中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/7/4 火曜日

苦境に立つGMはどこに行くのか:大胆な合理化と日産・ルノーとの資本提携で生き残り図る

Filed under: - nakaoka @ 8:01

アメリカの最大手自動車会社GMと日産・ルノーの資本提携の話が浮上しています。GMの大株主(持ち株比率9.9%)のカーク・カーコリアン氏がGMの経営陣に送った書簡の中で、資本提携を勧める提言を行なっているからです。同氏は、腹心を経営陣に送り込むなど現GM経営陣に対して不満を抱いていました。GMはマーケットシェアの低下、業績悪化に直面し、昨年の11月に大胆なリストラ策を発表し、大量の労働者解雇と工場閉鎖で復活を模索していました。このブログは、『世界週報』7月4号に寄稿した「北米市場での経営再建を目指すGMの成算ー縮小均衡で企業体質を改善できるか」を転載したものです。同社は3万人の時給労働者削減を計画していましたが、最終的な応募者は3万5000名に達しました。労働者を大切にすることで知られていたGMですが、今や、労働者からも見放されつつあるのかもしれません。

大幅な赤字計上、北米市場でのシェアの低下を背景にGMは大胆な経営再建計画を発表した。工場閉鎖、3万人の労働者整理、労働者に対する年金制度、医療制度の見直しで“高コスト構造”の解消を狙う。だが大胆なコスト削減策でGMがどこまで再生できるのか不明である。消費者の嗜好を取り込んだデザインが求められるが、官僚的な企業体質が大きな阻害要因になっている。再建策は単に縮小均衡に終わってしまう可能性もある。GMはもはやアメリカを代表する企業ではなくなりつつあるようだ。

株主総会で吹き出た経営陣への批判

GMは毎年、デラウエア州ウィルミントンで株主総会を開く。6月6日に開かれた今年の株主総会は、例年とは違った雰囲気の中で行われた。従来、株主総会は会社提案を承認する儀式の場であったが、今年の株主総会は異様な雰囲気の中で行われた。株主が4項目にわたる決議案を提案、これに反対する会社側が一般株主から委任状を求める“委任状合戦”が行われたからである。

株主から4つの決議案が提案された。最初の決議案は、役員の再選に際して株主総会で過半数の投票を必要とするという決議案であった。これは58%を超える得票を得て採択された。2つ目は、役員選出に際して累積投票権を認めるというもので、これも54%の支持で採択された。3つ目は、利益を計上しない場合、役員は“インセンティブ・ボーナス”を全額会社に返還するというもので、これは僅差で否決された。4つ目は、会長とCEO(最高経営責任者)を分離するという決議案である。GMは伝統的に会長がCEOを兼務してきたが、経営の責任を明らかにするために会長とCEOの兼務を廃止することを求めた決議案であった。この決議案は17%の支持しか得ることができず否決されたた。「決議案」には拘束力はなく、これによってGMの経営方針が変わるものではない。しかし、こうした決議案が提案された背景には株主の間にリック・ワゴナー会長兼CEOに率いられる現経営陣に対する根強い不信感があった。ワゴナー会長は、こうした株主の気持ちを無視できず、「決議案を検討しなければならないし、喜んで検討する」と、株主に配慮した発言を行っている。

アメリカの多くのメディアは、業績不振を理由にワゴナー会長は辞任に追い込まれるのではないかという憶測記事を盛んに流していた。だが、06年第1四半期の業績は4月20日に最初に発表されたときは3・2億ドルの赤字であったものが、5月8日に修正発表で4・4億ドルの黒字になったことでワゴナー会長は一息つき、総会後の記者会見で「再建計画は順調に進んでいる」と強気の発言を行っている。

GMの再建計画の中身

GMは05年11月に北米で生産販売を担当するGMNAの再建改革を発表している。GMは05年度の決算連結で106億ドルの赤字を計上、これは92年以来最高の赤字額であった。赤字の最大の要因は、GMNAの業績不振にある。同社だけで赤字額は82億ドルに達していた。北米市場全体の自動車販売台数は若干増えたにもかかわらず、GMの自動車の生産台数は7%も減少している。しかし、GMが注力する好採算の大型SUVや大型トラックの販売台数が落ち込んだため販売台数の減以上に収益が悪化したのである。燃費の悪い大型車の需要は、ガソリン価格の上昇で急速に落ち込んだのである。この結果、GMの北米市場のシェアは、04年の27・2%から05年には25・5%へと低下している。しかも、シェア低下は06年に入っても続いており、第1四半期には23・7%まで低下している。5月時点でも22・5%と、シェア低下に歯止めがかからない状況が続いている。

