中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/11/4 金曜日

グリーンスパン議長の議会証言と『世界週報』(11月8日号)寄稿の拙稿「アメリカ経済の見通し」

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11月3日、グリーンスパン議長が両委員合同経済委員会でアメリカ経済の見通しについて証言しました。かねてから、同議長はインフレ再燃の可能性を警告してきましたが、今回の証言でも同様のコメントをしています。ただ、注目される分析は、世界的なディスインフレはロシアと中国、インドの膨大な労働力が世界市場に参画したことで、労働供給が増加し、それが世界的な単位労働コストの抑制に結びついたという点です。それが、コア・インフレの上昇を抑え込んでいるのです。しかし、本抄訳では割愛しましたが、そうした新規に世界の労働市場に参集してきた国でも、やがて労働賃金の水平化が進み、ディスインフレの状況が変わってくるかもしれないと指摘し、その観点からインフレ問題を指摘している点は注目されます。また、本ブログでは私が『世界週報』(11月8日号)に寄稿した「アメリカ経済の見通し」の原稿も転載します。

グリーンスパンFRB議長の11月3日の両院合同経済委員会での演説(抄訳):

「アメリカ経済は冬場にかけてのエネルギー価格のさらなる上昇を切り抜け、総需要は再び増加している。今年の上半期の実質GDPの成長率は年率3.5%を達成、その後の夏場の経済活動も活況を呈した。原油価格がさらに上昇して高止まったにもかかわらず、8月初まで経済はかなりの成長の勢いを維持していたように思われる。またインフレ圧力は高まったままで推移した」

「ハリケーンの影響を除けば、経済指標は総需要と生産が引き続き堅調な拡大を維持していることを示している。ハリケーンとボーイング社のストライキの影響を除いて考えれば、第3四半期の生産は年率で5.25%増えた。これは第2四半期の生産の年率増加率1.25%を上回るものである」

「アメリカ経済の長期的な見通しは依然として良好である。構造的な生産性は引き続き堅調な上昇を示し、ハリケーンの復旧活動は当分の間、実質GDPを押し上げることになるだろう。しかし、インフレ見通しに関する不透明性は高まっている」

「過去10年間のアメリカと他の多くの国の低インフレと堅調な成長は、この何十年間では前例のないものであった。こうした良好なパフォーマンスの大半は、特にアメリカにおいて、新しいコンピュータや通信、ネットワーク・テクノロジーを生み出したイノベーションの目覚しい進展によってもたらされたものであり、これが生産性向上を高め、単位労働コストの上昇を抑制し、インフレ圧力を押さえ込む上で役にたった」

「過去10年以上にわたって世界経済で顕著に見られたディスインフレ(低物価上昇)に寄与したのは、ソビエトブロックの教育を受けた1億人を越える労働者が世界の開放された貿易システムに統合されたことであった。さらに最近では、中国の7億5000万人の労働力が計画経済から解き放たれたことが、さらに大きな影響を及ぼした。ロシアと中国の労働者にインドの7億5000万人の労働者が徐々に加わり、彼らが競争的な世界市場に完全に参画するようになれば、労働供給が倍増することとなるだろう。もちろん、現在の労働生産性の上昇率では、新たに競争的な世界市場に加わった労働者の半分は、せいぜい世界の産出高の4分の1を生産することになる程度だろう。教育が高まり、最先端の技術の吸収が進めば、そのシェアは確実に上昇するだろう」

「こうした事態が進展してきたことで、インフレ期待は低下し、したがって長期金利に含まれるインフレ・プレミアムは世界各国で低下した。世界の供給の拡大、それに伴うディスインフレ的圧力の高まりによって、FRBや他の中央銀行は全般的に堅調な経済成長を遂げる環境の中で物価安定を容易に達成することができた」

「インフレと金利を低く抑制する世界的な力は当分の間続くかもしれない。それにもかかわらず、各国が世界的な経済システムに統合されるスピードが、世界の単位労働コストの上昇がどの程度抑制されかどうかを決定することになる。世界経済がいつまで現在のようなダイナミックな過程に留まることができるかどうかは、未解決の問題である。今後、こうしたトレンドは各国の中央銀行が用心深く監視しなければならない」

