米財務省の「国際経済と為替政策に関する議会への報告」:アメリカは中国人民元の切上げ問題を”本音”でどう考えているのか
毎週、水曜日に大学の授業があります。授業は3時10分から7時までの4時間弱、しかも英語での授業で、終るとさすがにへばってしまいます。というわけで、2日前に書きたいと思っていた標題の「財務省の国際経済と為替政策に関する議会報告」の人民元と日本円の部分を紹介したいと思います。報告は5月18日に発表になっており、新聞ではかなりのスペースを割いて紹介されているので、それほど目新しいものではないでしょうが、人民元と円に関する部分を全訳することにします。今週初め、中国が元の切り上げを行なうのではないかという憶測で為替市場が動きました。中国政府は元相場の変動幅の拡大(完全は変動相場制か、バスケット方式かは別にして)を公約していますが、その時期については明言を避けています。それが様々な観測と憶測を呼ぶことになっています。その辺りの分析はおいおいしていきたいと思いますが、今回は資料的価値も含め、まず財務省の報告書の訳を紹介します。多くの論評やコメントが原文を読まないで行なわれることが多いので、このブログではできるだけ原文を紹介するようにするつもりです。「スノー財務長官の記者会見」の抜粋も掲載します。最後に「私のコメント」も付けておきましたので、ぜひ読んでください。
財務省の報告は2004年下半期の時期に焦点を当てて分析しています。したがって、2005年に入っての状況は分析対象外になっています。そのため、この報告書に書かれている分析が現状にそのまま当てはまるわけではありません。この報告書は「1988年オムニバス通商・競争法」の既定に基づいて議会に報告されるものです。1988年当時は日米通商摩擦が最も厳しい状況にあった頃です。したがって、この報告は通商問題との関連で作成されているものです。要するに、不正な通商慣行が行なわれているのか、為替相場に操作され、それが通商に影響を及ぼしているのかが焦点になります。
また財務長官はIMF(国際通貨基金)と協議して、各国の為替政策を分析しています。財務省とIMFの議論は、2005年3月11日に行なわれました。IMFとの協議に基づいて分析されているといことは、アメリカの一方的な分析ではないということでしょう。財務省は対象国の為替相場の動向、対外収支、外貨準備の累積状況、マクロ経済の傾向、金融政政策の展開などを分析の対象にしていますが、特に為替制限に焦点を当てた分析をしています。同報告では「特定のある分野での事態の推移を分析することだけでは、為替相場が操作されているかどうかという結論を出す十分な根拠にはならない」と指摘しています。要するに、過去、現在での様々な要因を総合的に判断して、不正な操作が行なわれているかどうかを判断するとしています。
個別の国に関していえば、中国に関する分析にほぼ3ページ半と一番多くのページが割かれています。日本に関しては1ページ弱ですから、アメリカがいかに大きな中国に関心を抱いているか分かります。以下では、まず「中国」に関連するページを訳し、それに続いて「日本」に関する部分を訳します。できるだけ前文を訳すようにしますが、あまり時間がないので、あまり意味ない部分は割愛したり、抄訳するかも知れません。
報告書の中国に関する部分
「中国は人民元相場を1995年以来、1ドル=8.28元に釘付けにしたままである。10年にわたる為替相場のペッグ体制を維持することで中国経済は多くの恩恵を得てきたが、中国経済が大きな市場経済になった今、もはやペッグ制を維持する理由はなくなっている。中国の固定為替制は現在では価格シグナルの伝播と国際的な調整にとって障害となっており、中国経済とその貿易相手国、国際経済の成長にリスクを課している。中国は、市場に基づく変動相場制に移行する意向があることを明確に表明しており、必要かつ適切な準備を行なってきた」
「固定為替相場を維持するために、中国当局は外貨の純流入を買い支えるために人民元を供給し、その過程で外貨準備を累積してきた。この外貨準備の累積は2004年後半に加速化している。中国の公的な外貨準備は2004年下半期に1390億ドル純増し、6100億ドルに達している」
