中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/9/12 水曜日

アメリカから見た安倍政権の外交政策の課題

Filed under: - nakaoka @ 9:17

この夏は超多忙な日が続きました。8月初旬は取材でノルウェーに行き、後半はモンゴルで開催されたウランバートル・フォーラムに出席、同時に同国の経済状況などを取材してきました。さらに9月15日からアメリカに取材に行ってきます。というわけで、なかなかブログを書く時間がありませんでした。今回のブログは『週刊エコノミスト』(9月11日号)に寄稿したものです(執筆は8月20日)。選挙後の安倍政権の外交政策をアメリカの視点から書いたものです。最近の自民党の発言を聞いていると、勝手なものだなと感じざるを得ませんでした。衆参両院で圧倒的多数を占めているときは、野党の主張を無視し続け、十分な審議をせずに多くの法案を通してきました。それした多数決の原理を“民主主義”であると主張していました。いざ与党が参院で少数派になると、今度は野党に対して“協議”を求めています。自民党は立場が変わると、とたんに主張が変わるようです。

海外のメディアは、比較的早い時点から自民党の敗北を予想する報道をしていた。それは、日本の様々な世論調査の結果とメディアの報道を反映したものであろう。ただ、自民党敗北の要因に関して、日本のメディアよりも厳しい分析をしていたように思われる。英『エコノミスト』誌(8月2日号)は、三つの要因を紹介している。最初の要因は、安倍晋三首相の政策の優先順位に対して“ノー”という意思表示をしたことであると指摘している。すなわち安倍政権が誕生後、最優先政策とされたのが「教育基本法」の改正による“愛国教育”の導入であり、憲法改正を目指した「国民投票法案」の強行採決であり、海外での自衛隊の軍事的役割の増大であったと分析している。「多くの国民はそうした政策の重要性を経済問題よりも低く評価していた」(同誌)。

二つ目の理由は、「安倍首相の能力を拒否した」ことである。すなわち相次ぐ閣僚のスキャンダルに対して断固とした行動を取らなかったことが、多くの国民を失望させたと分析している。三つ目の理由として、「国民は安倍首相のキャラクターを拒絶した」と指摘している。すなわち国民は安倍首相の硬直的で、現実とは遊離した性格を嫌ったのである。

『ロサンジェルス・タイムズ』紙(7月30日号)も、自民党の大敗を「日本国民は安倍首相の国家主義的な脅迫観念に平手打ちを食わせた」と分析し、この選挙の結果、「“美しい日本”という情緒的な国家主義的レトリックは葬り去られる運命のように見える」と、安倍首相が政策転換をせざるを得なくなると予想している。

いずれも興味深い分析である。安倍首相も憲法改正などイデオロギー的な問題が選挙の争点にならないと判断し、選挙運動のなかでほとんど国民に訴えることはなかった。むしろ「成長を実感に」と経済政策の成果を訴え、小沢一郎民主党代表との二者択一を迫った。しかし、多くの国民は政府の経済政策によって景気が回復したとは思っていないのである。政策のアジェンダ(課題)を失った政党は、選挙で勝つのは無理であることは、過去の例からも明らかである。自民党は、国民が共鳴する政策も信頼できる指導者も持っていなかったのである。

選挙直後の海外の報道の多くは、安倍首相の退陣を予想していた。だが、首相が明確な責任を取らずに続投を決めたことを驚きをもって報道している。さらに内閣改造によって活路を探ることになるだろうと分析している。

こうしたメディアの一般的な評価に対して、マイケル・グリーン・ジョージタウン大学准教授は、「国際戦略問題研究所」のニュースレター(7月30日)の中で、マーク・トウェインの有名な言葉を引用して「安倍首相が死去したという噂は時期尚早である」と、一般メディアの安倍首相の運命に対する判断は早すぎると主張している。そして、「多くのコメンテーターは安倍首相の野心的な外交政策や安全保障政策の目標から後退すると予想しているが、実際は逆である」と書いている。すなわち、早急に内閣改造を行い、外交政策では8月のインド訪問、9月の国連総会出席で他の民主国家と戦略的パートナーシップの強化を訴え、安全保障政策では集団的安全保障などイデオロギー的な政策を推し進めれば、民主党は分裂し、安倍首相の復活はありえると主張している。

グリーン准教授はブッシュ政権の国家安全保障会議のアジア担当上級ディレクターの経歴もあり、同分析はブッシュ政権の安倍政権の今後に対する期待を反映しているかもしれない。
 
