中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/12/7 木曜日

超党派グループ「イラク研究グループ」の勧告(要約の全訳):これでアメリカの対イラク政策は変わるのか?

Filed under: - nakaoka @ 16:02

待望の「イラク研究グループ(Iraq Study Group)」のレポートが12月6日に発表されました。中間選挙で国民のイラク戦争不支持が明らかになり、ブッシュ政権はイラク政策の転換を迫られていました。まず、ラムズフェルド前国防長官を解任。後任のゲーツ長官人事は異例の速さで上院で承認されました。そのなかで、レーガン政権の時の国務長官でブッシュ一家と極めて近いベーカーと民主党のハミルトン元下院議員を中心とする超党派の「イラク研究グループ」が、新しいイラン政策の提言を検討していました。どんな勧告が行なわれるか、注目を集めていました。アメリカでは、こうした報告書には「Executive Summary」という要約がつくのが普通です。今回、その要約の全訳を掲載します。それを読めばグループの意図は明白ですが、ただ私の印象を付け加えれば、“期待外れ”ということです。様々な勧告が行なわれていますが、ポイントは、イラク政府に「本気でヤルキがないのなら、もう手を引くぞ。頑張るなら精一杯支援を続けるぞ」というイラク政府向けのメッセージが勧告の核心のようです。アメリカの最高の良識を持ってしても、この程度の勧告しかできないのです。なお、追記:次回のブログではイラク戦争を計画し、リードしたネオコンたちが、同報告に対してどういう反応をしめしているか紹介します

以下、「Executive Summary」の全訳です(ただ、短時間に訳したので、もし誤字脱字があれば、ご容赦を)

イラクの情勢は深刻であり、悪化し続けている。イラク戦争の成功を保証する道はまったく存在しないが、状況を改善させることができる可能性はある。

本レポートで、私たちはイラクとアメリカで取るべき行動に関して幾つか勧告する。私たちの最も重要な勧告は、イラクと同地域において新たに外交努力と政治的努力を強化することを求めていることである。そしてアメリカが責任をもって戦闘要員をイラクから撤退できるようにイラクにおける米軍の使命を変更することである。私たちは、2つの勧告は同じように重要であり、それぞれが補完しあっていると信じている。もし勧告が効果的に実施され、イラク政府が国内の和解で前進することができれば、イラクはより良き将来を獲得するための機会を得ることができるし、テロに打撃を与え、世界の重要な地域での安定が高まり、アメリカの信頼性と利益、価値が守られることになるだろう。

イラクで直面している課題は、複雑である。暴力は広がり、長期に及んでいる。状況の悪化は、スンニ派の反乱(insurgency)、シ-ア派の民兵、アルカイダの決死隊、蔓延する犯罪によってもたらされている。宗派対立が安定を確保するための最大の障害となっている。

イラクの人々は民主的に政府を選んだが、政府は国内の融和を進め、基本的な安全を提供し、基本的な社会サービスを提供できるまでに至っていない。

状況の悪化が続けば、その結果は厳しいものになる可能性がある。混乱は、イラク政府の崩壊と人的な悲劇を引き起こす引き金になるだろう。隣国は介入してくる可能性もある。スンニ派とシーア派の対立が拡大する可能性もある。アルカイダが情宣活動で勝利を収め、テロ活動の基地を拡大することになるかもしれない。アメリカの国際的な地位は低下するかもしれない。

過去9ヶ月の間、私たちは事態を改善させることができるあらゆる方策について検討を加えてきた。いかなるものにも欠陥があるものである。私たちが勧告した道筋にも短所はあるが、それはイラクと同地域の状況にプラスの影響を与える最善な戦略と戦術を含んでいると信じている。

                        外部からのアプローチ

イラクの隣国の政治と行動は、イラクの安定と繁栄に大きな影響を及ぼす。同地域のどの国も、混乱に陥ったイラクから何の恩恵も得ることはできないだろう。しかし、イラクの隣国はイラクが安定を確保するために十分な支援をしていない。幾つかの国は安定を阻害している。

アメリカは、イラクと同地域に安定をもたらすために国際的なコンセンサスを構築するために新たな外交行動をただちに始めるべきである。アメリカは、イラクの混乱を回避することに関心を抱く、イラクの隣国を含むすべての国を外交努力の対象にすべきである。イラクの隣国と同地域内および同地域外の主要国は、イラク自身が達成することができない安全保障と国内融和を促進するために支援グループを設置すべきである。

