中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/2/5 日曜日

バーナンキFRB新議長への書簡:ロバート・ライシュ元労働長官のアドバイス

Filed under: - nakaoka @ 11:13

私が1981年から82年にハーバード大学のケネディ行政大学院に所属していたとき、取ったクラスがあります。それは「日米産業政策比較論」で、エズラ・ボーゲル教授とロバート・ライシュ教授の共同授業でした。同じクラスを取っていた日本人学生に自民党の塩崎議員などがいました。日本に帰国後も、ライシュ教授が来日するたびに、同窓生が集まって食事などをしていたものです。彼は、その後、クリントン政権の労働長官に就任します。クリントンとライシュはローズ奨学金で一緒にロンドンに留学した仲間でした。ライシュ教授は小柄で、腰を痛めており、何本もボルトで骨を支えている状況でしたが、クリントン政権の中でそれなりの存在感をしめしていました。彼はクリントン政権を去った後、ハーバード大学に戻らず、ブライダイス大学で教職に就いています。彼は情報経済に関する興味深い本を何冊も書いています。今でも伝統的なリベラル派の人物です。彼が、バーナンキFRB新議長に「書簡」を送っています。以下、その要約です。

FRB議長就任、おめでとうございます。今、あなたはアメリカ経済で最も強力な人物になったのです。あなたに、どう職務を全うすべきか忠告するのは、僭越だと思います。が、以下で、私の考えをお伝えします。

まず、”投機的バブル”についてあまり心配することはないです。常にどこかのセクターで”根拠なき狂乱”(注:これはグリーンスパン前議長がアメリカの株高を批判した有名な言葉です)は起こるものであり(たとえば住宅バブル)、だからといって金利を引上げ、経済成長にブレーキをかけなければならないということではありません。投機家を彼らの愚さから守るのは、あなたの責任ではありません。

債券市場のトレーダーが望んでいることに注意を払う必要はありません。彼らを幸せにする必要はないからです(注:グリーンスパン前議長は、株価が下がると金利を引き下げて、価格支持を行ないました。その結果、投資家は株価下落を心配しないで、投資ができたとの指摘もあります。要するに、グリーンスパンの金融政策は市場で一種のモラル・ハザードを招いたのかもしれません)。あるいは、長期金利が短期金利と同じか、低いかについて思い煩う必要はありません(注:現在、アメリカの長短金利はほぼ同水準です。この長短金利差を示したものを”イールド曲線”といいます。通常の状況では短期金利が長期金利よりも低いので、イールド曲線は右上がりの形状になります。縦軸に金利、横軸に期間を取ります。現在は水平の形状になっており、経済理論では、これはリセッションの前兆であるとの説明が行なわれることがあります)。

また、インフレ率をゼロにしようとしては駄目です。それは経済的な災害をもたらす処方です。なぜなら、インフレをゼロにするには金利を高水準にまで引上げなければならず、その結果、すべてが悲鳴をあげて停滞してしまうでしょう。FOMC(連邦公開市場委員会ー金融政策を決定する組織)のあなたの同僚のうちの数人が、ゼロインフレを主張するかもしれませんが、そうした人は無視してください。少しばかりのインフレがあるのは、自然なことなのです。

政策の目標として特定のインフレの水準を目標にする努力はしないでください(注:バーナンキ議長は有名な”インフレ目標論者です)。現実は、(アラジンの魔法の瓶のように)ある水準になると瓶の中から突然姿を現す”インフレ魔人”は存在しないのです。要するにインフレの”tipping point”は存在しないのです。インフレは2~3%の妥当な水準に維持すればいいのです。しかし、もしインフレが頭をもたげてきたら、断固たる態度を取ってください。

消費者や経営者が劇的に物を買い始めても、投資を始めても、心配することはないです。経済に生産余力が残っている限り、インフレは抑制されるものです。経済の生産力が完全に利用されるまで、金利を低水準に維持すべきです。

連邦財政赤字は問題です。財政赤字がインフレに及ぼす潜在的な影響について心配すべきです。しかし、財政赤字がすべて悪というわけではありません。もし政府が教育や基礎研究、開発、必要なインフラ、子供たちの健康維持のために投資するために赤字を累積させるのなら、それは心配する理由にはなりません。こうした赤字は、将来の生産能力を高めることになるからです。したがって、インフレの危険性を低めることになります。

