中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/6/6 水曜日

中国は本当に世界にとって”脅威”か:中国の世界戦略を分析する

Filed under: - nakaoka @ 1:37

中国を巡り議論が盛んになっています。経済的にも、かつての日本の高度経済成長に匹敵する成長を遂げています。21世紀に入って世界経済に占める中国の地位は着実に拡大しています。それとは対照的に日本の存在感は薄れてきているのが現実です。経済に限らず、軍事面、国際政治の面でも中国の突出が目立っています。そうした背景から“中国脅威論”はメディアの格好のテーマとなっています。ただ、その報道振りを見ていると、やや感情的であったり、主観的であったりします。ここに掲載した記事はある月刊誌の依頼で4月の中旬に執筆したものです。その後の展開を踏まえたら、ややポイントがずれている面があるかもしれませんが、それなりに分析できたと思っています。本ブログはアメリカを対照にしていますが、中国は研究対象として極めて魅力的です。国際基督教大学大学院の秋学期で「国際経済」を教えますが、中国経済の発展をテーマにしたいと思っています。その成果は、本ブログを通じて報告したいと思っています。

中国は、急激な経済力の拡大を背景の“ソフト・パワー”を発揮し、世界を席巻し始めている。今年に入ってからの胡錦涛国家主席、温家宝首相が相次いでアフリカ諸国を歴訪し、各国に経済援助、技術援助を提供するなど、その影響力の拡大には目を見張るものがある。4月の温首相の訪日も、従来とは違った対日ソフト路線が際立っていた。
 
2月末に上海株式市場の株価暴落で始まった世界株同時安も、中国経済の存在を強く印象付けた。市場関係者は「今回の出来事で中国が世界の金融センターの一つであることを証明した」と語っている。どの程度中国政府がどの程度意図していたかどうかは別にして、時価総額で世界第7位とローカル市場でしかない上海株式市場の動向が、世界を震撼させたことは事実である。中国政府は、場合によっては国際市場に大きな影響を及ぼす手段を手にしたといえる。

ただ、中国政府はそうした“中国脅威論”を打ち消すのにやっきになっている。株価暴落後の3月12日に開かれた記者会見で周小川人民銀行総裁は「今回の世界的な株価暴落は経済のグローバリゼーションで各国の株価変動が密接に結びついているために起こったものである」と、必ずしも世界株価同時安は中国株の暴落が主因ではないと弁明している。株価暴落の前の1月27日に温首相も「中国の株式市場はまだ安定的な取引基盤はできていない」と、法整備の欠如、取引の未整備を指摘していた。中国の株式市場ではインサイダー取引が公然と行なわれているとの指摘もあり、今回の株価暴落はそうした懸念が現実になったといえなくもない。

従来、“中国脅威論”は中国の軍事的パワーの拡大との関連で語られてきた。株価暴落後に開かれた全国人民代表大会で中国政府は07年の予算を発表した。その中で注目されたのは軍事予算の突出であった。昨年は15%増であった軍事予算が、今年は約18%と大幅に増加している。ロンドンの国際戦略研究所の推定では、過去10年間に中国の軍事予算は3倍に増えている。しかし、温首相は「中国の軍事費は絶対額でも比率でも先進国よりも少ない」と、軍事的脅威論を牽制している。ちなみに現在の中国のDGPに占める軍事予算は1・55%で、アメリカは3・9%である。

しかし、中国の軍事的脅威が拡大していることは間違いない。中川昭一自民党政調会長は2月に名古屋で行なわれた講演会で「20年後には日本は中国の何番目かの省になる」という刺激的な発言を行ない、中国の拡大主義や覇権主義の脅威を訴えた。もちろん、中国はこうした脅威論の台頭に神経を尖らせており、「人民日報」は「中国は日米同盟に挑戦してアメリカをアジアから追い出すという意図はまったく持っていない。ましてや日本を侵略したり、併合するなどということは考えたこともない」と反論を行なっている。

しかし、中国の本当の脅威は軍事力ではなく、むしろ膨れ上がりつつある経済力にある。 1月23日に米議会調査局が「中国はアメリカ経済にとって脅威か」と題する報告書を発表した。その中で「中国が超経済大国として登場したことで多くのアメリカの議員は懸念を抱き始めている。一部の議員は数年以内に中国は世界最大の貿易国となり、数十年以内に世界最大の経済国になってアメリカを追い抜くと懸念を表明している。中国の台頭はアメリカの相対的な衰退を意味することになる」と分析している。

ヒラリー・クリントン上院議員も、世界的な株価暴落を受けて、ポールソン財務長官とバーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長に書簡を送り、「中国と日本が保有する外貨を減らせば、通貨危機が発生し、ドル金利が上昇し、アメリカ経済はリセッションに陥る可能性ある」と指摘し、さらに「アメリカは北京と上海と東京で行なわれる経済政策の決定の人質になっている」と、対中脅威論を訴えている。要するに中国は膨大な外貨準備を政治的な目的のために使うのではないかという懸念が強まっているのである。