こうした市場シェアの低下は、今に始まったことではない。GMの市場シェアは62年に50%を超えピークを記録した。その後、シェアは低下に転じ、95年には30%にまで低下している。05年の市場シェアは、ピーク時の半分の25%強にまで低下している。この傾向が続けば、GMの北米市場におけるシェアが20%を割り込むのも、そう遠い将来の話ではないかもしれない。しかも、同社は“フリート販売”といわれるレンタルカー業界向けの販売で圧倒的なシェアを占めており、それを割り引いて考えれば、GMの置かれている状況はさらに厳しいかもしれない。

“高コスト構造”が問題

同社の経営問題は、ガソリン価格上昇で大型SUVや大型トラックの販売が落ち込んだという“一過性”のものではない。第1四半期の修正後の業績は黒字に転化したが、これは会計処理の変更や、SUVの新車発売のタイミングが良かったことで予想以上の販売実績を上げたためで、GMが黒字体質に転換したわけではない。同社の収益悪化の底にある“高コスト構造”を変えない限り、GMはトヨタや日産、韓国の現代自動車などのアジア勢に勝ち目はないかもしれない。
GMの“高コスト構造”の背景には、経営学者ピーター・ドラッカーが43年に同社の幹部から経営調査を依頼され、彼の勧告に基づいて経営体制が構築された歴史がある。ドラッカーは労働者の尊重を主張し、それがGMの労使関係のベースになった。その結果、GMは他社に見られないような手厚い年金制度や医療保険制度を作り上げた。また、労働賃金も時給26ドルと他業種や同業他社と比べて高水準である。現在、高い労働コストが収益の足を引っ張るようになっているのである。GMの再建は、賃金切り下げや工場閉鎖、労働者削減といったコスト削減策とともに、年金や健康保険の費用の削減も大きな課題になっている。

「巨額の赤字はGMの“レガシー・コスト”の負担(年金や健康保険などの過去の遺産としての費用)と、売上高の落ち込みに応じて構造的なコストを調整することができなかったからである」(「年次報告書」)。GMが再生できるかどうかは、こうした“レガシー・コスト”をどう清算するかにかかっている。医療保険費や年金負担額は巨額に達し、そのコストを一台あたりの自動車価格に換算すると1500ドルに相当すると試算されている。

3万人削減はほぼ達成へ

企業再建計画では100万台分の過剰生産能力を削減し、時給の工場労働者11万3000人のうち3万人を整理することが掲げられている。これが実現すれば、06年末までに70万ドルの構造的なコストが削減されることになる。また、GMは明確な目標値を明らかにしていないが、08年までに9工場から12工場が閉鎖されることになるだろう。
GMではレイオフされた労働者は“ジョブ・バンク”のプログラムに組み込まれ、通常に勤務していたときと同じ賃金と年金、医療保険が満額保証されている。現在、“ジョブ・バンク”に登録されている労働者の数は6500名といわれて、その負担費用も膨大な額に達している。

GMでは、労働者には退職後も手厚い年金と医療保険が与えられている。現在、退職者とその家族も含めて医療保険の対象者数は110万人にも達している。医療保険だけでGMは年間に50億ドル負担している。こうした状況を背景に05年10月にGMとUAW(全米自動車労組)は退職者の医療保険の負担額を削減するという“歴史的な合意”に達している。さらに06年2月にGMは、退職ホワイトカラーに対する医療保険負担を06年の水準を上限にすることも決めている。医療費や年金負担の軽減は、GM再生にとって欠かせないものである。

