中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/5/21 日曜日

人民元の為替相場、貿易不均衡を巡る米中対立の構造

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最近の米中の貿易不均衡や為替相場を巡り議論を見ていると、まるで1980年代の日米関係の再演のような気がします。ただ、決定的に違っていることが1つあります。日本は経済成長の過程で外資の直接投資を抑制してきましたが、中国は外資の直接投資を積極的に利用することで経済成長を実現してきました。したがって、70年代、80年代の日米関係と比べると米中の経済的依存関係ははるかに深いということです。アメリカは一方的に日本に圧力を加えました。そうした強硬策によって、アメリカが返り血を浴びる可能性は小さかったからです。しかし、現在の米中関係を見ると、多くの米系企業がアウトソーシングのために中国で生産を行い、それをアメリカに輸出しています。そうした構造を考えると、アメリカは一方的に中国に対して課徴金を課したり、大幅な元高を要求しにくい立場にあります。そのロジックは、本稿の中で説明しておきました。最近、議会の証言でスノー財務長官は「中国に圧力を加えるのは賢明な政策ではない」と述べていますが、この発言はこうした米中依存関係を意識してのことだと思います。本記事は4月末に時事通信の「金融財政」向けに書いた記事です。内容的には、今でも有効ですが、本記事の中で議会への為替政策報告で「中国を為替操作国」に指定する可能性が強いと書きましたが、財務省は指定しませんでした。なお、私は、ライブドアの「動画ニュース、ライブ!」で木曜にレギュラー・コメンテーターとして登場しています。番組は木曜の7時半から始まります。ぜひご覧ください。

譲歩を勝ち取れなかったブッシュ

ブッシュ米大統領と胡錦濤中国国家主席の会談は、最初からそれぞれの思惑違いで始まった。11月に中間選挙を控え、支持率低迷が著しいブッシュ大統領にとって、為替相場や通商問題で中国から譲歩を勝ち取ることは急務であった。だが、中国は最初から為替問題や通商問題で譲歩する気はまったくなかった。首脳会談でブッシュ大統領が「為替相場の弾力化」を要求したのに対して、胡主席は「中国は為替制度の改善に引き続き努力をしている」と原則論を語っただけで、ブッシュ大統領に対して具体的なコミットメントをする気配はまったくなかった。ホワイトハウスでの首脳会談の後に開催されて経済界の代表者との会合でも、胡主席は為替問題に一言も触れることはなかった。

中国側の狙いは、アメリカにおける中国のイメージを改善することであった。米中友好関係を謳いあげ、産業界にさらに対中投資を促すことが最大の目的であった。ホワイトハウスで開催されたランチョンの席での演説で胡主席は「友人」「友情」という言葉を七回も使い、両国の関係が良好であることを強調したのも、そうした意図があったからだ。

胡主席の産業界への気配りは、なみなみならぬものがあった。まず、主席の訪米に先立って中国政府は中国製のPCに搭載されるOSソフトはライセンスを得たものでなければならないと決定し、さらに中国のPCメーカーの大手三社は向こう三年でマイクロソフト社のソフトを一四億ドル購入すると発表したのである。そして胡主席がアメリカで最初に訪問したのはマイクロソフト社であり、同社のビル・ゲーツ会長の私邸での晩餐会に出席するというパフォーマンスも演じてみせた。マイクロソフト社に続いて、大量の航空機を発注したボーイング社にも足を運んでいる。産業団体が主催する晩餐会には、アメリカを代表する企業のトップが列をなして出席するなど、アメリカ企業の中国市場に対する熱い思いだけが際立っていた。

エール大学を訪れた胡主席は、「イデオロギー的な障害と偏見が両国の関係を妨げてはならない」と語り、さらに「中国は他の国の政治的なモデルを単に模倣することはない」と、アメリカの中国の人権問題などに対する民主化要求を退けた。同主席は、為替相場に関しては「基本的に安定的で適応的かつ均衡水準で調整する」と、急激な為替調整を否定している。今回の首脳会談では胡主席のパフォーマンスばかりが目立ち、ブッシュ大統領の影は薄かった。こうした状況をアメリカの有力紙『シカゴ・サン・タイムズ』紙は「ブッシュは中国との通商交渉でまったく無力」と題する記事を掲載し、「ブッシュは世界の唯一の超大国の指導者であるが、まったく交渉力を発揮することができなかった」とさえ評論している。

しかし、これによって米中経済問題はさらに複雑な様相を呈することになるだろう。財務省は5月初めに議会に対して各国の為替政策に関する報告書を提出する予定になっている。おそらく報告書の中で中国を「カレンシー・マニュピュレーター(為替を操作している国)」と認定するものと予想される。それによって、アメリカ政府は通貨問題を再び米中の外交課題に取り上げようとしてこよう。また、議会でも中国に対する保護主義的な法案を提出する動きがあり、中間選挙が近づくにしたがって、両国の緊張がさらに高まってくると予想される。

