中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/10/15 日曜日

ハーバード大の教育改革:日本の大学改革とどこが違うのか

Filed under: - nakaoka @ 17:20

今、日本の大学は必死になって“改革”を行なっています。確かに今までの大学は経営的にも、教育的にも、研究においても、決して褒められたものではありませんでした。しかし、本当に日本の大学が自己改革できるのかどうか、やや疑問な面もあります。今回は、ハーバード大学の改革を見ながら、日本の大学改革について書いてみたいと思います。私は、81年~82年にフルブライト奨学金でハーバード大学のケネディ政治大学院で学ぶ機会がありました。また、93年にジェファーソン奨学金でハワイの大学院大学イースト・ウエスト・センターで学ぶチャンスを得ました。また02年にセントルイスのワシントン大学で学生を教える機会を得ました。今年度、国際基督教大学、日本女子大学、武蔵大学、大阪外国語大学で合計9コースを教えています。そうした経験を元に『週刊東洋経済』(10月14日号)に原稿を寄稿しましたが、この記事は同寄稿のオリジナ原稿です。

最近、何人かの日本の大学関係者から聞いた話である。旧国立大学での話しだが、教員が集まると話はいつもお金の話になるという。教員が減ったが、非常勤の講師も雇えず、廃止になったクラスもあるという。また、別の大学関係者は、「大学は助成金や認可を得るために学生ではなく文部科学省のほうばかりを見ている」と嘆いていた。確かに今までの大学経営はあまりにもひどすぎたが、しかし現在行なわれている大学改革が日本の大学教育の復興につながるかどうか疑問である。

優れた教育をするためには、しっかりとして財政基盤が不可欠である。欧米の大学と比べると、日本の大学の財政基盤はお寒いばかりで、それだけ資金を文科省に依存せざるをえず、独自の教育システムを構築できないのが現状ではないだろうか。文科省はそれをいいことに直接、間接教育に介入しているように思える。アメリカのハーバード大学は、常にランキングでトップクラスに評価されている。最近の世界大学ランキング(『ニューズウィーク』誌9月27日号)でも、世界のトップにランクされている。

ハーバード大学が常に高い評価を得ることができるのは、質の高い教育を提供していることは言うまでもなく、それを可能にしている財政基盤を持っているからである。これは同大に限ったことではなく、アメリカの大学に共通していえることである。アメリカの大学の基金の総額は3000億ドルに達している。新規の寄付も巨額で、昨年は合計で267億ドルの寄付を得ている。しかも、そうした基金の運用益が大学経営に潤沢な資金の源泉となっている。昨年の基金の利回りは9%を上回っている。04年は15%を上回る利回りを確保している。

3年前、ニューヨークで新生銀行を買収したプライベート・エクイティ・ファンドのリップルウッドの担当者から、当時、筆者が所属していたセントルイスのワシントン大学の基金の運用をしていると話を聞いたことがある。大学基金は、ハイリスクの運用を行なっていると知って、驚いたのを覚えている。アメリカの大学は専門的なファンド・マネジャーを雇って積極的な基金の運用をしているのである。ハーバード大学は総額で259億ドルの基金を持っており、昨年の利回りは19%であった。

アメリカの税制では、大学への寄付は優遇されており、卒業生や企業は積極的に寄付を行なっている。要するに国のチャネルを通さなくても、大学は資金を得ることができるのである。ハーバード大学の収入を見てみると、授業料収入は全収入(約28億ドル)の21%を占めるに過ぎない。基金の運用益が実に31%を占めているのである。政府から得ている資金は、18%に過ぎない。その分だけ、各大学は主体的な教育ができるのである。

3年前、筆者が教鞭を取っていたワシントン大学でのことだが、バス停で日系の学生と話をする機会があった。彼女は「家は貧しいが大学の奨学金があるので進学できた。将来は医学部に進みたい」と語っていた。同大学の授業料は3万ドルを超えている。これは同大学に限らず、アメリカの大学に共通していえることである。ハーバード大の学部授業料も3万ドルである。主要大学の中で一番授業料が高いのはコロンビア大学で3・2万ドルである。日本の大学よりもはるかに高いが、豊富な資金を背景に潤沢な奨学金を提供して優れた学生を集めている。ハーバード大は、04年に低所得層の学生に対して授業料減免制度を持っている。最近、親の所得が4万ドル以下の学生に対して授業料を免除する決定を行なっている。

余談だが、日米の非常勤講師の謝礼を比較すると、筆者が教鞭を取ったワシントン大の1コースの謝礼は6000ドルであった。筆者は日本の大学でも非常勤として幾つかの大学で教えているが、謝礼は1600ドル程度である。優れた教育は、優れた教師を必要とする。そのためにも健全な財政的な基盤を持つことは不可避なのである。いかに教育改革を行なっても、自らの財源を持たない改革は画餅に終るだろう。日本でアメリカの大学のような基金を持っている大学は例外的な存在でしかない。もし本気で大学改革を主張するなら、税制面を含め大学の健全な財政基盤を作る支援をすることこそ必要ではないだろうか。

ハーバード大学の強さの秘密は、優れた奨学金制度に加え、学生の多様化(diversity)を積極的に進めていることである。今年度(9月に始まる)の入学者数は2109名(応募者2万2753名)であったが、女性の合格者は約52%であった。人種的にも、ラテン系が約10%、ネイティブ・アメリカンが1.4%、アフリカ系が約10%、アジア系が約18%と、性別、人種別の多様化を積極的に図っていることだ。繰り返すが、比較的低所得層が多いマイノリティの学生が入学できるのも、奨学金制度が整っているからである。

