中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/10/27 金曜日

ポ-ルソン財務長官とアメリカの対中国政策:「米中戦略的経済対話」と人民元問題の行方

Filed under: - nakaoka @ 22:59

アメリカ人と中国人は、おそらく日本人とアメリカ人よりも相性が良いのではないかと思います。アメリカ人は歴史が古く、大きな国が基本的に好きな国民です。またアメリカの組織的な意思決定プロセスは基本的にトップ・ダウンで、その点でも日本よりも中国の意思決定プロセスに近いのではないでしょうか。アメリカ人が日本人と交渉するときには相当フラストレーションが高まります。一体誰が意思決定者かさえはっきりしないのが、日本の仕組みです。しかし、これは私の印象ですが、中国では交渉担当者に相当の権限を与えられているようです。ですから米中の間の外交交渉には一定のゲームのルールが存在するのではないかと思います。米中は対立しているように見えて、1971年の「ニクソン・ショック」(日米で対中国政策で歩調をあわせていたにもかかわらず、日本に事前に通告することなくニクソン大統領が国交回復を目指して中国を訪問した事件)のように、米中関係はあるとき突然日本を差し置いて動き始めるかもしれません。ゼーリック前国務副長官は中国をアメリカのステークホールダー(stakeholder:利害共有者)であると呼び、ポールソン財務長官はさらに進んで米中関係はアクティブ・エンゲージメント(active engagement:積極的な協力関係)の状況にあると表現しています。明らかに米政府の対中政策は変わりつつあるようです。今回は米政府内で最も知中国派のポールソン長官の米中関係構築の試みや元相場問題に焦点を当てて見ます。

ポールソンが、ゴールドマンサックスのCEO(経営最高責任者)から7月10日に財務長官に就任して3ヶ月経つ。この間に同長官は強烈な指導力を示し、財務省の復権が進んでいる。ブッシュ政権の最初の財務長官のオニールはホワイト・ハウスのチーム・ワークに馴染めず02年12月に実質的に解任された。オニールを継いだスノー財務長官も無力ぶりを露呈し、04年の大統領選挙で必死にブッシュ再選に動き、かろうじて第2次政権でも財務長官の地位に留まった。この二人の財務長官の下で財務省は影響力を失い、政策決定過程から疎外されてきた(ポールソン長官については本ブログでも書いていますので参照してください「ゴールドマン・サックス証券と米政府の間にある緊密な関係」)。

ポールソン財務長官はゴールドマンサックス流のビジネスのやり方を財務省に導入している。同長官は毎週末に自宅でスタッフ会議を開き、また前夜に電話で具体的な業務指示を出し、出勤したスタッフがすぐに業務に取り掛かれる体制を作り上げている。政策面でも同長官の下で財務省は間違いなく復活しつつある。

財務省の最大の課題は中国である。ポールソン長官が、貿易不均衡と人民元の切り上げ問題で指導力を発揮しつつある。同長官は「自分が長官のポストを引き受けたのは年金改革や健康制度改革など重要な国内問題を処理するためである」と語っているが、それ以上に財務省にとって通貨調整を含む対中経済政策をどう立て直すのかが最大の課題となっている。

ブッシュ政権に対中経済政策ないといわれている。それだけにポールソン長官に対する期待は大きい。長官は70回以上も訪中するなど中国に強力な人脈を持っている。中国人民銀行の周小川総裁とはファースト・ネームで呼び合う関係にある。同長官の最初のテストは、9月19日の中国訪問であった。同長官は国家経済委員会のハバード委員長を説得して訪中に同行させるなど、ブッシュ政権内での自らの存在感を中国側にアピールしている。また、対中政策を再構築するためにライス国務長官の上級顧問であったウィルキンソンを首席補佐官に迎え、コンサルティング会社ストーンブリッジ社長で中国通のレイをスタッフに任命するなどして財務省の中国チームの強化を図っている。

米中会談の結果、両国は年2回、米中で交互に「米中戦略経済対話」を開催することで合意した。対話にはアメリカ側からはポールソン財務長官を初め商務省、国務省、通商代表部、環境保護庁の責任者が出席し、中国側からは呉儀国務院副総裁、李肇星外交部長、金人慶財務部長など経済、外交の責任者が揃って出席することになっている。同対話で外交問題に留まらず為替政策、金融市場開放、エネルギーの需要調整、知的財産権保護など両国が直面する全ての課題が協議されることになる。「米中戦略経済対話」が、米中協議の中核的な場になることは間違いない。それはアメリカ側はポールソン長官が率いる財務省が対話のイニシアティブを握ることを意味し、同長官の訪中の大きな成果と見られている。最初の会合は12月に北京で開催される予定である。