アメリカ政府の対中政策の変化

為替問題に関するアメリカの中国に対する政策は、紆余曲折があった。ブッシュ政権は、当初から中国が意図的に元相場を操作しているとの立場を取っていたわけではなかった。2003年10月に「共同技術協力プログラム」を締結し、アメリカの技術支援の下に中国の金融市場の改革を進めることで為替問題の解決を図ろうとしていた。しかし、膨れ上がる貿易赤字を前にブッシュ政権は政策転換を行う。05年4月に開催されたG7の席でスノー財務長官は「中国はもっと弾力的な為替相場を採用すべきである」と述べ、従来よりも厳しい対中政策へと転換していく。さらにスノー発言を受けて、同年5月に財務省は議会に提出した世界各国の為替政策に関する報告書の中で、中国のドルにペッグした為替制度は「世界の市場を大幅にゆがめている」と指摘し、「中国はもっと弾力的な為替制度に移行すべきである」と中国政府に政策の変更を促した。

こうしたアメリカ政府の政策の変更を受け、中国政府は同年7月にドル・ペッグ制からバスケット方式に移行し、元をドルに対して2・1%切り上げた。この元相場切り上げによって財務省は同年12月に議会に提出した報告書の中で「中国政府は為替相場を市場で決定し、相場の弾力性を高めると約束した」として、為替操作を行っている国から除外したのである。

だが、こうした動きにもかからず、議会は中国の為替政策とブッシュ政権の対応に対して批判的な姿勢を強めいった。特に昨年7月の切り上げ以降、元の対ドル相場はわずか1・2%しか上昇していないうえ、貿易赤字がさらに拡大したこともあって、ブッシュ政権に対する産業界からの圧力が急速に高まっていった。

米中首脳会談と時を合わせるようにワシントンで開催されたG7は、「国際的な不均衡の“是正に必要な調整”を行うために為替相場のより大きな弾力化を進めることは経常黒字を抱える国、特に中国にとって好ましい」という声明を発表し、米中首脳会談でブッシュ大統領の援護射撃を行った。アダムズ財務次官は、「G7の支援を歓迎する」と語るなど、中国包囲網を作り上げる動きも見られた。だが、G7の声明に対して中国人民銀国の周小川総裁はIMFの運営委員会で「各国はそれぞれ自国の経済発展と一致する為替制度を選択する権利がある」と、G7の要求を退ける発言を行っている。米中首脳会談の背後で、米中の間で熾烈な通貨外交が展開されていたのである。

なぜ中国は元の切り上げに抵抗するのか

なぜ中国はアメリカやG7の圧力にもかかわらず、頑ななまでに元相場の切り上げに拒絶反応を示すのであろうか。おそらく、その背景には二つの事柄があると予想される。一つは97年のタイから始まったアジア金融危機の教訓であり、もう一つは急激な円高による日本経済の経験であろう。中国政府は、アジア金融危機は各国が国内の金融制度が未整備のまま為替制度の自由化に走った結果であると考えている。中国の金融制度はまだ十分に整備されているとはいえず、銀行も多くの経営問題や不良債権を抱えている。そんな状況で為替制度の自由化を進めれば、国内金融に大きな混乱を招くことを懸念しているのである。また、日本がアメリカの圧力の下に急激な円高を強いられ、多大な調整コストを支払わされた苦い経験をしたことも、中国にとって教訓となっている。しかし、中国政府は、タイムテーブルは明らかにしていないが、最終的に変動相場制に移行することには同意している。ただ、国内体制が整っていないのに急激に変動相場制に移行すると経済に大きな混乱を招く恐れがあるとの判断から、“緩やかな”移行を主張しているのである。

中国政府がアメリカの支援の下に金融制度改革を進めようとしているのも、そうした判断があるからだろう。米中首脳会談が終わった直後、ワシントンで「共同技術協力プログラム」に基づいて両国の金融専門家の会合が開かれている。米中両国政府は表立った通貨外交を展開すると同時に、変動相場制移行の前提条件となる中国の金融制度の整備に向けて着実に実務家レベルの協力を進めているのである。

