中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/5/16 月曜日

アメリカ人の定年後の経済生活:日本と同様にベビーブーマーの退職で公的年金制度は破綻へ

Filed under: - nakaoka @ 13:16

私は”団塊の世代”に属します。この世代には、もう1つ”形容詞”が付きます。それは”全共闘世代”です。この世代は、良きにつけ、悪しきにつけ、日本の戦後社会に大きな影響を与えた世代です。以前、友人の元ホテル・ニューオータニの役員だった佐々木成人氏と一緒に「団塊世代論」を書いたこともあり、同氏はホテルを退職して現在「団塊倶楽部」を主催しています。団塊世代論はさておき、日米に共通する問題は団塊世代が年金受給世代に入ると、年金基金が破綻するという問題です。アメリカの団塊世代は”ベビー・ブーマー”と呼ばれ、日本よりは少し送れて朝鮮戦争後に生まれた世代を指すのが一般的なようです。今、ブッシュ政権が最優先課題として取り組んでいるのが年金改革です。以下、アメリカの年金問題について少し整理しておくことにします。なお、先週は2本の雑誌原稿を書きました。1つは「中国経済問題」で、もう1つは「ブッシュ政権の経済チームの実力を評価する」です。いずれも面白い内容になったと思います。いずれ、本ブログに掲載します。

まず、ちょっと堅い話から。アメリカの保守主義者は、社会保障制度を批判しています。元々、そうした福祉政策は国家が行なうものではないというのが、彼らの基本的な発想にあります。それは濃淡の違いはありますが、ブッシュ政権の発想の中にも見え隠れします。ブッシュ大統領の基本的は発想は、例えば、「faith-based initiatives(信念に基づく政策)」は、福祉活動は基本的に宗教団体や慈善団体が行なうべきであるという発想からでてきています。これについては、本ブログでも取り上げました(「アメリカにおける政治と宗教の新しい問題」の項を参照)。最近では、ブッシュ大統領は「Ownership Society」という政策を掲げ、国民一人一人が国家や社会の所有者になり、社会の所有者になればもっと責任と自主性が持てるようになると主張しています。いずれにせよ、保守的な人々は「福祉国家」は人々の魂を蝕むと考えているようです。

そうした現代の福祉政策の基本を作ったのが、ルーズベルト政権です。1935年にルーズベルト政権が誕生しましたが、当時、大恐慌の真っ只中で、巷には失業者が溢れていました。まずルーズベルト政権が行なったことは、失業保険制度と公的年金制度の導入でした。当時、高齢者の「貧困率」は50%を上回っており、なんらかの救済が必要な状況でした。その後、1965年に民主党のジョンソン大統領の時に「偉大な社会政策」のもとに公的医療制度である「メディケイド(高齢者医療制度)、「メディケア(低所得者医療制度)」が導入され、それが現在に至っています。アメリカには国民健康保険制度はなく、普通の人は民間の医療保険制度に加入します。保険料によって受ける医療の内容が変わってきます。働いているときは企業が医療保険料を負担してくれますが、失業すると医療保険を失い、無保険の状況になります。失業者は実質的に医療保険に加入するのは資金的に難しいのです。クリントン政権の時、ヒラリー・クリントンを中心に「ユニバーサルな医療保険制度」(日本の国民健康保険制度のようなもの)を導入しようとしましたが、保守派の人たちの反対で実現しませんでした。

ブッシュ政権が最大の課題としているのが、年金制度と医療制度の改革です。ブッシュ大統領は2005年の「一般教書」の中で、「年金制度は破産の道を進んでいる」と語っています。そのため、今、年金改革を議会に提案しています。ただ、クリントン政権の最後の年に政府財政は黒字になりました。クリントン大統領は、その黒字を将来の年金支払いのために取って置こうとしましたが、ブッシュ大統領は、2001年と2002年に大幅減税を実施して、この蓄えを食いつぶしたのです。いわば、いまさら何を言っているのか、という感じです。ちなみに、本格的な年金制度の改革が議論されたのは、1980年代のグリーンスパン・コミッションの提言に基づき1983年に社会保険制度の修正が行なわれ、年金制度改革は受給年齢の引き上げ、保険料の引き上げが行なわれました。また、ブッシュ政権が誕生した2001年に超党派のCommission to Strengthen Social Security (社会保険制度強化委員会)が設置され、ここで年金の一部民営化が議論されました。

