中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/3/31 土曜日

株価暴落の背景にある中国経済の実態:中国の限られた政策の選択肢

Filed under: - nakaoka @ 1:07

世界同時株安は中国経済の存在感を世界に示したという見方もあります。上海市場は時価総額で世界7位の小さな市場です。そこで株価が8%程度下落したからといって、本来なら地方市場の株価暴落に過ぎません。しかし、それが世界的な株安に結びついたのですから、やや驚きの観も否めません。ある意味では、中国市場が世界市場に密接に組み込まれている証拠なのでしょう。ただ、本ブログで指摘したように中国政府は、中国の株式市場の実力が過大評価されるのを恐れているようです。今回の株価暴落も市場の整備が遅れているために生じたともいえます。3月初に中国では全国人民代表会議が開かれましたが、相次いで市場自由化の措置が発表されました。今回の記事は3月中旬に雑誌に寄稿したものです。中国株暴落の要因と中国経済の現状を分析してみました。

 2月27日に香港株式市場、上海株式市場などの株式暴落で中国経済に対する関心が高まっている。中国の株式市場は世界的な水準から言えば規模はまだ小さい。今回の暴落が起こるかなり前の1月19日に温家宝首相は「株式市場の安定的な取引の基盤は強固とはいえない」と語っている。まさに今回の中国株の暴落は株式市場の未成熟さが背景にあることは間違いない。

ニューヨーク市場、ロンドン市場、東京市場など世界の主要市場と比べれば、中国の三つの株式市場は未整備と言っても過言ではない。まだまだ投機的な市場であり、透明性も十分ではない。たとえば、約一四〇〇社の上場企業のうち年次報告書を発表している企業の数はわずか二〇四社に過ぎない。その地方市場といってもいい程度の中国市場で株価が暴落したことで、様々な議論が行なわれている。

今回の中国株の暴落は、中国経済の抱える矛盾を反映したものではないかという悲観的な見方から、今回の株価下落は2006年の株価高騰の反動で、テクニカルな修正に過ぎないという楽観的な見方もある。たとえばモルガンスタンレー証券のチーフエコノミストのスティーブン・ローチ氏は、中国経済の過剰投資と過剰流動性という二つの問題が株価暴落の背後にあると指摘している。そして、80年代の日本のバブルと同じように中国は過剰生産能力を抱え、“日本型のデフレ”に陥る可能性があると警鐘をならしている。

これに対して中国人民銀行の周小川総裁は3月12日の記者会見で「株価下落はマクロ経済のレベルの問題ではなく、経済のトレンドに変化をもたらすものではない」と語っている。そして中国株の暴落が世界に波及したことに関しても、「経済のグローバリゼーションのため各国の市場の株価変動が密接な関係を持っているためである」と、中国株の影響は限られたものであると説明している。筆者が東京でインタビューした国際経済の世界を代表する経済学者ジェフリー・サックス・コロンビア大学教授も、「今回の中国株の下落は昨年の急騰の反動としての修正であり、中国経済の高成長の構造は変わらない」と語っている(同教授とのインタビューは3月24日号の『週刊東洋経済』に掲載していますので、ご参照ください)。ちなみに上海株は昨年中に150%と大幅に上昇している。05年までは中国株は低調で、本格的な上昇に転じたのは06年に入ってからである。

中国経済の悲観論に与みするのか、あるいは楽観論を支持するのかは別にして、中国発の世界的な株価暴落が起こったもう一つの要因に、中国経済の目覚しい成長があることは間違いない。中国経済はGDPでは既に世界第四位になっている。三位のドイツを抜くのも時間の問題だといわれている。今回の株価暴落をキッカケに中国経済の実態に対する興味が強まっている。

中国経済の問題点を分析する前に、今回の中国市場での株価暴落の要因について一つだけ触れておきたい。それは株価が暴落した2月27日に中国のSASAC(国有財産監督管理委員会)が、同委員会が管理する上場会社15社の株式を売却している。売却制限一杯まで売却しており、こうした当局の動きに対応してインサイダー情報による売りがあったという“ウワサ”がある。市場の未整備のため、そうしたインサイダー取引をチェックするのが難しい。それが市場でのパニック的な売りに結びつき、過去10年で最大の下げを誘発したのである。

97年にタイで始まった“アジア金融危機”では、為替市場と株式市場の混乱は深刻で、多くの企業が倒産に追いやられた。それと比べると、今回の世界株式同時安の影響は軽微であった。その後、アメリカ株の大きな下げ局面もあったが、これはアメリカ経済の事情、すなわち銃額市場の落ち込みに対する懸念が原因であって、中国市場や中国経済とは関係のない要因であった。

中国経済の成長の原動力は、輸出と固定資本投資である。中国は積極的に海外企業の直接投資を受け入れてきた。海外企業の進出は雇用機会を生み出すと同時に輸出を大きく増やすこととなった。海外企業は中国の低賃金を利用してアウトソーシングをし、生産・加工された製品を本社や世界各地の工場に輸出するのである。中国の輸出の約60%は、中国に進出した外国企業によって行なわれている。

