中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/8/18 木曜日

国防省の軍事政策に変更はあるのか(1):リセス・アポイントメントで相次いで決まる国防省人事

Filed under: - nakaoka @ 10:28

相変わらず時間のない生活が続いています。問題意識は旺盛なのですが、目先の仕事に追われ、なかなか思うようなことができません。今週金曜発売の『世界週報』(8月30日号)に「機密情報リークで窮地に追い込まれるホワイトハウスー裏目に出たローブの秘密工作」という記事を書いています。また、来月号の『中央公論』に新国連大使ジョン・ボルトンの人物論を寄稿します。今回は、久しぶりに最近のアメリカの動向について書きます。ジョン・ボルトン(John Bolton)の国連大使任命に関しては、ブログ(6月17日付けの「混迷するボルトンの議会承認」を参照)に何度も書いてきました。結局、ブログの中で書いたようにブッシュ大統領は上院の承認なしでボルトンを国連大使に任命するリセス・アポイントメント(recess appointment:議会休会中の任命)に8月9日に署名しました。またブッシュ大統領は、辞任する国防省のNO.3のダグラス・フェイス(Douglas Feith)国防次官の後任にエリック・エデルマン(Eric Edelman)のリセス・アポイントメントにも8月に入って署名しています。さらに大統領は8月に入って3人目のリセス・アポイントメントとしてピーター・フローリー(Peter Flory)を国防次官補に任命しています。今回は、新国防省人事について分析します。報告:英語のブログも書いています。http://www.redcruise.com/nakaoka/en で読むことができます。

国防省関係の人事が滞っています。ピーター・フローリー国防次官は14ヶ月前に指名され、上院の承認待ちでしたが、結局、上院の承認が得られず、ブッシュ大統領はリセス・アポイントメントに踏み切りました。そのほかにも上院の承認を待っているのがウォルフォウィッツ前国防副長官の後任に指名されているゴードン・イングランド(Gordon Englans)がいます。イングランドは軍事企業であるロッキード社やジェネラル・ダイナミック社の役員を務めていたこともあり、上院は承認を渋っています。メディアは、ブッシュ大統領は彼も最終的にはリセス・アポイントメントをしなければならないのではないかと予想しています。国防省には上院の承認を得なければならないポストが47ありますが、空席のままのポストがかなり残っています。アメリカは”戦争中”であるにもかかわらず、海軍長官と陸軍長官のパーマネント・ポストさえ空席になっています。

リセス・アポイントメント(休会中の任命)は、大統領に与えられた憲法上の権限(「憲法第2条2二項」で規定されている)です。その任命は、当議会が終るまでに承認されなければならないという条件が付いています。逆にいえば、当議会の開催中に承認を求めなければ、そのポストに留まることができるということでもあります。アメリカの議会は2年で1議会になります。ですから、リセス・アポイントメントは最長2年可能ということになります。今議会は来年2006年に中間選挙を行い、年明けの2007年1月に新議会が始まります。ですから、基本的には、その時点まで、リセス。アポイントメントは有効なわけです。もちろん、ちゃんと上院の承認を得れば、何の問題もありません。議会が終るのはいつかを巡って議論があり、12月末という説と、新議会が始まる1月という説があります。が、いずれにせよ、今回、リセス・アポイントされた3名は、上院の承認なしでも2006年末までそのポストに留まることができるわけです。ですから、ボルトン新国連大使も少なくとも2006年12月までは国連大使として活動することができます。あるいは2006年の中間選挙で共和党が上院の3分の2を占めれば、民主党のフィリバスターを排除して本会議で承認することができます。そうなれば、2007年1月に始まる次ぎの議会で改めて上院に承認を求めることになります。あるいは、本議会が終るまでに反対議員が減り、承認の見通しが立てば、いずれかの時点で上院に承認を求めることになるでしょう。もし当議会中に上院の承認が得られなければ、リセス・アポイントメントは失効することになります。

大統領のリセス・アポイントメントは珍しいものではありません。ブッシュ大統領は、先に触れたように8月だけでボルトン国連大使、エデルマン国防次官、フォーリー国防次官補の3人をリセス・アポイントメントしています。ブッシュ政権発足後から2005年8月までに106件のリセス・アポイントメントが行なわれています。なかには2004年1月には連邦上訴裁判事にリセス・アポイントメントされたチャールズ・ピッカリングは、2度にわたった上院での承認を得ることができなかった例もあります。

