日銀の金融政策決定と福井総裁スキャンダルの関係を問う
今回はアメリカの問題ではありませんが、ぜひ書いておきたいことです。それは日銀の金融政策決定と福井日銀総裁の村上ファンド出資スキャンダルの間にある問題です。私は現在、ライブドアの「動画ニュース ライブ!」というウエブサイトにおけるニュース番組の木曜のコメンテーターとして登場しています。毎回、同番組では「シングル・イッシュウ」と題して1つのテーマを取り上げて、視聴者の意見を聞く企画があります。日本銀行は6月15日に開かれた政策決定会合で「ゼロ金利政策の継続」を決定しました。それを受けて、先週の木曜に「シングル・イッシュウ」で「ゼロ金利政策継続に賛成するか、反対するか」を取り上げました。以下は、そのとき、私は日本銀行の決定に関する“矛盾”を指摘しました。これは印象ですが、福井日銀総裁の村上ファンドへの出資が政策決定に影響を及ぼしているのではないかと感じました。以下、その根拠を書いてみます。
政策決定会合では、経済情勢の分析を行ないます。その分析に基づいて政策運用を決定します。政策決定会合での経済情勢に対する分析は、日本経済の状況は好調で、需給ギャップも“ゼロ近傍”に達しており、物価も上昇基調にあると分析しています。その詳細については、以下の日銀発表の文章を読んでみてください。
「日本銀行の景気に関する基本的な見解」(2006年6月15日)
わが国の景気は、着実に回復を続けている。輸出や生産は増加を続けている。企業収益が高水準で推移するもとで、設備投資は引き続き増加している。雇用者所得も、雇用と賃金の改善を反映して、緩やかな増加を続けており、そのもとで個人消費も増加基調にある。住宅投資も緩やかに増加している。この間、公共投資は減少傾向にある。
先行きについては、景気は緩やかに拡大していくとみられる。すなわち、マクロ的な需給ギャップは、長く続いた供給超過状態が解消し、現在はゼロ近傍にあるとみられる。そのうえで、今後も、輸出は、海外経済の拡大を背景に、増加を続けていくとみられる。また、国内民間需要も、高水準の企業収益や雇用者所得の緩やかな増加を背景に、引き続き増加していく可能性が高い。こうした内外需要の増加を反映して、生産も増加基調をたどるとみられる。この間、公共投資は、減少基調を続けると考えられる。
物価の現状をみると、国内企業物価は、国際商品市況高などを背景に、上昇を続けている。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、プラス基調で推移している。
物価の先行きについて、国内企業物価は、当面は国際商品市況高の影響などから、上昇を続けるとみられる。消費者物価の前年比は、マクロ的な需給ギャップが、今後は緩やかに需要超過方向に向かっていくとみられる中、プラス基調を続けていくと予想される。
金融面をみると、企業金融を巡る環境は、緩和的な状態にある。CP・社債の発行環境は良好な状況にあるほか、民間銀行は緩和的な貸出姿勢を続けている。また、民間の資金需要は下げ止まっている。こうしたもとで、民間銀行貸出は増加幅が拡大しており、CP・社債の発行残高も前年を上回る水準で推移している。企業の資金調達コストはやや上昇している。この間、マネーサプライは前年比1%台の伸びで推移している。金融市場の動きをみると、短期金融市場では、オーバーナイト物金利は日本銀行の金融市場調節方針のもとで概ねゼロ%で推移している。ターム物金利は、前月と比べ上昇している。為替・資本市場では、前月と比べ、円の対ドル相場および株価は下落し、長期金利も低下している。
【私の日銀分析の分析】
