中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/11/5 金曜日

大統領選挙とネオコン(1)

Filed under: - nakaoka @ 0:39

大統領選挙は終りました。開票結果を巡って法廷闘争が始まるかもしれないという懸念は、ケリー候補の敗北宣言で杞憂に終りました。今後の焦点は、第2期ブッシュ政権の組閣がどうなるかです。既に様々な報道が行なわれ、推測が報道されています。閣僚を辞任する人、新たに内閣に加わる者と、それぞれ様々な物語が展開することになるでしょう。そうした人事の推測は本欄の範囲を超えるので、大手のメディアに任せましょう。ここでは予告通り「大統領選挙とネオコン」について書くことにします。

まず、多くの読者は「ネオコン」と言っても、「どこかで聞いたことはあるけど、良く分からない」という人が多いのではないかと思います。その詳しい歴史や思想は私の本「アメリカ保守革命」を読んでいただくとして、ここでは簡単に説明するに留めます。「ネオコン(neocon)」は「ネオコンサーバティズム(neo-conservatism)」を略したもので、特に日本だけで使われている略称ではなく、アメリカでも一般に使われている用語です。アメリカの保守主義者には、キリスト教やアメリカの建国の精神に依拠しながら伝統的な価値観を主張する伝統主義者と呼ばれる保守主義者(コンサーバティブ)がいます。それに対して、50~60年代に民主党のグループだった一部の人々が、民主党主流派のソビエト戦略、反共戦略、イスラエル政策に反対して、民主党を離脱していきます。当初のネオコン・グループの多くはユダヤ人であったことから、イスラエルを支持する立場を取っていました。そのグループは民主党を離脱し、次第に共和党に接近するのです。そして、ネオコンの多くは1981年に成立したレーガン政権に参画して行きます。そうした人を、伝統的な保守主義者と区別する意味もあり、新しいコンサーバティブ=ネオコンと呼ぶようになったのです。

では、それが現在のブッシュ政権とどう関連するのかについて説明します。レーガン大統領がソビエトのことを”悪の帝国”と決めつけましたが、そうした発想はネオコンの反共主義から出てきたものでした。レーガン政権が2期続き、ブッシュ政権(今のブッシュ大統領の父親)が誕生します。そして湾岸戦争が起こり、連合軍が圧倒的な勝利を収めます。その時、ネオコンはサダム・フセイン大統領を放逐するように主張します。しかし、ブッシュ大統領はその助言を退け、湾岸戦争を拡大しませんでした。そして、ネオコンと呼ばれる人々をホワイトハウスや政権から排除したのです。ブッシュ大統領はクリントンに大統領選挙で負け、政権は共和党から民主党に移ります。それから8年間、ネオコンは野に下り、野党の共和党のために政策立案を行なってきました。そして、2001年に再び共和党のブッシュ政権(息子)が誕生し、表舞台へ登場するチャンスに恵まれたのです。しかし、当初からブッシュ政権とネオコンが良好な関係にあったわけではありません。両者が急接近するのは9月11日の連続テロ事件をきっかけにしてからです。連続テロ事件を契機に、ネオコンがブッシュ政権の外交政策のリードするようになったのです。

ブッシュ政権が、テロとの戦いでアフガニスタンに侵攻し、テロを支援しているとしてタリバン政権を崩壊させます。との時、アメリカの外交政策は”一国主義”へと大きく傾いたのです。「攻撃される前に攻撃する先制攻撃」を主張する”ブッシュ・ドクトリン”が、アメリカの外交政策の大きな柱の1つになります。ブッシュ政権は、大量破壊兵器を持ち、アメリカの安全にとって脅威となるイラクへ侵攻し、イラク戦争が始まりました。大量破壊兵器を持っていること、アメリカにとって脅威であることが、イラク戦争を始める根拠となったのです。要するに、アメリカ国民が殺戮される可能性があるのを座して待ているわけにはいかない。その脅威を事前に取り除くべきであるというのが先制攻撃論が主張するところだからです。

だが、イラク戦争は、ブッシュ政権あるいはネオコンの思惑通りには進みませんでした。大統領選挙の最大の焦点となったように、イラク戦争に”大義”があるのかどうか問われ始めたのです。結果的には、大量破壊兵器は発見されず、イラクが本当にアメリカの安全の脅威だったのかという疑問が提起されるようになったのです。イラク戦争の”大義”が問われるということは、その政策の枠組みを作ってきたネオコンの主張の正当性が問われるということも意味していました。したがって、今回の大統領選挙の隠れた焦点は「ネオコンに対するリフレンダム(国民投票)」でもあったのです。ネオコンが主張する「一国主義」「予防的攻撃」「イラクを軸とする中東の民主化政策」「アメリカ民主主義の世界への布教」といったネオコンの思想が問われる選挙でもあったのです。

ネオコンの多くは、必ずしもブッシュ候補の勝利を確信していたわけではありません。ネオコンの意見を代弁する雑誌「ザ・ウィークリー・スタンダード」や「ナショナル・ジャーナル」の記事を読むと、彼らがブッシュ候補の勝利を確信していないことが分かります。多くの記事で「もしケリー候補が勝ったら・・・」という言葉が頻繁に出ており、その際の対応策を提言したりしているのです。心の底のどこかに、彼らはケリー勝利に対する不安を抱いていたことは確かです。

ところで、ネオコンに反対する勢力として”ネオリアリスト”と呼ばれる保守主義者と、リベラルの立場からネオコンを批判する”ネオリベラリスト”がいます。その両者に共通するのは、ネオコンの一国主義を批判しているところです。ただ、ネオリアリストは伝統的な保守主義者で、モンロー主義に代表されるように国際問題に対するアメリカの非介入を主張しています。彼らはナショナリストですからネオコンと共通する思想を持っていますが、外交政策では基本的に異なった考えをしています。また、ネオリベラリストは多国籍主義者で、国際協調を主張しています。ケリー候補が、イラク戦争を解決するために国際会議の開催を主張したのも、国連重視を主張したのも、そうした考えを受けたものといえます。

しかし、イラク戦争を非難するケリー候補は負けました。それは、ネオコンからすれば、自分たちの主張が国民に支持されたことを意味するのです。原稿が長くなりますので、今回はここでいったん終わり、次の記事でネオコンの論者であるトッド・リンドバーグが「ウィークリー・スタンダード」に寄稿した「The Refrendum on Neoconservatism」を紹介しながら、第2期ブッシュ政権とネオコンの関係を考察していきます。

1件のコメント

  1. 中岡さん、
    この記事ってすぐく楽しみに待っています。日本のブッシュやネオコンについての意見が興味になっていました。がんばってくださいね!

    コメント by Chris Born — 2004年11月6日 @ 02:09

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