中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/11/12 日曜日

ブッシュ大統領は弾劾にかけられるべきか?:米大手メディアがホームページ上で調査を実施

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中間選挙は大方の予想通りに民主党の勝利に終わりました。下院はほぼ間違いなく民主党が過半数を制すると予想されていましたが、上院まで過半数を制するかどうかは微妙な状況でした。中間選挙予想のブログにも書きましたが、コネチカット州で民主党の上院議員予備選挙で敗北した現職のリーバーマン上院議員が無所属で立候補し、正式な民主党候補となったラモントを破って再選を果たしました。一時期、リーバマン議員は共和党に鞍替えするのではないかとの観測もありましたが、選挙後、「自分を民主党員と呼んでくれ(”Call me a Democrat”)」と発言しているように、基本的に民主党の立場で行動することを明らかにしています。その結果、上院は民主党がリーバーマン議員を含め51議席を獲得、共和党の49議席を上回りました。中間選挙分析は『週刊東洋経済』に執筆しますので、後でブログにアップします。また、日米の保守主義に関しては『週刊エコノミスト』臨時増刊号に寄稿します。詳細な分析は、2つの寄稿原稿で展開します。今回は、アメリカの大手テレビ局NBCが興味深い世論調査をしています。それは「ブッシュ大統領の行為は弾劾に値するか」というものです。それに関して、以下に書いてみます。なお最後にブッシュ大統領の弾劾問題を扱った書籍のリストをつけました。

私は『アメリカ保守革命』(中央公論新社刊)を執筆したとき、アメリカの保守主義思想の奥深さに感動しました。私は決して保守主義者ではありませんが、アメリカの保守主義思想を作り上げてきた思想家たちの思いに非常に大きな共感を覚えました。そのアメリカの保守主義の最初の試みは、ルーズベルト大統領のニューディール思想とニューディール政策に基づく国家観に対する思想的挑戦として始まりました。その理論構築が終ったあと、保守主義者は政治という実践の場で保守主義思想の実現を図ろうとしました。彼らが最初に選んだ人物は当時の共和党の大物議員タフト上院議員でした。彼が志半ばでガンで死んだため、次に保守主義者が選んだのがゴールドウォーター上院議員でした。しかし、彼は大統領選挙でジョンソン大統領に大敗します。その敗北は、保守主義者にアメリカ社会における自分たちの存在がいかに希薄であるかを思い知らせることになりました。それを契機に保守主義者はグラスルーツの政治組織を構築していきます。そしてニクソン大統領が「サイレント・マジョリティ」と呼んだ保守的な中間層を取り込んで行きます。そうした努力の積み重ねが、1980年の大統領選挙での共和党のレーガン候補の勝利に結びつくのです。レーガン大統領は、自ら保守主義者を名乗った最初の大統領でした。

レーガン大統領はソビエトを「悪の帝国」と呼び、それまでのキッシンジャー流の”現実主義路線”からソビエトに対する対決姿勢を強め、軍事増強を図り、ソビエト体制に対して今で言う“体制転換(regime change)”を迫りまし。その結果、ベルリンの壁が崩れ、ソビエト体制が崩壊していきます。レーガン大統領は様々な保守主義の政策を実現に移そうとします。「小さな政府」「市場主義」「福祉政策の転換」「強いアメリカの実現」「大幅減税」などです。しかし、レーガン革命は未完の革命に終わります。ソビエト体制の崩壊という成果を上げたものの、国内的には大幅な財政赤字と貿易赤字(双子の赤字)を作り出し、社会政策でも必ずしも保守主義者の求めた政策を実現することはできませんでした。

レーガン大統領を継いだブッシュ大統領は、基本的には保守主義者ではなく、伝統的な共和党主流派、あるいは東部エスタブリッシュメントに属する政治家でした。彼は、湾岸戦争で勝利を収めたものの、財政赤字問題に対処するために増税を実行します。それを保守主義者は、レーガン革命に対する裏切りと見なしました。リベラリズムが衰退するなかで、民主党のクリントン候補は南部をベースに「財政均衡」「小さい政府」など保守主義者顔負けの政策を掲げ、自らの立場を“ニューデ・モクラット”と呼びました。従来の民主党の立場から大きく転換したのです。保守主義者の主張する“財政均衡”を達成したのは、民主党のクリントン大統領でした。これは歴史の皮肉科もしれません。

現ブッシュ大統領はテキサス州知事から大統領選挙に立候補し、かろうじてゴア副大統領を破って選挙で勝利を収めます。しかし、その勝利はフロリダ州選挙の得票数を巡って争われ、最終的に最高裁の判決で決着して大統領に就任したことで、最初から大きなマイナスを背負って大統領職に就いたのです。選挙スローガンに“共感性のある保守主義(compassionate conservative)”を掲げ、自ら”born-again Evangelical” (生まれ変わったエバンジェリカル)を名乗り、保守派のクリスチャン・コーリション(キリスト教同盟)の支持を得ます。しかし、明確な外交政策を持っておらず、2001年9月11日の連続テロ事件後、ネオコンと称される人々の外交政策に完全に乗ってしまいます。