以下で日本経済の状況を日銀のロジックに従って整理してみます。最初に「わが国の景気は、着実に回復を続けている」と、全体の状況を総括しています。さらに、「マクロ的な需給ギャップは、長く続いた供給超過状態が解消し、現在はゼロ近傍にあるとみられる」と指摘しています。ここでのポイントは「需給ギャップが現在はゼロ近傍にある」と分析していることです。要するに、企業はリストラや設備のスクラップを進める一方、設備投資を抑制してきた一方で、需要が着実に回復し、需給ギャップが急速に縮小しているということです。「需給ギャップがゼロ近傍」というのは、通常の経済情勢では異常な状況ともいえます。しかも「マクロ的な需給ギャップが、今後は緩やかに需要超過方向に向かっていくとみられる中、プラス基調を続けていくと予想される」と指摘しています。
日銀は需給が逼迫すると判断しており、当然、物価上昇圧力も次第に高まってくると予想されます。事実、日銀は「現在、国内民間需要も高水準の企業収益や雇用者所得の緩やかな増加を背景に引き続き増加していく可能性が高い」と認識しており、物価の先行きに関しても「国内企業物価は、国際商品市況高などを背景に上昇を続け」、「消費者物価の前年比は、マクロ的な需給ギャップが今後は緩やかに需要超過方向に向かっていくとみられる中プラス基調を続けていくと予想される」と認めています。日銀は、「企業物価」は企業の出荷価格(卸売り価格)で、これは原材料高を背景に上昇すると分析しています。原油価格をはじめ、一次産品価格の上昇は次第に製品価格に転嫁され、最終的に「消費者物価」も上昇に転じるということです。
金融面でも「民間銀行は緩和的な貸出姿勢を続けている。民間の資金需要は下げ止まっている。民間銀行貸出は増加幅が拡大しており、CP・社債の発行残高も前年を上回る水準で推移している」と、銀行貸出は増加基調にあり、企業の手元流動性も高まっていると見ています。金利動向は「短期金融市場では、オーバーナイト物金利は日本銀行の金融市場調節方針のもとで概ねゼロ%で推移」「ターム物金利は、前月と比べ上昇している」と指摘している。オーバーナイト物金利は日銀の“ゼロ金利政策”で抑えられているから、当然、「概ねゼロ」であるのは当然です。しかし、「ターム物」、すなわち期間物は、既に金利が上昇基調を示しているのです。
正常な経済学者であれば、こうした分析から出てくる必然的な結論は「ゼロ金利政策解除」でしかありえません。デフレ、デフレと騒いでいる間に、経済は新しい次元に移りつつあるようです。「ゼロ金利政策」は、緊急避難的な政策であって、状況が変わってくれば、できるだけ早く解除すべきものです。3月に「量的緩和政策」を解除しており、「ゼロ金利政策」をこれ以上継続する意味はなくなっています。
しかし、日銀の決定は経済分析とはまったく関係のない、以下のようなものでした。
日本銀行の決定「当面の金融政策運営について」
日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)。無担保コールレート(オーバーナイト物)を、概ねゼロ%で推移するよう促す(注:このことが”ゼロ金利政策”を意味します)。
【私のコメント】
経済情勢分析と政策決定に一貫性がないのです。経済情勢分析を読む限り、「ゼロ金利政策解除」は当然の帰結なのですが、まったく逆の政策運営を決定しているのです。
ライブドアの番組で意見では、「ゼロ金利政策解除」イコール「預貯金金利、貸し出し金利上昇」と短絡的に理解している人が多かったのですが、必ずしもそうではありません。すこし、その関係を整理しておきます。日銀がゼロ金利を誘導しているのは、コール市場のオーバーナイト金利なのです(「無担保コールレート(オーバーナイト物)を概ねゼロ%で推移するよう促す」)。コール市場は銀行間の資金の過不足を調整する市場です。要するに銀行が銀行から資金を借りる市場なのです。それも「ゼロ金利」を誘導するのは、オーバーナイトという今日借りて、明日返す資金のことです。もちろん、コールレートが上昇すれば、銀行の調達資金が上昇するのですから、銀行の収益を悪化させる可能性はあります。しかし、もともとゼロで資金を調達できる状況こそが異常なのであって、資金の需給に基づいて金利が決まるのが当然のことです。事実、日銀の状況分析の中に書いてあるように、コールレートの「ターム物」のレートは上昇しているのです。オーバーナイト物のコールレートだけをゼロ金利に誘導しても、あまり意味のないことです。
