長率を上回る状況が続いています。とすると、所得弾性値から判断して、アメリカの輸入は増えざるをえないことになります。スノー財務長官が「アメリカの貿易赤字拡大は海外の経済成長が低いからだ」と批判し、海外諸国に景気拡大策を求めていますが、その論拠はここにあります。

もう1つの貿易赤字拡大の要因は、原油価格の上昇です。アメリカの石油輸入量は膨大で、原油価格が上昇すると、輸入額が膨れ上がることになるのです。最近の原油価格上昇は、アメリカの貿易赤字を拡大させる要因になります。ついでに言えば、原油価格上昇はアメリカの経済成長を鈍化させる可能性があります。

グリーンスパン議長は次のように語っています。「ドル安がアメリカの輸出業者の競争力を高め、アメリカの輸出企業の収益性を改善させることは間違いない。こうした要因が、過去数年、アメリカの輸出が大幅に増加した要因である。しかし、ドルの輸出と貿易収支に与えるプラス効果は、以上に述べた要因で相殺されてしまった」のです。

アメリカ経済の問題は、過剰な国内需要にあるといえます。グリーンスパン議長は、これに関連して2つの国内要因を指摘しています。1つはアメリカの財政赤字であり、もう1つはアメリカの家計部門の低貯蓄率です。これは2つの問題を引き起こしています。1つは国内需要が過剰になっていることと、もう1つはアメリカが海外から資金調達をしなければならないことです。財政赤字が縮小し、貯蓄率が高まれば、海外から資金を調達する必要性が低下します。それはアメリカの金利に影響を及ぼします。アメリカの個人貯蓄率は1993年は約6%でしたが、これが現在では1%にまで低下しています。グリーンスパン議長は、個人貯蓄率の低下の主因は住宅ローン債務の増加にあると指摘しています。1980年代初めから住宅ローン金利の低下が続いており、それが住宅価格の上昇を支え、さらに最近では中古住宅の前例のないほどの取引の活況を呈している要因なのです。(追記:4月6日発表の統計では、30年物の住宅ローン(モーゲージ)金利は5.93%と30年来の低水準にまで低下しました。これから判断する限り、住宅市場の堅調は続きそうです)。

グリーンスパン議長は、アメリカ経済の好調の要因に住宅価格の上昇を頻繁に指摘しています。アメリカ経済の成長は個人消費に支えられている面があります。その個人消費は住宅価格の上昇に支えられているのです。議長は「住宅価格の上昇は住宅保有者にキャピタル・ゲインをもたらしています。中古住宅を売却することえでキャピタル・ゲインを手に入れることができます。また、住宅価格の上昇は「ホーム・エクイティ・ローン」(住宅を担保にする借入)を促進しています。グリーンスパン議長は「住宅価格の上昇分の半分が個人の消費支出に向けられている」と、住宅価格と個人消費の関係を指摘しています。

こうした分析を踏まえて、グリーンスパン議長は住宅ローン債務残高と経常赤字の間にある興味深い関係を指摘しています。「過去50年間の住宅ローン残高の変化は経常赤字と密接な相関性がある」と指摘しています。この2つの変数の間にどの程度の因果関係が存在するか明確ではないが、「お互いが影響しあっていることは間違いない」のです。さらに興味深い指摘をしています。それは過去20年の間に住宅ローン市場でイノベーションが進み、個人は以前よりも楽に住宅ローンを取得できるようになっています。それが、先触れたように、アメリカの個人消費を支えてきているのですが、海外の個人はアメリカのように簡単に住宅ローンを利用できません。そのことが、アメリカと海外の個人消費の行動の違いの1つの要因であると、同議長は暗に指摘しているようです。

為替相場の変動と輸出業者の行動パターンについて、議長は次のようなことを指摘しています。輸出業者は為替相場の変動に伴う利潤率の変動に対応しようとしています。以前は、為替相場の変動に伴う利潤率の変動は、輸出価格の引き上げで対応していましたが、現在では、そうした価格設定の仕方は難しくなってきています(単純に為替変動に伴う利潤率の変化を価格に転嫁しなくなったのが、国際貿易を安定化させている1つの要因であるという議論もあります)。そこで、為替相場の変動によって生じる利潤率の変化に対応するために輸出業者は為替先物などの新しい金融手法を使って対応しているのです。しかし、そうした手法にもおのずと限度があり、どこかの時点で輸出価格を引上げなければならなくなります。が、いずれにせよ、そうした輸出業者の対応が、為替相場の調整を遅らせることになっていると同議長は説明しています。