また海外からの留学生が多いのも、ハーバード大の強さの秘密のひとつである。学部では留学生比率は9%と低いが、大学院では30%、経営大学院では34%、行政大学院では39%と極めて高い。ちなみにアジアから来た外国人学生で一番多いのが、中国人学生である。05年秋学期の時点で中国人留学生378名に対して日本人留学生は135名に過ぎない。筆者が所属したワシントン大学でも、同様な傾向が見られた。中国人学生はアメリカの大学で最大のグループになっているのである。

サマーズ前学長の下で進んだ改革と彼の挫折

こうしたハーバード大の方針は、ローレンス・サマーズ前学長の強力な指導力の下に行なわれたものである。サマーズ前学長は、ハーバード大学の教授から世界銀行副総裁などを経て、クリントン政権で財務長官を務めた著名な経済学者である。財務長官を辞した後、同大の学長に就任している。昨年1月に行なわれたコンファレンスの席で「数学や自然科学を専攻する女性学者が少ないのは男女の間に本質的な違いがあるからだ」と、あたかも男女の間に能力差があると示唆する発言を行なったことから、教授たちの反発を買い、今年の6月に辞任に追い込まれた(その詳細はブログ「我が友サマーズのセクハラ発言顛末記」に書いています)。しかし、彼が行なったハーバード大学改革は注目に値する。

学生に対する奨学金支援も、サマーズ前学長の功績である。そのほかにも、学生の性別、人種別、経済面での多様性を促進すると同時に、卒業生を動員して地方の優秀な学生を積極的に掘り起こすなど“開かれた大学”にする努力を行なっている。03年に学長奨学金プログラムを設置、1500万ドルの資金を拠出している。授業に関しては、学生数が14名以下のセミナー形式の授業を大幅に増やしている。99年が34クラスであったのが、今年は141クラスにまで増えている。学生が専門コースと一般教育コース(コア・コース)の選択を柔軟に行なえるように制度を変えている。交換留学などによる海外での教育にも注力し、02年には164名しかいなかった海外への留学生の数は現在、451名と大幅に増加している。学部学生のほぼ半分が大学教育の一環として海外で学ぶまでになっている。財政面でも、サマーズ前学長は大きな貢献をしている。01年以降4年間で、同大学は二〇億ドル以上の寄付を集めている。

また学部の教員の数も大幅に増やしているが、失言に見られるように女性教師のテニュア(終身)ポストへの登用は少なかった。彼の在任中に32名の教授にテニュア・ポストが与えられたが、そのうち女性は4名に過ぎなかった。そうした不満が“失言”で一気に噴出し、彼の辞任の引き金となったのかもしれない。ただ、同大では女性教師が仕事と育児を両立できるように、750万ドルのプログラムを実施している。

アメリカの大学ではテニュアを取れるかどうかが、教師にとって死活問題となっている。大学では助教授、準教授、教授が存在するが、準教授が教授に昇格する保障はない。それだけ熾烈な競争が行なわれている。筆者は同大学に在学中に医学部準教授の家に住んでいたが、いつも先行きに対する不安を語っていたのを覚えている。ちなみに同大学で約2500名の教師がいるが、テニュアと持っている教授は925名、うち女性は175名である。

サマーズ前学長は辞任の辞の中で「ハーバードの偉大さは世界や世界のニーズの変化に対応して進化することができることだ」と述べている。改革半ばで辞任に追い込まれたサマーズは、さぞ無念であったろう。なお、彼の基本給は58万ドルであった。

PS:
なお、アメリカの大学の学生の勉強ぶりですが、日本の学生と比べると圧倒的に勉強している印象です。ちなみにワシントン大学は大学ランキングで12~13位ですが、学生はリーディング・アサインメンとを読むために深夜まで勉強していました。日本人の留学生も、必死で宿題をこなさないとクラスに着いていけないようでした。週末も大半が勉強で、アルバイトに現を抜かすという生活は思いもよらぬもののようでした。ましてやキャンパスをブランド物を着て歩いている学生の姿は見たこともありません。少なくともアメリカの大学生には学ぶという強烈な姿勢がみられました。また、日本の大学生に比べると大人の感じもします。大学のカリキュラムも組織的で、教師のほうも教育に熱心に取り組んでいました。本当に研究したい学者は様々な基金から研究資金を得て、担当クラスを減らして研究に没頭するというのが普通です。

90年代の初め、多くのアメリカの大学は学生数の減少などで苦境に立ち、それぞれが大胆な改革をし、質の向上に努めてきました。ハーバード大学のサマーズ改革の最大の特徴は、性、所得、人種などで学生の多様化を積極的に図っていることでしょう。10年後、日本の大学教育はどうなっているのでしょうか?

ちなみに、日本の教育をダメにしてきたのは文部科学省であるというのが、私の持論です。

2件のコメント

  1. ハーバードに女性学長誕生…

    ハーバードに初の女性学長(President)が誕生しそうです。(ニューヨークタ……

    トラックバック by 本山勝寛 Road to Harvard:スペースアルク — 2007年2月12日 @ 10:00

  2. 日本からの関心度低下が際立つアメリカ…

    日本から訪れたジャーナリストが「最近日本ではアメリカの人気は落ちており、関心の……

    トラックバック by 専門家や海外ジャーナリストのブログネットワーク【MediaSabor メディアサボール 】 — 2008年2月11日 @ 10:08

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