参議院選挙が終わって1ヶ月余たった。安倍首相は「選挙結果を受けて反省する」と語ったが、結局、今に至るまで具体的な反省の内容は明らかにされていない。靖国神社参拝の見送り、広島と長崎の原爆記念祭での演説、千鳥が淵戦没者墓苑への参拝は、安倍首相の“過剰なイデオロギー性”を薄めようとする目的があるのかもしれない。
 自民党内の安倍首相に辞任を求める声も、内閣改造の日が近づくにつれて小さくなっていった。内閣改造が起死回生をもたらすのかどうか、まだ分からない。しかし、「自民党は安倍首相が将来の選挙の負担になると判断すれば、辞任を迫る圧力は高まる」(『ウォール・ストリート・ジャーナル』7月30日)状況はずっと続くだろう。

“レイム・ダック”状態の安倍政権が最初に取り組まなければならないのは、新しい状況下で日米関係をどう維持していくかである。そうした分析を行なうために、旧知のアメリカの学者やジャーナリスト数人に電子メールを送って日米関係について質問してみた。

『フィラデルフィア・インクワィアラー』紙に外交問題のコラムニストのツルーディー・ルービン記者は、現在のアメリカの対日外交の状況を「アメリカにとって最大の外交問題はイラクである。その次が中国で、日本は外交のアメリカのレーダー・スクリーンに映っていない。日本は中国というプリズムを通して眺められている」と説明してくれた。匿名を条件に語ってくれたジャパノロジストは「ブッシュ政権の関係者以外は安倍政権に対して特別な興味は持っていない」と、アメリカ国内の雰囲気を伝えてくれた。

ブッシュ政権にとって安倍政権の大敗は、安全保障問題で重大な修正を迫られる可能性がある。保守派のシンクタンク・ケイトー研究所のクリストファー・プレブル外交政策担当ディレクターは「アメリカ政府は日米の間で安全保障上の負担をより公平に負うような新しい政策を構築すべきだ」(「ポリシー・アナリシス566号)と主張している。日本に安全保障でより大きな負担と役割を求め、日本の憲法改正を支持するブッシュ政権と、憲法改正によって安全保障の分野で国際的により積極的な役割を果たそうとする安倍政権の思惑は完全に一致している。安倍首相は国会における圧倒的な影響力を背景にほとんど国民のチェックを経ることなく、日米軍事同盟強化を基本とする安全保障政策を進めてきた。

だが参院で過半数を失ったことで、状況は一変した。その最初の試金石となるのが、11月1日に失効する「テロ特別措置法」の延長問題である。同法に基づき、海上自衛隊はインド洋でアフガニスタンでのテロ掃討作戦を展開中のアメリカ海軍に燃料の補給を行なっている。小沢民主党代表はトーマス・シェーファー米大使との会談で、同法の延長に反対の意向を伝えている。さらに小沢党首はクエートに駐在し、バクダッドや北部イラクに物資の輸送を行なっている航空自衛隊の活動も中止すべきであると主張している。

当然のことながら、ブッシュ政権はこの問題に対して重大な関心を示している。シェーファー米大使が小沢党首との会談を求めたのは、その証である。米大使館が、こうした異例ともいえる行動を取ったのは、事柄の重要性を示している。米国務省のマッコーマック報道官は「日本のミッションに関してどのような決定をするかは日本政府次第である。しかし、アメリカ政府が引き続き今まで通り貢献するように促す」と記者会見で語っている。また、8月3日、来日中のジョン・ネグロポンテ国務副長官も「日本のインド洋での活動が妨げられればテロリズムを阻止する努力が損なわれるだろう」と語り、安倍政府に注文を付けている。

筆者の質問に答えてくれたリチャード・サミュエルMIT教授は、「アメリカ政府は日米同盟について日本の人々がどう感じているか知っているし、また非常に懸念している」と、ワシントンの雰囲気を伝えてくれた。
国会でどのような審議が行なわれるか予想はできないが、仮に延長が承認されたとしても、期間の短縮化、国会の承認といった枠組みが嵌められることは間違いないだろう。これを機会に、日米政府はもっと情報を公開するなど、日本国民を納得させる努力を強いられてくるだろう。

安全保障政策や外交政策で日米両政府の間で小さなズレが出始めている。安倍政権は中国の台頭に対して日本、アメリカ、オーストラリア、インドの戦略対話構想を提唱している。安倍首相のインド訪問の目的のひとつは、インドの同意を取り付けることにある。就任直後に中国、韓国を訪問して外交政策で大きな得点をあげた安倍首相にとって、積極外交を進めることは失地回復につながるとの読みもある。しかし、8月9日に訪米中の小池防衛大臣はライス国務長官との会談で、同構想への支持を求めたところ、長官から「中国に対して思いがけないシグナルを送る可能性もあるので慎重に取り組むべきだ」と答え、同構想に対する取り組みに消極的である意向を示した。また長官は「インドとは個別の具体的協力を進める中で関係つくりをすることが適切だ」(「朝日新聞」8月10日)と、安倍首相の訪印に注文をつけた。