「最後に財政赤字に関して2,3言及したい。少なくともハリケーンの襲来がある前までは、財政赤字の改善の兆しが見られた。最近、税収は大幅な増加を見せていた。個人所得税の増加、それ以上に法人所得税が大幅に増加した結果、2005会計年度の歳入は15%近くの増加を示していた。昨年、歳出の急激な増加が続いたが、財政赤字は3190億ドルにまで減少した。これは2004会計年度よりも1000億ドル以上少ない額である。しかし、短期的に財政赤字をさらに削減することは、ハリケーンの復旧関連支出を考慮すると、難しいだろう」

「ハリケーン関連を別にすれば、アメリカの財政収支ポジションは。1990年に成立した予算強制法(the Budget Enforcement Act)と同じような歳出抑制を取り戻さない限り、大幅に改善することはなさそうである。アメリカの長期的なニーズを満たすような財政戦略を考案することはさらに難しく、それを遅らせれば、さらにコストがかかるだろう。1つ確実なことは、人口構成上(ベビーブーマー)の問題を解決するためには厳しい選択をしなければならないことと、経済のパフォーマンスはその選択にかかっているということである。変えていくことは容易ではない。変化はいかなるものであれ、優先順位を決定し、重要な代替案の中でトレードオフの関係を作り出すからだ。議会は、わが国の限られた資源を求めて競合しあう関係者の要求にどうすれば最善の取り組みができるか決断しなければならない。そのためには、私たちは政策変更に伴う再配分効果だけではなく、労働供給、退職後の活動、民間貯蓄に与える広範な経済的効果についても考慮しなければならない。健全でタイムリーな行動を取ることによってもたらされる恩恵は、将来、何十年にもわたって及ぶことになる」

『世界週報』11月8日号掲載記事

(タイトル)
原油価格上昇を背景にインフレ圧力が高まる米経済
~難しい金融政策の運営を迫られるFRB~

(リード)
財政赤字と経常赤字という双子の赤字という代価を払いながらアメリカ経済は順調な回復を遂げてきた。夏場の2つのハリケーンによる景気に与える影響も軽微に留まりそうである。しかし、原油高を背景に消費者物価は急激な上昇を示している。さらに景気回復4年目で需給のボトルネックが発生、労働賃金の上昇の兆しも出てきた。生産性向上にも陰りが見られる。インフレ対策に政策の軸足を移しつつあるFRBは、厳しい政策の選択を迫られそうである。政策の選択を間違えれば、インフレの高進、金利上昇という最悪のシナリオも起こりかねない。

(本文)

(小見出し)
個人消費が支える
経済の高成長

アメリカ経済は、アキレス腱である巨額の経常赤字と財政赤字という2つの大きな爆弾を抱えながらも高成長を持続している。ただ、その先行きに新たな問題が浮上してきている。それは原油価格の高騰を背景とするインフレである。さらに景気回復4年目にはってこともあり、需給関係が逼迫する部門も見られる。インフレを押さえ込んできた労働コストの抑制、生産性の向上にもやや陰りが出始めている。また、2度にわたる大型ハリケーンの影響も懸念される。FRB(連邦準備制度理事会)も、超低金利政策から中立的なスタンスへの政策変更を進めているが、ここに来てインフレ懸念をいっそう強めつつある。
 
アメリカ経済は、2000年にITバブルが弾け、01年の春先からリセッションに陥ったが、大幅減税とFRBの超低金利政策に支えられて、リセッションは戦後最短で終わった。しかし、回復の足取りは鈍く、02年は1・6%と低成長に留まった。03年の成長率は2・7%にまで戻したが、「雇用増なき回復」といわれたように製造業での雇用減が続くなかでの重い足取りでの回復であった。だが、04年になって成長率は4・2%と一気に高まった。
成長の牽引力となったのは、低金利による“資産効果”をテコにする個人消費である。長期金利低下によって住宅ローン金利(モーゲージ金利)も大幅に下がり、家計部門は積極的に低利ローンへの借り換えを進め、月々の返済負担の軽減で可処分所得を増やした。さらに住宅需要増加に伴って住宅価格も上昇。住宅価値の増加を利用しての借り入れを増やす「ホーム・エクイティ・ローン」によって購買力を増やしてきた。雇用の伸び悩みの中で所得を補完して個人消費を刺激したのが、こうした“資産効果”であった。

