中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/6/25 日曜日

6月29日のFOMC(連邦公開市場委員会)開催を前に:問われるバーナンキ議長の信頼性

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6月28日と29日の2日間にわたってFOMC(連邦公開市場委員会)が開かれます。同時に、FRBは議会に対して「金融政策報告書」を提出します。この中でアメリカ経済の現状と金融政策についてFRBの分析と方針が示されます。「ハンフリー・ホーキンス法」によってFRBは同報告書を年2回、議会に提出することを義務付けられています。最初の報告書は2月に提出され、6月の報告書最近の為替相場の動向は、はその修正版ともいえます。そこで今後の経済成長見通しにも触れられます。6月のFOMCでは連続17回目の利上げが行なわれると見られています。市場では0.25ポイント、場合によっては0.5ポイントの引き上げもありうるというの一般的な見方になっています。今回は、”バーナンキ問題”と金融政策について分析してみます。

相変わらず、為替相場はアメリカの金融政策の動向によって左右される状況が続いています。ドル相場は、アメリカの経常赤字や財政赤字といった”双子の赤字”よりも、目先の金利動向によって方向性が決まっているようです。もっと正確に言えば、FRB理事などの金融当局者の発言で右往左往している感があります。特に2月1日にFRB議長に就任したバーナンキ議長の発言によって、相場が振れる傾向が強くなっているといっても過言ではないようです。グリーンスパン前議長は“言語明瞭・意味不明”の発言が多く、その発言が市場を当惑させることが多かったのですがが、それでも彼は市場にFRBの金融政策に関して方向性のあるメッセージを送り、市場がFRBの金融政策の方向性に調整したときに、それに追随するように金融政策を変更してきました。それが結果的には、市場を巧みに誘導する効果を発揮することになりました。

バーナンキ議長も、プリンストン大学教授の頃から、FRBの政策決定過程の”透明性”と”市場とのコミュニケーション”の重要性を主張していました。特に彼が主張する“インフレ・ターゲット政策”の最大のポイントは、金融政策当局のインフレ率の目標値を明確にすることで市場に正確な将来のインフレに関する予想形成を誘導することで金融政策の効率性を高めることにありました。予想インフレ率が安定すれば、長期金利の変動が小さくなり、それによって景気変動も安定化するというのが、「インフレ・ターゲット政策」の主張の主要な論点です。そのために、金融当局は積極的に政策に関するメッセージを市場に送るべきだという主張がでてきます。もちろん、アメリカは公然とは「インフレ・ターゲット政策」を採用していませんが、グリーンスパン前議長もバーナンキ議長も、市場とのコミュニケーションが重要だと考えていることに変わりはありません。

だが、そのロジックとは別に議長就任後のバーナンキ議長の発言は、逆に市場の混乱を引き起こしているように見えます。例えば、4月27日に行なわれた議会での証言で、同議長は「将来のある時点でFOMCは次の会合、あるいは今後数回の会合で行動を起こさないかもしれない」と発言しています。市場は、この発言を「利上げは一巡した」と判断し、株価は上昇し、ドル相場は下落し始めました。しかし、その直後に、同議長はCNBCの記者に「市場は自分の議会証言を誤解している」と語り、市場にショックを与えたのです。また、コアインフレが3%の水準を越える状況になっているにもかかわらず、同議長は「インフレ予想は抑制されている」と発言し続けました。コア・インフレが3%を超える状況は、決してインフレが抑制されていると自信を持っていえる状況ではありませんし、バーナンキ議長が「心地よい水準」と考える水準2%を越えており、インフレが抑制されているとはいえない状況です。しかし、6月5日に行なった演説では一転して“インフレ高進の危険性”を指摘しているのです。その主張の一貫性のなさが、市場をさらに混乱させました。

バーナンキ議長の意図に反して、市場はFRBの金融政策の狙いに関して明確な政策メッセージを受け取れない状況が続いているといっても過言ではないようです。ある市場関係者は「バーナンキ議長はルーキー(新人)の間違いを犯している」と指摘しています。ブッシュ大統領がバーナンキを議長に選んだ理由の一つに、彼がインフレに対して“ハト派”であるからだといわれています。しかし、就任後の同議長の発言を分析すると、“ハト派”と“タカ派”の間を揺れているように思えます。新任議長の最初の課題は、市場の信任を得ることです。そのためにはインフレに対して“タカ派的”な姿勢を取る必要があります。なぜなら中央銀行の最大の使命は、物価安定だからです。しかし、バーナンキ議長の発想には雇用重視のケインジアン的な傾向があり、同議長は市場の信任を得るために悪戦苦闘しているように見えます。特に市場とのコミュニケーションは、彼が思っていたほど、楽ではないようです。ただ、ファーガソン副議長の辞任に伴い、グリーンスパン前議長の懐刀であり、FRBの叩き上げのエコノミストのコーンを副議長に選ぶことで、バーナンキ議長のコミュニケーション問題は少しは緩和されるかもしれません。

バーナンキ議長のコミュニケーション問題は別に、FOMCは利上げの傾向を強めつつあります。2004年6月に始まった利上げは、5月10日のFOMCの決定で連続16回の利上げが行なわれました。FRBの説明では、これで金利は超緩和から景気に対してほぼ中立的な水準にまで戻ったことになります。問題は、今後の政策です。すなわち、景気中立的から本格的な引締め過程に入っていくのかどうかです。6月28日と29日にFOMCが開催されます。このFOMCで17回目の利上げが行われるのは間違いないと見られています。市場関係者の間では、政策金利であるフェデラルファンド金利を0.5ポイント引上げる可能性もあるとの指摘もあります。今までの利上げは、すべて0.25ポイントでしたから、もし0.5ポイントの引き上げが行なわれるとすれば、FRBのインフレに対する懸念は相当強いと判断されます。ただ、従来通り0.25ポイントの利上げが行われると見るのが順当かもしれません。その場合、8月に開催されうFOMCで19回目の利上げが行われる可能性が強いでしょう。