最近の中国の動きが、そうした懸念に現実味を与えている。中国の外貨準備は昨年末に1兆ドルを越した。その大半が財務省証券への投資に向けられている。推定では米国債への投資額は8000億ドルに達していると見られている。現在、米中の間では貿易不均衡に加え、人民元相場が大きな課題となっている。特に議会では人民元の切り上げを求める圧力が高まっている。

貿易問題では、米商務省は中国から輸入される高級紙に課徴金を課す決定をしており、まだ知的所有権侵害でWTO(世界貿易機構)への提訴を決めている。こうした通商問題を巡る緊張は、今後さらに強まっていくと予想される。為替相場問題でも、保護主義的傾向を強めている議会は、中国が為替相場を操作しているとして、課徴金を課す法案を相次いで提案している。

こうしたアメリカの強硬姿勢に対して中国は経済力を使って反撃に転じる動きを見せている。今回の株価同時安は、中国がそうした力を持っていることを明らかにした。さらに外貨準備の運用を変えれば、アメリカの金融市場を崩壊させることも可能なのである。それは決して仮想の話ではない。全人代で中国政府は効率的な外貨運用を図るために年内に国営投資運用会社の設立を決めている。新国営会社の詳細は明らかにしていない。ただ、中国政府は、運用会社は政府から独立した組織になると説明している。新投資運用会社が外貨準備の運用をドルから他の通貨に移せば、アメリカの資本金融市場が大混乱に陥ることは間違いない。

こうした懸念に対して、温首相は「我が国の米国債購入は米中双方に恩恵をもたらすものであり、新会社は運用を効率的にするものであって、ドル資産の価値に影響を与えるものではない」と説明している。しかし、3月20日に周総裁が雑誌インタビューで「私たちはこれ以上ドルを外貨準備として積み上げる気はない」と語ったことで、為替相場でドルが売られる場面が現実に起こっている。市場は温首相の説明を額面通りに受け取っていないのである。

さらに議会調査局は中国企業による米国企業の買収を大きな懸念材料として指摘している。中国政府は外貨減らしの一貫として企業の対外投資を奨励している。当然、その中には企業買収も含まれている。議会調査局の報告は「中国のアメリカへの直接投資は00年の2・8億ドルから04年には4・9億ドルにまで増えている」と指摘している。特に05年の石油会社CNOOC(中国海洋石油総公司)のエネルギー会社UNOCAL買収の試みは失敗に終わったものの、米国政府を震撼させた。中国のレノボ社のIBMのパソコン部門の買収に見られるように、中国企業の成長に伴って海外企業の買収は増えてくるのは間違いない。企業買収の矛先は、日本企業に向けられる可能性もある。

中国は経済援助などを使った“ソフト・パワー”も発揮しつつある。中国のアフリカ外交、中南米外交は、その典型的なものである。資源外交の一貫として産油国との関係を積極的に強化しているのが目立つ。最近、アフリカに対する30億ドルの経済援助計画を発表している。アフリカではスーダンの油田開発に対する利権を獲得するなど、存在感を際立たせている。現在、中国はアフリカで900件を上回る開発プロジェクトに参加するなど、静かに影響力の拡大を進めている。

こうした中国の積極外交は、西欧離れを指向しているアフリカ諸国では比較的歓迎されている。しかし、同時に南アフリカのタホ・ムベキ大統領が「中国は白人支配のもとで行なわれたのと同じようなアフリカの“植民地的関係”と類似した関係を構築するというリスクを犯している」と指摘しているように、中国の“新植民地主義”に対する警戒感も高まってきている。

4月2日に中国社会科学院でヘンリー・キッシンジャー元米国務長官は演説を行い、「中国の台頭は避けることができないものであり、それを阻止することはできないし、阻止すべきではない。米中が協力できばければ、米中戦争の可能性も否定できない」と語っている。

3件のコメント »

  1. いつも大変興味深く拝見させて頂いています。さて先生に質問があります。2007年7月5日現在 中国株価(上海総合指数)が下落し株価の天井をつけたのでは無いかと思われ中国バブルの崩壊と考えられるのですがこれはインフレ懸念による当局の押さえ込みが原因と言われています。同じくして世界同時インフレ懸念に見舞われ各国が利上げに踏み切っています。反面米国経済のサブプライムローン問題により利下げを今後余技されなくなるのではないかと思われます。各国単体の問題としてのイメージが強いのですが私は連動しているのでないかと思われます。そこで質問ですが今後先生は現状の世界情勢を踏まえ世界恐慌が来ると考えていますか?もしトリプル安から来る世界恐慌はいつ頃来ると考えていますか?また、上記の事柄により現在の日本のデフレを脱却させた円キャリードが無くなると思われますが無くなることにより日本に及ぼす影響はいかほどの物と考えられますか?お忙しいのに申し訳ありません。ご返答頂ければ幸いです。   

    コメント by シラハマ — 2007年7月6日 @ 03:23

  2. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ » 中国は本当に世界にとって”脅…中国を巡り議論が盛んになっています。経済的にも、かつての日本の高度経済成長に匹敵する成長を遂げていま [...]

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