最後に、ベン、私はあなたに言わなければならないことがあります。あなたの責任は、インフレと戦うことだけではありません。失業をできるだけ低水準に維持することも、あなたの責任です。私は経済学についてだけ語っているのではありません。あなたがすることは、公平でなければなりません。

インフレと戦うために金利を引上げれば、その戦いに引き込まれる最初の人々は労働者や貧しい人々です。なぜなら、彼らは雇用の最下層にいる人々だからです。あなたが経済にブレーキをかければ、彼らが初に解雇されるのです。経済が回復しても、彼らは最後に雇用される人々です。あなたがすることは、ワシントンで策定されるいかなる政策よりも、アメリカの貧しい人々に深刻な影響を及ぼすのです。どうか、労働者や貧困者を忘れないでください。

以上がライシュの「書簡」で「American Prospect」に掲載されたものです。バーナンキは共和党員です。ただ、私がバーナンキ論(この前のブログ)に書いたように、彼は強硬は、あるいはクールマインドの共和党保守派の人物ではないようです。インフレ抑制を強力に主張していますが、雇用問題にも重視する人物で、インフレさえ抑制すれば、経済の活力を維持し、発揮できるとは考えていないようです。2年前、ノースカロライナで労働者を前に行なった演説で、企業の海外移転で失業した労働者を守るべきだと主張しています。また、年金制度、健康保険制度などを整備することで、失業した労働者を守ることができると主張しています。

ブッシュ大統領がバーナンキをFRB議長に選んだのは、彼がインフレ・タカ派ではないからだといわれています。すなわち、インフレと同時に雇用を重視する人物であるということです。政治家にとって、一番怖いのは選挙です。選挙で勝つためには、選挙のある年に景気を良くする必要があります。ですから、政府は常に中央銀行に低金利を求める傾向があります。また、現実に選挙の年に景気は良くなる傾向があります。これを「政治的景気循環(political cycle)」と説明する学者もいます。

ハンフリー・ホーキンス法で、FRBは年に2回(2月と7月)、議会に「金融政策報告」を提出しなければなりません。2月17日に、同報告に基づいて、バーナンキ議長は議会で証言します。それが、彼の公的な場でのデビューになります。今後のアメリカの金融政策を見る際に、バーナンキの思想も重要なファクターになるでしょう。また、ライシュの主張する議論は、最近ではあまり人気がありませんが、リベラル派の代表的な議論なのです。

グリーンスパン議長のもとで副議長を務めたアラン・ブラインダーは『ウォーム・ハート、クール・マインド』(冷静な頭脳と暖かい心)という本を書いています。私が記憶する限り「warm heart, cool mind」という表現は、ケインズの師匠アルフレッド・マーシャルの言葉だったと記憶しています(間違っていたら指摘してください)。もともと経済学は「政治経済学(poitical economy)」だったのですが、いつしか「economics」と「数学(mathematics)」や「物理学(physics)」などの自然科学と同じように最後に「s」をつけて表現されるようになりました。でも、経済学は自然科学ではありません。最後は価値観や歴史観が重要になってきます。しかし、最近の経済学者は「クール・ヘッド」ばかりで、「ウォーム・ハート」が感じられません。

ライシュは、バーナンキに”暖かい心”をもって金融政策を行なうようにアドバイスしているのです。

3件のコメント

  1. 失業手当を当てにせず自分でたっぷり生活費を稼ぐ方法
    失業給付をもらってどうのこうの、という話は特に就職難の昨今あちこちにあふれている。「失業保険」でどれくらい食っていけるか、なんていう話もまことしやかに語られたり教えられたりするほどだ。しかし・・・

    トラックバック by 情報起業・儲かるブログニュース — 2006年4月5日 @ 17:19

  2. 失業手当を当てにせず自分でたっぷり生活費を稼ぐ方法
    失業給付をもらってどうのこうの、という話は特に就職難の昨今あちこちにあふれている。「失業保険」でどれくらい食っていけるか、なんていう話もまことしやかに語られたり教えられたりするほどだ。しかし・・・

    トラックバック by 情報起業・儲かるブログニュース — 2006年4月5日 @ 17:20

  3. 風邪ひきました(( _ ))
    しばらく風邪でダウンでした。というのも4月中旬なのに結構寒い日があったので・・・。冬は風邪ひかなかったのにな。。。

    トラックバック by いちご狩りからくだもの狩りまで — 2006年4月17日 @ 01:57

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