中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/5/11 水曜日

アメリカ経済のインフレ懸念はどこまで本物か

Filed under: - nakaoka @ 4:06

月曜日の夜、韓国から来た友人をお酒を飲みました。彼はワシントン大学の時からの知り合いで、今回、韓国の国会議員と一緒に来日し、忙しい予定の中でホテルのバーで短い時間ですがゆっくり話す機会がありました。彼は、国会国防委員会のスタッフで、来日中も日本政府の要人たちとインタビューを繰り返していました。彼との会話で印象に残ったのは竹島問題で、彼は「we want to leave it unsettled」という言葉でした。領土問題は解決は極めて難しいものです。おそらく平和裏に領土問題が解決した例は過去にはないのではないかもしれません。ならば、解決を急がないというのも1つの賢明な選択なのでしょう。反日デモは別にして、韓国の政策担当者は理性的な対応をしようとしているようです。前置きが長くなりましたが、今回、アメリカのインフレ問題について書いてみます。アメリカ経済の成長が鈍化するのではないか、そうした状況の中でFOMCは金融引締めの姿勢を変える可能性はあるのかなど、いろいろな問題が出てきています。それらの根底には、インフレ懸念に対する見方があると思います。4月にある雑誌に書いた原稿をアップし、インフレ問題を考えてみたいと思います。余談ですが、『仕事とパソコン』という月刊誌に「今、このブログが面白い」という特集企画に、本ブログが取り上げられています。

最近のアメリカ経済を巡り議論を整理しておきましょう。まず、大方の予想は今年の経済成長率は昨年を下回るという点でほぼ共通しています。しかし、それでも3・5%から4%程度の成長が可能で、高成長は続くと見られていました。しかし、4月に発表された第1四半期の成長率が3.1%と予想を大きく下回ったことで、アメリカ経済の先行きに対する警戒感が出てきました。金融政策の面では、FRBは超低金利政策からの正常化(normalization)を進め、昨年6月から8度にわたってフェデラル・ファンド金利の目標値を引き上げ、5月2日に3.0%にしました。超低金利の副作用として不動産バブルや株式バブルが生じているとの分析もあり、FRBは金融政策の正常化によってインフレの芽を早期に摘み取りたいという意図を持っていますFRBが、経済成長とインフレのどちらに軸足を置いているかに関して、この1年を見ると、インフレを重視しているように見えます。

ただ、第1四半期の成長鈍化で、一部に景気の先行き警戒感が出て、FRBは金融正常化のスピードを落とすのではないかという思惑も出てきました。しかし、5月9日に発表になった雇用統計で、再び、景気は順調に推移しているとの楽観論が頭をもたげてきました。雇用統計によれば、4月の非農業部門の雇用増は27万4000名と、予想を大幅に上回りました。予想では、17万人程度の増加というのがコンセンサスでした。また、3月の雇用増も11万人から14万6000人に上方修正されました。失業率は5.2%と変わりませんでしたが、景気拡大局面では労働市場への参加率が高まるのが普通ですので、企業活動が活発化しているのに失業率が低下しないとしても不思議ではありません。

雇用増の内容をチェックしてみると、サービス産業で22万9000人が増加しています。これに対して、製造業では6000人の減少となっています。2001年からの景気回復は”雇用増なき回復”と言われていましたが、このところ製造業でも雇用増加が見られたのですが、再び減少に転じたようです。

雇用増が見られるということは、経済活動が活発化していることであり、景気の先行きよりもインフレ懸念を重視すべきということになります。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は「インフレ抑制を優先するグリーンスパンFRB議長の景気の見方は正しかった」と書いています。そして、「一連の統計(雇用統計、自動車販売統計、小売統計、税収)はいずれも景気が数週間前に見られたよりも堅調な拡大を遂げていることを示唆している」と書き、6月に開かれるFOMCでフェデラル・ファンド金利は再び引上げられ、3.25%になると予想しています。

本当にインフレがアメリカ経済最大の懸念材料なのでしょうか。そこで、少し他の統計も見てみます。まず消費者物価ですが、3月の上昇率は年率で3.1%でした。1~3月の上昇率の年率では4.3%になります。過去の推移を見てみると、2000年が3.4%、2001年が1.6%、2002年が2.4%、2003年が1.9%、2004年が3.3%です。2005年が4.3%です。2001年はリセッションの年で、低くなるのは当然です。が、その後も2003年には低水準の上昇率に留まっています。この推移から見る限り、インフレが差し迫っているとは思えません。

