中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/11/24 木曜日

孤立主義の傾向を強めるアメリカ国民:最新の世論調査の結果を分析する

Filed under: - nakaoka @ 12:16

数週間にわたって新しい記事をブログにアップすることができませんでした。この1ヶ月、仕事に追われ、時間的にも、気分的にも、ブログ用の原稿を書く余裕がありませんでした。やっと一息つけたので、最新の情報分析を書くことにします。今回は、アメリカ国民がイラク戦争に対する苛立ちから孤立主義的なセンチメントに傾きつつあるという世論調査の結果を紹介することにします。

アメリカの歴史を学んだことがある人なら誰でも“モンロー主義”という言葉を知っていると思います。その厳格な解釈は別にして、“モンロー主義”は孤立主義という意味合いで使われており、アメリカの外交政策を理解する上で役に立つ考え方です。それは、アメリカは自国に直接的な脅威が存在しない限り、国際問題に直接関与すべきではないという考え方です。“モンロー主義”はジェームズ・モンロー大統領が取った外交政策から生まれた言葉ですが、彼が大統領だったのは1817年から25年で、まだアメリカの国家の基盤が十分に成立していない時期でした。ですから、“モンロー主義”というのは一面で、欧州列強からの北米大陸への介入を阻止するための政策でもあり、同時にまだアメリカが国際的な介入をするだけの余裕のなかった当時の政策です。しかし、それがアメリカの外交政策の1つの基本になっていきます。モンロー主義の対極にあるのが、“ウィルソン主義”ともいえる考え方で、アメリカの国際的な役割を強調する外交政策です。それはウードロー・ウイルソン大統領(1913年から21年)の外交政策で、彼は国際連盟の創設を提唱しています。ただ、国際連盟はウィルソン大統領の提唱で発足したものの、アメリカ議会はアメリカの加入を承認しませんでした。いわば、モンロー主義とウィルソン主義が真正面からぶつかったのです。

戦後、アメリカ国民のセンチメントが大きく孤立主義に傾いた時期があります。それは、まずベトナム戦争が終ったときと、冷戦が終ったときです。ベトナム戦争はアメリカにとって最初の戦争での敗北であり、多くのアメリカ人に深刻なトラウマをもたらしました。それが、アメリカ人のセンチメントを孤立主義に向かわせたのは十分に理解できるところです。もう1つの冷戦の終結後の孤立主義のセンチメントの高まりも、ベトナム戦争とは違った意味で、国際的なアメリカの役割が終ったという意味で、多くのアメリカ人が国内指向になった結果です。

しかし、そうした孤立主義が大きく後退したのが、9月11日の連続テロ事件後です。これをキッカケイに“世界の民主化”あるいは”世界のアメリカ化“を主張するネオコンの外交戦略が支持されるようになり、ブッシュ政権の外交政策に大きな変化をもたらします。ネオコンの冷戦後の世界戦略は湾岸戦争当時から主張されていたものですが、90年代は民主党のクリントン政権時代が続いたこともあり、あまり支持されませんでした。しかし、連続テロ事件はアメリカ国民の意識を外に向かせ、積極的な国際政治への介入を主張するネオコンの主張が、反テロ政策と重なって、大きな影響力を持ち始めたのです。しかし、9月5日から10月31日にかけて行なわれたPew Research Centerの調査結果では、アメリカ国民のセンチメントは再び”孤立主義“に大きく傾きかけていることが明らかになりました。

同調査の結果を紹介する前に、アメリカの外交政策をジャーナリストのJohn B. Judisの理論をベースに整理しておきます。彼は、アメリカの外交政策には4つのパターンがあると主張しています。(1)リベラル国際主義(liberal internationalism)、(2)ネオコンサーバティズム(Neoconservatism)、(3)ビジネス孤立主義(Business isolationism)、(4)ポピュリスト孤立主義(Populist isolationism)の4つです。

リベラル国際主義は、ウィルソン大統領の外交政策に代表される考え方で、同盟関係や国際機関を通してアメリカの指導力を発揮するという政策です。また、同時に自由貿易を支持する政策でもあります。ネオコンの外交政策は、アメリカの指導力を強調する点ではリベラル・インターナショナリズムと共通していますが、政策手法としては同盟関係や国際機関との協調を軸にするのではなく、アメリカ単独、あるいはアドホックな同盟関係を通して出世界の“民主化”を主張しているのが特徴です。このことから、この外交政策は“ユニラテラリズム”と呼ばれることもあります。さらに付け加えれば、ネオコンの思想は主に中東を軸に展開されているのが特徴で、これはネオコンの論者の多くがユダヤ系アメリカ人であることと、無関係ではありません。通商問題に関してはあまり発言していません。