中国封じ込めを図る安倍政権に対して、「アメリカの対アジア戦略は基本的には中国中心で、北朝鮮問題も焦点は日本の拉致問題よりも中国がどう貢献するかに当てられている」(ルービン記者)。「ブッシュ政権にとって拉致問題はあくまで日本の国内問題である」(サミュエル教授)。ここでも日米の北朝鮮政策でズレが目立ち始めている。拉致問題が完全に解決しなければ北朝鮮問題は解決しないという安倍首相の方針は、日本の外交政策の選択の余地を大きく制限する結果となっている。それほど遠くない将来、アメリカ政府は北朝鮮をテロ支援国のリストから外し、国交正常化に進む可能性は否定できない。

藤原帰一・東京大学教授も、ブッシュ政権の対北朝鮮政策が変わったと指摘している(『週刊東洋経済』07年7月28日号)。既にアメリカと北朝鮮の間で頭越しの交渉が始まっている。南北朝鮮の関係も予想以上に急速に改善する可能性もある。そうなれば、安倍首相の強硬政策だけが浮き上がってしまうことになる。

外交政策は政府が交替すれば変わるものである。日本政府は、今までひたすらブッシュ政権の外交政策に追従してきた。しかし、08年の大統領選挙で誰が次期大統領になるかによって外交政策、安全保障政策も変わってくるだろう。

最新号の『フォリン・アフェアー』誌にジョン・エドワーズ民主党大統領候補とラドフル・ジュリアーニ共和党大統領候補がそろって安全保障・外交政策に関する長文の論文を寄稿している。エドワーズ氏は「私たちはイギリス日本といった古くからの同盟国との強力なパートナーシップを維持する努力をしなければならない」と、わずか一箇所で日本に言及している。ジュリアーニ氏は、「ブッシュ政権のもとで大幅に強化された日本との同盟はアジアの安定の重石である」と述べている。両者とも日本との同盟関係を強調するものの、それ以上の言及はない。むしろアジアの安全保障問題で中国の占めるポジションが大きくなっていることが目立つ。自民党が圧倒的多数を占めている間は、日米間でこうした問題は表面化しなかった。だが民主党など野党が参院の多数を占めたことで、今後は安全保障問題を巡り日米間に軋みがでてくる可能性もあるだろう。

安倍政権にとって従軍慰安婦問題は、喉に刺さって骨である。米下院は西院選挙に影響を及ぼすことを配慮して、選挙が終わって総会でマイク・ホンダ議員らが提案した決議案を全会一致で可決した。96年以降、同種の決議案は今回を含めて8回提案されているが、今まで投票までいったことはなかった。今回初めて成立した最大の要因は、安倍首相の「強制した具体的証拠はない」という発言であり、「『ワシントン・ポスト』紙への意見広告掲載で親日派の議員を怒らせてしまった」(元米政府高官)ためである。

決議案には拘束力はなく、日米両国政府も外交問題化するのを避ける意向を明らかにしている。日本は93年に官房長官談話で謝罪の意を表現している。しかし、ホンダ議員の主張は首相が正式に議会の承認に基づいて謝罪していないというものである。「アメリカ人で決議案を知っている人はいない」(元米政府高官)と、この問題を必要以上にセンセーショナルに扱うべきではないという声もある。しかし、その一方でヘリテージ・ファンデーションのピーター・ブルークス上級研究員は「従軍慰安婦問題はアジアにおけるアメリカの利権に跳ね返り、重要な日米同盟を損なう可能性がある」と、その影響を軽視すべきではないと主張している。

自民党支配の続くなかで一部の政治家と専門家の専売特許であった安全保障政策、外交政策が公然と議論されるようになるだろう。イデオロギーだけでなく費用効果の評価、納税者に対する情報開示の責任の明確かなど、今まで以上に健全な日米関係を構築する手がかりになるかもしれない。

2件のコメント »

  1. こんばんは。

    議会調査局(CRS)による慰安婦問題に関するレポートですが、なかなか面白いことが書いてあります。

    http://japanfocus.org/data/CRS%20CW%20Report%20April%2007.pdf

    コメント by むうみん@ぶたぢる — 2007年9月19日 @ 22:44

  2. >「『ワシントン・ポスト』紙への意見広告掲載で親日派の議員を怒らせてしまった」

    まさにこの問題のこの一言で安倍政権は死んでいたのですね。
    安倍さんの思想そのものがはじめから問題ありと言われていただけに、とどめの一撃といったところでしょう。普通はとどめは他人に刺されるものですが..それにしても1年前にあれだけ人気があった時点で、日本のマスコミや日本国民は何も疑問を持っていなかったということが最大の問題ではないかという気がします。

    コメント by 海外旅行マニア — 2007年9月27日 @ 23:46

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