中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/1/29 月曜日

2007年のアメリカ経済の見通し(2):ホーニング・カンサスシティ連銀総裁の経済分析

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アメリカの金融政策はFRB(連邦準備制度理事会)ではなく、FOMC(連邦公開市場委員会)で決まります。FRBは公定歩合を決定する権限を持っていますが、実際の政策金利であるフェデラル・ファンド金利(銀行間の資金貸借市場の金利)の目標金利を決めるのはFOMCです。FOMCのメンバーはFRBの7名の理事と5名の連邦準備銀行総裁で構成されます。FRB議長がFOMCの議長を務めます。連邦準備銀行は合計で12あり、そのうちニューヨーク連銀総裁は常任副議長で、残りの4人の総裁は任期1年で各連銀総裁が輪番で務めます。2007年は、「ニューヨーク連銀総裁」に加え、「シカゴ連銀総裁」「ボストン連銀総裁」「セントルイス連銀総裁」「カンサスシティ連銀総裁」がFOMCのメンバーです。12名のFOMCのメンバーの投票によって政策が決定されます。FRB議長も1票しか投票権を持っていません。本ブログで紹介するホーニング・カンサスシティ連銀総裁は2007年のFOMCのメンバーですので、同総裁の意見がFOMCの決定に影響を及ぼすことになります。なお、彼は同連銀に1973年に入行したプロパーのエコノミストです。アイオワ大学で博士号を取得しています。なお、1月31日(アメリカ時間)にアメリカのGDP統計が発表になります。その統計の分析を踏まえて「2007年のアメリカ経済見通し(3)」で私の見方を書く予定です。

Thomas M. Hoening, President of Federal Reserve Bank of Kansas City
“The National Economy and Monetary Policy in 2007″ January 19, 2007

年の変わり目に昨年の出来事を振り返り、新しい年の見通しを述べるというのが慣わしである。遠い昔、預言者は水晶の玉に覗き込む、予言を行なったものである。最近では、エコノミストはコンピュータを使っている。しかし、どんなに予測をする道具の精度があがっても、経済見通しには本質的に不確実性が伴うものである。経済が予想とは異なった動きをするかもしれないというリスクが、常にある。

ハイテクでできた現代の水晶玉は、2007年についてどんなことを語っているのだろうか。全体からいえば、経済の成長率は高まり、インフレは低下するだろう。しかし、そうしたシナリオに覆いかぶさる2つのリスクがある。まず、住宅市場の動向である。住宅活動と住宅価格上昇の大幅な調整が進行中である。住宅市場が底打ちしたという兆候はあるが、住宅の投資は低迷しており、それに伴う消費に対する波及効果が、直近の経済成長を引き下げるリスクとなっている。

2つ目のリスクは、逼迫している労働市場あるいはエネルギー価格の再騰がインフレ圧力を高めることだ。昨年の堅調な雇用増で、失業率は非常に低い水準まで低下した。もし労働市場がさらに逼迫すれば、労働コストの上昇圧力は高まるだろう。また、最近のエネルギー価格の下落が逆転するリスクは常に存在し、今年のインフレ見通しがそれほど良好ではなくなる可能性もある。

昨年の実質GDPはトレンドの3%で成長したが、年末にかけて成長率は目だって減速してきた。2006年の下半期の成長は年率平均で2%から2.5%になった模様である。これは上半期の半分の成長率である。

昨年の成長鈍化の大半の要因は、住宅活動の軟化と自動車生産台数の減少である。一部のアナリストは、年初の住宅部門と自動車部門の好調は持続せず、現在はもっと持続的な水準に戻る調整過程にあると感じている。さらに、今までの金利上昇が住宅活動を鈍化させ、昨年初のエネルギー価格の上昇が自動車販売に影響を及ぼしている。住宅と自動車の低迷は、広範な産業の供給ネットワークにも影響を及ぼし、幾つかの産業部門と素材部門の生産の落ち込みを引き起こした。しかし、今までのところ、住宅部門と自動車部門の軟化が他の経済部門、特に消費支出に波及しているとう証拠は見られない。

