中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/4/3 火曜日

米中通商問題の深層:アメリカはどこまで中国に強硬姿勢を取れるのかー80年代の日米通商問題と現在の米中通商問題の違い

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米中通商摩擦は民主党が議会の多数派を占め、保護主義的傾向を強めていることから、今後、厳しいものになると予想されます。3月30日に商務省は中国から輸入される高光沢紙に高率の反ダンピング課税を課すことをと決めました。米中通商問題の議会の焦点は為替市場で人民元が過小評価されているということでしたが、高光沢紙に対する関税は、従来のアメリカ政府の方針から逸脱するものです。米中の通商問題を理解するには、日米通商問題との違いを知ることも重要だと思います。中国政府は米中通商問題の“政治化”を避ける道を模索していましたが、場合によっては、もっと直接的な対立になるかも知れません。本ブログでは米中関係の構造的な問題と日米通商摩擦との比較で見てみると、興味深い問題が明らかになります。本ブログは『週刊東洋経済』(3月17日号)に寄稿した「標的を変えたアメリカ議会―攻守に異変、米vs.アジア」に、最新の情報を加えたものです。

民主党議会で高まる保護主義
昨年11月の中間選挙で上下院の両院で過半数を制した民主党が、新議会開始と共にブッシュ政権との対立姿勢を鮮明にしている。イラク撤兵、予算措置を巡る抗争がメディアの焦点になっているが、民主党は通商政策でも攻勢を強めている。6年にわたって通商政策から疎外されてきた反動に加え、中間選挙公約にアウトソーシングに伴う雇用喪失を掲げてきただけに、ブッシュ政権の通商政策に対する批判の舌鋒は一層鋭くなっている。

2006年の貿易赤字は7636億ドルで、ブッシュ政権が成立した01年以降、連続5年、史上最大の赤字を更新している。最大の赤字国は中国で06年の対中赤字は2325億ドル、全赤字の30%を占めている。こうした膨大な貿易赤字を背景に議会の中国批判はかつてない厳しいものになっている。それは、80年代の日米貿易摩擦を彷彿されるものである。当時のようにデトロイトで日本車を燃やすといった過激な行動はみられないものの、国民の不満は高まっている。ピュー・リサーチ・センターの世論調査で国民の半数が自由貿易はアメリカの賃金と雇用に犠牲を強いると反対と答えている。

こうした世論を背景に民主党の下院議員14名は2月13日に連名でブッシュ大統領に通商政策に関する書簡を送っている。署名した議員の中にはペローロ下院議長、ランゲル歳入委員会委員長も名を連ねている。歳入委員会は下部に貿易小委員会を持ち、通商関連法案を作成する委員会である。下院議長は総会における法案票決を行なうかどうかを決定する権限を持っており、今後の議会における通商法案の命運を決める立場にある。民主党は“自由貿易”から“公平な貿易”をスローガンに中国など対米黒字国を対象に不均衡是正を迫る構えを見せている。

大統領宛て書簡の中で「2000年から05年までにアメリカの製造業は300万以上の雇用を喪失した」と指摘し、具体的には政府に対して中国の人民元の切り上げ、中国製品に対する相殺関税などを実施するように求めている。円安是正も、その要求項目に加えられている。書簡送付の翌14日に歳入委員会で公聴会が開かれ、シュワブUSTR(通商代表部)代表が召喚され、証言を行なっているが、共和党委員も民主党委員に同調する動きを見せた。

さらに上海に端を発した世界的株価暴落直後の2月28日、民主党の大統領候補のフロントランナーであるクリントン上院議員はポールソン財務著間とバーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長宛てに書簡を送っている。同議員は、書簡の中で財務省証券の発行残高2・2兆ドルのうち日本と中国が1兆ドル保有している事実を指摘し、「中国と日本が保有ドルを減らす決定をすれば、通貨危機が発生し、ドル金利が上昇し、アメリカはリセッションに陥る可能性があり」、「アメリカは北京と上海と東京で行なわれる経済決定の捕虜となっていると」厳しいトーンでポールソン長官とバーナンキ議長に厳しい口調で国内での財政赤字を削減すると同時に中国との不均衡改善を行なうように求めている。

