中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/7/27 木曜日

北朝鮮に対する経済制裁は本当に効果があるのか

Filed under: - nakaoka @ 10:22

北朝鮮強硬派の安倍晋三官房長官は繰り返し「経済制裁の必要性」を説いています。また同氏は、最近の著書の中で「経済制裁に効果がないという議論は根拠がない」と、消極論を批判しています。彼の非妥協的な姿勢と比べると、「対決の中でも交渉の窓口は残しておかなければならない」と語り、金融制裁に対しても慎重な姿勢を取る小泉首相のほうがはるかに弾力的な気がします。中国に対して極めて強硬な姿勢を取る小泉首相が、北朝鮮に対して”大人”の対応を示しているのは興味深いところです。今回は、北朝鮮に対する経済制裁の効果について書いて見ます。原稿執筆時点は7月13日ですので、その後の国連安全保障理事会での決議案の推移は、含まれていません。が、決議案の内容にかかわらず、ここで行なった分析は有効だと思います。感情的にならず、冷静に費用効果分析をしてみるのも必要だと思います。

北朝鮮のミサイル発射実験は北朝鮮問題と同時に日本国内でも安全保障上の議論を引き起こしています。「もし日本を目標にミサイルが打ち込まれたら」と題する記事が週刊誌や夕刊紙に溢れています。そうした世論の盛り上がりを受けて政府内部からも「日本は敵基地を攻撃する能力を持つべきだ」という憲法など眼中にない勇ましい議論さえも出てきています。その議論は、ブッシュ・ドクトリン張りの“先制攻撃論”にまで発展しています。さすがにその議論は行きすぎと感じたのか、安部晋三官房長官は「先制攻撃を意図しているのではない」と弁明しています。

アメリカの保守派のシンクタンクのケイトー研究所のテッド・ガレン・カーペンターは「北朝鮮が何発ミサイル発射をテストしようとも、それはアメリカにとっても同盟国にとっても脅威ではない」と極めてクールな記事を『バルチモアサン』紙に寄稿しています。むしろ海外では、今回のことで日本が核武装に踏み切るのではないかという議論さえ聞かれます。中国が恐れているのは、北朝鮮の挑発によって日本が軍事力増強に進むことであると分析する論調もあります。北朝鮮の挑発は、日本の安全保障問題に対する考え方を世界に示す機会にもなったようです。

今回の事件で際立っていたのが、日本政府の強硬な反応でした。まず北朝鮮に対して経済制裁を決定し、国連安保理で経済制裁に留まらず場合によっては軍事力行使も辞さないという決議案をアメリカなどと共同提案を行なうなど、かつて見られないほど“意欲的”な外交を展開しました。日米の決議案に対抗して中国とロシアも決議案を提案している。本稿執筆時点(7月13日)では、最終的に安保理でどういう結論に達するか予想はできません。(注:最終的に中国、ロシアの批判決議と日米の制裁決議が妥協するかたちで、安全保障理事会の前回一致で決議案が採択されました)。

北朝鮮は繰り返し「国連主導で北朝鮮に対する経済制裁を課すことは戦争行為とみなす」と厳しい対応を示しています。場合によっては、経済制裁は事態を解決するよりも朝鮮半島での緊張をさらに高める懸念もないわけではありません(事実、北朝鮮は反発を強め、さらに対決姿勢を強めています)。感情的な議論は別にして、冷静に経済制裁の効果を検討してみる必要があります。

経済制裁は安全保障や外交政策の目標を達成するために使われてきました。第一次世界大戦から1990年のクエート侵攻後、イラクに課せられた制裁に至るまでの経済制裁の件数は合計115件に達しています(以下で引用する数値は ブルッキングス研究所の「International Economic Policy Brief」2003年4月号に掲載されたキンバリー・アン・エリオットの論文による)。第二次世界大戦後に実施された経済制裁の件数は77件ありました。115件のうち“部分的”に目標を達成した経済制裁の比率は34%であったとの評価を行なっています。しかし、“大きな目的”(軍事的潜在力の削除や領土返還)を達成した件数は23%に過ぎませんでした。またエリオットは、アメリカが1970年以降、単独で課した経済制裁の成功率は20%にも達していないと指摘しています。