イランとシリアがイラク国内の情勢に影響を与える能力を持ち、彼らの国益はイラクの混乱を回避することであることを前提に、アメリカは両国に建設的な関与をさせるように努力すべきである。両国の行動に影響を与えるようとするなら、アメリカは利用できるディスインセンテフィブ(disincentives:意欲を削ぐ政策)とインセンティブ(incentives:意欲を高める政策)の両方を活用すべきである。イランは、武器のイラクへの流入を阻止し、イラクの主権と領土保全を尊重し、イラク国内の融和を促進するためにイラクのシイア・グループに影響力を行使すべきである。イランの核計画問題は、引き続き国連安保理事会の常任理事国5カ国プラスドイツによって処理されるべきである。シリアは、イラクとの国境を管理し、イラン内外からの資金の流入と反抗分子とテロリストのイラン国内への流入を阻止すべきである。

アメリカは、アラブとイスラエルの対立と地域的な安定を直接処理できなければ、中東での目標を達成することはできない。そのためには、アメリカはアラブ・イスラエルの総合的な和平を達成するために「コミットメント(約束)」を更新すべきである。2002年6月にレバノン、シリア、ブッシュ大統領がイスラエルとパレスチナの2カ国を認める解決策(a tow-state solution for Israel and Palestine)を支持するコミットメントを行なっている。このコミットメントの中に、イスラエルとレバノン、(イスラエルの存在権を認める)パレスチナ人、シリアの直接交渉を含めるべきである。

アメリカがイラクと中東に対する新しい政策を立案し、アメリカはアフガニスタンに追加的な政治的、経済的、軍事的支援を与えるべきである。その中にイラクから戦闘要員の撤退が完了したら与えるという条件をつけた支援を含めるべきである。

                       内部からのアプローチ

イラクの将来にとって最も需要な問題は、イラク人の責任である。アメリカは、イラク国内でのアメリカの役割をイラク人が自らの運命に対して責任を取るように勧めるように調整すべきである。

イラク政府は、イラク部隊の数と質を高めることでイラクの安全保障に対する責任を負うべきである。このプロセスは進行中であるが、それを促進するためにアメリカは大幅にアメリカ軍の要員を増やすべきである。その中にはイラク軍を支援する戦闘部隊が含まれる。責任の移行が進むにつれて、戦闘部隊はイラクから撤退することが可能になる。

イラクのアメリカ軍の主要な使命はイラク軍の支援に変わっていくべきである。したがって、イラク軍は戦闘作戦に対する主な責任を負うことになる。2008年の第一四半期までに、地上での安全保障状況の予想外の展開がなければ、force protectionに必要でない全ての戦闘部隊はイラクから撤退することになる。その時点で、イラクに配属されるアメリカの戦闘部隊は、イラク軍に組み込まれている部隊(units embedded with Iraqi forces)と迅速対応・特別作戦チーム(rapid-reaction and special operation teams)、訓練、装備、アドバイス、force protection、調査・救援に関わる部隊だけになる。諜報活動と支援活動は、継続される。迅速対応・特別作戦チームの主要な任務は、イラクのアルカイダの攻撃に携わることである。

イラク政府が当分の間、アメリカから支援を必要とすることは明らかである。特に安全保障の責任を果たすためには支援が必要である。しかし、アメリカは、もしイラク政府が任された責任を果たさないならアメリカは予定された配属を含め予定通りに計画を実施することをイラク政府に対して明確にしておくべきである。アメリカは、イラクに多数の軍人を配置するという無制限の約束をすべきではない。

アメリカ軍の再配置が進むに従って、軍の指導者はアメリカに帰国した兵士が完全な戦闘能力を回復するための訓練と教育に注力すべきである。装備がアメリカに戻されたら、議会はそれから5年間の間、装備の機能を維持するために十分な予算措置を講じるべきである。

アメリカは、国内融和、安全保障、統治といった特別な目的の達成を支援するためにイラクの指導者と密接に協力すべきである。奇跡は期待できない。しかし、イラクの人々は行動と前進を期待する権利を持っている。イラク政府は、イラク市民に(としてアメリカ国民に)イラクが継続的な支援をするに値する国であることを示さなければならない。

