中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/11/2 火曜日

大統領選挙直前に読む記事:政治と宗教

Filed under: - nakaoka @ 13:41

今、日本は11月2日のお昼です。あと12時間もすれば、アメリカで大統領選挙の投票が始まります。知人のジャーナリストから「どちらが勝つと思いますか」と問合せがありました。アメリカのメディアの報道を見ている限り、予想不能というのが本当のところでしょう。それぞれが自分の政治的な立場に立って、「ブッシュ候補が勝ちそうだ」とか、「ケリー方補が勝つチャンスは十分にある」と、それぞれ希望的な観測を語っているだけです。あと1日のこと、競馬の予想のように勝ち馬を予想しても、それほど生産的とは思われません。むしろ、今回の選挙の意味、あるいは歴史的、社会的な背景について理解するほうが、重要だと思われます。今回は、選挙結果のみに目を奪われないようにするために、ちょっと長い目で今回の選挙を分析してみたいと思います。

7月に面白い調査結果がシカゴ大学の研究所から発表になりました。「消滅しつつあるプロテスタントのマジョリティ」というのが、その調査のタイトルです。アメリカ社会のことを「WASP」といいます。すなわち、白人(W)で、アングロサクソン(AS)で、プロテスタント(P)がアメリカを作ってきたということです。ヨーロッパでの宗教的弾圧を逃れてきたプロテスタントが作った国が、アメリカなのです。また、WASPは、アメリカ社会の中枢を占めてきました。だが、そのプロテスタントがアメリカの人口の半分以下にまで減少しつつあるというのです。シカゴ大学の調査では、全人口に占めるプロテスタントの比率は、1972年から1993年の間は平均で約63%を占めていました。しかし、93年以降、その比率は急激に低下し始めているのです。93年から2002年の間に52%にまで低下しています。そして、同調査は数年のうちにプロテスタントの比率は50%を割り込むことになるだろうと予想しています。

アメリカはキリスト教の国です。自分がキリスト教徒であると答えた人は、90年には1億5149万人いました。2001年には1億5950万人と約800万人増えています。しかし、その中で自分は「プロテスタント」であると答えた人は確実に減っています。特に主流派プロテスタントといわれるユナイテッド・メソディスト、プレスビタリアン、エピスコパルに属するプロテスタントの宗派では教徒の数は大幅に減っています。ちなみに、他の宗教の比率を見てみると、80年にはプロテスタントの61%に対して、カトリックは28%、ユダヤ教徒が2%でした。2002年では、プロテスタントは53%にまで低下しましたが、カトリック教徒は25%、ユダヤ教徒は2%と横ばいに留まっています。ちなみに宗派として最大なのは、ローマ・カトリックです。2001年の統計では、信者の数は5087万人で、キリスト教徒の3分の1を占めています。

プロテスタントの中にある様々な宗派の中で唯一増えているのは、エバンジェリカル(福音派)といわれる人々です。1990年に自分がエバンジェリカルと答えた人は24万人強と極めて少数でしたが、2001年には103万人強と大幅に増加しています。彼らは、以前はプロテスタントの中の40%程度を占めていましたが、現在では60%を占めるまでになっています。プロテスタントの数が減るなかで、唯一増えているのがエバンジェリカルなのです。

主流派プロテスタントはアメリカの価値を作り上げてきた人々です。大学や病院を設立し、社会改革、社会的平等や人権の確立などリベラルな価値観を作り上げるうえで重要な役割を果たしてきました。これに対して、エバンジェリカルは、ファンダメンタリスト(原理主義者)といえます。いわば、聖書の原点に戻ることを主張している人々です。プロテスタントの中で主流派とエバンジェリカルは対立する存在でした。主流派は穏健派であり、かつては共和党支持が多かったのですが、最近では民主党に近くなっている人が多くなっています。両派の対立は、1925年の進化論を巡る裁判にまで遡ることができます。聖書の教えを忠実に守ろうとうするエバンジェリカルは、進化論を否定していました。その論争を経て、エバンジェリカルは自分たちの価値観がアメリカ社会に受け入れられないと知り、活動の方針を聖書に基づく教育を行なう学校を設立したり、出版社を作り、草の根の宗教運動を展開するようになります。

主流派プロテスタントがアメリカ社会に埋没し、宗教的なアイデンテティを失うなかで、エバンジェリカルはますますその宗教性を強めていったのです。それはアメリカの保守主義運動の展開と類似しています。アメリカの保守主義革命に関しては拙著『アメリカ保守革命』(中央公論)をご参照ください。政治的には、エバンジェリカルは共和党の中で影響力を増していきます。かつてエバンジェリカルの半分は民主党を、半分は共和党を支持していました。しかし、最近では2対1で共和党支持者が多くなっています。現在、共和党員の半数はエバンジェリカルであるといわれています。一般的にいって、エバンジェリカルは社会的、経済的に保守的な立場を取っています。彼らは聖書の教えがすべてであり、同性結婚や人口中絶などは聖書の教えに反すると強く反対しています。

実は、エバンジェリカルはブッシュ候補の強力な支持母体なのです。アメリカ社会は80年代以降、急速に保守化してきました。その大きな保守化の流れは今も続いています。それを象徴的に示す事例の1つが、エバンジェリカルの勢力の拡大といえるかもしれません。エバンジェリカルは、今回の選挙は「スピリチュアル・ワー(精神的な戦争)」であると主張しています。彼らは道徳問題を積極的に取り上げています。ある信者は「大統領選挙で誰に投票するかは聖書の教えに従う。すなわちプロライフ(中絶反対)を支持することである」と語っていますが、それはブッシュ候補を指すことは明白です。

イラク戦争に関しても聖書を引用しながら、「聖書は戦争は常にあると教えている。ダビデはペルシャ人とは交渉しなかった」と、イラクに侵攻したブッシュ候補の政策を支持しているのです。日本人にとって奇妙に映るかもしれませんが、ブッシュ候補は神の意思を代弁していると考えるエバンジェリカルは多いのです。「2004年ポリティカル・ランドスケープ」調査によれば、アメリカ人の87%は「神の存在を疑ったことはない」と答えています。その一方で、自分が無神論者であると答えたアメリカ人は、90年には1430万人であったのが、2001年には2940万人ま出増えています。

どちらの候補が勝つにしても、今回の選挙は今まで以上にアメリカはお互いに相容れることができない世界観を持つ人々が対立している選挙なのです。そこには政治的な妥協や現実的な対応は考えられないのです。

この投稿には、まだコメントが付いていません

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=13

現在、コメントフォームは閉鎖中です。