中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/1/27 土曜日

2007年のアメリカ経済の見通し(1):コーンFRB副議長の経済分析

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このところ本ブログでアメリカ経済に関する記事を書いていません。2007年になったことで、今年の経済見通しを分析しなければと感じています。ただ、年初に東洋経済の『金融ビジネス』(2007年冬号)に「ポールソン財務長官の対中国戦略:ルービンに匹敵する手腕を示せるか」と書評にジェフリー・サックスの『貧困の終わり』を書いたり、大学の授業の準備などで時間が取れませんでした。そこで、今回、アメリカの金融政策の担当者二人の経済分析と見通しを紹介します。それは連邦準備制度理事会のドナルド・コーン副議長が1月8日に行なった演説と、トーマス・ホーニング・カンサスシティ連邦準備銀行総裁が1月19日に行なった演説(The National Economy and Monetary Policy in 2007)です。二人ともアメリカの金融政策に携わる人物ですが、経済に対する見方は決して同じではありません。両者の見方を比較するのも面白いと思います。両者の分析に私のコメントを付けることにします。まず、コーン副議長の演説を紹介します。ちなみに、コーン副議長はFRBプロパーのスタッフで、グリーンスパン前議長の懐刀でした。グリーンスパンは、自分の後任にコーンを推していました。

以下は、The Economic Outlook by Vice-chairman of FRB Donald Kohn at the Atlanta Rotary Clubの翻訳です。

現在のアメリカ経済の成長は、2007年に入ると5年以上続くことになる。年初はスロー・スタートとなったが、経済成長は2003年半ば以降から2006年半ばまで非常に高水準で続いてきた。この間、資源・設備の稼動に見られた大きな余裕はなくなり、失業率も過去5年で最低の水準まで低下した。同時にコアインフレ(変動の激しい食品価格とエネルギー価格を除いた物価上昇率)は、1.5%から2.5%にまで上昇している。過去25年で達成した物価安定を守り、持続的な経済成長を維持するために、2004年半ば以降、FRB(連邦準備制度理事会)はそれまでの大幅な金融緩和政策を変更し始めた。

最近では、住宅セクターの急激な落ち込みに引きずられて、経済成長は2006年下半期から長期的な潜在成長率を若干下回るペースまで鈍化している。同時にエネルギー価格の下落によって最近の消費者物価全体が大幅に低下し、コアインフレの上昇に鈍化の兆しが見えている。

私の2007年の経済の見通しは、当然のことながら、最近のトレンドがどのように展開するかという評価に基づいたものである。住宅市場の落ち込みがいつまで経済成長の足を引っ張るのか。住宅市場の低迷が他のセクターに波及した場合、どうなるのか。製造業の最近の低迷をどう評価すればいいのか。インフレに関する最近の良いニュースはいつまで続くのか。こうした疑問に答える前に、2つの事柄について注意を促しておく必要がある。まず、事態は現在想定されているよりも異なった展開を見せるかもしれないこと。そして、予想に関する不確実性の範囲は広いということである。しかし、そうした予想に関する不確実性があるからといって、見通しを持ち、見通しについて議論することの価値が減じるものではない。金融政策は、将来の事態の推移に対する最善の予想に基づいて行なわれなければならない。人々が政策当局の意図を理解したとき、政策の効果は高まるのである。しかし、不確実性は、これから発表される情報を密接にモニターする価値を高めることになり、それに応じて見通しを修整する準備をしなければならないし、現に私たちはそうしてきた。第二に、私の見解は私自身のものであって、FOMC(連邦公開市場委員会)の委員たちの見解と必ずしも同じものではない。

2006年下半期の経済活動の鈍化は、住宅部門と自動車部門に集中して起こった。さらに2つのセクターに関連する原材料と部品供給の生産部門にも波及している。経済活動の鈍化は、不動産市場で最も厳しかった。新築住宅、中古住宅の販売は、2005年の秋から急激に減少し始めている。住宅建設も同様に劇的に落ち込んでいる。11月時点で、戸建住宅着工件数は2006年1月をピークにして30%以上落ち込んでいる。ただ、住宅市場が安定化し始めているかもしれないという兆候が現れつつある。住宅販売は、年央以来横ばいに転じており、住宅ローン申請件数は増加に転じ、住宅購入状況に対する消費者のセンチメントは、ミシガン大学の調査によれば、改善している。それにもかかわらず、かりに住宅需要が横ばいに推移しても、大量の売れ残りがあるため、住宅市場はまだ底を打ったとはいえないだろう。

住宅セクターが循環のどの位置にあるか、その不確実性は高い。それはひとつに、住宅市場の落ち込みが重要な点で過去のケースとは異なっているからである。まず、金融引締めや高金利によって引き起こされたものではないことだ。事実、比較的低水準に留まる長期金利は住宅部門の安定化を支えるうえで助けになっている。しかし、現在の住宅市場の落ち込みは、住宅販売と住宅建設の異常なまでの増加に続いて起こっている。また、他の金融資産や実質資産の投資利回りと比べると、その利回りの上昇はさらに異常であった。住宅価格や住宅販売をそうした高水準にまで押し上げたものが何であるか十分に理解できないため、住宅価格の上昇率が減速するということが予想されるなかで、住宅市場でどのような調整が行なわれるのかという疑問を提起しているのである。建設業界の組織の変化と建設活動が大手の上場建設会社に注中していることも、在庫過剰に対応して住宅価格と建設活動のダイナミズムに影響を及ぼしているのかもしれない。

