中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/5/13 日曜日

バラク・オバマ論:オバマ上院議員はクリントン上院議員を破って民主党の大統領候補になれるか?

Filed under: - nakaoka @ 23:35

アメリカでは大統領になるためには、まず党の正式な大統領候補に指名される必要があります。「我は」と思うものは自由に党の予備選挙に立候補することができます。本番の大統領選挙と同様に各州で党の予備選挙あるいは党員集会で選挙が行なわれます。州毎に候補者を選出することになります。そして最後は選挙が行なわれる年、すなわち2008年の夏に全国大会が開催され、その場で正式に党の公認候補として指名されます。それから党の公認候補同士による大統領選挙が行なわれ、11月の投票日で決着がつきます。長い道程を経て、大統領が誕生するわけです。春から党の予備選挙が始まりました。今回掲載する民主党の予備選挙に関する記事は『週刊東洋経済』に寄稿したものです。民主党の予備選挙で最大の焦点は先行するヒラリー・クリントン上院議員に対してアフリカ系アメリカ人のバラク・オバマ上院議員が挑戦しており、接戦を展開していることです。本部ログはオバマ上院議員の人物論に焦点を当てました。なお執筆は4月初旬です。

クリントン候補に挑戦
大統領選挙はまだ序盤戦であるにもかかわらず、既に過熱気味の様相を呈している。本選挙の投票日は09年11月6日と1年以上先だが、候補者は党の正式な大統領候補者に指名される前に長い予備選挙を勝ち抜かねばならない。過去において、ひとつのスキャンダルが候補者の希望を打ち砕いてしまった例は数え切れないほどある。最初から最後まで先頭を走り抜き、ゴール到達するのは容易ではない。

4月13日に発表されたCBSの世論調査のレポートには「幸福な民主党員、心配する共和党員」という興味深いタイトルが付けられている。「あなたの政党の大統領候補者に満足しているか」との問いに、民主党支持者の59%が満足すると答えたのに対して共和党支持者で満足していると答えたのは35%に過ぎなかった。民主党候補が勝利する可能性は極めて高いのかもしれない。

各候補者では、すべての世論調査は例外なくクリントン議員が民主党大統領候補者の中で圧倒的な支持を得ていることを示している。CBS調査でも、クリントン上院議員の支持率は39%で、2位のオバマ上院議員の24%に大きく差を付けている。クリントン陣営には、来年夏の民主党全国大会でクリントン議員の大統領候補指名は間違いないとの楽観的な雰囲気が漂っていた。しかし4月初めにクリントン陣営を震撼させるニュースが飛び込んできた。
今年の1月から3月までの各候補が獲得した選挙資金の額が明らかになったのである。クリントン陣営は2600万ドルと全候補の中で最高の額を得たのに対して、オバマ候補は2500万ドルとクリントン候補に肉薄する資金を集めたのである。

ニューヨーク・タイム紙は「クリントンと彼女の支持者は党の正式指名までの道は平坦だと考えていたが、オバマ候補がシカゴ・トリビューン紙のウエブサイトに公表した金額を見て、その考えは大きく揺らいだ」と書いている。クリントン陣営にとってオバマ候補は“本当の脅威”となったのである。クリントン候補が来年1月にアイオワ州とニューハンプシャー州で行なわれる最初の予備選挙まで、今のような圧倒的なリードを維持するのは容易ではないかもしれない。

さらに人々を驚かせたのは、オバマ候補が非常に幅広い層から支持を得ていることだ。オバマ候補に献金をした人数は10万人に及んでいる。クリントン候補の献金者数は5万人であるから、オバマ候補の支持層の広がりは注目に値する。しかも、同候補に献金した人の半分の5万人は小口の献金者で、その額は合計で690万ドルに達している。一人当たりの献金額は138ドルである。アメリカでは個人の予備選挙資金の献金の上限は2300ドルである。選挙運動の進展次第では、こうした有権者はさらに献金を増やす可能性を持っている。オバマ陣営は小口の献金を促すことで、従来政治活動と無縁であった有権者を政治の場面に引き出そうとしているのである。

言い換えれば、オバマ候補の支持者の多くは“草の根”の活動家であり、一般市民である。同候補の資金集めの責任者プリツカーは、「草の根の活動家がオバマ議員を支持しているのは彼らが政治に変化を求めているからである」と解説している。
 全国的な選挙組織を持たないオバマ陣営にとって、インターネットは不可欠の手段である。高額の入場券で著名人を招いてパーティを開き、巨額の献金を集めるという伝統的な手法ではなく、25ドルから100ドルの入場券で一般の支持者を集めているのである。

2000年の大統領予備選挙で民主党のディーン候補は初めて組織的にインターネットを利用した選挙運動を展開した。しかし、ネット上の支持者を実際に動員するのに失敗し、思ったほどの票を得られなかった。また昨年のコネチカット州の上院予備選挙でインターネットを利用して勝利した民主党のラモントも、インターネットの支持を具体的な活動に結び付けることができず、本選挙でリーバーマン候補に負けている。こうした経験から学んだオバマ陣営は、インターネットに登録した支持者にすぐに電話を掛けるなど個人的な接触を続けることで選挙運動に積極的に取り込む戦略を取っている。小口の献金を集めることができたのも、そうした戦略と地道な努力の成果であった。