ではコスト・プッシュの要因となる雇用関連費用(employment cost)はどうでしょうか。2005年の第1四半期の単位労働コストは前期比で2.2%の上昇になっています。製造業の単位労働コストの上昇率は0.9%でした。前年同期比では1.4%の上昇と小幅に留まっています。ただ、コスト上昇を抑えているのは生産性向上です。全体の生産性向上は2.1%、製造業の生産性向上は3.9%でした。製造業のうち耐久諸費財の単位労働コストはマイナス0・9%、生産性向上は6.3%でした。製造業の雇用が減っていることは、逆にいえば、こうした生産性向上が背景にあると考えられます。

以上の状況を見る限り、アメリカ経済にとって差し迫ったインフレ・リスクは少ないように見えます。以下、4月中旬にある雑誌に寄稿した私の原稿を転載します。これは第1四半期の成長率が発表になる前に書いたもので、数字が違っているところがありますが、そのまま転載します。経済は生き物で、急激に変わる局面もあります。しかし、統計が発表される都度に過敏に反応するのは賢明ではないような気がします。しかし、エコノミストやアナリストは、それが商売なので仕方がないのでしょうが、大きなトレンドを掴むことが重要な気がします。

米国のインフレ懸念の高まりはどれだけ本物か

「米国経済の好調が続いている。2004四年のGDPの実質成長率は4.4%と高水準を記録した。2001年第3四半期に1.4%のマイナス成長を記録してから13四半期連続でプラス成長を達成したことになる。今後の経済見通しも悪くはない。FRB(連邦準備制度理事会)が2月に議会に提出した「金融報告」では、今年の経済成長の予想範囲は3.25%から4%となっている。通常、3年以上にわたって高水準の成長が続けば、インフレ圧力が高まってくるものである。しかも石油価格が急騰しており、インフレ動向が今年のアメリカ経済の大きな課題になる気配を見せている」

「3月22日に開かれたFOMC(連邦公開市場委員会)で目標金利のフェデラルファンド(FF)金利が0.25ポイント引上げられ2.75%になった。この政策判断は、4月12日に発表されたFOMCの3月22日の議事録で明らかになった。議事録は「経済活動は勢いを増しておりインフレ圧力が高まってくる可能性がある」「多くの委員会はインフレ圧力の高まりは最近の情勢に応じてインフレ圧力が高まっているとも述べた」と書いている。その一方で「多くの委員は全体のインフレは減退すると予想し、コア消費者物価の上昇は限られたものになるであろう」と語っている。これらのコメントはどちらにも解釈できる曖昧なものであるが、結論的には「インフレ懸念があるが差し迫ったものではない」ということであろう。事実、議事録が発表されると、金融市場は金融引締めの“前倒し”はないと判断し、金利は低下し、ドルが売られる局面もみられた。金融政策は経済実態から判断すると金融政策まだ緩和基調にあるため、金利を景気に中立的な水準まで“段階的”に引き上げが続くと見ているのである」

「ただ議事録の中の「経済が今年と来年、潜在成長率を上回る成長を遂げる可能性がある」という指摘に注目しておく必要があるだろう。4月に入ってFOMCのメンバーである連邦準備銀行総裁のインフレ懸念発言が相次いでいる。フィラデルフィア連銀のサントメロ総裁は「経済成長は潜在成長率を“若干”上回る可能性があり、インフレに対してより迅速に対応する必要がある」と述べている。また、セントルイス連銀のプール総裁も「経済成長が高まる可能性が強く、今後半年のうちにインフレが高まるリスクがある。企業の価格設定力も強まってきている」と、議事録よりも一歩踏み込んだ発言をしている」

「経済が潜在成長率を上回る成長するということは、需要が供給を上回る状況が続くことを意味する。もしその判断が正しいのであれば、金融政策を中立的な水準に戻すだけでなく、抑制的な水準にまで引上げることが必要となる。問題は、どの程度、引上げられるかである。5月2日に開催されるFOMCでFF金利が0.25ポイント引上げられるというのが市場のコンセンサスになっている。その引上げでFF金利は3%になるが、年末には4%~4.25%にまで引上げられる可能性があると指摘するエコノミストもいる」

「FOMCの議事録では曖昧な表現をとっているが、実際にインフレ・リスクをどう評価すればいいのであろうか。まず物価水準の推移を見てみよう。2月の消費者物価指数は前月比で0.4%の上昇を記録したが、これは過去4ヶ月で最大の上昇率であった。さらに価格変動の激しいエネルギーや食品を除いたコア・インフレ率も0.3%であった。2004年の消費者物価の上昇率は3.3%と、前年の1.9%を大きく上回っている。この水準は、株価バブルが弾けた2000年の3.4%とほぼ同水準である。生産者物価指数も2003年の4.0%に対して、2004年は4.1%と若干上昇率が高まっている」

