中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/5/29 月曜日

原油価格急騰で復活する“オイル・ポリティックス”と資源ナショナリズム

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市況を予測するのは難しいものです。本ブログでも為替相場や株式相場の見通しを何度も書いています。数ヶ月の単位で見ればかなり高い確度で予想が当たっていると思いますが、市場を取ります環境は大きく動きます。市場を予測する際に重要なことは、状況の変化に対応してどうシナリオを書き直すかです。ただ、もう1つの考え方は、”理路整然”と間違うことでしょう。私の尊敬するモルガンスタンレー証券のチーフ・エコノミストのスチーブン・ローチ氏は、”理路整然”と間違う代表的なエコノミストです。しかし、彼は最も人気のあるエコノミストで、多くの人は彼の理論に耳を傾けます。当たる当たらないということは大切なことでしょうが、どういう理論で現実を理解しているかが、それ以上に重要なのでしょう。今、大学で「経済学概論」を教えていますが、改めて、そんな思いを強くしています。今回は、原油価格に関連する議論です。1バレル=100ドル説もあり、本ブログはそれをベースに議論を展開しています。目先の市況予測ではなく、こうした考え方もあるという見方で読んでください。(タイトル)

5月14日、ヨルダンの首都アンマンで開催されたアラブ・エネルギー会議の席上、カタールのアブダラ・アルアティヤ石油相は、「原油価格は需給状況ではなく、政治的な要因によって決まっている」と発言し、会議参加者の注目を浴びた。同相は「原油価格は短期的にも、中期的にも今後とも安定しないだろう。なぜなら価格は政治的要因の影響を受けて上昇したり、下落したりするからである。要するに、原油価格は需給状況よりもむしろ政治的な圧力の影響を受けて決定されているからだ」と語り、さらに続けて「現在、供給は需要を上回っているのに原油価格の上昇は続いている。これは地政学的、心理的、政治的な要因がかつてないほど原油価格に影響を及ぼしているからだ」と、最近の原油高の要因を説明した。

5月中旬、原油価格は1バーレル=70ドルの水準で推移している。イラクの石油関係者は1バーレル=100ドル以上でも妥当な価格水準であると語り、南米のヴェネズエラのチャベス大統領は訪問先のロンドンで15日に「アメリカがイランを攻撃すれば原油価格は100ドル以上になることも十分にありえる」と大胆な発言を行なった。反米主義のチェバス大統領の発言はアメリカのイラク攻撃に対する牽制の意味合いも含まれている。しかし、石油関係者から、こうした一連の発言が出てくる事実は、アルアティヤ石油相が語るように、原油価格が政治的な要因の影響を大きく受けている状況を端的に物語っている。事実、最近の原油高の大きな要因は、イラクの核開発問題を巡る情勢の緊迫化と、内戦でナイジェリアの原油生産施設の4分の1が閉鎖されたことがであった。

今まで原油価格の上昇は、もっぱら消費国に与える影響について議論されることが多かった。これは、石油供給が過剰な時代が続いたことが背景にあった。石油供給が逼迫し、原油価格の急騰が続くなかで、産油国と国際石油資本の力関係が大きく変わりつつある事実が見落とされてきた。『シアトル・タイムズ』(06年5月3日付)は、産油国の変化は「最初はロシアに始まり、ヴェネズエラに、さらにボリビアへと広がった」と書いている。それは“オイル・ポリティックス”の復活を意味するのである。すなわち、新しい状況の中で、石油が政治の対象や手段になりつつあるのである。

90年代の後半、原油価格は11ドルまで下落した。原油価格の下落に直撃された南米の産油国は、アメリカ型の市場主義政策を採用、国営企業の民営化、外資系の石油会社の積極的な導入策を採用した。しかし、南米では“ワシントン・コンセンサス”と呼ばれるアメリカとIMF(国際通貨基金)、世界銀行主導の成長政策が失敗し、所得格差の拡大によって深刻な社会問題が起こっていた。その結果、ヴェネズエラやボリビアなどで反米主義が台頭し、相次いで中道左派政権が誕生したのである。そうした政治状況に原油高が加わり、南米では石油産業の国営化への揺り戻しが始まった。