こうした通商政策を巡る民主党の厳しい批判に対してポールソン長官は3月3月1日、ワシントンのエコノミック・クラブで演説し、議会の保護主義の高まりは“困った傾向”であると懸念を表明し、さらに「通商問題を保護主義を支援するために利用することはアメリカの生活水準を悪化させることになる」と孤立主義の危険性を訴えた。しかし、それと同時に同長官は「中国の人民元の切り上げのスピードには満足していない。人民元相場は市場で決定されていない」と、中国の為替政策に対する不満も表明している。これは3月7日からの中国訪問を踏まえた牽制の意味合いも含まれていると考えられるが、議会の中国批判の焦点が人民元切り上げにあることを意志しての発言であることも間違いない。

ちなみに、演説の中で同議長は“円安問題”については一言も言及してなかったのが注目される。2月のG7でもドイツが執拗に円安問題を取り上げるように主張したのに対して、アメリカは受け付けなかった。結局、共同声明では人民元の切り上げ問題が言及されただけであった。

ポールソンの融和政策は失敗か?

中国の為替政策に対する財務省の立場は微妙である。ポールソンが財務長官に就任したのが昨年の7月、最初の大きな課題は中国の為替問題であった。ゴールドマンサックス時代に培った中国人脈の活用も期待された。9月に訪中し、米中戦略対話の枠組みを作り、米中協調路線をアピールした。議会に対しては中国製品に一律27・5%の課徴金を課すことを求める法案を提出しているグラハム議員とシューマー議員に法案の撤回を求め、成功している。いわば議会は同長官の手腕に期待したのである。

12月14日と15日に北京で開催された「第一回米中戦略経済対話」は壮観であった。48名で構成される代表団の議長を務めたのはポールソン長官、その他にバーナンキFRB議長、シュワッブUSTR代表、グティエレス商務長官など経済通商担当の閣僚がそろって代表団に名を連ねていた。ポールソン長官の閣内における影響力を示すには十分な布陣であったが、呉義副首相を議長とする中国側代表団はアメリカ側の人民元切り上げの要求に対してなんら言質を与えることはなかった。

戦略経済対話は目だった成果を上げることはなかった。その直後、注目されたのは財務省が年2回議会に提出する「国際経済と為替政策報告」である。議会の貿易タカ派は中国を“為替操作国”に指定することを求めていた。しかし、同報告は05年7月以降、人民元はドル・ペッグ制からバスケット方式に移行後、為替相場の弾力化が進んでいると評価し、中国を“為替操作国”に指定しなかった。もし“為替操作国”に指定すれば、ブッシュ政権は中国に対して具体的な制裁措置を取らざるを得なくなる。

しかし、それは議会の不満をさらに募らせることになった。チューマー上院議員は「中国はポールソン長官に甘いことを言うが、冷水を浴びせかけた。同長官はもっと厳しい態度を取らなければならないことを学んでいるだろう。それはゴールドマンサックスとの取引とは違うのだ」と辛らつなコメントを行なっている。ポールソン長官がエコノミック・クラブの講演で人民元切り上げのスピードに満足していないと語ったのも、そうした議会の厳しい批判に答えたものであった。議会の保護主義の動向によっては、彼の“静かな外交”は転換を迫られるかもしれない。

ポールソン議長は3月7日から訪中し、さらに人民元切り上げ問題を話し合うことになるだろう。しかし、為替問題に対する中国の姿勢は極めて固い。呉中国人民銀行副総裁は「中国はアメリカの圧力とは関係なく為替相場制度改革は独自の道で続けていく」と語っている。要するに、陣人元の切り上げは中国政府の判断で行なうものであって、アメリカの圧力とは関係ないと切り捨てている。ポールソン長官の3度目の訪中も具体的成果は期待できないかもしれない。