私の判断では、住宅着工件数はまだ底を打ったとはいえず、依然として今後の見通しは下方修正されるリスクが大きい。住宅価格は全国的に上昇率が目だって減速し、一部の市場では現実に下落しているが、家賃や金利と比べれば依然としてまだ高い。住宅建設認可は11月に再び大幅に落ち込み、売れ残りの在庫は若干の減少を見せている。ターム・プレミアム(期間による金利差)が上昇するか、フェデラル・ファンド金利が市場の予想に織り込まれているように下落していかなければ、今、安定化しつつあるようにみえる住宅市場も影響を免れないだろう。住宅着工件数が現在の水準の近いとろろで安定化すれば、その水準は非常に低水準で、全体の建設活動は2007年の上半期の成長率にマイナスになるだろう。

住宅市場の落ち込みは2006年の第3三四半期と第4四半期に悪化したが、自動車と軽トラックの国内生産は在庫整理のために減少した。特に軽トラック(ミニバンとSUV、ピックアップ・トラック)で減少が顕著であった。10月に軽乗用車の生産はこの8年来で最も少ないペースまで落ち込んだ。しかし、2006年の最後の2ヶ月で生産は盛り返している。在庫が昨年夏の高水準から減少したことで、自動車生産は2007年の第1四半期は11月、12月の平均と同じ水準を維持すると予想される。したがって、自動車販売が12月にかなり好調を維持したことで、自動車部門の在庫調整のマイナスの影響は終焉に向かいつつあると考えられる。

2006年末の工業生産の軟調のかなりの部分は住宅セクターと自動車セクターの落ち込みによるものだが、他の製造業部門の生産も9月から11月に軟化している。こうした推移によって、経済活動の減速は経済の広範な部分に拡大しつつあるのではないかという懸念を生んでいる。昨年末に生産減少を報告している産業の一部に、住宅セクターや自動車セクターに材料を供給している産業が含まれている。しかし、他のセクターはこの2つのセクターとはそれほど結びつきは強くない。明らかに他の産業でも小幅な在庫積み増しと生産調整が見られる。こうした在庫と生産動向は、一部ではあるが、企業の設備投資の伸びの鈍化に反映している。企業の設備投資の鈍化は、ハイテク部品は輸送部品以外の部品の受注と出荷の統計から明らかになっている。

しかし、私の見解では、工場生産と設備投資に関する最近の情報は一般的な経済活動の鈍化の先行指標ではなく、2003年央から2006年央に起こった経済成長の調整よりも緩やかであることを示している。その調整は必要な調整である。多くの経済指標は、引き続き、住宅セクターと自動車セクター以外の経済活動は今後数四半期、順調な拡大を示しそうである。ただ、幾つかの地域の生産活動調査では工場生産の低迷は12月まで続いているが、12月の全国購入担当者調査では若干上向いている。多くの工業原材料の価格は、製造業セクターの動向に敏感に反応するのが普通で、その価格は一般的に堅調である。それは内外の持続的な需要増加と一致している。より広範には、1月5日に発表された雇用統計は、製造業あるいは民間サービス産業のいずれでも累積的な悪化を示す兆しは見られない。新規雇用創出はこの数ヶ月比較的好調を維持している。第4四半期中に民間部門の雇用は毎月平均11万9000名増で、前年同期比の雇用ペースを若干下回っている。失業率は4.5%近傍で推移している。

全体として、企業活動は好調(upbeat)のように見える。アトランタ連銀を含む地域連銀の報告では、大半の企業は、今年は売上増加を予想している。12月央に発表された供給管理研究所(the Institute for Supply Management)の年2回の経済予測は、楽観的な見通しであった。それは産業活動の最近の低迷に照らして考えると驚くほど楽観的であった。回答者は、2007年の設備投資は2006年と同じペースで増加すると指摘している。積極的な見通しで事業活動が始まったということは、それほど驚くほどのことではない。利潤は依然として高水準で、事業拡大を促しており、設備投資のための外部資金は好条件で調達可能である。既に述べたように、雇用増を決めている企業は、生産増加計画に影響を与えているように思われる。

最も重要なことは、現在、手元にあるデータでは、住宅以外の財とサービスの消費需要が堅調さを維持している。11月の小売販売は全品目にわたって旺盛で、消費者コンフィデンス調査では、12月は家計部門の景気と金融状況に対する見方は際立って改善している。消費支出と消費態度は、この数ヶ月、家計所得と雇用の堅調な伸びに支えられてきた。