では、ブッシュ政権は年金制度の改革で何をしようとしているのでしょうか。それは、公的年金制度の一部民営化です。本年から言えば、”一部”ではなく、”全面的な”民営化を主張したいのでしょうが、現在の政治的な状況では、そこまで主張できないのでしょう。しかし、保守主義者が目指しているのは、公的年金制度の廃止であり、累進的な所得税の廃止し、均一税率制か消費税だけの税制に移行することを目指しています。

もちろん、年金制度の当面の問題は現状のままでは財政破綻が避けられないというところにあります。日本と同様に、ベビーブーマーが年金受給者になると、資金不足が生じるのです。アメリカの年金制度も日本と同じで、現役世代が払い込んだ年金を老齢者に支給するシステムになっています。そのため、1950年には16人の現役で一人の老人を支ええていたのが、現在では、3.3人に1人、40年以内に2人で1人を支えることになります。ただ、アメリカの場合、日本のように少子化問題はありません。アメリカは、移民の流入などもあり、労働力は増え続けると予想されています。それでも、ベビーブーマの受給開始に加え、寿命が伸びるなどで年金給付が増加すると見られています。

現在は、年金基金は黒字で、社会保険基金に蓄えられ、財務省証券(国債)で運用されています。アメリカでは公的年金の受給年齢は65歳1ヶ月からですが、62歳から早期受給も可能です。2004年時点で、年金給付の総額は5000億ドルに達しています。しかし、ベビーブーマー世代が年金受給世代になると、年金基金は赤字になると予想されています。したがって、給付水準も現在よりも20%以上引き下げなければならないとみられています。

公的年金制度を少し整理しておきます。企業に勤めている人は日本と同様に給料から「payroll tax」が天引きされます。税率は給料の6.2%ですが、雇用者も同率の6.2%負担します。したがって、両方をあわせると12.4%の税率になります。また、ペイロール・タックスとは別に「メディケア(高齢者医療保険)」制度のために所得の1.45%を源泉徴収で支払います。雇用者も同率の保険料を支払います。したがって「メディケア」制度のために給料の2.9%を払い込んでいるのです。

なおアメリカではすべての国民は「ソーシャル・セキュリティ・ナンバー(社会保険番号)」を持っています。この番号は身分証明書としても利用されますし、この番号がないと就職できません。私は2年前にワシントン大学からお金をもらっていましたが、その前提条件として社会保険番号を取得しなければなりませんでした。またアパートを借りて、電気やガスを引くときに申し込み用紙に「社会保険番号」の記載を求められました。余談ですが、アメリカでは身分証明書の代わりになるのは「自動車免許」と「パスポート」などですが、「自動車免許」は最も一般的な身分証明書になります。

では、公的年金はどの程度もらえるのでしょうか。ニューヨークで働く女性の例で説明します。その女性は独身で、現在41歳。ベビーブーマー以降の世代です。年収が4万ドル。平均年収よりも少し少ない感じです。この女性が65歳まで働くと、月に950ドルの年金を受け取ることができます。ただ、彼女が受給年齢に達したとき、おそらく給付額は減らされているでしょう。彼女はスーパーで働いていて、大手企業のような「401(k)」(確定拠出企業年金)と呼ばれる企業年金制度はありません。現在、アメリカで21歳から64歳で勤労者で、公的年金以外の年金に加入していない人数は2800万人(全体の3分の1)に達しています。その人たちが退職すると、月1000ドル未満の年金しかもらえないわけです。この額でアメリカで生活するのは、非常に難しいと思います。

ただ、アメリカでは日本以上に様々な退職後に備えた制度があります。401(k)はその典型的なものですが、そのほか「IRA(個人退職勘定)」や自営業者のための「Keogh(キーオ・プラン)」という非課税の年金・貯蓄制度もあります。こうした年金を持ている人は、公的年金に加えて平均で月約400ドルの所得を得ています。