為替政策は国内政策と関連する

遠からず中国は為替相場の自由化に踏み切らなければならないだろう。それはアメリカ政府の圧力だけではなく、国内経済を運営する上でも為替相場の自由化は避けられなくなってきている。中国の第1四半期の成長率は10・2%を記録、景気加熱は明らかである。景気加熱の大きな要因の一つは、元相場を維持するために市場介入を行った結果、通貨供給量が大幅に増加していることだ。3月の通貨供給量は前年同月比約19%増と、政府目標の16%を大きく上回った。政府は債券を発行して銀行に買わせることで資金を吸収する「不胎化政策」をとっているが焼け石に水で、過剰流動性を吸収できないでいる。過剰資金を抱えた銀行は、貸し出し競争に走っている。それが資産バブルを誘発し、銀行の不良債権を増やす結果になると懸念する声も出てきている。

貿易黒字と大量のホットマネーの流入で、中国の外貨準備は急増している。外貨準備は3月だけで214億ドル増えて、8751億ドルに達している。毎年、外貨準備は2000億ドル・ペースで増加しており、1兆ドルに達するのもそれほど遠い将来ではないだろう。とすると、現在のように為替相場制度を維持する限り、今後も大量の通貨が供給されることになる。為替相場の自由化を進めないままに、景気過熱を抑制するために金融引き締めを行えば、逆に大量の投機的なホットマネーが大量に流入してこよう。

為替調整が遅れれば、それだけ調整コストが高くなる可能性もある。市場では中国政府の慎重な発言にもかかわらず、元相場の調整は予想よりも早く進むのではないかとの見方も出てきている。国内の金融制度改革との絡みもあり、中国政府は難しい政策の選択を迫られることになるだろう。

決め手にかけるアメリカの政策

アメリカでは中国との貿易不均衡は、既に大きな政治問題となっている。中国の為替政策を批判する政治家や経営者は、元相場がドルに対して過小評価されていることが原因であると主張している。様々な推計があるが、過小評価幅は40%程度というのが一般的な見方となっている。議会ではシューマー上院議員などが中国製品に対して27・5%の高率関税を課す法案を提案している。今回の首脳会談でブッシュ大統領が胡主席から具体的な譲歩を勝ち取れなかったことで議会の保護主義の動きは一気に高まり、保護主義的な法案の本格的な審議も始まるだろう。アメリカの対中貿易赤字拡大が、さらに保護主義的な動きに油を注ぐことになるだろう。対中国貿易収支は90年に初めて104億ドルの赤字となった後、赤字幅は確実に増加。00年に1000億台に乗り、05年には2016億ドルにまで膨らんでいる。

ただ80年代に日米貿易不均衡問題で議論され、事実によって裏付けられたように、為替相場の調整が貿易不均衡の是正に及ぼす効果は極めて限られたものである。スタンフォード大学のロナルド・マッキノン教授は『ウォールストリート・ジャーナル』紙(4月20日付)に寄稿した論文で、中国の為替政策は「国内の金融の安定を確保するのが目的であり輸出を促進する重商主義的な政策ではない」、「米中の貿易不均衡は両国の貯蓄率の差が原因である」と指摘している。議員は、こうした分析を無視し、元安は中国政府の実質的な輸出補助金であるとし、それを相殺するために、高率な関税を課す必要があると主張している。

米中貿易の内容を見ると、保護主義的な高率関税はまったく意味がないことが分かる。中国の輸出の約60%は外資系企業によって行われている。要するに多くの外資系企業は中国で生産した部品などを本国に輸出しているのである。アメリカの場合、中国からの輸入品で最大のものはコンピュータ部品であり、05年の輸入額は355億ドルに達している。01年から05年の5年間に輸入額は実に3・3倍以上増えている。また、通信機器も同じ期間に3・5倍も増えている。こうした輸入品に高率関税をかけることは、アメリカ企業にとってコスト高を招き、競争力を削ぐ結果となる。冷静に考えれば、高率関税の適用は貿易不均衡の解消にとって意味がないだけでなく、むしろ弊害をもたらすものなのである。

また、なんらかの形で輸入制限をすれば、おそらく中国は報復措置を取ってこよう。たとえば、中国政府は05年1月にボーイング787を60機購入する契約を結び、さらに8月に42機を追加注文している。報復措置として、こうした注文がキャンセルされる可能性も否定できない。とすると、アメリカにとって貿易不均衡是正を迫る手段はほとんどないのである。しかも、中国がWTOに加盟した現在、アメリカ政府は一方的な制裁措置を講ずることもできなくなっている。もしアメリカ政府が一方的な制裁措置を講ずれば中国は逆にWTOに提訴してこよう。

言い換えれば、アメリカ政府にとって通貨・通商交渉で中国に譲歩を迫るような“切り札”はないのである。中国が経済政策の必要性から自ら為替調整を行うか、輸出と投資主導の経済成長から個人消費を主体とした内需主導の成長政策に転換するのを待つしかない。通貨・貿易問題は喉に刺さった骨のように、解決の手段がないまま米中にとって不愉快な問題として残っていきそうである。

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