「中国の固定相場制と固定相場を維持するために金融当局が市場に供給してきた膨大な人民元が、2004年の下半期から2005年にかけての効果的なマクロ経済政策の運営を困難にしてきた。外貨購入のために供給された追加的な自民元を吸い上げる(不胎化=sterilize)するために、中国の中央銀行は債券を国内銀行に売っている。中国銀行の「不胎化証券」の新規発行は、2004年9月以降、急激の増えている。また、中国政府は昨年、銀行の貸し出しを抑制するために一連の行政指導を行ない、投資を抑制し、消費価格を押さえ込むために2004年10月に国内金利を若干引上げている」
「こうしたマクロ経済政策の手段は、2004年下半期にある程度の経済を冷却する効果を発揮した。しかし、経済成長は2004年第4四半期にも依然として高水準に留まり、2005年のデータも中国経済の成長率とインフレ・リスクは再び高まっていることを示唆している。2005年第1四半期の実質GDPは輸出と投資に支えられ9.5%を記録している。工業生産の伸びと投資の伸びはいずれも依然として力強いままである。中国の輸出は先進国の輸入割当の廃止語、繊維とアパレルの輸出が急激に伸びたことと、エレクトロニクス製品の輸出の増加で急速に増えている。3月に年率での消費者物価が3.9%上昇した後、4月に入ってインフレは鈍化しているが、それでも依然として2004年末の水準を上回ったままである」
「当該期の中国の状況は、固定相場を維持することがますます困難になていることを示している。輸出の急増、流動性の増加、低実質金利が、中国の経済成長を支え続けていおり、過剰投資とインフレ圧力に対する懸念は今までと変わらない状況のまま続いている。この点から、中国は内需の増加、特に消費増加にもっと依存する必要がある。中国人民銀行は、外為市場への介入による国内流動性の増加を抑制するために懸命に努力してきた。しかし、金利引き上げは外資の流入をさらに刺激するために、中央銀行が金利を引上げる能力には限界がある。信用の急激な伸びと、非常に高い投資収益は、新しい不良債融資を作り出すことで、金融制度改革の成果を台無しにしてしまう危険性を孕んでいる」
「中国の貿易黒字は2004年下半期に急増し、総額で400億ドル(GDPの4.2%に相当)になった(基調済みの数字)。2003年同期の貿易黒字は210億ドル(GDP比で2.6%)であった。2004年下半期の貿易黒字は、上半期の赤字を相殺し、2004年通年の貿易黒字は320億ドルとなった。中国の貿易黒字の増加は、一部には世界のIT市場の回復と、中国の部品の輸出増加によるものである。しかし、貿易取引もまた国内投資あるいは人民元切り上げ予想による中国への資本流入するために利用されてきたという報告もある(訳注:分かりにくい文章ですが、要するに貿易取引に関連する決済の”リーズ・アンド・ラッグが行なわたか、人民元切り上げに予想に伴う投機的な資本流入があったということを意味している)。こうした事態は、輸出に伴う決済資金の回収を早めた、その一方で輸出決済を遅らせたり、輸出額を過小に評価することによって起こる(訳注:リーズ・アンド・ラグズのこと)。こうしたことは、いずれも資本管理を行なっている国で一般的に見られる対応である。2004年下期の中国のアメリカに対する経常収支も、2003年同期の702億ドルから935億ドルへと増加した。アメリカの中国に対する輸出と中国からの輸入ははいずれもアメリカの貿易全体の伸びを上回った。2004年のアメリカの輸出総額は13%増えたが、アメリカの中国向け輸出は22%増えている」
「中国の国際収支は2004年に2060億ドルに達した。これは2003年比で76%の増加である。中国の経常収支は、2004年に急増し、687億ドル、GDPの4.2%になった。(略)外貨準備の増加は、人民元の切り上げを予想して投機資金が流入したことと、都市部での不動産市場が加熱したことで、民間資金が大量に流入したことを示している。最近行なわれた自由化にもかかわらず、中国は資本入出よりも資本流入に対して強い管理を維持しており、それが外貨準備と国際収支に増加圧力を加えている」
「中国は、市場に基づく弾力的な為替制度に向かって着実に前進すると約束し、為替相場の弾力性を実現するために具体的な対策を講じている。温家宝首相は2005年3月14日に「中国は市場に基づいた管理された変動相場制(a market-based, managed and floating exchange rate)を創立する」と語っている。中央銀行のZhou総裁は、最近、「固定為替相場は非常に大きなリスクが伴う」と語っている」