最も成功を収めたと考えられる制裁には、人種差別政策(アパルトヘイト)を行っていた南アフリカに対する経済制裁があります。この制裁によって南アフリカはアパルトヘイト政策の放棄を迫られました。この制裁では、同国で活動したり、投資している民間企業も同調したことで、南アフリカ政府は政策の変更をせざるをえませんでした。また、最近の大きな例としてはイラクに対する国連を通した経済制裁があります。だが、この制裁は10年以上に及んだにもかかわらず、予想した効果を発揮したとはいえず、サダム・フセイン政権は微動だにしませんでした。逆に「食糧石油交換プログラム」に絡んで国連スタッフの汚職スキャンダルを引き起こすという事件まで引き起こしています。そのためアメリカのネオコンに代表される保守派は苛立ちを強め、ブッシュ政権がイラク侵攻を行なう理由の一つとなりました。

実はアメリカによる北朝鮮に対する経済制裁は朝鮮戦争後、現在に至るまで継続されています。クリントン政権のとき経済制裁の一部を緩和する動きがありましたが、アメリカ政府の北朝鮮に対する経済制裁は変わることなく続いています。ブッシュ政権のもとではブッシュ大統領が北朝鮮をイランなどと並ぶ“悪の枢軸”と決め付け、金融制裁など制裁さらに厳しいものになっています。アメリカは、北朝鮮に経済制裁を課す4つの理由を挙げています。①北朝鮮がアメリカにとって安全保障上の脅威であること、②北朝鮮がテロリストを支援していること、③北朝鮮がマルクス・レーニン主義の国家であること、④北朝鮮は大量破壊兵器の拡散を行なっている、ことである。ブッシュ政経の中のタカ派には、北朝鮮の体制転換を主張する声もあるなど、対北朝鮮強硬姿勢が目立ちます(ただ、2005年春にボルトン国務次官補が東京で行なった講演で、「アメリカは北朝鮮のレジーム・チェンジを求めていない」という発言をしています)。

また、2003年1月に北朝鮮が核非拡散条約を脱退したために同年4月に国連安保理が北朝鮮に制裁を課すべきかどうか議論を行なっています。その際、中国とロシアの反対で安保理は結論に達することはできませんでした。そのときの議論は、現在行なわれている議論と酷似していました。

最近では、北朝鮮に対して以下の制裁措置が取られています。日米韓は「枠組み合意」で約束していた石油輸出を2002年12月から中止しています。中国も、2003年に六者協議に出席するように北朝鮮に圧力をかけるために石油パイプリンを一時的に閉じて石油の供給を中止しています。北朝鮮が喉から手が出るほど欲しいのが石油と食糧ですから、その影響は大きかったと予想されます。石油供給を止められることは、北朝鮮にとって死活問題なのです。
いわば、北朝鮮は常に経済制裁にさらされてきたのです。では、その効果をどう評価すればいいのでしょうか。アメリカによって長期にわたって経済制裁を課せられてきた北朝鮮は、政治的だけでなく、経済的にも自ら孤立主義を強めてきました。エリオットは、北朝鮮が孤立主義を取ってきたことで、「経済制裁の効果は制裁の効果は限られている」と指摘しています。そして「もし経済制裁が軍事的な行動や北朝鮮の経済的崩壊を誘発することになれば、その潜在的なコストは極めて高いものになるだろう」と、逆に経済制裁のもつリスクについて言及しています。

といっても、経済制裁が発動されれば、北朝鮮が大きな影響を被ることは間違いありません。では、北朝鮮の貿易状況はどうなっているのでしょうか。2004年の北朝鮮の国別の輸出実績では、中国が5・8億ドル、韓国が2.6億ドル、ロシアが7200万ドルであるのに対して日本は1.6億ドルです。輸入は、中国が8億ドル、韓国が4・4億ドル、ロシアが2億ドルで、日本は8900万ドルにすぎません。中国と韓国、ロシアが最大の貿易国であり、しかもいずれも北朝鮮に対する経済制裁に反対しています。アメリカは既に50年以上にわたって北朝鮮に経済制裁を課しており、さらに追加的な措置を取る余地は少ないと思われます。とすれば、国連決議を背景に中国、ロシア、韓国が経済制裁に加わらなければ、経済制裁の効果は期待できないということになります。