また、ライブドアの視聴者の意見の中に、景気が悪化するのではないかという懸念を述べた意見がありました。「ゼロ金利政策」は1999年3月に導入され、景気回復を背景に2000年8月に解除されています。が、その後の景気の悪化で再2001年3月から再導入されています。前回の解除の後に景気が悪化したことで、今回も同じようなことが起こるのではないかと心配した人がいました。しかし、経済状況は大きく変わっているし、企業の3つのE(過剰)はほぼ解消されていると思います(3つのEとは人員過剰、生産能力過剰、債務過剰のextremeのことです)。したがって、若干、貸し出し金利が上昇しても、経済活動が急速に冷え込む状況ではありません。むしろ、日銀の分析によれば、需給ギャップは解消し、需要超過の状況さえ予想されるのです。また、コールレートが上昇しても、すぐに貸し出し金利が上昇するものではありません。
こうしたことを考えあわせると、どうしても日銀の決定には整合性が欠けているのです。なぜだろうか?これは憶測の域を出ませんが、福井日銀総裁のスキャンダルが背景にあると思えてしかたありません。政府は、「ゼロ金利政策解除」に反対しています。日銀は、できるだけ早期に異常な「ゼロ金利政策」を解除し、金利を軸にした通常の金融政策に戻ること、すなわち正常化を望んでいました。しかも、経済情勢も、それを支持する基調にあります。おそらく、福井総裁の責任を問わない見返りに、日銀は政府の要求を呑み、解除の時期を先送りにしたのではないでしょうか。もしそうなら、それは完全に日銀の信頼性を損なうことになるでしょう。
アメリカのFRBは政策決定会議であるFOMC(連邦公開市場委員会)開催後、3週間目に議事録を発表します。日銀も同様な詳細な議論の内容を示す議事録を公表し、説明責任を十分に果たす必要があると思います。
最後に、結論だけをいえば、福井日銀総裁は辞任すべきでしょう。法的に問題があるとかないとかいう以前の政策決定責任者として許されない責任があると思います。ましてや、上に書いたように、彼のスキャンダルや政府との関係が政策決定になんらかの影響を及ぼしたとすれば、もはや語るに落ちるという以外に表現の仕方がありません。
蛇足ですが、福井総裁は日銀のプリンスと評され、早くから総裁候補と目されていました。限られた情報から判断するのは良くないことでしょうが、彼の今回の対応を見ていると、どう考えても人格的に尊敬できる人物とは思えませし、また彼の経済に対する分析が特に優れているとは思えません。日銀という官僚社会で優秀な人物に過ぎないのかもしれません。彼が「政策決定会合では自分は他の委員と同様に1票しか投票権を持っていません。政策決定に影響を与えることはできません」と発言しています。この発言は、失望以外何物でもないし、日銀総裁の地位を貶めるものです。アメリカの政策決定会議であるFOMCでは、FRB議長も1票の投票権しか与えられていません。グリーンスパン前議長やバーナンキ議長は、「自分は1票の投票権しかなく、政策決定に影響を与えることはできない」などと、口が裂けても言わないでしょう。この程度の中央銀行総裁を戴かなければならない日本国民は不幸です。”品位”と”品格”のない指導者は、潔くそのポストを辞任すべきだと思います。マスコミは、もっと真剣に彼の道義的責任を問うべきでしょう。この程度の平衡感覚しかなく、しかも自制心に欠ける人物が金融政策の最高責任者であってはならないと思います。さらに、今回の日銀の政策決定も、経済情勢の認識と政策決定の間にならんの整合性もないことを無視すべきではないでしょう。
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