しかし、現実の差し迫った課題に解決の目処は立っていない。それは人民元の切り上げ問題と貿易不均衡問題である。昨年7月に人民元の切り上げが行なわれたものの、現在まで5%程度きり上がったに留まっており、米中貿易不均衡の拡大は続いている。こうした情勢を背景にアメリカの議会や産業界に保護主義的な政策を求める声が高まってきている。それだけに同議長に対する期待感は強いが、同長官は「私は特定に経済問題に対して即効性のある解決策を求めていない。今後の話し合いの基調を決めることだ」と語り、性急に具体的な成果を求める声を制している。

米中対話の枠組みを作った同長官は、帰国後、国内の保護主義の抑制する行動を取った。シューマー上院議員とグラハム上院議員が中国からの輸入品に対して27・5%の特別関税を課す法案を上院に提出していたが、同長官は政治力を発揮して両議員を説得、法案の票決を断念させている。また、同長官は保護主義的な立場を取っていた全米製造業協会を説得し下院に提案されている保護主義的な法案を支持しないという言質を取り付けることに成功している。
では、ポールソン長官の対中戦略はどのようなものであろうか。同長官は訪中のたびにいつも貧困にあえぐ地方視察を行い、中国の抱える様々な問題を熟知していると言われる。また外圧を掛けても中国指導部は動かないことも、経験から知っている。同長官は、米中間で友好的な関係を構築することで両国の間に横たわる問題を協力して解決しようという姿勢を取っている。昨年、ゼーリック国務副長官が中国を“ステークホールダー(利害共有者)”と規定し、外交政策で新しい米中関係に踏み出したが、ポールソン長官は中国との関係を“エンゲージメント”という言葉で再規定している。すなわちお互いが協力しあうことで問題の解決を図るという考え方ものである。

ニコルス元財務次官補は、「ポールソン長官の外交政策は中国との間で良好な関係を構築する最も効果的な方法であると信じている」と、そのソフト戦略を説明している。要するに「米中の繁栄はお互いに密接に結びついており、人民元の切り上げあるいは変動相場制への移行は両国にとってプラスである」というのが、同長官の基本的な立場である。80年代半ばの財務省が日米円ドル委員会で日本に急激な円高と金融市場開放を求め、日本に圧力を加えた政策と現在の財務省の対中政策はかなり色合いが違っている。

中国社会科学院の専門家は「戦略経済対話は両国の経済関係を改善し、両国が相手国に脅威を与えるような性急な政策を取らないことを示したものである」と解説している。いままでブッシュ政権は明確な対中経済政策を持っていなかったが、ポールソン長官によってアメリカの対中経済政策の新しい時代が始まったといえる。

こうしたポールソン長官のソフト路線に対応するように中国側にも通貨政策や貿易政策を巡ってコンセンサスが形成されつつある。少なくとも緩やかな人民元の切り上げは中国経済にとって必要であるという点で政府中に大きな意見の相違はないと伝えられている。特に中国人民銀行は積極的な切り上げを主張している。しかし、輸出業者などの利益を代弁する商務部などは切り上げに反対し、政府が最終的な決断を下すにはまだ時間がかかるかもしれない。

中国経済はディレンマに直面している。国営企業の整理に伴って発生した大量の失業者や都市へ流入してきた農民に雇用を提供しているのが、輸出企業である。人民元の切り上げは輸出を低下させ、雇用問題を深刻化させる懸念がある。しかし、人民元相場を維持するために為替市場介入を続ければ、銀行は不動産などの分野に過剰融資を行い、バブルを悪化させる懸念がある。そうなれば5000億ドルと推定される銀行の不良債権がさらに増加するのは間違いない。

おそらく中国の国内情勢を熟知するポールソン長官は、性急に人民元の切り上げと貿易不均衡の改善を求めれば中国経済に深刻な影響を及ぼすことを知っているのであろう。

もちろん同長官のソフト路線に対する批判の声も聞かれる。批判者たちは、11月の財務省の議会報告で中国を“為替相場操作国”に指定するように求めている。ポールソン長官はこうした要求を拒否すると思われるが、ブッシュ政権の残りの2年しかない。ソフト路線が効果を発揮するには時間がかかるが、アメリカがどこまで我慢できるかが問題である。

1件のコメント »

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