石油を政治的な手段として最初に利用したのが、ロシアであった。ロシアは周辺国に政治的な影響力を行使するために原油の供給を制限する挙に出た。それは国際世論の顰蹙を買い、最終的にロシアは政策の変更を余儀なくされた。しかし、その政策が与えた影響は深刻であった。最近、チェイニー米副大統領がロシアの“オイル・ポリティックス”を評して、「ロシアは帝国主義的な動きを示している」と批判、この発言に対してロシア政府は猛烈に反発する場面が見られた。しかし、ロシアが石油という武器を政治的な目的のために使おうとしたことは間違いない。

中南米の動きも、石油を政治的な目的や手段としており、政治的な力の獲得を図ることを狙っており、明らかにロシアの政策と同一線上にあるといえる。中南米の場合、“オイル・ポリフィックス”は、石油企業の国営化という形を取って表面化している。

原油価格の高騰で国際石油資本は膨大な利益を計上している。06年第一四半期のエクソン・モービル社などの大手石油メジャー3社の純益は合計で160億ドルを計上、前年同期比で16%増益を記録している。その一方で産油国の労働者は低生活水準を強いられている。たとえば、ラテンアメリカの9600万人は一日1ドル以下で生活をしており、2億2000万人は貧困ライン以下で生活しているのである。南米の多くの国は産油国であるにもかかわらず、原油価格の高騰の恩恵をまったく受けていないのである。政策の失敗による貧富の格差の拡大に加え、原油高によって南米で“ポピュリズム”が大きな政治的な影響力を持つようになった。

そうした政治的な流れを受けてヴェネズエラに公然と反アメリカ主義を主張するチェバスが大統領が誕生したのである。同国は世界第5位の原油輸出国であるだけでなく、タールなどの重油を含めた確認埋蔵量では世界最大を誇っている。チェバス大統領は就任するとすぐに国際石油資本との契約の見直しを進め、まず原油のロイヤリティを33%に引上げる決定を行なった。これによって政府は20億ドルの新規の歳入を得ることになる。さらに同大統領は、国営石油会社に32の油田の支配権を獲得させた。これは実質的に石油企業の国営化を意味していた。

さらに国際石油資本を驚愕させたのは、ボリビア政府の行動である。南米で一番貧しいボリビアのモラレス新大統領は、チェバス大統領とキューバのカストロ首相と会談した後、外資系石油会社に82%のロイヤリティを支払うように求め、それを拒否したら国外追放すると脅しをかけた。さらに、国有石油会社に全ての商業活動について責任を持たせ、内外での販売価格を決定する権限を与えたのである。モラレス大統領の強硬政策はそこに留まらず、さらに油田とガス田、製油所に軍隊を派遣し、国内の天然ガス事業をすべて国有化すると宣言したのである。ボリビアで天然ガスを生産しているのはイギリスのBP,フランスのトタル社などである。国有化宣言は5月1日から効力を発効している。

こうした動きは他の南米の国にも広がり、エクアドルは新ロイヤリティ法を巡ってアメリカと交渉を始めている。また、エクアドル議会は、契約価格と市場価格の差の60%を税金として納入することを義務付ける法案の審議を行なっている。チャドも、石油パイプラインを閉鎖するとして、世界銀行と融資条件の見直しを求める挙に出ている。
ボリビアとウルグアイは、ボリビア、ウルグアイ、パラグアイの3カ国を結ぶ800キロに及ぶガス・パイプラインの建設で合意。この建設計画にヴェネズエラに参加するように求めている。こうした国は、中南米に“エネルギー・ネットワーク”を構築し、国際石油資本に立ち向かおうとしているのである。また、パラグアイ政府はボリビアに対してカサド港の使用権を与え、自由貿易地域の利用を認める決定を行うなど、お互いの間の連携を強めている。

こうした政権は、いずれもカストロ首相と親密な関係を持っているのが特徴である。しかし、比較的親米的なペルーでも、次期大統領選挙で有力候補と見られているハマラ候補も、外資系の鉱山会社や森林会社との契約の再交渉を要請することを明らかにするなど、資源ナショナリズムは主義主張を越えて広がりつつある。こうした動きは、アフリカなど他の産油国にも波及する可能性がある。だが、国際石油資本も産油国の国営化の動きに反撃の構えを見せており、これからは“オイル・ポリティックス”が世界を揺るがす大きな要因になる可能性が強まっているのである。

1件のコメント

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    ピンバック by 中南米 ポピュリズムそんなこんなで・・1週間かんずめ | 金融情報ブログ・ほんわかBEST — 2011年7月28日 @ 19:40

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