ビジネス孤立主義は、Judisによれば、その起源は20年代のまで遡ることができるそうです。また、90年代の共和党や2000年当時のブッシュ大統領の外交政策の基本でした。これは、アメリカに直接的な脅威がない限り、国際問題に関与しないという政策です。ブッシュ政権の外交政策はネオコン的ですが、当初からそうではありませんでした。まだ大統領に当選していない2000年1月にブッシュは「アメリカの戦略的な利害関係がない限り、民族浄化や大量殺戮を行なっている国にアメリカは軍隊を送るべきではない」と主張しています。彼は基本的に外交音痴でした。政権発足当初も、ネオコンの主張と対立しています。が、連続テロ事件以降、ブッシュ政権はネオコンの外交政策を採用するようになっていきます。ただ、外交政策に関しては孤立主義ですが、通商政策では自由貿易を主張しています。移民政策に対しても、比較的リベラルな発想をしています。

最後のポピュリスト孤立主義も、その起源は20年代に遡ることができるそうです。これも、他国のことは他国の政府に任せておくべきだという考え方です。“ポピュリスト”あるいは“ポピュリズム”というのはなかなか訳しにくい言葉です。辞書的では“大衆主義”と訳されています。エリート主義に対する“大衆主義”あるいは、一般の国民といった意味合いで理解すればいいと思います。この考え方の外交政策は、アメリカにとって直接的な脅威でない限り、国際的な問題に関与しないという考え方ですが、他の孤立主義よりも一般的な国民のセンチメントを反映したものです。こうした考え方を代表するのが、大富豪で大統領選挙に立候補したこともあるロス・ペローや、伝統的な保守主義者であるパット・ブキャナンなどです。ブキャナンは冷戦後終ったあと、海外のアメリカ軍の撤退を主張したり、湾岸戦争はイスラエルとネオコンの陰謀であるなどと主張した人物です。また、彼らは自由貿易に反対し、移民規制を主張しています。したがって、この孤立主義は、モンロー主義に近いかもしれません。

こうした理論的な枠組みを頭にいれて、先の世論調査を見てみます。1964年に行なわれた同じ調査では、「アメリカは国際問題に介入すべきではなく、他国に任せておけばいい」という意見に賛成したのは18%にすぎず、70%が反対と答えています。要するに孤立主義は少数派でした。しかし、95年では賛成と答えた比率は41%にまで上昇しています。しかし、2001年の連続テロ事件以降、孤立主義に賛成している比率は30%にまで低下します。テロを撲滅するたにアメリカはもっと積極的に外交政策を展開すべきであるという主張が支持されたのです。しかし、今回の調査では、孤立主義を支持する比率は42%とベトナム戦争後の水準にまで高まっています。これはイラク戦争に対する苛立ちを反映しているものと考えられます。

同調査報告は「アメリカのオピニオンリーダーも、また一般国民も、世界におけるアメリカの役割に対して疑問を抱くようになっている」と指摘しています。さらに、「他の国に民主主義を広めるという目標は支持を失っている」と、ネオコン的な外交政策が支持を失いつつあると分析しています。また、「大半のオピニオンリーダーは中東民主化を主張するブッシュ政権の外交政策は良い政策であると思っているが、実際に成功すると考えている人は少数である」と指摘しています。そして「イラク戦争はアメリカの影響力を弱め、一般国民の間に孤立主義のセンチメントを復活させる結果となっている」と分析しています。

イラク戦争の見通しに関しては、それでも「一般の人々」の56%が成功すると考えています。失敗すると考えている割合は37%です。しかし、オピニオンリーダーの中の「メディア関係者」の63%は失敗すると答え、成功すると答えた割合は33%にすぎません。また「外交関係者」の71%が失敗する、28%が成功すると答えています。「学者やシンクタンク」は失敗が71%、成功が27%です。ただ、「軍事関係者」の64%が成功する、32%が失敗すると答えています。また注目されるのは、「イラクの将来」に対する回答です。オピニオンリーダーの40%が、イラクは最終的にシイア、スンニ、クルドを代表する3つの国に分裂すると考えています。