アルマリキ首相は、アメリカと協議しながら、イラクにとって重要な目標(milestone)を実施に移してきた。首相の掲げたリストは好調なスタートを切った。しかし、政府を強化し、イラクの人々に恩恵をもたらすような目標を含めるようにリストを拡大すべきである。ブッシュ大統領と国家安全保障チームは、明確なメッセージをイラクに伝えるためにイラクの指導者と密接かつ頻繁な接触を維持すべきである。こうした目標を達成に向かって大きく前進するためにイラク政府は迅速な行動を取らなければならない。

イラク政府が政治的意思を示し、国民融和、安全保障、統治の確立という目標を達成するために大きな前進を遂げるなら、アメリカはイラクの治安部隊の訓練と支援を継続し、政治的、軍事的、経済的な支援を継続する意志があることを明らかにすべきである。イラク政府が目標に向かって大きな前進を示すことができないなら、アメリカはイラク政府に対する政治的、軍事的あるいは経済的な支援を削減すべきである。

私たちのレポートは、他の幾つかの領域に関する勧告も行なっている。それには、イラクの裁判制度の改善、石油部門の改善、アメリカのイラク再建計画、アメリカの予算プロセス、アメリカ政府役人の訓練、アメリカの諜報能力の分野が含まれる。

                            結論

これらの勧告はイラク研究グループの全会一致で採択された。同勧告はイラクと同地域でアメリカが取るべき新しい政策を示している。提案は包括的なものであり、協調的な形で実施されなければならない。勧告を別々に処理したり、単独で実施すべきではない。同地域が活力を取り戻すことは、国内の出来事と同じようにイラクにとって重要である。

課題は気が遠くなるほど困難なものである。今後も難しい日々が続くであろう。しかし、将来に向かう新しい道を追及することで、イラクと同地域、アメリカは力を取り戻していくだろう。

イラクの基礎統計 :各年、11月までの1年間を対象

U.S./Other Foreign Troops in Iraq (in thousands) 米軍を含む外国兵の派件数:単位1000名
03年11月 123/24
04年11月 138/24
05年11月 160/23
06年11月 140/17

U.S. Troops Killed 米兵の死亡数
03年11月  82
04年11月  137
05年11月  96
06年11月  68

U.S. Troops Wounded 米兵の負傷数
03年11月    337
04年11月  1,397
05年11月   466
06年11月   508

Iraqi Army and Police Fatalities イラク軍、警察の死亡数
03年11月   50
04年11月  160
05年11月  176
06年11月  123

Iraqi Civilian Fatalities イラクの民間人の死亡数
03年11月  1,250
04年11月  2,900
05年11月  1,800
06年11月  4,000

Number of Insurgents イラクの反乱者の数 
03年   5,000
04年  20,000
05年  20,000
06年  25,000

Strength of Shiite Militias シーア派の民兵数
03年   5,000
04年  10,000
05年  20,000
06年  50,000

Number of Foreign Fighters 海外から来ている戦闘員数
03年   250
04年   750
05年  1,250
06年  1,350

Iraqi Refugees Since April 2003 03年4月以降のイラクの難民数
03年  100,000
04年  350,000
05年  900,000
06年 1,800,000

0il Production (in millions of barrels per day; prewar: 2.5 イラクの石油の日産量、100万バレル、戦争前の産出高は250万バレル
03年 2.1
04年 2.0
05年 2.0
06年 2.1

Electricity Production (in megawatts; prewar: 4,000) 電力発電量 単位:メガワット
03年  3,600
04年  3,200
05年  3,700
06年  3,700

Unemployment Rate (percent) 失業率 %
03年  50
04年  35
05年  33
06年  33

Per Capita G.D.P. (in dollars; prewar: 900) 一人当たりのGDP、単位:ドル、戦前は900ドル
03年   550
04年  1,000
05年  1,100
06年  1,150

(資料)Nina Kamp, Senior Research Assistant, Foreign Policy Studies
Michael E. O’Hanlon, Senior Fellow, Foreign Policy Studies

1件のコメント »

  1. イラクの今後に((((;゜Д゜)))ガクガクブルブル…

    アメリカの「イラク研究グループ」が出した報告書を中岡望さんが取り上げていますが、結局イラク政府が治安を維持する能力を持たない限り、イラクは宗派間内戦に向かってしまうということなんでしょうか? 中岡望の目からウロコのアメリカ » 超党派グループ「イラク…

    トラックバック by Baatarismの溜息通信 — 2006年12月10日 @ 22:31

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