さらに人民元相場の過小評価も、輸出ドライブをさらに加速することになった。05年7月にドル・ペッグ制からバスケット方式に移行し、元相場は徐々に切りあがっているが、十分とはいえない。中国は為替市場に介入し、元相場の上昇を抑制するために市場でドルを買い、人民元を供給している。膨大な貿易黒字は流動性を増やすことになる。

さらに中国の高貯蓄も銀行の流動性を増やしている。社会的セーフティー・ネットの未整備が貯蓄率を高めている。銀行は常に過剰な流動性を抱えており、積極的な貸し出し姿勢を見せている。まだ中産階級が十分に形成されておらず、銀行貸出は勢い企業向けに集中する。大半の中国企業は株式市場で資金調達をするのではなく、銀行借入によって資金を調達している。銀行から借りた資金は固定資本投資(機会設備投資や不動産投資)に向けられる。

中国のGDPに占める固定資本投資の比率は45%を超えている。日本でも高度成長期でも、その比率は34%を超えることはなかった。しかも、毎年、固定資本投資は大幅な伸びを記録している。過去4年の平均伸び率は26%で、昨年は24%であった。設備投資の大幅な伸びは過剰生産能力を生み出す懸念がある。ローチ氏が中国は“日本型バブル”に陥ると指摘するのも、遠からず中国は供給過剰の状況に陥るとの判断があるからだ。

もう一つの大きな固定資産投資は、不動産投資である。全体の固定資産投資の20%弱が不動産投資に向けられている。昨年の伸び率は22%であった。さらに地方政府の公共投資も過剰投資に拍車をかけている。要するに中国は“過剰流動性”と“過剰投資”の状況にあるのである。そのまま放置すれば、遠からず深刻なインフレを招く懸念がある。

インフレを懸念する人民銀行は、銀行の貸出を抑制するために、昨年初から利上げと預金準備率の引き上げを行なっている。また不動産関連融資の審査も厳しくしている。さらに債券を発行して市場から資金を吸収するなど、流動性の伸びの抑制を進めている。また元高を見越した投機的なホットマネーの流入を抑えるために企業の短期の外貨借入の割り当てを減らすなどの措置を講じている。しかし、その効果はなかなか出てこないのが実情である。

金利引き上げはホットマネーの流入を招き、さらに流動性を増やすことにもなりかねない。また預金の増加ももたらす可能性もある。中国は日本以上に個人が資産を運用する場がなく、個人資金の大半が銀行預金となっている。あるいは、投機的な資金として株式市場に流入している。金利引き上げによって借入れコストは増加するが、貸出を抑制するほどの効果は発揮していない。たとえば今年1月の北京の住宅価格は前年同月比9・9%上昇している。全国的にも6%を越える上昇をしており、まだまだ不動産投資は魅力的である。

今の中国の政策の選択肢は極めて限られている。大幅な元高を受け入れて貿易黒字を削減すれば、深刻な雇用問題を引き起こすだろう。今でさえ都市部では2400万人の失業者がいる。また外資流入で増加した流動性を不胎化するためのオープン市場も発達していない。温家宝首相は全人代で、今後の中国の課題は「雇用確保」と「国内消費の増加」を掲げている。しかし、短期間で目標を実現するのは難しい。しかし、対応が遅れれば、深刻なインフレを招くか、80年代の日本のようにアメリカなどから大幅な元相場の切り上げを迫られる懸念もある。中国政府の政策の選択肢は極めて限られているのである。

15件のコメント »

  1. 凄く勉強になりました。ありがとうございます

    コメント by 高収入大好きちゃん — 2007年5月28日 @ 04:56

  2. なるほどなぁって関心しちゃいました

    コメント by 大阪太郎 — 2007年5月28日 @ 04:57

  3. 凄く勉強になりました

    コメント by 大阪高収入アルバイト — 2007年10月13日 @ 01:50

  4. 大変勉強になりました。

    コメント by いけちゃん — 2007年11月15日 @ 23:46

  5. 感心しました。

    コメント by とと — 2007年11月15日 @ 23:46

  6. 凄く勉強になりました

    コメント by あみ — 2007年12月9日 @ 02:53

  7. 凄く良い感じですね

    コメント by kana — 2007年12月9日 @ 02:54

  8. 私も凄く勉強になりました

    コメント by misaki — 2007年12月9日 @ 02:55

  9. 色々とあることがわかりましたので助かりました。

    コメント by ちか — 2007年12月9日 @ 02:56

  10. 又勉強に着たいと思い舞う

    コメント by みき — 2007年12月9日 @ 02:56

  11. 勉強になりました。

    コメント by くー — 2008年2月17日 @ 22:00

  12. また勉強させてください。

    コメント by pe- — 2008年2月17日 @ 22:01

  13. もっといろいろ学ばないといけないですね。

    コメント by man — 2008年2月17日 @ 22:02

  14. いつも勉強させてもらってます。

    コメント by 池袋 風俗 店長 — 2008年3月31日 @ 19:13

  15. 中国の今後の動きに注目ですね。

    勉強になりました。

    コメント by 健康マニア — 2010年4月1日 @ 14:51

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