中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/3/31 土曜日

世界同時株安後の為替相場:円相場と南アフリカのランド相場の見通し

Filed under: - nakaoka @ 0:58

3月にほとんど記事をアップすることができませんでした。この1ヶ月、原稿の締め切りが10本以上あり、遅れに遅れていたアメリカ政治に関する英語の本を書き上げるため、忙殺されていました。幾つかのブログ用の記事を準備していたのですが、最後まで仕上げる時間はありませんでした。ほぼ1ヶ月ぶりの原稿のアップです。2月末の世界的株安の後、為替見通しは一気に円高諭が勢いを増しました。その最大の理由は円キャリーの巻き戻しとアメリカ経済の先行きの不安が高まったためです。今回、改めて為替相場の見通しを検討してみました。掲載した原稿は、為替専門誌に3月16日に寄稿したものです。その後の為替相場の展開は、ほぼ予想した展開になっています。相場見通しは継続的に書いて行きたいと思っています。また、3月23日締め切りで南アフリカのランド相場の見通しの記事も掲載しました。世界同時株安の中で、エマージング市場の動きを見てみるのも興味深いと思います。

上海株式市場の暴落をキッカケに株価の世界の株式相場は大幅に下落した。混乱は株式相場に限らず、為替相場にも及んだ。今回の上海市場に端を発した金融市場の混乱は、1987年にタイの為替相場の暴落が引き金になって広がった国際的な金融不安を思い起こされるものであった。しかし、そうした懸念を裏切るように、各市場での株価は順調に回復した。その後、アメリカで住宅金融会社の破綻から住宅市場の先行きに対する懸念、アメリカ経済の減速予想からアメリカ株が売られ、為替相場にも影響が及んだ。結果的には、今回の混乱は短期的な現象に留まり、市場は平静を取り戻している。

今回の相場で最も注目されたのは、“円キャリー・トレード”であった。低利の円資金を調達し、高イールドの金融商品に投資するという手法である。いろいろな調査があるが、円キャリー・トレードの残坂は1500億ドル程度と言われている。ただ1兆ドルに達するとの推計もあり、正確な数字は分からない。日本の個人投資家の外貨投資を含める試算もあるし、ヘッジファンドなどの機関投資家だけを対象とする推計もある。キャリー・トレードの前提は、通貨によって大きな利回り差が存在すること、市場の変動性(ボラティリティ=リスク)が小さいことである。市場混乱の局面でリスクが高まったことで、円のショート・ポジションの巻き戻しが行なわれた。それはシカゴ先物市場における円取引の残高に現れている。

市場の混乱が高まったとき、先物市場の円ショート・ポジションが大幅に取り崩されている。これが円買い、ドル売りにつながり、円相場は1月25日の1ドル=122円から3月5日の115円にまで急騰した。その後、キャリー・トレードの巻き戻しも終わり、再び円先物のショート・ポジションの積み増しが進んでいる。こうした動きを受けて、ドル相場は戻し、直近では1ドル=117円から118円のレンジで比較的落ち着いた展開になっている。

メリルの調査では110円を割る円高局面の予想も

問題は、今後の見通しである。為替市場が混乱したとき、市場のセンチメントは「相場の基調は変わり大幅な円高相場になる」という“総円高論”に大きく傾いた。では本当に基調は変わったのだろうか。確かに市場のボラティリティは高まったが、金利差は基本的に変わっていない。日銀とアメリカのFOMC(連邦公開市場委員会)は、それぞれ金利を据え置いた。アメリカ経済の成長は鈍化が予想されるものの、利下げの可能性は小さくなっている。FOMCの声明から判断する限り、依然としてインフレ懸念は払拭されておらず、政策スタンスは中立から引締め気味に運営されると見られる。日銀も秋口までは再利上げに踏み切る可能性は少ないだろう。長期的、構造的にはドルの調整は必要だが、短期・中期的に見る限り、依然としてキャリー・トレードの妙味は残っている。投資家は、長期の不均衡よりも、目先の運用を重視するものである。

