中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/11/8 月曜日

大統領選挙とネオコン(3)

Filed under: - nakaoka @ 0:52

ホワイトハウスが「2002年アメリカの安全保障」を発表したとき、イラク戦争は規定路線になっていたといってもいいでしょう。湾岸戦争の時から、ネオコンと称される人々は冷戦後の世界におけるアメリカの戦略的な役割を再構築する作業を始めていました。その研究の成果が、(2)で触れた国防総省と副大統領のスタッフが作成したレポートでした。当時、副大統領補佐官はウィリアム・クリストルで、彼は現在、ネオコンを代表する人物です。彼らの主張はサダム・フセイン体制を放逐することで中東にアメリカ型の民主主義を確立することでした。また、多くのネオコンはユダヤ人で、イスラエルに共感を抱いており、中東を民主化することがイスラエルの安全保障にもつながると考えていたのです。ですが、ブッシュ大統領(父)は、そうしたネオコンの戦略を受け入れませんでした。ブッシュ大統領は保守主義者というよりも東部エスタブリッシュメントの流れを汲む人物でした。湾岸戦争でフセイン政権の打倒まで進みませんでした。そして、大統領選挙でブッシュ政権が倒れ、クリントン政権が誕生します。

当然のことながら、ネオコンは政権から排除されます。彼らは、独自の研究所を設立したり、保守系のシンクタンクで活動を続け、共和党に政策アドバイスをしていきます。クリントン大統領に対してもフセイン政権の打倒を提言しますが、受け入れられませんでした。クリントン政権が2期続き、2001年にブッシュ政権(息子)が誕生します。当初は、ネオコンとブッシュ政権は必ずしも良好な関係にはありませんでした。しかし、2001年9月11日の連続テロ事件で、両者は急接近します。テロとの戦いを理由に、テロリストとアフガニスタンのアルカイダとの結びつきから、アフガンに侵攻したのは、ある意味では自然の流れだったかもしれません。しかし、同じ理由からイラク戦争を説明するのは難しいのです。それを理論的に正当化したのが「2002年アメリカの安全保障」レポートでした。そこでブッシュ・ドクトリンが戦略として明確化されたのです。復習して起きましょう。ブッシュ・ドクトリンでは、アメリカの軍事的優位性を維持すること、テロリストとテロリスト支援国を排除すること、大量破壊兵器とテロリストが結びつことはアメリカにとって脅威であること、脅威は現実のものになる前に排除しなければならないこと、すなわち先制攻撃は許されること、世界を民主化することが世界の安全を守る最善の道であることを柱としています。

このブッシュ・ドクトリンをイラクに適用し、サダムフセイン政権を放逐するためには、まずイラクとテロリストの結びつきを主張する必要があります。さらに、イラクが大量破壊兵器を持っていることを主張する必要があります。それが証明される必要があったのです。後になって、英米の情報機関の分析がいい加減であり、その2つの主張に根拠がないことが明らかになります。しかし、イラクを民主化するというところは、あたかも絶対的な善として残されるのです。ケリー候補が、イラク戦争を”大きな間違いであった”と指摘しましたが、それは以上のような根拠からです。ケリー候補の議論は、ただ少し筋違いのところもあります。彼の主張は、イラク戦争を始めたから、本来の敵を放逐するアフガン戦争が手抜きになり、”核のテロの脅威”を高めたというものでした。

ブッシュ政権の批判者は、イラク戦争には大義がないと主張しています。ネオコン的な世界戦略は破綻したと批判しています。こうした批判に対して、リンドバーグはどう答えているのでしょうか。彼は、イラク戦争が困難であり、複雑であるということは認めています。そして、アメリカの外交政策は「2002年アメリカの安全保障」に基づいて行なわれており、イラクで”極端な試練”を受けても、ブッシュ・ドクトリンから離脱すべきではないと主張しています。そして、ケリー候補の政策を批判しています。その批判の内容は、次のようなものです。

ケリー候補の主張する多国籍主義は、アメリカの軍事力の優位性を否定することになる(これはブッシュ・ドクトリンに反する)。多国籍主義は、アメリカの軍事力を低下させ、アメリカの世界に対する安全保障の約束から後退させることになる。また、多国籍主義はテロリストの行動を許すことになる。もし先制攻撃が国際法違反と主張するなら、アメリカはテロリストの攻撃を座して待ち、国民の被害が現実のものとなってしか行動できないことになる。多国籍主義は非介入主義への回帰になる。そして、ケリー候補はアメリカは世界で尊敬される存在でなければならないと主張するが、尊敬されるためにはアメリカは強い国でなければならない。ケリー候補も、アメリカには先制攻撃権が存在することは認めているではないか・・・と。そして、ブッシュ・ドクトリンは今後50年間のアメリカの基本政策であって、それはブッシュ候補であろうば、ケリー候補であろうが、どの大統領でも基本政策としていかなければならない。従って、今回の大統領選挙は国民にネオコンの政策の是非と問うのではなく、それを実行に移すのにふさわっしい人物を選ぶことだ。

以上の主張を支持するかどうかは別にして、ネオコンの考え方、あるいは保守主義者の考え方を端的に表現していることは間違いありません。したがって、そこから出てくる2期目のブッシュ政権がしなければならないことは、ブッシュ・ドクトリンの中心となる理念を再確認することであると主張しています。批判者やリベラル派の人々は、イラク戦争は間違いであり、アメリカは”出口”を探すべきであると主張しています。最終的には、ブッシュ政権もより現実的になり、政策転換を迫られることになるだろうとの評論が多く見られるようになっています。理論的にイラク戦争が間違っていたことは確かです。しかし、ネオコンや保守派の人々は、リンドバーグと同様に、決してそれを認めようとしないのです。それと、彼らにとって、イラク戦争はイラク戦争に留まらず、冷戦後の世界戦略の基本的な考え方にか関わってくる問題なのです。

今後、ブッシュ政権がどのような行動を取るのか、それは日本にとっても重要な影響を及ぼします。ネオコンの主張を支持するとか、支持しないとかという議論の前に、ブッシュ政権が動いている行動原理を理解して見る必要があるでしょう。そこから正確な情報分析ができるのではないかと思います。

次回は、もし可能なら、「2002年アメリカの安全保障」の訳を掲載できればと思っています。本文は、ページ数にして3ページのものです。それにブッシュ大統領が行なった演説などの資料が添付されています。

この投稿には、まだコメントが付いていません

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=21

現在、コメントフォームは閉鎖中です。