「財務省が中国とより変装的な相場に向かう動きを早めるために、中国と集中的な交渉を始めた2003年9月以降、
中国政府は為替相場の変動性を支えるために必要な金融環境とインフラの整備をするために重要な対策を講じてきている」
「まず、中国は外為取引量を増やすための対策を講じた。これは市場を発展させ、為替相場の変動性を低めるのを支援するための重要な一歩である。中国は、資本流入規制を緩和し、中国の企業や市民が為替取引を行なえる範囲を拡大した。2月には、中国は多くの企業の「外貨集中制度(foreign exchange surrender requirments)」を廃止した。これによって企業や市民は、輸出で得た外貨を中央銀行ではなく為替公認銀行に売却できるようになった。国内の保険会社と中国の年金基金は海外市場で投資を行なうことが認められ、それによって人民元と外貨の取引量が増加することになった。最近では、中国はビジネスマンが海外に持ち出せる外貨の額を増額し、中国での移民者が資産を海外に送付することを認め、中国人学生が生活費のために持ち出せる額を増やした。その結果、人民元の外為市場での取引量は、この数年で大幅に増えた。中国は、外資の中国投資の範囲を拡大し、居住者にもっと外貨取引ができるようにすることで、外為市場の自由化を継続しなければならない」
「第2に、中国は外為商品(foreign exchange market instruments)を開発し、金融機関が変動する通貨取引で経験を積めるような手段を講じている。中国は通貨を取引し、ヘッジを通して通貨リスクを管理するための金融商品とシステムを導入したし、今後も導入するだろう。外為の先渡し取引(forward contrac)は、現在では中国でも行なわれており、先物取引システムと先物商品が開発されているところである。内外の銀行は、こうした外国通貨取引でマーケット・メーカーとしての役割を果たすことができるようになっている。アメリカ財務省とアメリカの金融規制当局は、中国人民銀行との間で締結した技術協力プログラムを通して、こうした努力の中で中国に対して大きな技術支援を与えてきた」
「最後に、中国は金融セクターの強化と金融規制を強化する手段を講じてきた。それによって、金融セクターは外国為替相場の変動に対してより対応力を持つようになるだろう。昨年の1年物の預金金利と貸出金利の引上げたのに加え、中国人民銀行は銀行ローンに対する金利上限規制を廃止し、銀行は金利リスクに対して今まで以上に対応できるようになった。さらなる金融セクターにおける市場志向型の改革が必要である。中国の金融規制当局は、不良債権をより効果的に監視するために「リスクに基づく融資区分システム(risk-based loan classification system)」を導入し、融資会計基準を強化した。また、中国の金融当局は、銀行監査要員を増やし、監査範囲を拡大し、現場での銀行検査を強化し、不良債権を削減し、自己資本を増やすための積極的な目標を設定することで、融資監視を強化した。大手銀行は、与信リスク管理システムを向上させ、与信供与手続きを標準化し、海外の関係者がリスクを取り、取締役会、経営陣、株主に対する責任を明確に定義し、ディスクロージャー基準を引上げるためにコーポレート・ガバランスを改善した。中国はこうした対策を継続し、大手商業銀行に対する外資投資を認めるために更なる対策を講じなければならない。さらに、強化された不良債権区分システムが成果を生んデいることを示し、証券市場を強化しなければならない」
「要するに、中国が現在維持している固定為替相場制は世界市場に大きな歪みをもたらしており、価格機能を阻害し、国際収支の調整を妨げている。また、それは中国経済にとってより大きなリスクの源となっている。中国は、より弾力的で市場指向の為替相場を採用するために、この2年間、非常に大きな準備をしてきた。中国は現在、より弾力的な為替市場への移行の準備をしており、また移行すべきなのである。財務省は、秋に提出される報告書に先立って、今後6ヶ月の間、中国の為替市場の展開について詳細に監視する」
日本に関する部分
「2002年下半期に始まった日本の景気回復は、2004年下半期に停滞した。日本経済は2004年の第2四半期と第3四半期に若干落ち込み、第4四半期に若干成長した。また日本は、デフレを解消するための長期的な戦いで若干後退したように見える。というのは、コア消費者物価(CPIから生鮮食品を除いたもの)は、2004年上半期に年間ベースで0.1%低下した後、下半期でも0.1%下落したからである。しかし、GDPデフレーターなどの他の物価指標は、引き続き物価安定に向かって進んでいることを示している」