ある民間団体の調査では、アメリカ人の労働者の68%が公的年金制度に懐疑的であるという結果がでています。要するに将来、現在と同じ給付額を受け取れないのではないかと不安を抱いているのです。また、大半の人々は、定年後に備えた貯蓄額はたりないと感じています。貯蓄できない理由として、49%の人が生活費が高すぎて、定年後に備えた貯蓄ができないと答えています。また、39%の人は教育費がかかりすぎること、35%が医療費負担が高すぎることを指摘しています。専門家は、退職後に十分な貯蓄をするためには、消費者債務を削減し、支出を抑制することが必要だと指摘しています。60%の人々は「債務水準が問題である」と感じています。はた、半分の人がクレジット・カードによる借入をしています。また、51%の人々が、退職後の医療負担やケアのための支払いを行なえないのではないかと不安に思っています。41%の人が、医療保険に加入することができないと思っています。その人たちは、「メディケア制度」に依存することになります。

退職後に備える以外の貯蓄目的は、子供や孫の教育費であると答えていますが、これはやや意外な感じがします。また、66%の人が定年後も所得を得るために働き続けると答えていますが、そのうちの70%の人は生きがいを確保するために働くのであって、経済的な理由ではないと答えています。とは言いつつも、現在退職者で働いている人の45%は、仕事を辞めたら経済的に困ると答えています。また、公的年金、企業年金、貯蓄などで所得を確保しているが、その額は働いていたときよりも少ないと答えた人は47%に達しています。ほぼ同じと答えた人は38%、増えたと答えた人は14%でした。

さて以上の数字で、平均的アメリカ人の退職後の生活がある程度イメージできるのではないでしょうか。ちなみに、アメリカでは公的年金制度の一部、民営化が大問題になっていると書きましたが、ふとある友人と話をしているとき、彼が言った言葉を思い出しました。日本では、若い人は公的年金制度をまったく信用していないため、保険料を払わない人が増えています。どう徴収するかが大きな問題となっていますが、彼は「もし日本で年金制度を民営化したら、若い人は喜んで新しい制度を受け入れるのではないかな」と言っていました。年金の民営化とは、個人個人が年金口座をもち、そこで資金を運用するのです。その運用に関して税金の優遇があり、場合によっては企業の「401(k)」のよと同じように国からのマッチング拠出も行われるとなれば、信用できない国に年金資金の管理、運用を任せるよりもはるかに良いというわけです。

以前、日本には「マル優制度」があり、貯蓄を優遇していました。そうした制度が日本の過剰貯蓄と過小消費の原因であるとして、廃止されました。廃止するようの要求してきたのは、アメリカ政府でした。一方、アメリカでは、過小貯蓄が問題となっており、そのため税優遇の様々な貯蓄制度があります。「401(k)」もそうですし、先に触れたIRAやキーオ制度もそうした貯蓄優遇制度です。日本でも、将来、年金問題が深刻になることは目に見えています。もっと個々人が自分の主体で退職後に備えた貯蓄ができるようなシステムを改めて作りことを考えるべきかもしれません。

3件のコメント

  1. 以前アメリカで仕事をしていたときに聞いた話では、平均的なアメリカ人の年金は、現役時代の6割くらいで、そのうち公的年金が半分(3割)、企業年金が半分(3割)というものでした.中岡さんの説明では、平均的にはもうちょっと少ないかなあという感じですね.(私の勤めていた企業は恵まれていたか)昨年の日本の年金国会で大騒ぎしたときの政府の説明では、公的年金で現役の最低5割は確保するというものと記憶してますが、アメリカの例からみてもこれは空手形になりそうですね.

    コメント by M.N生 — 2005年5月16日 @ 16:50

  2. 今回のご見解も大変勉強になりました。

    コメント by 為替王 — 2005年5月21日 @ 22:13

  3. 鳩山総務大臣 辞任の裏にある構図…

     今回の「かんぽの宿」問題に関して、鳩山さんの言動を見てると、とうとう自民党のトラの尾を踏んでしまったな、って思いました。
    (^_^;)
    自民党のよって立つ業界、財界の言いなりにならない人は、結局、切り捨てざるを得ない、ということです。
    だって業界、財界…

    トラックバック by 落選運動 — 2009年6月16日 @ 00:00

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