その後、ブッシュ大統領が行なったことは、”テロ戦争”を口実に国民のナショナリズムを訴え、ありとあらゆる非民主的な政策を合理化したことです。ネオコンの国際機関不信をベースに“一国主義(unilateralism)”を外交政策の基本にし、さらに「アメリカ国民がテロの被害を受けるのを座して待つわけにはいかない。その危険性があれば、アメリカは国民を守るために先制攻撃を加える権利がある」という”ブッシュ・ドクトリン“を打ち出し、大量破壊兵器を持つとの理由からイラク戦争へと突っ走って行きます。さらに、国内においては、テロを防ぐとの口実で個人情報のスパイ活動を行ない、国際条約であるジュネーブ協定を無視してイラク人捕虜の拷問を正当化するなど民主主義の基本を否定する政策を取り続けていきます。明らかにアメリカの建国の理念に反する政策でした。

それは保守主義者が望んだ政策ではありませんでした。ただただ国家主義、愛国主義をベースに国家の国民に対する干渉を強化するものでしかありませんでした。伝統的な保守主義者が望んだのは、国家から自由になる国民でした。そのために、国家に依存することのない自己責任の原則であり、国家の市場介入を拒否する市場主義でした。ブッシュ大統領は、保守主義者が抱いた理念を、愛国主義を口実に踏みにじってきたのです。2001年から6年間のアメリカ社会は、政治的に大きく後退しました。政治的な理念も正当性を失ってしまいました。それが今回の中間選挙敗北の背後にあったのではないかと思います。また、国内政策でも史上最大の財政赤字を計上し、一部の保守派から父親と同様に”裏切り者”とさえ言われています。父親のブッシュ大統領はレーガン革命の裏切りと批判され、大統領選挙で落選しました。また、息子のブッシュ大統領も保守主義の理念に背いているのです。

ブッシュ政権を支えてきたエバンジェリカルなどの保守派は、ブッシュ政権を見限ったのです。もはや、ブッシュ政権には守るべき政治的理念もなくなっているのです。こうした状況を受け、NBCテレビは視聴者を対象にウエブ上でアンケート調査をしています。その内容は以下の通りです。

質問:あなたはブッシュ大統領の行動は弾劾に値すると信じますか?

(1) はい、秘密裏に行なわれた国民に対するスパイ行為、欺瞞でイラク戦争を導いたこと等、大統領を裁判にかけ る十分な根拠はある
(2)いいえ、他の大統領と同じように、ブッシュ大統領は幾つかの間違いを犯しましたが、それらは“重罪と不法行為”とはいえない
(3)いいえ、ブッシュ大統領はまったく間違ったことはしていません。弾劾は政治的なリンチである
(4)分かりません

英語では以下の通りです

Do you believe President Bush’s actions justify impeachment?

1. Yes, between the secret spying, the deceptions leading to war, and more, there is plenty to justify him on trial
2. No, like any president, he has made a few missteps, but nothing approaching “high crime and misdemeanors”
3. No, the man has done absolutely nothing wrong. Impeachment would just be a political lynching
4. I don’t know

大手メディアがこのようなアンケートを行なっているのも、興味深いです。まだアメリカの民主主義は捨てたものではないのかもしれません(蛇足ですが、日本政府はNHKに北朝鮮の拉致問題の報道を増やすように要請しました。これが自民党の民主主義や報道の自由に対する基本的な理解を反映しているのは間違いないでしょう)。かつてニクソン大統領はウォーター・ゲート事件で弾劾され、最終的に弾劾しないという条件で辞任しました。クリントン大統領はモニカ・ルインスキー事件で偽証を行なったとして、共和党はクリントン大統領を弾劾しようとしました。それは極めて政治的な行動でしたが、結局、失敗に終わっています。二人の大統領が弾劾を問われた行動と比べれば、ブッシュ大統領の行為ははるかに深刻です。根拠なき理由からイラク戦争を始め、多くのアメリカの若者を戦死させ、テロを口実に国民の盗聴を認め、アメリカを盗聴国家にしてしまったのです。

さて、皆さんは、ブッシュ大統領は「弾劾」されるべきだとお考えでしょうか。それとも、彼はなんら間違ったことをしていないとお考えでしょうか。小泉前首相にも、ぜひ答えてもらいたいものです。

【資料】
ブッシュ大統領の弾劾関係の書籍:

The Genius of Impeachment: The Founders’ Cure for Royalism and Why It Must Be Applied to George W. Bush By John Nichols
The New Press. 217 pages. $15.95.

Pretensions to Empire: Notes on the Criminal Folly of the Bush Administration
By Lewis Lapham The New Press. 277 pages. $24.95.

The Case For Impeachment: The Legal Argument for Removing President George W. Bush From Office
By David Lindorff and Barbara Olshansky St. Martin’s Press. 275 pages. $23.95.

Articles of Impeachment Against George W. Bush
By the Center For Constitutional Rights Melville House Publishing. 141 pages. $9.95.

The Impeachment of George W. Bush: A Handbook for Concerned Citizens
By Elizabeth Holtzman and Cindy Cooper Nation Books. 256 pages. $14.95.

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