「日本は恒常的な経常黒字を計上し、世界に資本を輸出している。これは日本の貯蓄が投資を上回っている結果である。小泉政権の構造改革や企業のM&A活動によって高いリターン(収益率)が期待できるにもかかわらず、国内投資のリターンは全般的に低い。2004年下半期の日本の経常黒字はGDPの約3.5%(831億ドル)で安定している。日本の対米貿易黒字は、2004年上半期の362億ドルから、下半期には390億ドルに拡大した。日米の間の経済成長格差と金利差の拡大に対応して2004年下半期も日本からの資本流出は続いた」
「2004年6月30日から12月31日までの期間に円相場はドルに対して5.6%上昇し、年末には1ドル=108円80銭となった。同期間中に、日本経済は低迷し、アメリカ経済は力強い成長を遂げた。この差は、2005年1月から3月までの3ヶ月間の円ドル為替相場に反映している。円相場は2005年1月17日にピークを付けたが、3月31日までに1ドル=107円にまで円安となった。これは年末水準よりも3.1%の円安である。もう少し長い期間で見ると、2002年2月初から2005年3月末の間に、ドルは円に対して20%下落し、(FRBの「広範な名目指数(Broad Nominal Index)」を構成する)他の主要通貨に対して29.5%弱下落している」
「日本当局は、2004年3月16日以降、外為市場に介入していない。日本の外貨準備は2004年下半期に257億ドル増えて8243億ドルに達した。これは、外貨準備の利息収入とドル以外の日本の外貨準備通貨がドルに対して下落したためである。これは、当局が市場介入をした2004年上半期の外貨準備1458億ドルとは対照的である」
スノー財務長官の記者会見での中国に関連する発言
「私は議会にアメリカの主要な貿易相手国の通貨政策を概観した報告書を送付した。同報告書は、国際的な不均衡に取り組む努力のうちの3番目の、そして最も緊急を要する問題に言及している。当該機関に不公正な行為を行なっていると見なされる国はなかったが、だからといって、主要貿易相手国の為替政策を暗黙のうちに承認していると結論つけるのは間違いである。財務省は、幾つかの国と弾力的で市場に基づいた為替政策を採用するように交渉を行なっている。そのうちで最も重要な国は中国である」
「中国の通貨体制は極めて歪められている。そのことが、過剰な流動性の供給、資産インフレ、大規模な投機資金の流入、過剰投資など、中国経済の健全性に対してリスクを課している。また、周辺国に対してもリスクを課している。なぜなら、独立した反インフレ的な金融政策を実行する周辺国の能力が、中国との競争を考慮しなければならないために、制約されているからである。世界経済の成長を維持するためには、中国の持続的でインフレのない成長を維持することが重要である。もっと弾力的で市場に基づいて為替相場は、中国がこうした目標を達成するために役に立つであろう」
「弾力的な制度は経済的な安定性を支えることになり、それが中国の指導部にとって最も重要な懸案事項であると私たちは理解している。10年に及ぶ中国の通貨のペッグ(ドルへの釘付け)制は、過去において、中国経済の安定性に寄与してきたのかもしれないが、中国が世界貿易と国際的な資金の流れで重要な参加者になった現在、もはや正当な理由にはならない。中国は、安易に行政指導に依拠している。独立的な金融政策を取ることで、中国は効果的に物価安定を追求し、成長を安定化し、経済的なショックに対応することができるようになるだろう。中国は貸出増による投資とインフレ圧力の高まりというなかで大きく変動する歴史を持っている。それがしばしば中国経済に”ハードランディング”をもたらした。そうした変動は中国経済にとって破壊的であり、将来、さらに破壊的になるかもしれない。それは中国経済だけでなく、国際経済に対してもいえることである」
「現在の中国のシステムは過剰投資と輸出主導の成長に対する過度な依存を促進し、その一方で国内消費が過小に評価するものである。特定の分野やプロジェクトに対して巨額の投資が行なわれ、巨額な資本が流入することは、市場で価格が決定されるシステムの元では非採算的なものであるかもしれない。それは、将来、投資の急減を招き、不良融資を増やし、金融セクターを弱体化させる可能性がある」