昨年の雇用の増加は急激で、その結果、労働市場が比較的逼迫することとなった。民間の失業率は1年間の間に0.5ポイント下落して、2006年12月には4.5%にまで低下した。この失業率は完全雇用失業率を下回っているが、最近の労働コスト統計はまだら模様で、労働コスト圧力の上昇を示唆しているが、それ以外はかなり安定している。

2006年上半期のエネルギー価格上昇のため、消費者インフレ率は私たちが長期的に許容可能だと考える水準を上回った。食糧品価格とエネルギー価格を除いたコアCPI(消費者物価指数)は12ヶ月間で2.6%上昇した。コアインフレは2006年の春と夏よりもさらに高くなっているが、成長率が鈍化し、エネルギー価格が下落したことで、年末には上昇率は穏やかになった。

2007年の見通しは、成長とインフレがどのような経路に変化が出てくる可能性が強いとみている。実質DGPの成長は2006年に鈍化したが、2007年は成長トレンドに回復すると予想している。コア消費者物価インフレも、昨年の許容範囲を超える高水準から緩やかに低下すると予想している。

私は、実質GDP成長率は昨年の下半期の2%から2.5%から、2007年は2.5%から3%へ上昇する可能性が強いとみている。成長率の緩やかな回復は、幾つかの要因を反映している。まず、住宅市場の成長の制約要因は、住宅市場が安定化するにつれて、年央までに薄れていくはずである。第2に、住宅市場の低迷の消費に対する波及効果はこれからも比較的小さく、堅調な雇用増と賃金所得の上昇で相殺されるだろう。第3に、2006年の下半期のエネルギー価格の推移の好転で家計部門の裁量的所得が増加しており、家計部門の消費を増やすことになるだろう。

金融情勢も、成長にとってプラスの要因である。今までの金融政策の引締め的スタンスは長期的なインフレ予想の上昇を抑制するうえで役にたった。それによって、長期金利も比較的低水準に留まった。さらに、こうした動向が、株式市場にとって好条件を作ることになり、昨年の株高を導いた。

良好な金融情勢と企業収益の伸びは企業の設備投資を促進し、住宅市場の軟化の影響の一部を相殺した。さらに、2007年は貿易も成長をそれほど阻害することはないだろう。むしろ、成長に寄与するかもしれない。成長の一時的な鈍化は輸入を減少させ、今までのドル安によって国際市場でアメリカ製品の競争力を高めることになるだろう。

海外経済の堅調な成長も、今年はアメリカの輸出の大幅な増加をもたらすだろう。世界経済の成長は、昨年と比べるとペースは鈍化するだろうが、それでもコンセンサスの見通しでは成長率は引き続き3%以上を維持するだろう。さらに、多くのエマージング国の成長は高水準に留まりそうだ。たとえば、中国の成長率はほぼ10%と予想されている。インドの成長率は8%程度になる可能性が強い。昨年のエネルギー価格の下落は、海外需要を支え、アメリカに対する輸出依存を低下させ、世界の成長のバランスを取るうえで役にたった。

2007年のアメリカ経済の実質GDP成長率が徐々にトレンドに回復することで、労働市場の圧力は今年の上半期に幾分穏やかなものになるだろう。失業率の大きな変化はないだろうが、2007年の失業率は5%にまで上昇すると予想している。

インフレ見通しに関していえば、2007年にインフレ率は幾分低下するというのが大半の予想である。今までの金融政策と経済成長の鈍化、エネルギー価格の安定化が結びついて、全般的なインフレとコアインフレの双方が低下するだろう。

最近のインフレ統計は、こうした予想と一致した動きを示している。特に、コアCPIの上昇率はこの数ヶ月、目だって鈍化している。たとえば、コアCPIのこの3ヶ月の平均上昇率は昨年5月の3.8%から12月には1.4%にまで低下している。12ヶ月平均ではそれほどの改善は見られないが、それでも9月の2.9%の高水準から12月には2.6%にまで低下している。私は、コアCPIの上昇率は昨年の高水準から穏やかなものになるという見方を支持している。私は、長期的なインフレ予想も引き続き安定すると考えている。