議会で制裁法案が3件提出

民主党議員の多くは、人民元相場は人為的に操作されており、それは実質的に補助金に相等すると主張している。しかし、中国政府が為替政策は主体的に決めるものだという主張を変えない限り、アメリカ政府は具体的に対応策がないのが実情である。政府による為替調整が進まないのに苛立つ議会は、元安相当分の課徴金を課すことで中国からの輸入に歯止めをかけようとしている。前議会でグラハム・シューマー法案は廃案になった。しかし、新議会になって下院では中国を対象とする通貨法案が今までのところ3件提案されている。いずれも政府が中国との為替交渉で失敗したら、政府に対抗措置を求めるものである。

その中で一番注目されるのは「公正通貨法(ライアン・ハンター法)」で、元安部分が中国政府による輸出補助金と見なして相殺関税を課すというものである。同法は前議会でも提出されたが、共和党指導部が法案成立を阻止した経緯がある。今回、ランジェル歳入委員会委員長がライアン議員に同法案の再提出を促し、法案審議を担当する貿易小委員会のレヴィン委員長ははやばやと4月に同提案を法案化する意向を明らかにしている。

通常、こうした法案は最終的に成立する可能性は小さい。しかし、通商法案の一括審議を議会に求める政府の“ファースト・トラック権限”が6月に失効し、議会の再承認が必要となる新しい状況がある。民主党議会は“ファースト・トラック権限”をテコにブッシュ政権に対中国政策でもっと強硬な姿勢を取るように迫ることは間違いない。

こうした議会の動向に対して政府は今のところ冷静な対応を取っているが、商務省は中国製の紙製品に課徴金を課すかどうかの検討に入っている。これは議会の保護主義的な傾向をチェックするものであると見られている。と同時に、もし商務省が中国製紙製品に課徴金を課すことを決めれば、それはアメリカの通商政策の大きな変更を意味する。今までアメリカ政府は非市場経済国からの輸入品に違法に補助金が与えられていても制裁措置を取らない方針を掲げていた。商務省は4月2日までに最終決定を下すと予想される。もし商務省が課徴金を課す決定をすれば、米中政府は真正面から対立することになるだろう。中国政府は、課徴金が課せられたらWTOに提訴する意向を示している。

補完し合う米中経済

当面の米中通商問題は、為替政策と知的所有権に照準が当てられている。問題は為替政策が貿易不均衡にどれだけ効果があるかだ。日本の経験から言えば、大幅な円切り上げにも拘わらず貿易不均衡は解消されなかった。貿易不均衡は「中国の過剰貯蓄とアメリカの過小貯蓄が原因である」(サックス・コロンビア大学教授)。それは米中戦略経済対話の中でも中国が強く主張したところである。

また、日米通商問題と米中通商問題には基本的な違いがある。中国の対米輸出のかなりの部分は、中国でアウトソーシングをしたアメリカ系企業が行なっているものである。中国の輸出の約60%は外資系企業によるものである。日米貿易不均衡は日本企業の一方的な輸出によって生じていた。現在も日本の対米輸出の太宗は輸送機器と同部品である。表に示したように、中国の対米輸出はもはや玩具や繊維などの労働集約的なものではなく、最大の輸出品目は通信機器部品などである。また高度技術製品の輸出が急増している。そうした製品の多くはアメリカ企業が中国で生産したものである。中国経済とアメリカ経済はアウトソーシングを通して構造的に補完し、結び合っているのである。

現高によって、中国企業だけでなく、アメリカ企業も返り血を浴びることになる。ましてや現高で中国の経済成長が鈍化すれば、中国国内で政治的、社会的問題が噴出する懸念もある。これは、ブッシュ政権の通商担当者には十分に分かっているところである。議会の保護主義台頭の中でブッシュ政権は難しい対中国通商政策を迫られているのである。

中国政府も為替調整の必要性と貿易不均衡是正の必要性を熟知している。そのため市場自由化に向けた方策を相次いで打ち出している。中国政府は通商摩擦の政治化を望んでいないのは明らかである。1月20日に緊急会議で中国政府は金融市場改革と為替制度改革を実施することを決めている。ただ、「今後2年間に」という条件付きである。アメリカにとって2年は長すぎるかもしれない。

