中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/6/3 日曜日

アメリカ大統領予備選挙の序盤戦の分析:クリントン候補とジュリアーニ候補がリード

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アメリカの大統領予備選挙の序盤戦の報告です。今回軽視する原稿は『週刊エコノミスト』(5月25日号)に寄稿したものです。記事は4月末と5月初めの民主党と共和党のテレビ討論会を分析したものです。その後、情勢は非常に流動的です。最新の全国調査(ABCの6月3日調査)では民主党ではクリントンが35%、オバマが23%と他の候補をリードしています。共和党ではジュリアーニが32%、マケインが19%です。クリントンとジュリアーニのリードは変わらないものの、最初に予備選挙が行なわれるアイオワ州では5調査の平均では民主党のエドワーズ27%、クリントンが24%となっています。共和党ではロムニーが20%、マケインが19%と全国調査とは違った結果がでています。ニューハンプシャー州の3調査の平均では民主党がクリントンが34%、オバマが22%、共和党ではロムニーが30%、マケインが24%で、ジュリアーニの21%を上回っています。最近の特徴では、ジュリアーニの人気に陰りが見られます。

初めての行われた両党のテレビ討論会の勝者は誰か

民主党と共和党はそれぞれ、来年一月から始まる党の大統領予備選挙に向けて全国放送のテレビ討論会を開催した。

民主党の討論会は4月26日に南カロライナ州オレンジバーグにある南カロライナ州立大学のマーチン・ルーサー・キング・ジュニア劇場で開かれ、8名の候補者が招かれた。共和党の討論会は5月3日にカリフォルニア州シミバレーにあるロナルド・レーガン大統領図書館で開催され、10名の候補者が参加して行われた。開催会場は、両党の置かれている状況を象徴的に表している。南カロライナ州立大学は1896年に設立された黒人のための大学であった。劇場は、市民権運動の黒人リーダーであったキング牧師を記念して名づけられている。民主党の有力な大統領候補にオバマ上院議員がいることを配慮した会場の選択であることは間違いない。さらに言えば、南カロライナ州は多くの黒人がいるにもかかわらず、共和党の地盤となっている。同州の動向は選挙に大きな影響を与えると見られている。それだけにオバマ擁立で黒人票を得ることができれば、来年の選挙で民主党は同州を手に入れる可能性も出てくる。

他方、共和党の会場は保守主義者のシンボル的存在であるレーガン元大統領を記念して建設された図書館で行われた。この会場の選択には、ブッシュ大統領の不人気を背景に厳しい選挙戦を強いられ、“アイデンティティ・クライシス”に直面している共和党が保守主義の原点に戻り、再生を図ろうという思いが込められている。会場の最前列にはレーガン元大統領のナンシー夫人が座り、候補者の議論に耳を傾けた。討論の中で繰り返しレーガン元大統領に言及する発言が聞かれたのも、共和党の現在の思想的、政治的状況を象徴的に示していた。

民主党の討論会に出席したのは、クリントン上院議員、オバマ上院議員、エドワーズ元上院議員、リチャードソン・ニューメキシコ州知事、バイデン上院議員、ドッド上院議員、クチニッチ下院議員、グラベル元上院議員の8名である。このうちクリントン、オバマ、エドワーズは世論調査で他の候補者を大きく引き離し、先頭集団を形成している。この討論会は、有権者が各候補の主張を比較できる最初の機会でもある。

ただ討論時間が90分と短かったうえ、候補者は司会者の質問に答えるだけで、候補者同士が直接議論する機会は与えられなかった。さらに質問者に答える時間も60秒と制限されていたため、白熱した議論は聞かれなかった。「タイム」誌は「ヒットも、ホームランも、エラーもなかった」と、その様子を表現している。「ワシントン・ポスト」紙も「お互いの違いを強調するよりもブッシュ非難で団結を示した」と、“静かな討論会”の様子を伝えている。討論会のテーマは、イラク戦争、医療保険制度改革、地球温暖化、後期中絶禁止法に関する最高裁判決など多岐に及んだが、際立った意見の違いは見られなかった。