いずれにせよ、フェデラルファンド金利が5.5%まで引上げられるというのは、市場のコンセンサスになっているようです。それで利上げが終るのかどうか、あるいはどの水準まで引上げられるのかまだ判断できません。モルガンスタンレー証券は「FRBは5.5%を超える水準にまで利上げする可能性がある」と指摘しています。要するに、5.75%、あるいは6%ということもありえるということです。こうした金融引締めが続く間は、為替相場はドル高の基調に推移すると見て間違いないでしょう。

テクニカルには、市場では現在ドルはショート・ポジションになっています。そのポジションの巻き戻し(ドル買い)に加え、世界的な利上げの中で途上国の株式、債券市場が崩れており、“セーフ・ヘブン”として資金がドルに還流してくると思われます。ちなみに、世界で約20の中央銀行が既に利上げに踏み切ったか、これから利上げに入ると見られています。現在、世界の短期金利の平均値は1.5%前後にあります。1991年から2000年の平均値が2.0%で、その水準から見れば、まだ低水準にあり、現在の世界経済の高い成長率とエネルギー価格上昇など、インフレ圧力の高まりを考えれば、さらに世界的に短期金利が上昇する可能性は強いでしょう。途上国の債券市場も値崩れを起こしている。JPモルガン・チェースが算出している途上国の債券市場の指数「EMBI+」は、昨年11月以来の最低水準にあります。そうした状況を考慮すれば、アメリカ経済の減速が明確になるまでドル高傾向は続くとみて間違いないでしょう。

4月21日に開催されたG7の会合のコミュニケ発表後、ドル相場は低下しました。その日の円相場は1ドル=116円58銭でしたが、その後ドル安が進んでいました。しかし、6月29日のFOMCで利上げが決定されるとの見通しが強まったことで、再びドルが買い戻されていています。ドル金利の上昇は短期金利に留まりません。10年物財務省証券の利回りも5.23%まで上昇しています。これは2002年5月以来の高水準で、同じ10年物日本国債との金利差は3.36%にまで拡大しています。日本は、福井日銀総裁のスキャンダルの影響で、金融政策決定会合で“ゼロ金利政策”解除が先延ばしになることは間違いないでしょう。とすれば、当分の間、日米金利差はさらに拡大する可能性もあります。これも、円に対するドル高要因として作用すると思われます。アメリカの経常赤字は常にドル暴落の懸念材料となっていますが、短期的な収益を上げなければならない機関投資家にとって、この金利差を利用しない手はないでしょう。ということは、ドル資産への資金の流れは変わらないということです。為替相場の予想は難しいですが、数ヶ月のレンジで考えれば、1ドル=120円に接近する場面も十分にありえるでしょう。状況次第では、それ以上のドル高・円安場面もないとは言えません。

では、FOMCの利上げが、アメリカ経済にどのような影響を与えるのでしょうか。アメリカ経済の第一四半期の成長率は5.3%と高成長を達成した。これは昨年の第四四半期が自動車販売などの不振で大きく落ち込んだ反動で、アメリカ経済の実力以上の数字であることは間違いありません。第二四半期の成長率は3%程度にまで減速すると見られています。過去4年のアメリカ経済の平均成長率は4%でしたが、今年は3%程度まで減速するというのがコンセンサスの見通しです。アメリカ経済を支えてきた住宅ブームには、はっきりとした影が見え始めています。2002年以降、住宅ブームを背景に住宅関連の雇用が200万人から500万人創出されたという推定値もあるなど、アメリカの経済成長を支えてきました。また、個人消費を数兆ドル増やす効果もあったという調査報告もあります。FRBの見通しである3%台の成長のシナリオは、住宅バブルが破裂しなくてソフトランディングするというのが前提です。ちなみにバーナンキ議長は、住宅バブルのソフトランディング論者です。しかし、まだ住宅バブルの崩壊の可能性は依然として残っているのです。本格的に長期金利が上昇し始め、それにつれて住宅ローンが上昇に転じれば、長期の変動金利で資金を調達している個人は、返済負担の増大に耐えられなくなる可能性もあります。

問題は、FRBがインフレと成長の“トレードオフ”をどう考えているかです。もし年末までFRBが金融政策のグリップを緩めなければ2007年にアメリカ経済はリセッションに陥るかもしれないとの見通しもあります。それはバーナンキ議長の望むところではないでしょう。しかし、現在のFRBの金融引締め政策が継続されれば、アメリカ経済のハードランディング・シナリオが現実のものになるかもしれません。これから半年、バーナンキ議長は本当に試練に直面することになるでしょう。グリーンスパン前議長は、1997年のブラック・マンデーの株価暴落を見事に処理することで、市場の信任を得ました。バーナンキ議長は、インフレと成長という“トレードオフ”の細い道をどう渡りきり、アメリカ経済のソフトランディングを実現することができるのだしょうか。その意味で、6月のFOMCの決定は、バーナンキ議長の将来と同時にアメリカ経済にとっても重要なポイントになるかもしれません。

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