中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/6/8 水曜日

21世紀のアメリカの軍事的、経済的な同盟国の条件は何か?

Filed under: - nakaoka @ 12:15

アメリカには様々な民間の研究機関があります。民主党系もあれば、共和党系もあり、中立系の機関もあります。優秀な研究者が毎日、膨大な研究レポートを作成し、それが様々なルートを通して政策に反映されていきます。フリー・ジャーナリストとして活動する際に、こうした研究機関が発表する論文は極めて貴重です。研究機関の論文をチェックするのも、私の重要な日課となっています。今回、ヘリテージ・ファンデーションの論文を紹介します。同研究所はアメリカン・エンタープライズ(AEI)と並ぶ共和党系の有力な機関です。AEIはネオコンの創始者アービング・クリストルなどが研究員として所属する機関でもあります。こうした共和党系に対してブルッキングス研究所は民主党系の代表的な研究所です。こうした研究機関と政府の間を行き来する研究者も多く、野党になった時には研究所で政策研究を行ない、次の機会に備えるたりします。80年代に竹中平蔵氏と「日本にもこうした研究機関が欲しい」と話し合っていたことを思い出しますが、日本には民間の優れた研究所はまだ登場していないのが現状です。今回、紹介するのは「Change Partners:Who Are America’s Military and Economic Allies for the 21st Century?」という論文です。

アメリカは観念の国、思想の国かもしれません。今でも思い出す1つの思い出があります。私がボストンに留学していた82年の冬のことです。大蔵省のスタッフや京大の教授などとボストンのバーで飲む機会がありました。夜も更け、雪が降ってきました。街があっという間に雪に覆われてしまいました。帰路、私は大蔵省のスタッフ(後に京大の教授になった人ですが)を自宅に招き、話をしました。一緒に深夜の軽食を取りながら話をしたのを覚えています。その時、彼が「世界の超大国2つがイデオロギー国家であるというのは世界の不幸の原因だね」と言った言葉がずっと記憶に残っています。1つのイデオロギーの国・ソ連は消滅しました。が、もう1つの超大国はますますイデオロギー色を強めながら、自らのイデオロギーを世界に広げようとし、”新しい帝国”と呼ばれるようになっています。

しかし、そうしたアメリカのイデオロギーを信じる人たちが、常軌を逸した人々かというと、そうではないのです。一流のインテリであり、優れた見識を持っている人もたくさんいます。イデオロギーという面からいえば、日本のナショナリストのほうが遥かに偏狭な人が多い感じがします。ここで紹介する論文のタイトル『パートナーを変える:誰が21世紀のアメリカの軍事的、経済的な同盟国か』は挑発的です。ただ、アメリカの保守派の人々の発想には、「敵か味方か」という考え方が根強くあるようです。これもキリスト教的な世界観が根底にあるからかもしれません。では常に硬直的、イデオロギー偏重かというと、極めて現実的、かつ実際的な考え方もします。本論文は、もちろんアメリカの唯一の発想ではありません。ただ、大きな影響力を持つヘリテージ・ファンデーションの副所長を務めたことのある人物ラリー・ウォーツエル(Larry M. Wortzel)が筆者だけに、保守派の人々が”21世紀にアメリカの同盟国足りえる条件”を書いているのですから、一応、どんな考え方をしているのか知っていても損はないでしょう。蛇足ですが、こうした研究者の意見は無視できません。本ブログの中で「国連改革とアメリカの主張」という記事がありますが、その中でアメリカは「仮に安全保障理事会の常任理事国を増やしても拒否権を与えるべきではない」と主張しています。事実、ライス国務長官は日本が常任理事国になることは賛成だが、拒否権を与えることは支持しないと日本政府に通告しています。まさに、これはブログに書かれている通りの内容となっています。

本論文は2005年6月6日付けの『Heritage Lecture』の886号に掲載されたものです。以下、その抄訳を掲載することにします。

「私たちは、コア・バリュー(中核的な価値)を保持し、発展させるために同じ志を持つ国の強さと我が国の強さを結びつけるためにパートナーシップを形成する。我が国と敵対国を峻別する価値は、元米通商代表部代表のロバート・ゼーリック(現国務副長官)の言葉を借りれば、”開放性、平和的交流、民主主義、法による支配、共感性(openness; peaceful exchange; democrasy; the rule of the law; and compassion)”である」