討論会では、クリントンが大統領の資質を示すことができるのか、またイラク戦争支持に投票したことに関して、誤りを認め、謝罪するのかどうかという点が注目された。これに対して同議員は「当時の情報に基づいて確信を持って投票した。現在だったら賛成票を投じることなないだろう」と、イラク戦争には反対だが、あくまで謝罪しない姿勢を貫き通した。オバマは、スタイルだけでなく、どこまで政策を具体的に語るかかが問われていた。エドワーズは2004年の大統領選挙の予備選挙で破れたイメージを払拭して、どう先行する二人の候補者に対抗するかが注目されていた。

一部のメディアはクリントンを勝者とし、別のメディアはオバマが勝者であると分析していた。公開討論後にサーベイUSAが行った世論調査では、31%の回答者がオバマを勝者と判断し、24%がクリントンを勝者とする結果が出ている。14%が勝者としたエドワーズが三位に続いている。他の候補者は一ケタ台に留まった。ある論者は「候補者のなかで最も雄弁家であった」と、オバマを高く評価していたが、「シカゴ・トリビューン」紙は「クリントンが勝者なのは明白である」と書くなど、評価は大きく分かれていた。

5月6日に行われたUASツデー・ギャロップ調査では、クリントン支持が38%、オバマ支持が23%と、依然として両者の間に大きな差があることを示している。これは有権者がまだ誰に投票するか決めていないということであろう。ただ今回の討論会で、予備選挙は上位三者に絞られていることが確認されたことは間違いない。

保守主義の建て直しを迫られる共和党候補

共和党の討論会は、ジュリアーニ元ニューヨーク市長、マケイン上院議員、ロムニー前マサチューセッツ州知事、ギルモア・バージニア州知事、ハッカビー・アーカンソー元知事、ハンター下院議員、ポール下院議員、タンクレド下院議員、トンプソン元ウィスコンシン州知事、ブラウンバック上院議員の10名が参加して行なわれた。同討論会も民主党の討論会と同様に90分で行われた。民主党の討論と比較すると、各候補の違いが比較的鮮明に出ていた。

討論会の最優先議題はイラク戦争であった。世論のイラク戦争に対する批判が強まっているにも拘らず、ブッシュ大統領を擁する与党の立場から全候補がイラク戦争の正当性を主張し、アメリカ軍の増派も支持する立場を明らかにしたのが注目された。たとえばマケインは「イラクからの即時撤退は悲惨な結果をもたらすことになる」と持論を繰り返した。ジュリアーニは「テロリストを前にして決して撤退してはならない」と、早期撤退論を排した。ロムにーは「できるだけ早く撤退させたいが急速に撤退させ、再び派遣する事態を招いてはならない」と間接的に早期撤退に消極的な姿勢を見せた。

民主党の討論会では意見の違いは目立たなかったが、共和党の討論会では社会問題では大きく意見が割れた。たとえば中絶問題ではジュリアーニは「中絶は女性が判断することである」と、候補者の中で唯一人、女性の中絶権を容認する発言を行ったのが注目された。ロムニーは中絶容認派であったが、今回の選挙のために中絶反対に宗旨替えをしており、なぜ立場を変えたのか弁明している。質問の中には「ダーウィンの進化論を信じるか」というものまで飛び出し、ハッカビーとブラウンバック、タンクレドの三候補は「信じない」と答えている。幹細胞研究に関しても容認派のジュリアーニ、マケインに対して他の候補者は否定的であった。

民主党の討論会と同様、第二グループの候補者は先行するジュリアーニ、マケイン、ロムニーの一角に食い込むことはできなかった。

ただ今回の討論は個別問題よりもブッシュ政権の下で破綻した共和党の体制と保守主義をどう建て直すかという大きな問題があった。史上最低の支持率の大統領とイラク戦争の泥沼化、共和党議員が絡むスキャンダルの多発という厳しい状況のもとで勝利を得るには、より大きなビジョンを国民に示す必要がある。各候補がこぞってレーガン元大統領に言及したのも、そうした思いを反映したものであった。ブラウンバックは、「より大きなアイデアを提出しなければならない」と語っている。レーガン元大統領は保守主義者にとって“偶像的な存在”であり、同大統領に言及することは保守主義の原点に立ち戻るべきだということを意味していた。多くのメディアが「誰がレーガンにも最も近いのか」「誰が次のレーガンになれるのか」という視点から候補者を眺めていたのも、誰が保守主義を代表する候補者かを見極めようとしていたからである。