ただ、3月中旬にメリルリンチが行なった調査では、多くのファンド・マネジャーは円は過小評価されており、6月末に1ドル=114円、9月末に107円の円高になるという結果がでている。これは極めて順調な見方であるが、現実には相場が大きく転換するには政策変更などのイベントが必要である。少なくともアメリカ政府は円安を問題にしていない。住宅市場の崩壊でアメリカ経済の成長が大幅に落ち込み、FOMCが大幅な利下げに踏み切るか、日銀が引締め姿勢を鮮明にしない限り、為替市場を取り巻く基本的な状況は変わらないだろう。数ヶ月のレンジで見れば、当分は115円から120円程度のレンジのボックス相場が続き、120円を上回る円安相場が見られる局面があるだろう。

南アフリカのランド相場安は続くか

上海株式市場の株価暴落で始まった世界的な株安の中で投資家のエマージング市場に対する警戒感が強まっている。アメリカの調査機関エマージング・マーケッツ・ポートフォリオ・リサーチ社の調査では、株価暴落が始まった2月の最後の1週間だけでエマージング・ファンドから流出した資金は6億1500万ドルに達している。エマージング市場の1つである南ア市場でも債券と株は売られ、ランド相場に大きな影響を与えた。ちなみにヨハネスブルク株式市場の外人持ち株比率は35%に達している。こうした外人売りを受けて3月5日にランド相場は1ドル=7.46250ランドと、昨年10月31日の以来の安値を記録した。年初から弱含みに推移していたランド相場は、この下げを受けて年初来6.5%の下落となり、ブルーンバーグが調査している71通貨のなかで最悪のパフォーマンスとなっている。

目先の最大の焦点は、金利差を利用したキャリートレードの動向である。昨年、インフレ懸念から金融政策委員会は金融引締めを行なっている。現在のレポ金利(政策金利)は9%である。またプライムレートは、12.5%と高水準になっている。2月15日に開催された金融政策委員会では利上げが予想されたが、金利据え置きが決まった。それでも内外金利差は大きく、10年物債券のランド債と同じ条件の米国財務省証券のイールド格差は3%ポイント以上も開いている。こうした金利差を背景にしたランド投資が、昨年央以降のランド相場の上昇を支えていた。しかし、ここに来て世界的なキャリードレードの巻き戻しが始まり、リスク回避指向の強い投資家のエマージング市場離れも出てきている。

輸出の20%を占める貴金属の市況が相場に影響

ランド相場は、金やプラチナ相場との連動性が強いのが特徴である。南アは金の最大の産出国であるが、金の産出量は1970年にピークに、その後一貫して減少している。2006年は前年比13%強も減少し、1922年以来最低の産出量となった。今年も7%以上の減産が予想されている。また採掘コストが上昇して採算が悪化していることも、マイナス要因になっている。需要面でも、アメリカ経済の成長鈍化で大きな増加は望めず、市況の軟調も予想されている。南アの輸出の20%は金などの貴金属が占めており、需要減退、市況低迷の影響は大きい。経常赤字も昨年はGDPの5.7%に達しており、“危機水準”といわれる6%に近づいている。今まで経常赤字は資本流入で補填をしていたが、今後も今までと同じペースで資本流入があるかどうかは予断を許さない。そのポイントは、インフレと内外金利差の動向にある。

金利に関していえば、金融政策委員会は3~6%のインフレターゲットを設定している。1月のCPIX(住宅ローン金利を除いた消費者物価指数)の上昇率は5.3%と上限に接近している。これは石油と食品価格の下落が主因である。金融政策委員会は今年の第二四半期の上昇率を5.6%と予想している。インフレがターゲット内に収まっているとはいえ、金融政策委員会は「長期的なインフレ・リスクは依然として強い」と警戒姿勢を解除していない。個人消費も依然として旺盛であり、石油価格が上昇する局面が出てくれば、一気にインフレ率がターゲットを超える可能性は残っている。2006年の経済成長率は5.0%と前年よりも若干下回った。今年も昨年の利上げが効いて来ると思われ、成長率が5%を下回る状況になれば、逆に利下げの動きも出てくるかもしれない。今のところ市場の見方は分かれている。

今後の見通しは世界経済の成長鈍化は避けられず、貴金属市況が大きく上昇する可能性は低いだろう。キャリートレードの巻き戻しが続くとすれば、目先的には1ドル=7.6ランドの水準にチャレンジし、昨年の安値を更新する可能性も否定できない。

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