また、経済制裁は相手国と同時に自国にも影響を及ぼします。それだけに経済制裁の発動は慎重でなければなりません。今回のミサイル発射実験で経済制裁を決めたのは日本だけです。北朝鮮の挑発的な行為を認めることはできませんが、それに対する感情的な反発だけでは外交政策とはいえません。北朝鮮が求めているのは、アメリカとの二国間協議であり、アメリカの金融資産凍結の解除です。ブッシュ政権は、二国間協議には応じられないという姿勢を崩していません。しかし、六者協議と平行して二カ国協議を行なうことは不可能ではないはずです。

事態を展開させるには、アメリカの北朝鮮政策を変えることが必要です。北朝鮮が求めているのは、アメリカの経済制裁の解除と体制維持の保障です。経済制裁を課しても、北朝鮮が現在の挑発的な政策を変更することはなく、逆に朝鮮半島で緊張が高まるだけに終るかもしれません。

7月7日付けの『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙は、ブッシュ政権の対北朝鮮政策について、次のような批判的な記事を掲載しています。「ブッシュ政権は北朝鮮を無視しようと試み、それから渋々北朝鮮問題に取り組み、さらに北朝鮮の指導者・金正日に個人的に追い詰め狙いで金融資産の凍結を行なった」「過去6年のこうした政策はいずれも効果を発揮することはなかった。そして現在、北朝鮮のミサイル発射後、ブッシュ大統領と彼の安全保障顧問たちは、“いつものような稚拙な選択(familiar bad choices)”に直面していることに気がついた。その選択は、今回の北朝鮮のミサイル発射とはまったく関係のないものである」。

そして、海軍戦争大学(US Naval War College)のジョナサン・ポラック教授の「今までのブッシュ政権の態度は、もし北朝鮮が自業自得に陥るのなら、そのままにしておくというものであった。しかし、ブッシュが大統領に就任した2001年1月と比べると北朝鮮問題をはるかに悪い状況にして政権の座を去る可能性が高まっているのは明らかである」と、ブッシュ政権の北朝鮮政策の“無策”を批判している。結局、この5年間、ブッシュ政権はなんら有効な北朝鮮政策を実施することができなかったのです。

経済制裁の有効性に関連して、中国や韓国、ロシアがどう対応するかが鍵を握っていると述べましたが、中国が北朝鮮に対して金融制裁を発動したというニュースが流れています。7月26日付けの『フィナンシャル・タイムズ』紙は、アメリカ政府筋の情報として、中国銀行(The Bank of China:国際業務を担当している中国の国営銀行)が同行のマカオ支店の北朝鮮の銀行口座を凍結したと報道しています。今まで中国は北朝鮮に不安定をもたらすような措置を講じることに消極的でした。ただ、その凍結は、今回のミサイル発射事件に関連しているよりも、北朝鮮の贋金作りに対する措置です。中国は、ミサイル発射事件以前から、北朝鮮に警告をしていました。アメリカ政府は昨年9月以降、モロッコのBanco Delta Asia(BDA)に北朝鮮が保有する2400万ドルの金融資産を凍結しています。ただ、中国銀行は、その報道に関してコメントをしていません。

ただ、同紙は「アメリカの金融制裁措置以降、幾つかの銀行は北朝鮮と金融取引を開始している。スイス、オーストリア、ロシア、シンガポールなどの国に2億ドルから3億ドルの残高を持つ新規口座を開設している」と伝えています。

経済制裁の難しさは、もしそれがうまく行かなかったとき、どういう形で政策転換を行なうかです。仮に期限を切って適用したとしても、その間、具体的な成果がない場合、どうするのでしょうか。もはや抜き差しならなくなった外交関係をどう修復するのでしょうか。高く振り上げた拳を、どうやって下すのでしょうか。外交政策は、硬軟取り混ぜてこそ効果があるものではないでしょうか。

次期首相と目される安倍幹事長の外交政策は、危なっかしくて見ておれない感じです。無原則な妥協をする必要はありませんが、対決姿勢だけで外交問題を解決できるものではないでしょう。ある政府関係者から聞いたところ、安倍氏にはブレーンと言われる人物はいないとのことです。本当に彼にどこまで日本の将来を任せることができるのか、やや不安を覚えるのを禁じえません。

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