ジョージ・ワシントン大統領もリセス・アポイントメントを行なっています。1795年の議会が休会中にジョン・ラトレッジを最高裁首席判事に任命しています。セオドーア・ルーズベルト大統領は、議会が1日だけ休会に入ったときを狙ってリセス・アポイントメントを行なっています。アイゼンハワー大統領も、リセス・アポイントメントでウィリアム・ブレナンを最高裁判事に任命しています。レーガン大統領は、2期政権の間に実に243件のリセス・アポイントメントを行なっています。ブッシュ大統領(父)も、77人をリセス・アポイントメントで任命しています。

ボルトンは別にして国防省関連の上院での承認が滞っている理由は、外交政策を巡って政府と議会の対立があるうえ、軍事関連の企業との利害関係があるため、上院の審議が慎重になっているのも1つの理由です。たとえば、最近、国防省トップとボーイング社のスキャンダルが発生しています。また、上院議員との直接的な利害関係も響いています。たとえば、イングランドの国防副長官就任に反対しているのは、メイン州選出のスノー議員ですが、国防省はメイン州ポーツマスの軍港の閉鎖を予定しています。その中心人物がイングランドであるということで、レビン議員は彼の承認に反対しているのです。また、エデルマン次官はミシガン州選出のレビン議員が、エデルマンに提出を求めたイラク関連の書類の提出を拒んだことを理由に反対しています。ボルトン国連大使も民主党が要求する盗聴関連の情報提供を拒んだために審議が停滞していました。

という状況を背景にやっと国防省の人事が決まりつつあります。まだ上院では未承認ですが、ウォルフォウィッツ前国防副長官の後を継いでイングランドが国防副長官にすることは間違いないでしょう。上院が承認しない場合でも、ブッシュ大統領はリセス・アポイントメントをするでしょう。しかし、それは議会が休会中の8月中でなければなりません。ダグラス・フェイス国防次官の後任はエデルマンが決まりました。また、国際安全保障政策担当の国防次官補にフォーリーが就任しました。彼は、国防省のNATOでのリエゾンを務めることになります。

ウォルフォウィッツ前国防副長官とフェイス国防次官は、ブッシュ政権の中の中核的な”ネオコン”でした。その後任のイングランドとエデルマンの政策はどうなのでしょうか。従来よりも国防省の政策は現実的になるのでしょうか。ボルトンという生粋のネオコンを国連大使に配し、チェイニー副大統領の腹心ともいえるエデルマンを国防次官に据えたことになります。ラムズフェルド・ウォルフォウィッツ・フェイスという強硬ラインから、ラムズフェルド・イングランド・エデルマンという新スタッフになりました。それは従来の国防省の政策に変更をもたらすのでしょうか。それについては、今日はこれ以上時間が取れないので、次のブログに書くことにします。

PS:いつからか知りませんが、Department of Defense (DOD)のことを日本では「国防総省」と表記するようになっているようです。雑誌原稿で「国防省」と書いたら、編集で「国防総省」と訂正されていました。なぜ”総”という1字が付け加わってたのでしょうか。英語の表記はあくまで「国防省」です。その理由は別にしても、「国防総省」という表記は変だと思います。別に議論することではないかもしれませんが、私は「国防省」の表記の方が正しいし、好ましいと思っています。

4件のコメント

  1. ご無沙汰しております。
    国防総省の件ですが、おそらく陸軍省と海軍省を統合して作った経緯から、国防「総」省が通り名になったのではないでしょうか。アメリカ「合衆国」と同じような意訳の一種であり、なかなかセンスがいいじゃないかと私は思っております。

    コメント by かんべえ — 2005年8月18日 @ 13:12

  2. 個人的にはDoDは国防省として海軍省や陸軍省は海陸軍庁or総局にでも格下げしておけば良かったような気がします。

    コメント by シャイロック — 2005年8月19日 @ 18:05

  3. 日本での呼び名の由来はかんべえ氏の言われるとおりと思いますが、今でも(制度上)海軍省、陸軍省はあるのでしょうか.長官(セクレタリーとはみなされてないようです)はいますが.何してるんでですかねえ.(海軍長官は進水式のホスト役という説もあるようです)

    コメント by M.N生 — 2005年8月22日 @ 11:50

  4. 細かな点ですが,連邦上院でフィリバスターを中止させるのに必要なのは,ご自身が7月6日に書かれたように60議席で,議席の3分の2ではありませんよ.大統領拒否権を乗り越えて法案を成立させるためには3分の2ですが.

    コメント by 政治学者の卵 — 2005年8月22日 @ 17:45

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