中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/7/4 月曜日

ヘッジファンド入門:ヘッジファンドは為替相場・株式相場にどんな影響を与えるのか

Filed under: - nakaoka @ 1:21

私は、ジャーナリストとして、また大学で教える者として1つだけ心に決めていることがあります。それは「陰謀論」に組みしないということです。「ユダヤの陰謀」とか「ハゲ鷹ファンド」、「テキサスの石油資本の陰謀」といった類のものです。そうした陰謀論に組みしたとき、ジャーナリスト失格だと思っています。「ハゲ鷹ファンド(英語でvulture fundといいます)」に関していえば、長銀を買ったリップルウッドのティム・コリンズとは10時間以上、1対1でニューヨークの彼のオフィスで取材し、その投資手法などを調べたことがあります。一部のジャーナリストや政治家、経済人は、彼らが日本企業を食い物にしているといいます。同社の「長銀ファンド」の投資企業の半分以上は日本企業が出資しているのです。同ファンドが儲かるということは、それに投資している日本企業が儲かっているのです。また、そのファンドは「プライベート・エクイティ・ファンド」と呼ばれ、経営危機に陥った企業を買収し、再生することで利益を得ています。ヘッジファンドの分類で言えば「ディストレスト・セキュリティ戦略」に区分されるものです。そうしたファンドが破綻企業に投資(株式取得)しなければ、その多くは倒産していたでしょう。企業を再建し、株式を再上場することで利益を得るのが、その投資目的です。「ヘッジファンド」はメディアでかなり胡散くさい存在と見られていますが、必ずしもそうではないのです。今回は、少し教科書的ですが、「ヘッジファンド入門」です。

ヘッジ・ファンドは相場の流れを作ることができるのか

「このところヘッジファンドはユーロに対してドル・ロングになっているようだ」とか、「ヘッジファンドは円を売っているようだ」、あるいは「日本株を買っている」という話が市場ではよく聞かれます。ヘッジファンドは基本的にポートフォリオ情報を開示しないので、その詳細な投資内容は分かりません。一般の人がヘッジファンドに大きな関心を持つようになったのは、1997年のアジア金融危機でジョージ・ソロスのマクロ・ファンドがタイ・バーツに投機的な売りを仕掛け、巨額の利益を得たのがキッカケではないかと思います。この為替投機が、アジア金融危機の引き金になりました。それから、ヘッジファンドの為替や株式市場の動向に大きな影響を与えていると信じられるようになっています。ただ、これはヘッジファンドに対する正確な理解ではありません。そこで、今回はヘッジファンドの現状とそれが相場に与える影響について説明することにします。やや教科書的で、短い文章では説明しきれないところもありますが、楽しみながら読んでみてください。

「ミューチャル・ファンド(日本では「投資信託」といわれています)」のような「伝統的な投資」は、一般の投資家から集めた資金を株や債券に投資して“ロング(買い持ち)ポジション”を作ります。したがって、株式投資の場合、株価が上昇しない限り、高い利回りをあげることはできません。言い換えると、相場が下落するときは、儲けることはできないのです。ですから、ミューチャルファンドなどのパフォーマンス(運用実績)は、相場の指数(「日経225」や「ダウ工業株価指数」など)との比較で評価するのが普通です。ですから、かりに指数が落ち込んでも、その落ち込み幅よりも小さければ、そのミューチャルファンドのパフォーマンスは良いということになります。逆に指数を上回るパフォーマンスを上げると、そのファンドは運用実績の良いファンドになるわけです。あくまで相対的なパフォーマンスが問題となるのです。

これに対してヘッジファンドは空売りによって“ショート(売り持ち)ポジション”を作り、株価が下落する局面でも高いリターンを上げることができます。こうした空売りの投資手法は、もともとリスクをヘッジ(回避)するために考案されたものですが、現在では有力な資産運用の手段となっています。ですから、ミューチャルファンドと違い、「絶対的リターン」を上げることが目標となります。通常、ヘッジファンドのリスクは高いですが、その分ミューチャルファンドよりも高いリターンを上げることができるのが特徴です。しかも、ヘッジファンドには当局による規制がないため弾力的な運用も行うことができ、リスク管理でも優れた手法を持っています。したがって、リスクを懸念することのない富裕層の大口投資家が、ヘッジファンドの主要な顧客になります。

最近のように低金利や株価の低迷が長期にわたって続いているときは、機関投資家や富裕層の個人投資家は高いリターンを求めてヘッジファンドでの運用比率を高め傾向があります。ヘッジファンドが社会的に認知されるとともに最近では特殊な運用形態ではなく、むしろ資産運用の本流になりつつあります。

ヘッジファンドの運用資金は着実に増加しています。2000年には運用資産残高は4000億ドル程度でしたが、2005年1月末には1兆ドルを越えたと推定されています。今年の第1四半期のヘッジファンドの運用利回りは過去10年で最低でしたが、それにもかかわらず多くの資金がヘッジファンド市場に流れ込んできています。