「より弾力的な制度は、中国政府にとってコストが高く、破壊的な投機的な資本流入を沈静化することになるだろう。資本流入を不胎化する中国の能力は次第に制約され、金融セクターに害を及ぼすだろう」
「最後に近年の歴史は、経済が弱体化して改革を迫られるよりも、経済が強いときに固定相場制から変動相場制に移行することが好ましいことを教えている」
「中国の当局者は、もっと弾力的な制度に移行する必要性を認識しており、変動制への移行を何度も約束し、そうした移行に備えた必要かつ適切な対策を講じている」
「不幸にも、中国の通貨制度に関する議論は多くのアメリカの政策に対する誤解によって混乱している。まず、アメリカは即座に資本市場が完全に自由化された完全な変動性の実現を求めているのではないことだ。こうした要求をすることは、現時点では、間違いである。中国の金融セクターはまだ準備ができていないのである。アメリカが要求しているのは、現在の市場条件を反映した対策を迅速に取ることであり、完全な変動性に円滑に移行することである」
「2つ目は、アメリカは中国の制度がより弾力的になることで、国際的な不均衡が解決するとは認識していないことだ。世界経済の不均衡是正は、お互いが責任を負うべき問題である。とはいえ、中国や他のアジア諸国ががより弾力的になることは、必要な条件である」
「3つ目は、弾力的な通貨制度への移行はデフレ的な影響を中国にもたらし、失業率が上昇すると主張する人がいることだ。実際は、弾力的な制度への移行は中国にもっと洗練された政策手段を提供することになるのである。すなわち金融政策が独立して行なえるようになり、物価安定をもっと効率的に達成でき、ショックに対する調整能力が高まるのである」
新しい展開
本ブログを執筆後、新しい展開が2つありました。5月20日にスノー財務長官は中国との通貨体制問題の交渉代表者としてOlin Wethington(オーリン・ウエシングトン)を任命しました。同氏は現在、財務長官の法律顧問を務めている人物です。彼は父親ブッシュ政権で国際問題担当財務次官補を務めたことがる人物です。また、イラク再建についてアドバイスを行なっています。また同氏は、スタッフとして中国通のPaul Speltz(ポール・シペルツ)を任命すると見られています。
もう1つの展開は、「マルチ・ファイバー・アグリメント(多角的繊維協定)」が昨年12月に失効してから、上記の報告書が指摘するように中国からのアメリカへの繊維輸出が急増しています。それに対してアメリカ政府は中国からの繊維とアパレルの輸入品に対してセーフ・ガード発動を決めていますが、それに対応して中国政府は繊維の輸出に対して最高400%の「輸出課徴金」を課し、輸出増加を抑制することを決定しました。この輸出課徴金は6月から適用されます。なおUSTRのポートマン代表は、中国市場へのアメリカ企業の進出が制限されていないかどうかを中心に対中国政策の見直しを行なっています。
私のコメント
随分、長くなりました。ここまで読んでもらえるかどうか不安ですが、最後に私のコメントをつけます。まず、財務省の報告書とスノー長官の記者会見の発言を読んで感じたのは、「非常にバランスの取れた分析である」ということです。この報告書が発表される前に、為替市場は中国がいよいよ変動性に移行すると色めきだっていました。でも、この報告書と記者会見を読む限り、そんな兆候を感じることはできません。市場は何でも材料にするものです。それが嘘であっても構わないのが市場というものです。相場が変動することが、相場関係者にとって一番大切なことで、それが妥当であるかどうかは関係ないのです。相場が動くことは、利益を得ることになるからです。相場が動かないということは、干上がることを意味しています。また、マスコミもそうした市場の思惑に乗って動くものです。そうした相場やマスコミの動きと比べると、財務省の分析は冷静であり、理にかなったものです。これは蛇足ですが、エコノミストとかアナリストの予想はあまり信用しないほが良いようです。これは20年近く為替相場を見てきた記者の経験から言えることです。