「アメリカ人は、こうした価値のために生きているのであり、こうした価値のために死ぬのである。私たちは、こうした価値観を広め、私たちの敵も同様な価値を持って扱うものである。トーマス・ペインは次のように説明している。『自らの自由を確実なものにする人は抑制から敵すら守らなければならない。なぜなら、この義務に違反したら、その前例はその人にまで及ぶことになるからである』と。したがって、私たちは、The Laws of Land Warfareやジュネーブ協定(Geneva Convention)戦争捕虜の扱い方を決めて条約)を遵守するものである」

「誰が我が国の敵なのか。なぜ私たちはパートナーシップを形成するのか。アメリカが正式な条約を結んでいる同盟国は北大西洋条約機構(NATO)で、加盟国は現在26カ国になっている。それ以外では、日本、韓国、豪州、フィリピン、タイと1947年にリオデジャネイロで調印されたRio Pack諸国である」

「当然、アメリカが正式に条約を締結している同盟国は、我が国の安全保障のパートナーである。しかし、パートナーシップには共同で行なう防衛研究と開発の成果をNATO外の諸国にも及ぼすと法律に既定されたもう1つのカテゴリーがある。このカテゴリーに属する国は”主要な非NATO同盟国”と呼ばれ、アメリカはこうした諸国と軍事システムの共同研究と開発を行なったり、密接な安全保障の相手国と一緒に反テロリズムのような事柄に関して協力することができる。このカテゴリーは、NATOとの軍事協力を容易にしている法律から出てきており、他の諸国、特に中東諸国と極東諸国に適用されるものである。”主要な非NATO諸国”には、豪州、アルゼンチン、バーレーン、エジプト、イスラエル、日本、ヨルダン、クェート、ニュージーランド、フィリピン、韓国、タイが含まれる」

「軍事的な関係は重要である。しかし、経済的パートナーシップも同様に重要である。そうしたパートナーシップは貿易を容易にし、我が国の安全保障の同盟国と我が国の貿易のパートナーは重なっている。現在、EU(欧州連合)はアメリカにとって最も密接な安全保障のパートナーでだけでなく、アメリカの主要な貿易相手国である。これは偶然の産物ではない。こうした国々は我が国と価値観を共有し、すべてが市場経済の民主国家である。イラクを巡ってフランスやドイツと対立したように、政策で大きな違いがあるときでさえ、私たちはこうした違いを乗り越え、貿易関係を持続することができるのである」

「また私たちは良好な安全保障関係を維持している。EU諸国との防衛協力関係は大西洋の安全保障の重要な要素である。イラク政策で違いがあるにもかかわらず、フランスやドイツ、その他の欧州諸国はテロリズムとの国際的な戦いでアメリカと強力関係を維持してきた。これらの国々は、バルカン諸国、アフガニスタンで軍事的なコミットメントを強化し、それによってアメリカは軍をイラク戦争を遂行するために割くことができるのである」

「しかし、国家的なレベルでは、アメリカにとって最も緊密な貿易相手国は北米大陸に存在する国である。カナダとメキシコは、アメリカにとって最大の貿易相手国と2番目に大きい貿易相手国である」

「アメリカの第3と第4の貿易相手国は、中国と日本である。北東アジアはアメリカと日本、韓国、中国、ソビエト経済が交差する場所であり、これらの国で世界のDGPの44%を生産している」

「中国は同盟国あるいは友邦とパートナーの違いを示す格好の例である。アメリカの同盟国はアメリカの価値観と民主的な政策を共有し、いずれも市場経済の国である。しかし、アメリカが友好的な関係にある国でも、アメリカの価値観のすべてを共有しているわけではないかもしれない。それにもかかわらず、アメリカは特定の政治的、経済的、あるいは安全保障上の目的のために、こうした国とパートナーを組むことはできる。共通なイデオロギー的な枠組みを共有できなくても、お互いの国益は交差しているのである」