ヘッジファンドが成長した1つの理由は、優秀なファンド・マネジャーが大手証券会社から独立し、自分のヘッジ・ファンドを相次いで設定し、高いパフォーマンスを上げているからです。そうしたファンド・マネジャーは自らファンドを設定して、募集することもありますが、多くの場合、大手の証券会社などが設定して募集したヘッジファンドの一部を請け負って運用しています。1ファンドの平均運用資産額は約290億ドルと言われています。ある調査によると、2003年のヘッジファンドの平均運用額は1億2000万ドルで、設定後の期間は6・3年です。またメディアム(一番多い額)は3300万ドル、設定後の期間は5・5年です。大手のヘッジファンドは、1つの投資戦略ではなく、多くの投資戦略に分散して投資しています。運用を請け負ったファンド・マネジャーは、パフォーマンスが悪いと、すぐに解約されてしまいます。

膨大な運用資産を背景にファンド・マネジャーは高額の報酬を得ています。通常、ファンド・マネジャーの報酬は運用資産額と成功報酬によって決まります。平均では手数料が1.3%、成功報酬が約17%となっています。昨年、ESLインベストメントのエドワード・ランパート氏は10億ドルを超える報酬を得ています。上位25名のファンド・マネジャーの平均報酬は2003年が2億0700万ドル、昨年は2億5100万ドルでした。野心的なファンド・マネジャーにとって、これは魅力的です。ただ、ファンドの数が増えると、優秀なファンド・マネジャーの数が足りず、それがパフォーマンス低下の一因だと言われています。

ヘッジファンドの最大の特徴は自由な運用ができることにあります。ミューチャルファンドはSEC(証券取引委員会)に登録し、情報公開や運用規制など様々な制限が課せられていますが、ヘッジファンドにはそうした規制はありません。それはミューチャルファンドが一般投資家から資金を集めるのに対して、ヘッジファンドは投資リスクを負うことができる富裕層の個人投資家や機関投資家から資金を集めているからです。要するに一般投資家は保護しなければならかいが、ヘッジファンドの顧客は十分な資産を持っており、リスクに耐えられるということです。

アメリカの場合、「1940年投資顧問法」によってヘッジファンドは年収20万ドル以上、純流動性資産100万ドル以上を持つ個人投資家を対象にしか募集できず、投資家の数も99名に制限されていました。ただ「1997年全国証券市場改善法」によって年収が500万ドル、純資産が2500万ドル以上の投資家を対象に500名まで増やすことが認められました。

一般にヘッジファンドというと「グローバル・マクロ・ファンド」のことが思い浮かべる人が多いと思います。先に触れたソロスのファンドは、その典型的なものです。ヘッジファンドは14種類を越えるといわれ、それぞれ異なった投資戦略を用いています。たとえば、経営危機の直面した企業の株式や社債に投資する「ディストレスト・セキュリティーズ・ファンド」、証券の価格スプレッドを利用する「リラティブ・バリュー・ファンド」、また高い成長が見込める企業に投資する「アグレッシブ・ファンド」などがあり、それぞれ異なった投資目的を持ち、異なった投資手法を使っているのです。先に書いたリップルウッドはプライベート・エクイティ・ファンドで、一種のヘッジファンドと分類されます。最近、日本の不動産を積極的に買っているのも、ヘッジファンドです。そうした意味では、「伝統的な投資手法」に対する「代替的な投資手法」という意味でも、ヘッジファンドという言葉を使うことができます。

ヘッジファンドは「リスクをヘッジしながら高いリターンを上げる」のが共通の運用の目標です。その中で一般に「グローバル・マクロ・ファンド」がメディアの注目を引くのは、同ファンドが“市場のトレンド”に投資する数少ないヘッジファンドだからです。同ファンドは、各国の経済状況や経済政策を分析し、為替や金利商品に投資しています。ソロスはかつてイギリスのポンド投機やタイのバーツ投機で大儲けしました。このいずれも、経済状況から判断して、切り上げリスクはゼロで、切り下げが間違いないと考えられていました。そうした通貨を売ることで、大儲けをしたのです。

しかし、そうしたグローバル・マクロ・ファンドは、全体のヘッジ・ファンドの中でウエイトが低下してきています。1990年にはヘッジファンドのうちの71%が「グローバル・マクロ・ファンド」でしたが、2001年には15・4%にまで低下しています。相場の”トレンド”に対に投資するファンド、すなわち相場の動きを予測して投資するファンドは、モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナルの調査では、全体のヘッジファンドの25%程度と見られています。2001年の統計ですが、ヘッジファンドの種類別の比率は、「ロング・ショート・エクイティ」が37・9%、「ロング・オンリー」が11・3%、「フィックス・インカム・アービトレージ」が9・5%、「リスク・アービトレージ」が11・5%、「コンバーティブル・アービトレージ」が3・4%、「ディストレスト・セキュリテーズ」が2・6%などです。「アービトレージ」は「裁定」という意味です。「裁定」というのは、金融商品の「あるべき価格」と「市場価格」の間に乖離が生じた場合、その乖離を利用して設ける手法です。

