中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/10/30 土曜日

大統領選挙と経済

Filed under: - nakaoka @ 11:01

大統領選挙の見通しは混迷を極めています。アメリカのメディアも、どちらの候補が勝つかまったく予想がつかないとしています。11月2日に投票が終っても、すぐには当選が決まらないのではないという予想もあります。どちらが勝つにせよ極めて僅差になり、票の数え直しなどの訴訟が相次ぎ、最終的な投票結果が確定しないという事態も十分に予想されます。ちょうど2000年の大統領選挙の時、フロリダ州で起こった事態が、今回は複数の州で起こるかもしれません。前のブログに書いたように、多くのアメリカ人有権者はちゃんと自分の票が数えられるかどうか不安を抱えているうえ、両陣営とも投票監視体制を強化したり、既に訴訟を起こす準備しているなど、選挙後に相当の混乱が起こるかもしれません。

今回は選挙結果と経済について書いてみます。経済政策から言えば、両候補とも財政赤字を半減すると公約しています。ただブッシュ候補が1期中に行なった3度の減税を恒久化し、減税を通した景気刺激による税収増を期待しているのに対して、ケリー候補は20万ドル以上の高額所得者に対する減税措置を廃止し、多国籍企業の海外での利益に対する課税強化などで財政赤字を削減すると主張するなど、その政治的立場で具体的な政策は違っています。そうした両候補の経済政策が実際の経済にどのような影響を与えるのでしょうか。

それを考えるためには、議会選挙の結果が重要になってきます。現在の状況では、議会選挙は共和党が勝利するのではないかと予想されます。2000年の選挙では下院の議席は共和党221議席、民主党211議席を獲得しました。2002年の中間選挙では共和党229議席、民主党205議席でした。下院選挙では全員が改選になりますが、上院は任期6年で、2年ごとの選挙で3分の1の議員が改選されます。2000年の選挙の結果、総議席100のうち共和党が50議席、民主党が50議席と同数になりました。2002年の中間選挙では、共和党が51議席、民主党が48議席、その他が1議席でした。1997年の選挙以降、下院では共和党が一貫して多数派を占めています。おそらく今回の選挙でも、アメリカ社会の保守化を背景に共和党が引き続き多数を占めそうです。上院は2000年の選挙で共和、民主が同議席になりましたが、1995年以降、共和党がずっと多数派を占めています。先に述べたように上院の改選議席は3分の1で、残りの3分の2は非改選です。今回の選挙では、共和党は議席数51議席のうち改選数は15議席、民主党は議席数48議席で、そのうち改選数は19議席です。改選数を除くと、共和党36議席、民主党29議席です。民主党が上院で過半数を占めるには、改選数19議席に対して21議席が必要です。上院もかなり拮抗した結果になりそうですが、民主党が仮に議席を増やしたとしても、過半数を確保するのは難しいかもしれません。

もしブッシュ候補が再選されれば、議会は与党が多数派を占めることになり、ケリー候補が勝てば、与党は少数派になります。そうなると、政府と議会の対立は先鋭化すると予想されます。では、アメリカ経済にとって、どちらが良いのでしょうか。まずケリー政権が誕生すれば、議会と直接対決することになり、予算案の成立が困難になるかもしれません。かつてクリントン政権が1994年以降、ギングリッチ下院議員が率いる議会と対立し、一時は9月から新年度が始まるにもかかわらず、予算案が成立したのは翌年になったという混乱も起こりました。その結果、行政機能が停止する事態に至りました。ケリー政権が誕生した場合、おそらく政府と議会の対立が起こる可能性があります。ケリー候補が主張する新しいプログラムの多くが拒否されるかもしれません。一方、ブッシュ候補が再選されれば、議会は与党共和党が両院で多数派を占めると予想されるため、政府と議会の対立は起こらないでしょう。その場合は、ブッシュ政権は1期目の政策を継続することになるでしょう。

では経済との関連では、どのような影響が予想されるでしょうか。経済や市場に直接的な影響を与えるのは税政策でしょう。この点に関していえば、ブッシュ政権は1期目からキャピタル・ゲイン課税の引き下げ、利子配当課税の全廃、最高税率の引き下げなどを行なってきました。また一連の減税措置を恒常化するというのが2期政権の大きな目玉になると思います。ブッシュ政権は、公的年金の一部民営化なども政策に掲げています。こうした措置は株式市場には好感されるでしょう。これに対して、ケリー候補は金持ち減税の廃止などブッシュ減税の一部見直しを主張しています。ケリー候補は、市場主義の共和党政権とは違い、商務省の権限を強化し、企業の買収・合併をチェックする方針を出しています。株式市場に対する影響という観点からいえば、ブッシュ政策は株高、ケリー政策は株安の影響をもたらす可能性が強いでしょう。

また、マクロ経済的には、両候補とも財政赤字削減を主張していますが、どの程度実現できるか不透明です。ただ、ブッシュ政権は減税政策を継続する意向を示しており、かつてのレーガン政権の時と同様に慢性的な財政赤字の拡大を引き起こす可能性が強いでしょう。ブッシュ政権の中には”供給サイド”の経済学を信奉している経済閣僚が多く、どこまで財政赤字の削減に本気で取り組むか疑問です。他方、ケリー候補は財政赤字削減を主張する一方で、歳出増を伴うプログラムも提案しています。新プログラムの財源については、金持ち増税と企業課税強化で歳出を捻出すると主張しています。しかし共和党支配の議会が増税策を承認するかどうか疑問です。ただ、ケリー候補は、もし増税で歳入が増えなければ、プログラムを見直すと主張しています。また、財政赤字削減のために、クリントン政権が導入した”pay-as-you-go政策”の再導入を主張しています。これは議員や政府が新しいプログラムを主張する場合、他のプログラムを廃止するか、増税を行なうなど具体的な資金手当てをしなければならないというルールです。ブッシュ政権は、このルールを無視し、財政赤字を史上最高にまで増やしてきました。

おそらくブッシュ政権のもとでは財政赤字削減は進まないでしょう。あくまで相対的ですが、ケリー政権のほうが、ちょうどクリントン政権と同じように、結果的に財政赤字削減では効果があるかもしれません。短期的には、ブッシュ政権の政策が経済成長にはプラスに作用するでしょう。しかし、長期的には財政赤字の拡大と貿易赤字の拡大によって、金利上昇あるいはドル相場の下落という事態が起こる可能性があります。ケリー政権は、これと逆なシナリオが描かれるかもしれません。ちょうどクリントン政権が共和党支配の議会のもとで財政赤字を解消したケースと似た状況が起こるかもしれません。

財政赤字削減では、ブッシュ候補の政策よりも、ケリー候補の政策の方が相対的に可能性が強いでしょう。とすれば、株式市場ではブッシュ政策がプラスの影響を与えるでしょうが、債券市場ではケリー政策のほうが良い影響をもたらすでしょう。経済成長の面では、短期的にはブッシュ政策の方が刺激効果は大きく、長期的にはケリー政策の方が良い影響をもたらすでしょう。すなわち、ブッシュ政権では減税、財政赤字が景気を刺激し、株高に結びつくでしょうが、中長期的には財政赤字拡大と貿易赤字拡大で、金利高、ドル安に結びつくかもしれません。一方、ケリー政権では、短期的には財政緊縮で景気にマイナスかもしれませんが、中長期的には長期金利低下によって景気を刺激することになるでしょう。

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