用心しなければならないことは、最近の家計態度の好調さと消費需要の強さは、年初からのガソリン価格の上昇の巻き戻しを反映しているのかもしれない。したがって、最近数ヶ月の支出の旺盛な伸びの一部分は一時的なものかもしれない。もうひとつ用心しなければならない注目点は、2006年を通しての消費需要の強さは家計部門の資産価値の増加に大きく支えられているということである。住宅価格の伸びの鈍化に続いて、長期的には家計は消費を抑制して純資産の積み増しが必要になるのではないかと予想している。そうなれば、消費支出の増加はしばらくの間、今までよりも減速するだろう。私は、消費と所得の増加のギャップは拡大すると予想している。私は、消費支出に関する最近のデータは、住宅市場の冷却化の他のセクターに与える影響は限定的なものに留まるという証拠を示していると信じている。

家計部門の消費の伸びと、その予想される需要の伸びを満たし、新技術によるコスト削減効果を利用するための企業の設備投資の伸びが、経済活動が緩やかに増加するベースとなっている。主要な貿易相手国の経済成長が堅調なことも、国内における生産を支援するはずである。確かに、既に述べたように、住宅着工の低水準と一部の産業における生産調整は、短期的に生産を抑制することになるだろうが、過剰在庫の整理が終わるにつれて、そうしたマイナスの影響は2007年上半期中に薄れてくるだろう。このプロセスが終われば、成長率は潜在成長率の近傍まで上昇するはずである。

インフレ
私は、今、説明したような経路と同じように産出高の経路も昨年春から夏にかけて上昇したコアインフレが緩やかに低下することと関連していると信じている。重要なことは、「長期のインフレ予想」の水準はコアインフレが上昇する前と同じ水準にあるということだ。さらに、昨年、上昇が加速し始めた理由のひとつは、上半期にエネルギー価格の急激な上昇が(製品に)転嫁されたことである。その一部は、今、逆転している。家賃と家主が居住する住宅の帰属家賃の上昇は、過剰に供給された販売用住宅が賃貸市場に投入されたことで、軟調に転じている。潜在成長を下回る成長の期間は、労働市場と財市場の圧力を緩和することになるだろう。

確かに、最近の消費者物価のデータは、FOMCが期待しているインフレの低下と一致しているのは心強い。しかし、数ヶ月のデータから得られた傾向をこれからの見通しにそのまま当てはめるのは注意しなければならない。データには“ノイズ”が含まれているものである。データは、より長期的な一貫性のある動向とは関係のない毎月の変動の影響を受けているからである。最近のディスインフレ(物価上昇率の鈍化)は、一回限りの変動の影響を受けているかもしれないことを認識しておくべきである。エネルギー・コストはこの数ヶ月、際立って低下している。その下落は、多くの中間財の価格だけではなく、一部の最終財の価格にも影響を与えている。しかし、先物市場の動向は、原油価格は次第に上昇すること、また現在の水準の調整が終わればエネルギー価格は全体のインフレとコアインフレを抑制する効果はなくなることを示唆している。財価格の軟調の一部は企業が在庫不均衡の発生を防いだり、在庫調整をする努力を反映したもので、企業の在庫修正が効果を発揮するようになれば、価格設定の抑制はもう効かなくなるだろう。

したがって、最近、良好なデータが発表されているにもかかわらず、昨年の春と夏に見られたような物価圧力の上昇が本当に巻き戻されているのか、その巻き戻しがインフレ予想の上昇を阻止するほど急激なものかどうかに関する懸念を弱めるのは時期尚早であると信じている。製造業セクター、住宅建築セクター、労働市場ですこし余裕が出てきたとしても、依然として逼迫していることに変わりはなく、失業率も4.5%に留まるだろう。最近のデータによれば、労働コストは最初の予想通りに2006年は急激に上昇しなかったが、2006年の労働報酬は2005年よりも急速に上昇したように思われる。昨年の労働報酬の伸びは、消費者物価の上昇を上回ったように思われる。そうした展開は、必ずしもインフレ圧力の高まりを示すものではない。特に実質報酬がこの十年、労働生産性の急激な上昇に追い付き始めた過程をしめしているからである。問題なのは、名目時間当たり労働報酬の上昇である。その名目労働報酬の伸びが、今後数期にわたって物価に転嫁され、生産性向上の伸びによってそれが埋め合わせることができない場合である。最終的に、単位労働コストの急速な上昇は物価安定に脅威となるだろう。

コアインフレは1年前と比べると依然として高水準である。既に述べたように、直近のコアインフレの下落の要因の一部は、インフレ圧力の緩和ではなく、相対価格の一回限りの低下によってもたらされたものかもしれない。インフレ率の緩やかな下落傾向は、今後も続く可能性が最も強い。しかし、それがどのような経路を辿るか定かでない。私の判断では、そうした物価の下落傾向はアメリカ経済の持続的な成長にとってこれからも極めて重要である。

要約すると、今年の状況はアメリカ経済にとって良好であるように思える。すなわち、今年の経済の特徴は、成長は穏やかつ持続的であり、インフレは昨年を下回るということである。アメリカ経済は、住宅市場の落ち込みを乗り切り、インフレはエネルギー価格の下落、インフレ期待の抑制、競争的な労働市場と財市場の好影響を受けて弱まるだろう。

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