中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/10/9 日曜日

新国連大使ジョン・ボルトンの人物論:『中央公論』10月号掲載記事

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本ブログで何度も取り上げてきた人物に「ジョン・ボルトン」がいます。ブッシュ政権の中で強硬派のネオコンの一人と目され、パウエル長官の元で国務次官を務めながらも、同長官と真正面から対立した人物です。第2期ブッシュ政権で国務副長官の地位を望んでいたにもかかわらず、新任のライス国務長官は彼を国務省のポストから外し、ゼーリックUSTR(通商代表部)代表を副長官に任命しました。しかし、ブッシュ政権の中でのボルトンの地位は強固で、彼は国連大使の職を得ることになります。ずっとワシントンの政治の中で生き抜いてきたボルトンとは何者なのでしょうか。今、新国連大使として国連改革に辣腕を振るい始めています。国連の安全保障会議の常任理事国入りを目指す日本にとっても、彼の思想や行動は気になるところです。彼の思想的背景、経歴などをフォローしながら、彼の人物論を『中央公論』に書きました。以下は、その転載です。

8月1日、ブッシュ大統領がジョン・ボルトン前国務次官を国連大使に任命する書類に署名した。彼は3月に国連大使に指名されたが、盗聴情報を私的に使ったなどという疑惑などがあり、民主党の猛烈は反対で上院での承認の目処が立たない状況が続いていた。国連改革という大きな問題を前にブッシュ大統領はリセス・アポイントメント(議会が休会中に任命)の権限を発動して、ボルトンの任命に踏み切った。

ボルトンは競争の激しいワシントンで20年以上にわたって生き抜いてきた。その一つの理由は、共和党の大物の後ろ盾を得ていることがある。国連大使人事に関してヘンリー・キッシンジャーやジェームズ・ベーカーなど共和党の歴代国務長官五名が連名で上院外交委員会にボルトンの人事の承認を求める書簡を送っている。これだけの大物がそろって支持を表明するというのは異例中の異例である。

ボルトンは、ブッシュ政権内の“ネオコン”と目されているが、他のネオコンとはやや毛色が違っている。彼はレーガン政権の時から司法省などで活躍しているが、彼を紹介したのは共和党の大物議員ジェシー・ヘルムズ上院議員であった。また、エドウィン・ミーゼス司法長官と行動を共にし、ジェームズ・ベーカー国務長官の知遇も得ている。ボルトンがワシントンで着実に地位を昇りつめてきたのは、共和党本流に属する大物政治家に可愛がられたからである。一〇代のころ、アメリカ保守主義者の代表的人物でジョンソン大統領と大統領選挙を争ったバリー・ゴールドウォーター上院議員の影響を受け、彼の大統領選運動にも加わっている。多くのネオコンがリベラル派から転向してきたのと違い、彼は保守本流の中から登場してきた人物といえる。したがって、初期のボルトンはネオコンというより、“ニューライト”というべきであろう。

ただ、クリントン政権の時に野に下り、ネオコンのシンクタンクであるアメリカン・エンタープライズ・インステチュートや、代表的なネオコン論者のロバート・クリストルが主催するプロジェクト・フォー・ザ・ニューアメリカン・センチュリーの場を通して、ネオコンと一体化していく。

現ブッシュ政権に加わったのも、ベーカーの推挙によるものである。2000年の大統領選挙でフロリダ州の投票結果が問題となったとき票の再計算を阻止し、ブッシュ候補の当選を決めさせたのはボルトンであった。チェイニー副大統領はボルトンに入閣を勧め、「何でも欲しいポストを与える」と約束している。また、当時、上院外交委員会委員長であったヘルムズ議員も彼にシニア・ポストを準備するように圧力をかけている。そして、軍備管理・安全保障担当国務次官に就任し、ブッシュ政権の外交・軍事政策に大きな影響力を発揮する。生粋のネオコンであるポール・ウォルフォウイッツ国防副長官(当時、現在、世界銀行総裁)やダグラス・フェイス前国防次官らと組んで、イラク戦争を仕組んでいく。国務省内では公然とパウエル長官と対立するなど、傍若無人ぶりが目立った。

彼は“ミリタリスト”と評されているように、外交政策ではアメリカの国益を最優先する強硬派である。「平和は力によって達成できる」もので、交渉や条約によって平和は維持できないと考えている。さらに「条約はアメリカの目的のためにある」と語って憚らなかった。国際刑事裁判所の批准を破棄するときパウエル長官に自ら申し出て、破棄を宣言する役を果たし、「この瞬間は自分にとって最高に幸せであった一瞬である」と語っている。ブッシュ政権の弾道迎撃ミサイル制限条約の破棄でも指導的役割を果たした。また、北朝鮮の金正日を“独裁者”と決め付けたり、台湾独立を公然と支持する発言をして物議をかもしている。

ライス長官が誕生したとき、彼は国務副長官のボストを希望したが、それは果たせなかった。しかし、ライス国務長官が「大統領と私がボルトンを国連大使に選んだ」と弁解がましく語っていることから分かるように、彼はブッシュ政権の中で隠然とした影響力を保っているのである。彼は1994年に行なった演説の中で「国連ビルの10階がなくなっても何も変わらない」と語るなど、国連軽視で知られている。また「国連はアメリカの行動を規制しているだけだ」と語ったり、アナン事務総長批判を行なったりしている。ボルトンの国連大使就任は「鶏小屋に狼を放つようなもの」といわれる。彼は安全保障理事会の拡大に反対するなど国連改革をアメリカ主導で行なおうとするのは間違いない。日本の甘い期待が打ち砕かれるのは間違いない。

1つ新しい「情報」を付け加えます。ボルトンは弁護士です。彼は、法曹界の保守派組織である「フェデラリスト・ソサエティ(Federalist Society)」のメンバーでした。実は、最高裁長官に就任したロバーツも、同協会のメンバーでした。しかし、ロバーツは、その事実に関して否定していますが、彼がメンバーであったという事実は間違いないようです。フェデラリスト・ソサエティは、もともと大学院生の集まりで、リベラルな学生に対する対抗組織として誕生したものです。多くの保守派の弁護士や政治家、行政官が、この組織の属していました。同協会は、思想性はないと否定していますが、実際的にはリベラル派に対する強力な対抗組織になっていることは間違いありません。

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