成長とインフレ見通しのリスク:
住宅リスクは、住宅所有者と建設業者にとって最も重要な問題である。一部の専門家は、住宅市場は加熱していると警鐘を鳴らしている。過去数年、モーゲージ(住宅ローン)金利の低下によって住宅価格は急激に上昇してきた。住宅価格上昇による家計部門の資産価値の増加が、経済成長の中で旺盛な消費の伸びを支えてきた。

明らかに、アメリカの大半の地域で住宅市場の大幅な沈静化が起こっている。戸建住宅の着工件数は1年前と比べて約25%も落ち込んでいる。新築住宅と中古住宅の販売も急激に落ち込んでいる。

さらに、住宅販売の鈍化と売れ残りの住宅在庫の増加によって、住宅価格の上昇率は劇的に下落している。連邦住宅企業監査局(the Office of Federal Housing Enterprise Oversight)の全国住宅価格指数は2006年第3四半期に年率で3.5%上昇している。これは、2005年第4四半期の12%の上昇と比べると大幅に減速している、また、住宅価格が最も上昇した一部の地域では、大幅な価格下落がみられる。

住宅市場の低迷は、直接、間接に経済に影響を及ぼしている。住宅建設の減少は、建設労働者の雇用と建築資材の購入の減少を意味している。さらに、住宅価値の上昇率の低下は、家計部門の資産の増加率を低め、過去の資産価値の増加を担保に簡単に資金を借りることができた家計の借入能力を低めることで、間接的に経済に影響を及ぼすかもしれない。近年、多くの住宅保有者は、住宅ローンの借り換え(refinancing:リファイナンシングで、低利の住宅ローンに借り替えること。それによって返済負担が減少し、可処分所得が増える)あるいはホーム・イクイティ・ローン(home equity loan:住宅を担保にした借入のこと)を通して旺盛な消費にあてる資金を調達してきた。

住宅投資の予想を上回る急激な落ち込みと住宅価格の下落のリスクは、完全に拭い去ることはできない。政府は、住宅市場の状況と同時に住宅市場が及ぼす経済に対する広範な影響を注意深く監視する必要がある。

しかし、住宅市場の調整はもっと緩やかに進むという考える根拠もある。住宅市場がほぼ底に来たという兆候が既に現れている。住宅着工件数と住宅販売件数は、2006年を底に幾分増加に転じている。また、住宅建設業者の姿勢や住宅ローン申請件数は、もう急激な落ち込みを示していない。こうした前向きの動きを裏付けているのが、低住宅ローン金利と旺盛な労働市場である。ただ、その改善は昨年末の穏やかな気候を反映したものかもしれない。

さらに、所得の増加、雇用の増加、株高に伴う資産の増加が、住宅市場の低迷が消費支出に及ぼすマイナスの影響のクッションとなるかもしれない。私は住宅活動や住宅価格がこれ以上低迷することはないと言っている訳ではない。ただ、現時点で、住宅市場の調整が経済全体の拡大を阻害する可能性は小さいことを示す証拠があると言っているのである。

インフレ見通しに関して、予想よりもインフレを上昇させるリスク(upside risk)もある。逼迫する労働市場はコスト圧力を高め、それが消費価格に転嫁される可能性がある。さらに、エネルギー供給の混乱がエネルギー価格の再値上げに結びつく可能性もある。

2006年に全体の経済活動が鈍化したにもかかわらず、雇用の増加は堅調であった。2006年の雇用は毎月平均で15万人増加している。失業率は年間を通して低下している。サービス業と公務員の雇用の増加は、製造業と建設業の雇用の減少を埋め合わせた。

こうしたデータを検討すると、労働市場が比較的逼迫した状況が続いた1つの理由は、労働力が過去と比べるとそれほど増加しなかったことだ。ベビーブーマー世代の高齢化、若い世代の少人数化といった人口的な要因で、その理由を説明することができる。また、女性の労働市場参加率は、この数年上昇した後、安定化している。