最初に書いたように、この半年ごとの報告は、1988年の「オムニバス通商法」に基づいたものです。したがって、この法案が成立した当時は、通商問題、為替問題の焦点は日本だったわけです。それが今や日本は問題外で、中国が最大の焦点になっているというのは、日本経済の現在の状況を反映しているのかもしれません。日米間の大幅な貿易不均衡を背景に80年代半ばから90年代半ばにかけて円とドルの大幅な為替調整が行なわれました。今の中国とアメリカの間の議論を見ていると、まるで当時のリプレイ(再演)のような印象を受けます。そのプロセルで日本が経験したことは、ちゃんとした準備もなく大幅な円高を受けいれた日本は、その後10年にわたって低迷を強いられました。また、もう1つの教訓は2国間の貿易不均衡は為替調整では改善しないということです。これはアメリカも学習しており、報告書の中でも、スノー長官の発言の中にも、人民元の切り上げが実施されても、2国間の貿易不均衡の是正にあまり効果がないことを認めています。そうした主張をしているのは、政治的な動機だけで動いているアメリカ議会の議員だけでしょう。愚かにも、繰り返し保護主義法案を提出し、「中国に元切り上げをするか、あるいな輸入課徴金を課す」と恫喝しています。それが効果のないことは、もう日米の事例で十分に証明されているのに、いつも同じ論理でしか議論できない知的貧困を感じます。
ですが、日本と中国の対応を見てみると、大きな違いがあります。日本は十分に準備のないままに円高を受け入れ、大きなダメージを受けます。中国は、元の切り上げに対して極めて慎重です。おそらく中国の指導部は日本の過ちを十分り研究しているのでしょう。また、現実には、スノー長官が指摘するように、中国の金融市場や金融政策は変動相場制移行にともなうショックを十分に吸収するほど整備されていないのも事実です。今、大量の投機的資金が中国に流入しています。また、巨額のリーズ・アンド・ラグズも起こっています。もし急激な元の切り上げが実現すれば、大混乱が起こるでしょう。スノー長官も「変動相場制へのスムースな移行」という表現を使い、「すぐに変動相場制に移行することを求めていない」と語っています。
それと温首相の発言をゴチックにしましたが、わざわざ「managed」という言葉を使っています。要するに、仮に弾力的な通貨体制に移行しても、完全に自由なものではないということを示唆していうのでしょう。ということは、現実的な対応として、弾力化といっても「変動幅の拡大」か、最大限「バスケット方式」への移行を想定しているのでしょう。でなければ、「管理された弾力的な制度」という表現にはならないでしょう。
また、グリーンスパン議長が指摘しているように(本ブログの「グリーンスパン議長の国際金融講座」を参照)、為替調整効果は短期的には効かないものです。とすれば、目先的に貿易不均衡があるからといって、性急に為替調整を図るのはコストが高すぎるのかもしれません。マスコミは、自ら考えることなく、「売れれば良い」という発想で、必要以上に問題を煽る傾向があります。マスコミだけを見ていると、アメリカ政府はまるですぐにも中国に元の切り上げを求めているかの印象を与えますが、現実はかなり違いがあります。為替問題は難しい問題ですが、それだけにセンセーショナルに扱うのは、経営者や投資家など様々な関係者をミスリードする事になるかもしれません。
1つだけトリビア:私は80年代に為替担当記者としていろいろ為替相場の記事を書いてきました。その時の経験ですが、あるカリスマ・ディーラーがいました。彼はずっと”ドル高論者”でした。ドル安が続いている中でもずっとドル高を主張し続けていました。もちろん、相場は生き物です。いつかはドルは上昇に転じるものです。やがて彼の予想通りに相場はドル安からドル高に転じていきます。そのとき、一部のマスコミは、このカリスマ・ディーラーを賞賛しました。ずっと同じことを言い続ければ、いつか当たるというのが相場です。
1件のコメント
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同感です。私のブログとその読者の方は、人民元切上観測に対するセンセーショナルな報道とそれをミスリードする可能性があることについて充分な注意を払っています。
為替変動およびそれに対する注目を必要とする業者の意図などにより、今回の“人民元問題”や昨年の“米国双子の赤字問題”など特定の要因に過度に焦点が当たることは、将来もなくなることはないので、私たち投資家としては常に冷静な分析を心がけたいです。
コメント by 為替王 — 2005年5月21日 @ 22:09