『週刊東洋経済』への記事執筆後の米中通商問題の進展

3月30日、グティエレス商務長官は、中国から輸入される高光沢紙に反ダンピング課税を課すことを発表しました。『週刊東洋経済』の記事の中で、紙製品に対する反ダンピング課税の問題を取り上げ、それが今後の米中通商問題の1つの試金石になると書きました。商務省は最終的に反ダンピング課税を課すことを決めたのです。ポールソン財務長官は“静かな外交”を展開することで、中国との通商問題の政治問題化を避けながら、為替調整で問題の処理を図ろうとしていました。しかし、昨年12月の「米中戦略経済対話」で具体的成果が出なかったことから、議会で保護主義的な動きが高まっていました。ブッシュ政権は、こうした議会の動きを牽制してきましたが、ここに来て議会に譲歩する動きを示し始めました。

東洋経済に寄稿した記事にも書きましたが、社会主義国などから輸入される製品に対して反ダンピング課税を課さないというのは、80年代からのアメリカ政府の方針でした。それは、経済システムが違うことから、具体的な輸出補助金などを算定するのが無理だというのが理由でした。そうした慣行を無視して、今回、商務省が課徴金を課す決定をしたのは、もはや中国が旧来の形態の社会主義国ではないとの判断があります。と同時に、ブッシュ政権は中国に対して厳しい態度を取るという明確な方針を明らかにしたと理解できます。

議会の多数派を占めた民主党は、アメリカの雇用喪失を大きな課題に掲げ、昨年の選挙で勝利を収めました。東洋経済の記事に書いたように、議会は“自由貿易”から“公正貿易”に通商政策の軸足を移しつつあるようです。中国は為替相場を操作することで、実質的な輸出補助金を与えているというのが、中国批判派の論拠でした。反ダンピング課税は、国内販売価格を下回る価格で製品を輸出している場合に課すものですが、為替相場の操作で実質的に輸出競争力を強化している場合の判断は難しいものがあります。

いずれにせよ、商務省はMewPage Corprationの提訴を受け、中国企業2社に対してそれぞれ10.9%と20.4%の課徴金を課すことを決定しました。現在、中国のアメリカの高光沢紙の市場シェアはわずか5%に過ぎません。この課徴金でアメリカの製紙産業が救われるとは思えませんが、今後のアメリカの対中国通商政策を見るうえで重要です。なぜなら、製紙業界に続き、プラスチック業界、機械業界、繊維業界でも同様な提訴を行なう姿勢を見せています。従来の共産圏、社会主義圏からの製品に対して反ダンピング課税をかけないという慣行は、これで壊されたのは間違いありません。商務省は、業界の要請を受けて、他の産業でも同様な関税を課す可能性が出てきたからです。

同課徴金は4月10日から効力を発します。当然のことながら、中国は反発しています。ただ、MFA(多角間繊維取り決め)の効力が失効したあと、中国から大量の繊維がアメリカ市場に流入しました。その時、アメリカやヨーロッパは課徴金を課す動きがありましたが、最終的に中国側の輸出自主規制で問題を回避した例があります。今回も報復関税の導入には消極的で、WTO(世界貿易機構)に提訴するなど、中国は即座に対抗措置を取る可能性は小さそうです。

今年5月にワシントンで「米中戦略経済対話」が開催されます。その議論に、今回の決定が影響すると思われます。

もう一つの展開

米韓自由貿易協定も10ヶ月の交渉を経て合意しました。これはアメリカにとってNAFTA(北米自由簿易協定)以降、最大の規模の協定です。米韓の貿易額は年間750億ドルに達しています。ブッシュ大統領は“ファースト・トラック”権限が失効する7月1日以前に議会に米韓自由貿易協定の承認を求める意向です。

1件のコメント »

  1. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ » 米中通商問題の深層:アメリカ…会の焦点は為替市場で人民元が過小評価されているということでしたが、高光沢紙に対する関税は、従来のアメ [...]

    ピンバック by 人民元 為替 問題は流行ってるけれど | みんなでFXまとめサイト — 2010年12月15日 @ 12:35

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