また、国連に対する評価も大きく変わってきています。4年前は国連を評価する割合は77%でしたが、今回の調査では48%にまで低下しています。

また中国に関する意見も大きく変わってきています。4年前、「中国がアメリカにとって深刻な脅威である(敵対国)」と答えた割合は32%でしたが、今回の調査では16%と半分にまで低下しています。「敵対国ではないが深刻な問題国である」と答えたのは45%です。「それほど問題ではない」が、30%です。オピニオンリーダーでは、「メディア」の18%が「中国は敵対国」であると答えています。ただ、興味深いのは「軍事関係者」で「中国が敵対国」であると答えたのはわずか4%にすぎません。彼らのほうが現実的なのかもしれません。また「深刻な問題」が79%、「それほど問題ではない」が13%となっています。「安全保障関係者」では、「中国は敵対国である」と答えたのがわずか5%、「深刻な問題である」と答えたのが67%、「それほど問題ではない」が、26%となっています。同調査では「多くの影響力ある人々は、将来中国はアメリカにとってますます重要な同盟国になるだろうと予想している」と指摘しています。

私の個人的な経験から言えば、アメリカと中国には一種の“親和力”が存在するように思われます。気質も、考え方も非常に近いものがあります。日米の間にはそうした“親和力”は存在しないのではないでしょうか。そうした“親和力”が外交政策にどれだけ影響を及ぼすか判断するのは難しいですが、米中が将来“同盟国”になる可能性は非常に大きいと思います。小泉政権の外交政策は、アメリカとの同盟関係を強化することで、対中国政策を構築しようとしているようですが、アメリカの対中政策は将来大きく変わる可能性があります。そうした可能性を、少なくとも今の政府の外交担当者は外交政策の重要なファクターと考えていないようです。

最後に来年、アメリカでは中間選挙が行なわれます。ブッシュ大統領の支持率は大きく低下しています。また、こうした孤立主義のセンチメントの高まりも、選挙結果に大きな影響を与えると予想されます。1992年の大統領選挙では、ブッシュ大統領(父)が湾岸戦争での大勝利にもかかわらず、クリントンに敗北しました。そのときの選挙民の反応は、ブッシュ大統領はアメリカの国際的な指導力に関心を払いすぎているというものでした。来年の中間選挙では、共和党候補はブッシュ政権の外交政策と距離を置き始めるかもしれません。そうなれば、共和党は大きく分裂する可能性も出てきます。これから本ブログでも、中間選挙に向けた分析を取り上げていくつもりです。

5件のコメント

  1. 米中の親和性
     気になったので、簡単に考察。  前提として、アメリカの識者は、歴史的な条件も踏まえて(又、ソフトパワー的な文化発信力、華僑ネットワークに代表される人脈、その他影響力を…

    トラックバック by iMac G5プレゼントキャンペーン用日記 — 2005年11月25日 @ 07:37

  2. 小泉首相のアジア外交軽視のつけ
    さてさて、ブッシュ大統領様様と日米同盟の更なる強化を誓い合って大喜びの小泉首相だが・・・

    <靖国参拝反対で連携 胡主席と盧大統領>

     【ソウル16日共同】中国の胡錦濤…

    トラックバック by トンデモ思想、発言を討て!! — 2005年11月29日 @ 18:03

  3. 小泉首相がアメリカは偉大だ日本はアジアの孤児だが
    アメリカは世界の孤児だという風刺漫画を見変かけましたが、ドイツとの関係改善強化を米独ともに求めており状況は変化しつつあるとも感じていますが。
    共和党からまた不祥事が出ましたし、アメリカ 国民に外に目を向けるように動くのでしょうね。

    コメント by 星の王子様 — 2005年11月30日 @ 02:58

  4. ブッシュ(父)とクリントンのビミョーな関係

    When Opposites Attract
    タイム誌はふたりの元大統領を写真におさめていました。クリントン前大統領は、1992年、戦後生まれの初の大統領として、ブッシュ(父)元大統領を破りま…

    トラックバック by TIME ガイダンス-Scanworld-ホンモノで学ぶ、英語を学ぶきっかけ探し — 2005年12月28日 @ 06:50

  5. アメリカの自縛。
    1ガロン=3.5ドルのガソリンは、アメリカ人にとって増税と同じこと。そのおかげで儲かっているのが大統領のお友達のテキサスの石油会社なのですから、支持率が落ちるのも当然です。…

    トラックバック by Espresso Diary@信州松本 — 2006年4月30日 @ 00:06

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