こうした状況を踏まえて、同議長は「経常収支の調整に影響する様々な経済要因の相互関係を正確に予測することは困難である。なぜなら、為替相場を予想することが極めて難しいからである」と述べています。さらに、「まだ解決されていないアメリカの経常収支調整に関連する多くの問題が生じている」とし、その1つにアジアの中央銀行の為替市場介入のもたらす影響を指摘しています。そうした介入がドル相場を支え、アメリカ財務省証券の価格を支えています。しかし、「それが為替相場にどれだけの影響を与えているのか具体的に指摘するのは難しい」と付け加えています。もう1つの問題は、国際化の進展です。金融の国際化によって、アメリカは容易に経常赤字を埋め合わせることができるようになっています。

結論として、グリーンスパン議長は「アメリカの経常赤字は永遠に拡大し続けることはない。しかし、幸いにして、アメリカ経済の弾力性の高まりによってアメリカは大幅な経済活動に重大な影響を引き起こすことなく調整を行なうことができる」と、楽観的な見通しを語っています。

議論がやや曖昧な点がありますが、それはグリーンスパン議長の演説の議論がやや曖昧な点があるからです。できるだけ、平易な解説を試みたのですが、やや論理的に繋がりにくい部分もあり、説明の歯切れも悪かった点もありますが、グリーンスパン議長が国際金融、為替問題をどう考えているのかの輪郭は示すことができたのではないかと思います。

以下は3月にある雑誌に寄稿したグリーンスパン議長に関連する原稿でが、ここに転載します。

「短期楽観、長期悲観のグリーンスパン議長の米経済見通し」

グリーンスパンFRB(連邦準備制度理事会)議長の辞任までの残り時間は1年を切った。FRBの理事の任期は1月31日に切れる。議長は理事の中から選ばれる。同議長の理事の任期は来年の1月31日に切れるが、彼は再任を求めないことから自動的に議長のポストも失うことになる。

グリーンスパンが議長に就任したのは87年。それから18年にわたって議長の座に就いていたのであるから辞任後の金融市場や為替市場、アメリカ経済に与える影響は大きなものになると予想される。こうした懸念に対して、フィラデルフィア連邦準備銀行のサントメロ総裁は「市場がグリーンスパン議長辞任後に何が起こるか懸念しているのは理解できる。しかし市場はFOMC(連邦公開市場委員会)の19名のメンバーは残り、その意思決定過程は基本的に変わらない」と、市場の過剰な反応を戒めている。

いずれにせよグリーンスパン議長の影響力は圧倒的であることに間違いない。毎年2月にFRBは議会に対して「金融政策レポート」を提出し、議長は議会での証言を義務付けられている。その議会証言は、アメリカ経済や金利、為替動向を見るうえで最も注目されるものの一つである。今回は、グリーンスパン議長の一連の発言から、彼がアメリカ経済をどう理解しているかを探ってみることにする。

アメリカ経済は順調である。2004四年のアメリカ経済の実質GDPの成長率は4.4%を記録している。前年の3.0%を大きく上回った。今年の見通しもFRBの「金融政策レポート」によれば、FRB理事と各連銀総裁の予想の中央値は三・二五%から四%である。おそらく4%前後の成長率はアメリカ経済の潜在成長率を上回る水準であろう。

成長を支えているのは、FRBの低金利政策と減税を背景とした旺盛な個人消費である。その成長パターンは今年に入っても続いている。グリーンスパン議長は3月2日の下院予算委員会での証言で「経済は“非常に好調なペース”で成長を続けている」と発言している。また12の連銀も、地方経済状況を調査した「ベージュ・ブック」の中で「各地域の雇用環境は改善し、小売販売は好調を維持している」と報告している。

小売販売は個人消費のほぼ半分、またGDPの3分の1を占めている。2月の小売販売状況は好調であった。昨年の小売販売の年率の伸びは7.7%と極めて高い水準を維持している。また過去3ヶ月の伸び率も8.2%を記録している。こうした個人消費の好調を背景に雇用情勢も改善に向かい、それがさらに個人消費を支えるという好循環が見られる。景気回復の初期には減税と超低金利が景気の牽引役を果たしたが、それが“自律的”な回復過程に入りつつあるようだ。
こうした景気回復を踏まえ、FRBは金融政策を“超緩和”から“中立”に戻してきた。昨年の6月から政策金利であるフェデラル・ファンド金利を六度にわたって引き上げている。3月22日に行なわれるFOMCで同金利はさらに0.25ポイント引き上げられ、2.75%になると予想されている。本稿が出る頃には既に決定済みかもしれないが、FRBの政策の焦点は成長からインフレ懸念に明らかに移ってきており、政策も“中立”から“引締め”にシフトし始めているのは確かである。特に原油価格の高騰と景気回復に伴う労働市場の逼迫が、大きな懸念材料になっている。