しかし、限られた時間の中で共和党の低迷を一気に吹き飛ばすような発想が出てくるのを期待するのは無理である。民主党の討論会と同様に「共和党の討論会でも明確な勝者も敗者もいなかった」(「ワシントン・ポスト」紙)。要するに「誰もレーガンたり得なかった」のである。討論後に行われたUSAツデー・ギャロップ調査では、ジュリアーニ支持率が34%、マケイン支持率が20%という結果がでている。状況は討論会前とほとんど変わらなかった。

世論の動向は民主党に有利に展開

党の予備選挙までまだ8ヶ月ある。民主党でクリントンとオバマが先行しているが、予備選挙の流れを決するといわれるアイオワ州やニューハンプシャー州に限定した世論調査では、エドワーズがクリントン、オバマを押さえて、一番高い支持を得ている。たとえばアイオワ州ではエドワーズの支持率は29%で、クリントンの24%、オバマの20%を上回っている。もしエドワーズがアイオワ州の予備選挙で総理を納めれば、その後の展開は大きく変わってくる可能性もある。状況では先行するクリントンにオバマが肉薄し、その隙をエドワーズが狙っている構図になるが、現段階で勝者を予想するのは難しい。

ただ、情勢は民主党が優勢に立ち、共和党が劣勢に立たされていることは間違いない。民主党は昨年の中間選挙で勝利した勢いを維持し続けている。従来から常に選挙資金の面で共和党が優位に立っていた。しかし、今年の第一四半期の候補者が得た選挙運動資金は、トップがクリントン、二位がオバマで、共和党のトップのロムニーを大きく引き離している。民主党候補者が集めた選挙運動資金の総額は5340万ドルと過去最高を記録、共和党候補の集め多額を大きく上回っている。ここにも民主党の勢いが感じられる。

党レベルも同様な現象が起こっており、今年の第一四半期の民主党が集めた政治献金は約4300万ドルで、共和党の約4700万ドルに肉薄している。2005年同期に民主党が得た政治献金は3190万ドル、共和党が5980万ドルであったことと比較すると、いかに資金が民主党に集まり始めているかが分かる。こうした資金の流れは、選挙結果に大きな影響を与えることは間違いない。

共和党は、イラン戦争でも厳しい立場に立たされている。USAツデー・ギャロップ調査では、回答者の43%がイラク戦争の動向で誰に投票するか決めると答えており、二位の経済問題、3位の医療制度改革を大きく引き離している。各候補はブッシュ大統領が政策を転換しない限り、イラク問題で身動きできない状況にある。選挙までにイラク情勢が好転しない限り、対応しようがないのが実情である。他方、民主党はイラク問題で足並みを揃えて、さらに攻勢をかけてくるだろう。

では誰が共和党の大統領候補になる可能性が一番大きいのであろうか。世論調査では、ジュリアーニが圧倒的な強さを見せている。しかし、彼の中絶や同性婚など社会問題に対する立場は明らかに保守派とは異なっている。保守層の中から現在の候補者に対する不満が高まっており、新しい候補者を求める声も出始めている。保守主義者が期待する候補者に、1994年の選挙で共和党の大勝利を導いたギングリッチ元下院議長である。あるいは保守本流の考えに近いフレッド・トンプソン元上院議員が浮上してくるとの見方も根強くある。

現状から判断する限りでは、クリントンとジュリアーニが一歩先行している。もし二人が本選挙で戦うことになると、どうなるだろうか。多くの世論調査ではジュリアーニの支持率がクリントンを上回るという結果がでている。たとえばUSAツデー・ギャロップ調査では51%対46%、ロサンジェルス・タイムズ・ブーンバーグ調査では48対42、タイム誌の調査では48対43でいずれもジュリアーニの支持率がクリントンを上回っている。ただ、ニューズウィーク調査では逆に49対46でクリントンがリードしている。

これはクリントンを熱烈に支持する層と同様に絶対クリントンに拒絶反応を示す層も非常に多いことを意味している。民主党内での支持率だけでなく、“勝てる候補”を担ぎ出すとなると、オバマが浮上してくる可能性も大きい。来年1月の予備選挙に向かっての競争が始まったばかりであり、これから何が起こるかわからない。ただ、両党とも圧倒的に強い候補者はいないのが実情である。

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