具体的な選挙活動でも、ネット上の支持者はオバマ陣営の力になりつつある。3月24日にカリフォルニア州オークランドで開かれた会合でオバマ陣営の担当者はネット上の支持者電子メールを送り、動員をかけた。その結果、予備会議に500名を越す支持者が集まったのである。ネット上の支持者は傍観するのではなく、実際の活動に積極的に参加し始めているのである。

フー・イズ・バラック・オバマ?
 オバマ候補が草の根あるいはコミュニティを支持基盤に政治活動を展開するのは、偶然でもないし、便宜的なものでもない。それは、同候補が社会活動や政治活動に関わるようになった経緯と密接に結びついている。同候補は85年から88年までシカゴのサウス・エンド地区で貧しい黒人を組織化し、教育するオルガナイザーの仕事に従事している。そのときの経験から得た教訓を後に「変化は上から来るものではない。変化は組織化された草の根の人々によってもたらされるものである」と自著『ドリームズ・フロム・マイ・ファーザー』の中で書いている。その発想は、予備選挙の中に生かされている。

オバマ候補の主張を理解するには、その生い立ちを理解する必要がある。同候補の父親はケニアからハワイ大学に留学していた黒人で、大学で知り合ったカンサス州出身の白人女性と結婚し、61年に同候補を生んでいる。その後、両親は離婚。母はインドネシア人男性と再婚し、一家はジャカルタに転居し、同候補は6歳から10歳までジャカルタの学校に通っている。その後、同候補はハワイに戻り、母方の祖父母に育てられている。

高校を卒業後、オクシデンタル・カレッジに通い、卒業後、コロンビア大学に進学し、政治学を専攻。卒業後、人権問題に関心を持ち、社会活動の場を探していた。そんなとき、ニューヨーク・タイムズ紙の広告欄にシカゴの黒人教会がコミュニティ・オルガナイザーを募集しているのを見て、シカゴ行きを決めた。それはアフリカ系アメリカ人としてのアイデンティティを求めるソール・サーチの旅でもあった。

シカゴの貧しいサウス・サイドでのオルグ活動を通して、同候補は黒人社会と接点を獲得していく。後に政敵が彼を「黒い色をした白人」と揶揄するが、黒人と白人の混血で、白人の祖父母に育てられた同候補にとって自分のアイデンティティ問題は深刻であったのは想像に難くない。貧しいアフリカ系アメリカ人と接したシカゴでの4年間は、同議員の政治への関心を培い、政治的な基盤を作った重要な時期であった。オルグ活動の基盤となった教会を通してシカゴでの将来の人脈を作り上げることもできた。

88年にハーバード大学法律大学院に進学する。在学中に『ハーバード・ロー・リビュー』誌のプレジデントにアフリカ系アメリカ人として初めて選ばれるなど、着実に頭角を現していく。同大学を卒業後、再びシカゴに戻る。95年にイリノイ州上院議員に立候補する。そのとき、同候補は立候補に反対する友人に「コミュニティ・オルガナイザーや弁護士よりも、議員になったほうが教会の指導者とコミュニティの指導者をもっと簡単に協力させることができる」と、立候補の目的を説明している。

イリノイ州上院議員を2期務め、04年に連邦議会上院議員に立候補し、70%と圧倒的な票を得て当選を果たした。同時に04年夏にボストンで開かれた民主党全国大会で基調演説を行い、一躍、全国区の政治家として注目されるようになった。上院議員になってまだ2年だが、早い時点から大統領候補の一人と目されていた。1月に行なった大統領候補立候補宣言の中で同候補は「自分が受けた最善の教育はコロンビア大学でもハーバード大学でもなく、シカゴのコミュニティを組織化するなかで学んだことである」と語っている。

「スタイルだけで内容がない?」
オバマ候補には“カリスマ性”があると言われる。演説もクリントン候補よりも説得力があり、メディアは同候補を“ロックスター”のように扱っているといわれる。しかし、同時に政敵は「スタイルだけで、内容がない」と厳しい批判をしている。

確かに同議員はまだ詳細な政策を発表していない。イラク戦争については今年の5月からの撤兵を始め、08年3月に戦闘部隊の撤兵を完了すると主張している。医療保険問題では皆保険制度の導入を主張している。しかし、他の候補と比べて特に際立った政策の違いがあるわけではない。3月24日に民主党候補者の討論会がラスベガスで行なわれたが、そのとき同議員は詳細な政策を語らず、失望した参加者から「あなたのサイトを見ても詳細な政策の説明は書かれていない」との批判が浴びせられた。これに対して同候補は「立候補声明を出してまだ8週間しか経っていない。数ヶ月以内に詳細な政策を発表する」と答えるのが精一杯であった。

本格的な選挙は始まったばかりである。オバマ候補がどのような政策を打ち出してくるか興味がある。しかし、政策と同様に同候補に期待されているのは“政治の変化”である。多くのアメリカ人はワシントンの政治に嫌気がさしている。上院議員として日の浅い同候補は、まだワシントンの色に染まっていない新鮮な候補者としての魅力を保っている。

同候補はルーズベルトのニューディール政策を支持しており、政治的な立場は中道左派に位置する。クリントン大統領が“ニュー・デモクラッツ”を旗印に中道右派の立場を取り、一部の保守層を含めて支持基盤を拡大して大統領に当選した。クリントン候補も軸足を右に移しながら、支持基盤の拡大を図っている。クリントン候補との違いをどう鮮明にしていくかも、オバマ候補にとって大きな課題である。世論調査では、クリントン候補の後塵を拝しているが、これから「政治を変える」というメッセージを送り続ければ、まだ勝機は十分にあるだろう。

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