インフレは別にして、アメリカ経済が抱える問題は「個人消費がどこまで好調を維持できるのか」「膨大な経常赤字がドル暴落を引き起こすのではないか」「財政赤字が成長阻害要因になるのではないか」という三つに要約することができる。これに関してグリーンスパン議長は、個人消費もドル暴落も心配はないと主張している。同議長が最も懸念しているのは、三つ目の財政赤字問題である。その理由を解説してみよう。

個人消費の先行きを懸念する根拠は、家計部門の所得に対する債務比率が上昇していることと、個人消費を支える役割を果たしてきた住宅価格の上昇はバブルであり、いつまでも続かないのではないかということである。事実、昨年の家計部門の債務額は対前年比で11%増えて1兆ドルを越えた。また住宅ローン債務も13%強増えて8850億ドルに達し、1987年以降、最高の増加を示している。

こうした悲観論に対してグリーンスパン議長は、「所得に対する債務比率の上昇を先行の指標と見るのは間違いである」と反論する。過去10年間の家計部門の債務の増加の七分の一は住宅ローンの増加によるものであるが、その間に持ち家率は64%から69%に増えており、債務の増加分は住宅資産の増加に対応しており、決して不健全はものではないと指摘する。不動産バブルについては、「住宅価格指数の上昇は家賃の上昇率を上回り、その意味では住宅価格が高くなりすぎているかもしれないが、全国的な住宅価格の下落は起こる可能性は少ない」としている。その理由は、住宅購入は投機的要因ではなく、実需に基づいたものが主体であるからだとしている。

また住宅金利上昇が個人消費を冷やす可能についても、「住宅ローンの5分の4は固定金利であり、借入期間も分散化されていることから、金利上昇の消費に与える影響は少ない」と分析している。さらに今までの住宅価格の上昇でホーム・エクイティ(住宅担保借入)を活用できるので、住宅市場の動向が個人消費に与える影響は小さいと主張している。

では、貿易赤字とドル暴落の懸念はどうか。これについても、同議長は、国際化の進展で貿易や国際金融市場の“弾力性”が高まっているので、その心配はないと証言している。要するに「国際的なスケールでアダム・スミスの“見えざる手”が働くようになっている」と主張している。経常赤字は危機ラインといわれるGDPの6%に近づいているが、同議長は「国際金融市場に大きな混乱が生じることなく為替調整は行なわれるだろう」と極めて楽観的な見通しを明らかにしている。FRBの強硬派であるバーナンケ理事も、どうような見解をしめしている。ただ、グリーンスパン議長が懸念するのは、保護主義が台頭してきて、市場機能が効かなくなる事態が起こることである。

「住宅バブルの破裂」「ドル暴落」の可能性はないという楽観的な見通しに対して、財政赤字問題に対しては一転して悲観論になっているのが注目される。今年の財政赤字はGDPの3.25%に達すると予想されている。財政赤字の中には循環的な要因と構造的な要因があり、景気が回復してくれば歳入が増えてくる。しかし、仮に完全雇用が実現しても赤字が解消されないことがある。それを構造的な赤字をいうが、同議長は今のアメリカの財政問題は構造的な赤字にあると指摘する。要するに、財政問題解決には“市場機能”が発揮されないのである。その意味で経常赤字問題とは基本的に違うというのが、同議長の指摘している重要なポイントである。特に2008年から3000万人といわれるベビー・ブーマー世代の年金受給が始まる。

グリーンスパン議長は、増税か歳出削減以外に財政赤字問題を解決する方法はないと主張している。さらに社会保障費の財源は消費税に求めるべきだと大胆な提案も行なっている。当然、こうした証言は政治的に大きな反響を引き起こしている。民主党はグリーンスパン議長を「ワシントンにおける最大の政治的なハック(報酬目当てで雇われた専門家)である」と厳しい批判を展開している。

2件のコメント

  1. 今日のポジション(4/7)
    【投稿】

    トラックバック by 為替王 — 2005年4月7日 @ 13:29

  2. 米国でのバブル・・・・・それは住宅と債券??
    最近、さかんに米国の報道やメディアに見受けられるのが住宅バブルの指摘についてです。もちろん全てが「行き過ぎである」という結論であるわけでなく、肯定派と否定派に分かれているようです。各派ともにきちんと数字を持ち出したりして根拠を論じ合っているわけですが、…

    トラックバック by へそまがり株式投資家日記 — 2005年4月7日 @ 18:36

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=101

現在、コメントフォームは閉鎖中です。