「したがって、宗教の自由、結社の自由といった問題に関して大きな意見の相違があっても、麻薬の違法な取引を止めさせ、大量破壊兵器の拡散を阻止するために安全保障のパートナーシップを組むことはできるのである。アメリカは中国と良好な貿易関係を持つことはできる。したがって、同盟国は友邦であり、パートナーであるが、パートナーは必ずしも同盟国ではないのである」

「貿易と通商を維持することは、国際関係を発展させる際の優先事項である。市場での自由な財とサービスの交易は、市場に参加するすべての国の富を高める。これは、アメリカ国民にとっても繁栄をもたらす」

「経済関係や安全保障関係に影響を及ぼす経済分野でパートナーシップを形成するとき、主要なグループの1つは”G-8”である。1975年以降、主要先進国の首脳は、国内社会や国際的コミュニティ全体が直面する経済的、政治的な課題を処理するために年に1回、会合を持ってきた。このグループは、東西貿易関係、エネルギー、テロといった問題に取り組んできた。サミットで取り上げる課題は弾力的で、時には雇用問題や情報ハイウエー、環境、犯罪、ドエグや、人権問題から地域安全保障、軍縮問題まで多様な問題が取り上げられることもある」

「G-8はカナダ、フランス、イタリア、ドイツ、日本、ロシア、イギリス、そしてアメリカがメンバーで、EUも参加している。これらの国はすべて市場経済を持つ民主国家である(ただ、ロシアは民主化の道の半ばであるが)。これらの国とこのグループは、予見できる将来にわたってアメリカの主要な経済的、政治的なパートナーであり続けるだろう」

「現在、ヘリテージ・ファンデーションは新しい考え方に取り組んでいる。それは”グローバル・フリー・トレード・アライアンス(世界自由貿易同盟:Global Free Trade Alliance:GFTA)”である。私たちは、GFTAをWTO(世界貿易機関)の現在の組織に対する弾力的な代替的なものだと見ている。私たちは、GFTAのメンバーは可能な限り貿易の障壁を設けるべきでないと提案する。国際投資市場は開放的かつ透明でなければならない。国内投資と海外投資の扱いで差別があってはならない。法による支配を明確に確立し、私有財産権と取引の安全性を守らなければならない。最後に、不当な規制面の負担を企業に課すべきではない。効率的で透明性があり、浩平なライセンス制度が必要である」

「開放的な協力と正義と機会の確立というテーマは、アメリカの外交政策にとって極めて重要である。私たちは、テロと貧困と病気と恐怖という問題に直面している。ブッシュ大統領は、国家暗線保障戦略の中で21世紀のアメリカの政策を次のように要約している・
● アメリカは、テロと無法国家による暴力に反対し、それを阻止することで平和を守る
● アメリカは、世界の主要国の間で良好な関係の時代を作り上げることで平和を維持する
● アメリカは、自由と繁栄の恩恵を世界に広げることで平和を促進する」

中東政策:中東は不安定な地域で、民主国家が存在しないため、テロと対立を育む地となっている。この地域を民主的な方向に沿って転換させるためのパートナーシップを構築することは、数十年後には大きな力になるだろう」

「イスラエルは、対立の中心に位置している国である。パレスチナのために民主主義と国を構築することは、アメリカの最も強力な安全保障のパートナーの1つであるイスラエルの国境を確保するうえで役にたつ方法の1つである。イスラエルは、テロとの戦いを誓っている同盟国である。イスラエルは、アフガニスタンのタリバン政権との戦いやイラク問題ではアメリカ側に立った。そして、対イラン政策でもアメリカの政策に賛成している」

「ペルシャ湾に関してアメリカは”ガルフ・コーポレーション・カウンシル(Gulf Cooperation Concil:GCC)の設立を推奨してきた。この組織は、イランに対抗し、イラクに対する安全保障の防波堤になってきた。私たちは、中東諸国と自由貿易協定のネットワークを作り上げ、民主主義を広げるように働きかけている」