景気回復が進むなかでやっと雇用増加も見られるようになり、景気がフルスピードで回復に向かったのが昨年の後半からである。今年に入っても成長の勢いは衰えを見せていない。第1四半期の成長率は3・8%を記録。第2四半期成長率はやや速度が鈍化したものの3・3%と依然として高水準を維持している。今年の成長パターンも、従来通り個人消費が原動力になっている。

第1四半期の成長率の個人消費の寄与度は2・44%であった。すなわち成長の64%は個人消費の伸びによって支えられていたのである。第2四半期も個人消費の寄与度は2・35%で、成長の70%以上は個人消費の伸びによるものであった。特に上半期は自動車メーカーが値引きなど積極的な販売活動を展開したもとも、個人消費を増やす原動力になった。

住宅関連も、昨年6月からFRBが政策金利であるフェデラル・ファンド金利を引き上げてきたにもかかわらず住宅ローン金利は低水準に留まり、新規住宅建設、中古住宅販売も好調を維持している。新築住宅の価格はやや落ち着きを取り戻しているが、中古住宅の価格は依然として上昇が続いている。8月も中古住宅の価格は前月比で15%以上も上昇している。

しかし、夏場に2つの大型ハリケーンが襲い、甚大な被害をもたらしたことで、その影響が懸念されている。これに関して、9月20日に開催されたFOMC(連邦公開市場委員会)は「経済の長期的な成長に影響を及ぼす基本的な要因はハリケーンによって影響を受けていない判断」と、マクロ経済に対する影響は軽微だと見ている。9月21日に発表されたIMF(国際通貨基金)の「ワールド・エコノミック・アウトルック」の分析も、FOMCの分析を裏付けている。ラグラム・ラジャIMF調査部長は「ハリケーンによってアメリカの下半期の経済成長は年率でわずか0・5%ポイント低下するだけだ。05年通年での影響は成長率を0・1%ポイント引き下げるに程度に留まるだろう。今年の成長率は3・5%、来年は3・3%になると予測している」と語っている。政府の復興支援の財政支出で、逆に需要が高まるとの見方さえ出ている。
ハリケーンが景気にマイナスの影響を与えるとの懸念から、FRBは金融引締政策を一時的に中断すると予想された。しかし、9月20日のFOMCでフェデラル・ファンド金利を0・25%引き上げて3・75%にすると決めた。

(小見出し)
FRBが懸念する
インフレの動向

この利上げによって、FRBが本当に警戒しているのは、原油高を背景にインフレが高進することであることが明らかになった。この1年、グリースパンFRB議長は折に触れてインフレ懸念を表明してきたが、その懸念が現実感を帯びつつある。

FRBは景気過熱を懸念し、徐々に金利を中立的な水準にまで引き上げてきた。既に昨年6月から1年3ヶ月の間に11回にわたって利上げを実施したが、FRBはまだ金利水準は依然緩和気味であるとの判断を持っている。FRBは、アメリカ経済を軟着陸させるために、さらに利上げが必要だとみているのである。

FOMCの議事録は「(8月9日に開かれた)前回の会議から今回の会議までの間にFOMCの参加者のインフレ懸念は全般的に高まっている」と報告している。さらに「特にエネルギー価格の上昇が全般的な物価上昇を高めている。その物価上昇の一部がやがてコア価格に転嫁されるかもしれない」と述べている。“コア価格”とは、変動の激しいエネルギー価格や食料品価格を除いた物価のことで、これが上昇し始めるということは、アメリカ経済が“真性インフレ”に陥ることを意味する。

もともと中央銀行はインフレに対して過剰ともいえる反応を示すものである。しかし、9月の消費者物価指数の動向は、FRBのインフレ懸念は決して口先だけのものではないことを示している。9月の消費者物価指数は前月比1・2%の上昇を示した。これは25年以来最高の上昇率である。過去3月間の累積上昇率は年率で9・4%と二桁インフレに迫る水準であった。特にエネルギー価格の上昇は大幅であった。9月の上昇率は12・0%を記録。これは7月から3ヶ月連続の上昇であり、3ヶ月の累積上昇率は年率で122・1%に達している。9月のエネルギー価格上昇の内容を見てみると、ガソリン価格は18%、天然ガスは12%、家庭暖房用灯油は約13%上昇している。これは、原油価格上昇の影響に加え、ハリケーンの影響で石油製品の供給が減ったことを反映したものである。