要するに75%のヘッジファンドは、市場のトレンドとは無関係なのです。たとえば「リラティブ・バリュー戦略」や「アービトレージ戦略」は市場の動向とは無関係で運用されていますし、「ディストレスト・セキュリティ戦略」、合併や買収対象となっている企業などに投資する「マージャー戦略」「イベント戦略」も、市場動向とは無関係です。むしろ市場動向との相関性が低い株式などに投資するのが特徴なのです。ですから、市場のトレンドに対してニュートラル(中立)に運用するのも、重要なヘッジファンドの戦略なのです。

ヘッジファンドのもう一つの特徴は、“レバレッジ”を利用できることです。ミューチャル・ファンドは投資家から集めた資金を運用するだけですが、ヘッジファンドは銀行から資金を借りて、それを当初の投資資金に加えて運用することができるのです。また、もう1つの特徴は、ファンド・マネジャーも自分の資金をファンドに加えて運用しています。それだけ、マネジャーの運用は本気になるわけです。ファンドが損をすれば、自分も損をするわけです。私が知っている日本の多くの投資信託のファンド・マネジャーは、どこかサラリーマン的な印象を拭えなかったのも、ヘッジファンドのファンド・マネジャーと”真剣度”が違うからかもしれません。”レバレッジ”を利用することで、ヘッジファンドはより大きな資金を動かすことができ、それによってより高いリターンを上げる可能性が高まります。ただ、それは同時にリスクが高まることも意味します。

1997年に経営破綻に直面したアメリカの大手ヘッジファンドの「ロング・ターム・キャピタル・インベストメント」は、通貨や債券に投資するグローバル・マクロ・ファンドでした。同ファンドは、投資した証券を担保に銀行から借入を行い、それでさらに証券に投資。その証券を担保にさらに借入を行ない、自己資本を大きく上回る膨大な額の投資を行なっていました。だが、アジア金融危機で金利予想(同ファンドは金利低下を予想)がはずれ棒大な計上し、膨大な額の借入を返済できない状況に追い込まれたのです。要するに投資していた債券の価値が下がったために、銀行から追加担保を要求されたのです。それに応じることができなければ、債券を売却して、資金を回収するしかありません。その結果、逆スパイラルが起こり、同ファンドは資金的に行き詰ってしまったのです。ただ、他のヘッジ・ファンドでは、こうした大きなレバレッジを利用しているケースは必ずしも多いとはいえません。ちなみに「ロング・ターム・キャピタル・インベストメント」は、2人のノーベル経済学賞を受賞した学者が作ったファンドです。いかにノーベル賞クラスの学者でも、大損をするのです。それが投資というものです。

最近では、ヘッジ・ファンドで運用する一般投資家も増えています。こうした投資家は「ファンド・オブ・ファンヅ(fund of funds)」を利用しているのです。通常、「ファンド・オブ・ファンズ」はSECに登録しているため、一般投資家からも資金を集めることができるのです。一般投資家や年金基金などがヘッジファンド市場での資産運用を増やしていることから、SECはマネジャーの登録制を導入しました。これはヘッジファンドが破綻すると、一般投資家に大きな影響を及ぼすだけではなく、年金資金の運用に損害を与える懸念があるからです(これに関しては本ブログで触れていますので、それを読んでください)。

一般にはヘッジファンドが市場を動かすというイメージが強いのですが、それは市場の”トレンド”(これは英語では”directional trading”といいます)に投資する特定のファンドに対するイメージであって、必ずしもヘッジファンド全体の正確な理解ではないのです。今年の春までヘッジファンドは円高を予想して、円のロングのポジションを作っていましたが、為替相場が逆に円安に動き、多くのマクロ・ファンドは巨額の損失を計上したと言われています。ヘッジファンドはあくまでも市場のトレンドに乗って儲けるのであって、ヘッジファンドが相場の流れを作るというのは一種の過大な幻想なのです。

要するに、経済原則を逸脱するような市場操作は現実には不可能であり、あたかもヘッジファンドが相場をリードしていると思うのは、ヘッジファンドに対する過大な評価なのかもしれません。もちろん、ヘッジファンドの運用資産の規模が大きくなっており、市場での重要なプレイヤーであることは間違いありません。その動向は注目しておく必要がありますが、先の書いたように、運用の中身は公表されていません。そのため、ためにする議論や推測情報が市場に流れるのでしょう。

メディアは面白おかしく、ヘッジファンドが相場を操作していると書きますが、そうした記事は用心して読む必要があります。

1件のコメント

  1. ヘッジファンド販売に見られる説明不足
    ネット銀行大手のイーバンク銀行が投資信託の販売をスタートした。なんと第一弾から「ヘッジファンド」である。ヘッジファンドは近年の株価低迷から注目されているが、個人投資家が…

    トラックバック by アセットアロケーション・ガイド — 2005年11月23日 @ 14:53

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