アジアと太平洋:アジアに話を移すと、この地域の緊張は、主要な経済国が巻き込まれることを考慮すると、世界全体のシステムを混乱に落とし入れる可能性がある。北朝鮮は地響きがする休火山で、朝鮮半島を火の海にする脅威となっている。その緊張北東アジアを結びつけると同時に、二極化している。ピョンヤンの核プログラムに対処することでアメリカは同盟国(韓国、日本)との間により密接な実務的な関係を作り上げたが、歴史h的な緊張が依然として日韓がそれ以上に密接な協力を行なうことを阻害している」

「私は、北朝鮮問題に取り組むためのアメリカ、韓国、日本、中国、ロシアを含むブッシュ大統領の六カ国協議の手法は正しいと思っている。また、1953年以降、アメリカの力とアメリカの同盟国によって朝鮮半島での対立を阻止してきたことを覚えておくことは重要である。私たちは、今後もそれを継続することができる。六カ国協議は、将来、北東アジアの対話として制度化される可能性がある」

「中国は独自の挑戦を突きつけている。中国は安全保障のパートナーであり、貿易のパートナーであり、同時に政治的な競合国であり、安全保障の脅威でもある。中国はアメリカが育んできた台湾の民主主義を脅威にさらしている。アメリカの法律である『台湾関係法(the Taiwan Relations Act)』によってアメリカは台湾が中国の脅威に対応するためい防衛のための武器やサービスを提供しなければならない。同法によって、アメリカはアメリカとアメリカの同盟国にとって極めて重要な西太平洋の平和と安定を維持するために適切な軍事力を維持しなければならない」

「日本は最近、拡大しつつある中国の軍事的能力との均衡を取るために重大な決断をした。しかし、韓国は中国の法に傾斜しつつあるように見える」

結論:アメリカの将来の政策の核は、アメリカの思想を強化するところにあり、そのために具体的な行動が伴うことである。トーマス・ジェファーソンは1805年の第二期の就任演説で「私たちはアメリカの国益は道徳的な義務と切り離すことができないと強く確信し、その確信に基づいて行動する」と語っている」

「私たちは現在でも、同じことを主張し続けている。これは、アメリカがいかにして21世紀の変化に対応するためのパートナーシップを求めるかの概要である」

以上でアメリカが考えている21世紀の世界政治の状況の輪郭がそれなりに見えてきたのではないでしょうか。ブッシュ大統領が盛んに「民主主義を世界に広める」と言っているのも、アメリカが抱く歴史的な使命という観点からすれば特に異例のことではないのです。アメリカの外交は2つの流れがあります。1つはモンロー主義に代表される海外への非介入であり、もう1つはウィルソン大統領に代表される理想主義(介入主義)です。ウィルソン大統領は第一次世界大戦を「戦争を終らせるための戦争」と位置付けて、参戦します。そして戦後、国際連盟の設立を提唱します。こうした2つの流れからすると、ブッシュ政権あるいはネオコン的な外交政策は、一種の理想主義に基づいてものといえるかもしれません。ある意味では、世界政治は極めて現実的で、妙な理想論を持ち込むと思わぬ結果を招くリスクもあります。しかし、ブッシュ政権の外交政策には、その要素が色濃くあることは知っておくべきでしょう。

それともう1つ興味を引いたのは、6カ国協議が将来北東アジアの対話のフォーラムに発展する可能性があるという指摘です。実は、これは本ブログの中でフランシス・フクヤマが主張していることでもあります。そのブログも参照してみてください。

1件のコメント

  1. 毎回参考になります。ロンドンG8が終了しましたが今後欧州アフリカがどう動くか注視していきたいと思います 6か国協議はどかへいくか気になりますね
    サハラを昨日みましたが環境や貧困についても示唆するところがありアフリカの雄大な自然とともに見る価値がある映画かと思いました 。今回は子供2人がついてきました。

    コメント by 星の王子様 — 2005年6月12日 @ 08:21

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=118

現在、コメントフォームは閉鎖中です。