しかし、9月に突出した上昇を見せているものの、それ以前からエネルギー価格は着実に上昇しているおり、かりにハリケーンの被害がなくても、9月も価格は高水準の上昇を示していたのは間違いない。ただ、9月のコア価格の上昇率は0・1%に留まっており、FRBが懸念するエネルギー価格の上昇がコア価格に転嫁される最悪の事態には至っていない。
 問題は、こうした物価上昇が一過性なのか、あるいはかなり長期にわたって続くものなのかである。原油の需給状況を見る限り、原油価格が急激に落ち込むことは考えられない。むしろ心配なのは、こうした物価動向を受けて、インフレ予想が高まることである。これに関してFOMCの議事録は「エネルギー価格がインフレ圧力を強める可能性があり、インフレ予想は既に上昇の兆候を見せている」「短期のインフレ予想は急上昇し、長期のインフレ予想も徐々に高まっている」と報告している。ミシガン大学の消費者センチメント調査でも、消費者の間にインフレ期待が高まっているという結果がでている。この意味で、アメリカ経済は“危険領域”の徐々に足を踏み入れつつあるのかもしれない。

(小見出し)
高まるコスト・プッシュ
による物価上昇の懸念

エネルギー価格上昇という外的なショックと同時に、経済の需給関係から労働賃金上昇によるコスト・プッシュ・インフレの懸念も出てきている。FOMC議事録は、トラックの運転手不足し需給が逼迫していることを指摘し、「一部の産業では採用が困難になっており、賃金引上げも見られる」と報告している。今回の景気回復の初期の段階では「雇用なき回復」と言われたように、企業は新規雇用に慎重で、賃金も抑制されていた。また、生産性向上が賃金コスト上昇を十分に吸収してきた。だが、景気回復4年目に入った現在、コスト上昇圧力が着実に高まってきている。

それは単位労働コストの上昇に端的に現れている。05年第2四半期の企業の生産性向上は0・7%と極めて低水準で、過去4四半期の向上率を大きく下回った。これに対して、単位労働コストは2・6%と大きく上昇している。

FRBは、インフレに対する警戒感を強めており、年末まであと2回開かれるFOMCでさらに2度利上げを行うのは間違いないだろう。モルガンスタンレー証券のエコノミスト・リチャード・バーナー氏は「FRBは06年末までにフェデラル・ファンド金利を5%にまで引き上げる」と予測している。

問題は、FRBが想定するような“軟着陸”が可能かどうかである。今回の成長パターンは、低金利をテコに住宅投資を促進する一方、資産効果を通して個人消費を刺激するというものであった。昨年6月以来の利上げも、まだ長期金利には波及しておらず、住宅市場の好調は続いている。しかし、やっと住宅ローン金利にも上昇の兆しが見え始めている。全米不動産協会は、今年12%以上上昇した中古住宅の価格は06年には5%程度まで低下すると予想している。大手銀行のウエルズ・ファーゴのエコノミストスコット・アンダーソン氏は、住宅価格の上昇鈍化でホーム・エクイティによる家計部門の資金調達額は今年の1620億ドルから690億ドルにまで落ち込むと予想している。住宅市場はバブル状況が続いていただけに、金利上昇の影響はさらに大きいかもしれない。

さらに消費者物価の上昇で家計部門の実質所得が目減りし始めているのも、要注意である。実質週平均賃金は7月以降マイナスになっており、9月は1・2%と大幅な減少となった。これは90年代に入って最大の落ち込みである。

インフレ抑制に軸足を移しつつあるFRBは、極めて厳しい政策の選択を迫られることになるだろう。インフレを抑制するために利上げを続ければ、遠からず住宅市場に影響が出て、従来の回復パターンが崩れてくる可能がある。しかし、インフレを放置すれば、実質所得の目減りで個人消費に影響が出てくると予想されるうえ、為替市場でドル安を誘引し、最終的にはさらに大幅な利上げを迫られるかもしれない。いずれも景気回復をささえた好循環が一転して逆循環を引き起こすかもしれない。この1年がFRBの金融政策にとって正念場になることは間違いない。

1件のコメント

  1. 世界週報の記事は拝見しております。今後もFEDは注目されますね。バーンナンキは以前から注目してますが、透明性と指導力が問われ、BUSH政権が揺れる中、2月は米国債入札もありうまくスタートを切れるか課題は多いのですが。

    コメント by 星の王子様 — 2005年11月10日 @ 06:03

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