GMとUAWの間の現在の労働協約は07年9月まで有効で、それまでGMは基本的には労働者を解雇できない。したがって今回の3万人削減案ではレイオフではなく早期退職を促し、退職後の健康保険や年金を買い取る“バイアウト”方式を採用、一時金を支払うことで将来の債務の発生を回避しようとしているのが特徴である。一時金は勤続年数によって異なるが、3・5万ドルから14万ドルの範囲内で支払われる。GMは早期退職の応募期間を6月23日に設定している。現在、応募数は明らかにされていないが、UAWは5月末で1万2400人の応募があったと推計している。6月初旬には2万人に近づいており、最終的に目標の3万人に達するのは間違いないだろう。

競争に勝つためには生産性を向上させる必要がある。GMでは一台の自動車を生産するのに23時間かかるといわれている。これに対して日産では18時間で一台を生産するなど、GMと他の自動車メーカーの間に大きな生産性格差が存在している。これを埋めない限り、価格面で競争するのは難しい。GMは98年以降、製造部門の生産性を30%向上させたと発表しているが、それでもまだトヨタの工場の生産性の差は依然として残っている。

倒産の危機は脱したが・・・

一時、GMは倒産するのではないかという噂が流れた。それは、かつてはGMの部品製造部門で、99年に独立分離したデルフィ社が05年10月に「破産法11条」に申請したからである。同社は、会社再建のために労働契約の廃棄を求め連邦破産裁判所に訴えを起こしている。同社には6つの労働組合があり、労働者3万3000名のうち2万4000名が所属するUAWが最大の労組である。同社は元GMの一部門であったこともあり、労働者は賃金、年金、医療保険などでGMの労働者と同じ扱いを受けている。

経営危機に直面したデルフィ社は労働組合に対して大幅賃金カット、企業年金の廃止などを求め、GMとUAWの間で3者協議が行われてきた。会社側の要求に対してUAWに属する労働者の95%がスト権確立に賛成したのである。もしストが行われれば、GM倒産説が現実味を帯びてくる。なぜなら、GMは部品供給でデルフィ社に大きく依存しており、ストが実施されれば部品調達が滞り、生産活動が止まってしまうからである。98年に現在のデルフィ社の一工場で54日間のストが行われたとき生産が止まり、GMは20億ドルの損を被ったことがある。デルフィ社で大規模なストが起これば、GMが極めて大きなダメージを受けることは間違いなかった。だが、6月9日に3者は合意に達し、デルフィ社でもGMと同様のバイアウト・プログラムを実施することになり、ストの懸念は遠のいた。

しかし、これによってGMの危機は去ったわけではない。99年にデルフィ社が分離独立したとき、GMは労働者に対してGMと同じ待遇を約束しており、今回のバイアウト・プログラムの実施に際してGMは最高120億ドルの金融支援を行う義務を負うことになっている。

売れる自動車を作れるか?

では、人員整理、コスト削減、生産性向上が実現すれば、GMは苦境を脱することができるのだろうか。GMが順調に回復の道を進むかどうか即断はできない。昔と違って消費者の間のGMの車に対するイメージは大きく変わってしまっているからだ。価格の引き下げや燃費の向上だけでなく、どこまで売れる自動車が作れるかがGM復興の鍵を握っている。
GMの国際製造部門の責任者ボブ・ラッツ副社長は、GMのデザイン作成プロセスを「機械的、官僚的、左脳に偏り、分析的である」と表現する。こうした手法では、消費者の嗜好を的確に掴んでデザインすることはできないのである。GMはかつてクライスラーからデザイン専門のスタッフをリクルートしてデザイン部門の建て直しを図ったが、思ったほどの成果をあげることはできなかった。ラッツ副社長は「デザインに敏感でなく、車を単に実用品と見るようでは、競争に勝てない」という。果たしてGMが消費者のニーズを敏感に反映した自動車を作れるのだろうか。ラッツ副社長は「GMではどんなプロジェクトも取締役会が了承しなければ動き始めない」と、GMの経営陣の反応の鈍さを嘆いている。

もしGMがかつての栄光を取り戻すまでに復興できるには、経営陣が官僚的な手法を抜け出し、消費者のニーズに的確に対応できるようになったときであろう。株主総会で経営陣に対する批判が出たのは、現経営陣の対応力に対する不信が根底にあったからである。GM復興の道は、容易ではなさそうである。

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