当準備銀行で行なった最近の調査では、今後10年の雇用の増加は月間で12万人程度と予測されている。したがって、昨年、雇用増加が多かったことで労働市場がきわめてタイトなものになったのは驚くことではないのである。

逼迫した労働市場は、労働コストの上昇圧力を強めた。たとえば、過去数年、単位労働コストが上昇基調にある。こうした単位労働コストの上昇は、時間当たりの報酬(compensation per hour:「賃金」はwageだが、ボーナスなどの諸手当を含めた「報酬」はcompensation である)の大幅な増加を反映したものである。報酬は、特に2006年第1四半期に大きく増加している。これは従業員がボーナスを受け取ったからである。また、単位労働コストの上昇が早まっているのは、2006年に実質GDPがトレンドを下回ったために生産性向上が鈍化したためである。

こうした報酬と生産性の動向が続いたとすれば、企業が製品価格値上げの圧力に晒されるリスクがある。リスクはあるが、労働コスト上昇が2007年の物価の上昇に影響を及ぶのを阻止する力も働いている。たとえば、一部の企業は重要な顧客を失うリスクを避けるために、製品の価格を引き上げるのではなく、むしろ利潤率を引き下げることで労働コストの上昇を吸収している。さらに、生産性向上は、旺盛な設備投資と新技術の採用によって、2007年に再び上昇すると見られる。今のところ、逼迫した労働市場がインフレ心理を醸成しているという証拠はまったくみられない。

インフレ見通しに対する第2の直近のリスクは、2007年にエネルギー価格が上昇する可能性があることだ。2006年下半期と新年に入って現在までの原油価格の下落は、歓迎できる推移である。それによって、短期的なインフレ圧力を弱める一方で、消費支出を支えることになるからである。

しかし、多くの専門家は、最近のエネルギー価格の下落は長期的なファンダメンタルズの改善よりは、短期的な供給情勢の好転によってもたらされたものだとみている。特に、専門家は、最近のエネルギー価格の軟化は、通常よりも在庫が高水準にあること、秋に大きなハリケーンがこなかったこと、昨年末の異常な暖冬、供給を阻害するような地政学的な出来事がなかったことが重なったのが理由であるとみている。したがって、世界の原油需要が着実に増加する状況のもとで供給が悪化すれば、上昇圧力が再び高まるというリスクがある。

私の意見では、最近、会議後発表される声明で要約されたFOMCのメンバーの見解と金融市場の多くの参加者の見解の間に食い違いがあるようだ。市場には多様な意見があるが、一部の市場参加者は、金融政策は近い将来緩和されるという結論に飛びついていた。金融市場のエコノミストの調査では、多くの人は今年のどこかの時点で金融が緩和されると予想している。さらに、イールド・カーブ(利回り曲線)と金融先物は、今年後半の金融政策の緩和を織り込んでいる。

これとは逆に、FOMCはインフレ・リスクの上ブレのリスクに対する懸念を表明し続けている。12月12日の会合後、FOMCの声明は「幾分インフレ・リスクは残っており(some inflation risks remain)」、「追加的な引締めの程度とタイミング」は今後の経済統計が成長とインフレ見通しによって決まると述べている。

私の見解では、インフレが最近の上昇した水準から明確に沈静化し、インフレ見通しが今後も良い状況で続いたときにのみ、市場関係者が期待する金融政策の緩和が適切な政策になる(the easing of monetary policy that market participants expect would be appropriate only if inflation clearly subsided from recent elevated levels, and if the incoming data implied the inflation outlook would remain favorable for the future)。もちろん、それは経済成長の経路にも依存する。私の判断では、現在の状況で金融政策の方向が明確に決まると結論するのは、時期尚早である。最近のインフレ・データには力づけられるものがあるが、過去12ヶ月のインフレ率は私たちが長期的に許容できると考えている水準よりも依然として高い。私は、インフレ率の上ブレ・リスクは、労働市場の圧力とエネルギー価格の動向から、まだあると考えている。

今後数ヶ月、経済データを積み重ねることで、現在の不確実性が払拭され、私たちは今後の金融政策に関してもっと明確な見方ができるようになるだろう。

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