「物価がこの水準で推移する限り、インフレが差し迫った状況とはいえないだろう。今後の問題は、石油価格などの一次産品価格の動向と労働賃金や企業の供給力がどうした推移を見せるかである。石油価格が高水準で推移することは間違いなく、この面からの物価上昇圧力は常にかかってこよう」

「では労働市場の状況はどうであろうか。FRBは70年代末から80年代半ばまでマネーサプライを中間ターゲットに政策運営を行なってきたが、90年代半ば以降、失業率や労働賃金の推移を注視しながら政策運営を行うようになっている。要するに「フィリップ曲線」(失業率と物価の関係が逆相関であることを示すもの)が情勢判断の基本的な理論になっているのである。その際に「NAIRU(非インフレ加速的失業率)」あるいは「自然失業率」という概念が使われる。要するに失業率がある水準を越えるとインフレが高進し始めるが、その水準の失業率をNAIRUと呼んでいる」

「ではアメリカ経済のNAIRUはどの水準にあるのであろうか。サントメロ総裁は「その水準を正確に推定するのは難しいが、3.4%から5.9%の間にある」と言う。現在の失業率は5.2%である。もしNAIRUが5.9%なら、既に“危険区域”に入っているといえる。だが、3.4%なら、まだインフレを懸念する必要はなく、高水準の成長を維持することができる」

「これでは幅が広すぎて政策判断には使えない。一つの類推として、95年以降、最低を記録した2000年の失業率は4.0%であった。低失業率にもかかわらず、当時、インフレが高進する状況はまったく見られなかった。とすれば、四%程度の失業率でもインフレが高まる可能性は低いといえるのかもしれない」

「失業率の現状はどうなっているのか。2003年に6.0%と近年での最高水準を記録した後、2004年に5.5%と低下している。直近の3月の失業率はやや低下して5.2%になっている。今年の失業率の見通しも、フィラデルフィア連銀のエコノミストのアンケート調査では5.2%と、高成長が続くにもかかわらず、現状の水準で推移するという結果が出ている。とすると、この面から急激に“コスト・プッシュ”のインフレ圧力が強まる可能性は小さいといえるだろう」

「また、インフレに影響を与える単位労働コストも目立った上昇を示していない。同コストは2002年と2003年はそれぞれ1.1%と0.4%と連続して低下した後、昨年は0.5%とわずかに上昇に転じているが、物価に影響を及ぼすほどの上昇ではない。むしろ2000年以降、時間当たりの生産高でみた生産性は、2003年、2004年は4.5%と4.0%とそれぞれ向上している。要するに労働コスト上昇を上回る生産性向上が実現しているのである。その面からも企業の価格引き上げ要因は小さいといえる」

「企業は石油価格が上昇しても、多くの企業は輸入品との競合で価格設定力を失い、容易にコスト上昇分を価格に転嫁することはできない状況が続いている。ただ、これに関してFOMCの声明の中で「企業の価格設定力が強まってきている」と指摘し、プール総裁も「企業が価格引き上げ能力を高めている証拠がある」と述べているので、必ずしも楽観できないかもしれない。もう一つ要注意なのは、供給力を決定する設備稼働率が上昇気味であることだ。今年の2月の稼働率は79.4%前年の水準の75.5%から急速な上昇を示している。長期間、設備投資が低迷していたことの影響が出ていると考えられる」

「以上の諸要因から判断すると、FOMCの議事録で報告されているように、インフレ圧力は確実に高まりつつあるが、まだ危険水域に入ったと判断する状況ではないだろう。FOMCも状況を見ながら小幅な段階的な引き上げ、金融政策を中立的な水準に戻すような運営を進めていくことになるだろう」

蛇足ですが、今、「連邦準備制度論」を執筆中です。締め切りが7月10日で順調に書きあがれば、徳間書店から出版されます。FOMCでの議論を詳細に検討してみると、経済予測というのがいかに困難であり、ましてやインフレやバブルの予想は至難の技だということが分かります。90年代にアメリカはITバブルを経験します。グリーンスパン議長は、インフレ対策で遅れを取ったのではないかと批判されます。その時のグリーンスパン議長の答えは「バブルかどうかは、バブルが弾けて初めて分かるものだ」と答えています。これは本音でしょう。経済統計を見るのが趣味といわれるグリーンスパン議長をしても、データから先行きを完全に読み取ることはできないのです。

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