中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/10/8 月曜日

秋から年末にかけての中国人民元相場と米国ドル相場の動向を予測する

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私は1980年代から為替相場を取材してきました。当時と現在の状況は似たところがあり、アメリカ経済は大幅な貿易赤字と財政赤字を抱えていました。学者もジャーナリストも、「この“双子の赤字”は続かない。遠からずドル大暴落が起こる」と書いていました。マクロ経済的にいえば、双子の赤字が永遠に続くのは不可能です。大幅な為替調整が起こるか、内需が落ち込み(すなわちリセッション)、輸入が減って貿易赤字が縮小するしかないと主張されました。国際的な投資家もいつまでもドル資産を持ち続けることはできず、いつか投売りし、ドルが大暴落するというのが最もポピュラーな議論でした。しかし、確かに円相場は90年代に1ドル=90円を割り込む大幅な円高になりましたが、世界を揺るがすようなドルの大暴落は起こりませんでした。現在、同じような議論が盛んです。マスコミでは、ドル大暴落を書かないと売れないようです。また、円のキャリートレードの巻き戻しで急速な円高が始まるとの議論もありました。2月の世界的な株安の時も、またサブプライムで金融不安が起こったときも、同じような議論が行なわれました。しかし、円相場はこのところ1ドル=116円前後で推移しています。今回は、中国の元相場とドル相場を分析しました。相場のポイントは、長期的に均衡から逸脱していても、投資家は長期のリスクよりも、短期の収益のほうに関心があるということです。元相場の見通しは9月14日、ドル相場は9月24日に専門誌に書いたものです。なお、10月18日に外為ドットコムの本社で為替に関する講演をします。ご興味のあるかたはご参加ください。同社のホームページから申し込むことができます。


元相場調整を巡る米中交渉の建前と本音

(9月14日執筆)

中国経済の好調が続いている。今年も10%を超える高成長を維持する見通しであり、貿易黒字の拡大も続いている。7月の貿易黒字は244億ドルを記録、8月も推定で260億ドルと、史上2番目の規模になる見通しである。

米中貿易の不均衡も改善する兆候は見えず、米議会で保護主義の動きが強まっている。既に何本かの中国制裁法案が提案されている。民主党を支持する労組は、中国に対してもっと厳しい政策を取るように求めている。大統領選挙予備選挙では民主党のクリントン上院議員が独走の様相を示している。同議員は「対中貿易の不均衡によってアメリカの雇用が失われ、大量の外貨を蓄積することによって米国の金融政策の自主性も侵害される可能性がある」と、ポールソン財務長官に送った書簡の中で述べている。

こうした中国批判の根拠は、いずれも中国政府が元相場を意図的に操作して元安を続け、それが貿易不均衡の原因になっているというものである。したがって変動相場制に移行すれば、元相場は適正な水準にまで上昇し、対外不均衡は是正されることになる。こうした議論は、80年代の日米貿易問題の際にも繰り返しアメリカ側が行なった主張とまったく同じものである。すなわち円高にすれば、日米貿易不均衡は解消するという議論である。20年経った今、アメリカは中国に対してまったく同じ主張を繰り返しているのである。

では中国の人民元は主張過小評価されているのだろうか。あるいは人民元の切り上げが、貿易黒字を減らす有効な手段なのであろうか。人民元の相場の推移を整理してみよう。

中国政府は、94年に元相場をドル相場とリンクさせる“ドル・ペッグ制”を導入した。その後、中郷経済は飛躍的な成長を遂げたが、ドル・ペッグ制によって元相場はドル相場に対して調整されることはなかった。その結果、元はドルに対して過小評価されていると批判されるようになる。中国政府は2001年のWTO(世界貿易機関)への加入に際して、変動相場制への移行を約束した。しかし、アメリカ政府などが中国政府に対して変動相場への移行を促したのに対して、中国政府は移行の時期を決めるのは中国主権の問題であると、変動相場制移行に対して慎重な姿勢を取り続けてきた。

しかし、海外からの圧力の高まりでいつまでもドル・ペッグ制を維持するのが困難になり、05年7月21日に10通貨の指数を使った“バスケット方式”に移行することを決めた。同時に対ドル相場に対して2・1%の引き上げを行なった。その後、緩やかに元相場は上昇していった。中国人民銀行は毎日、“基準相場”を発表している。日々の為替相場の変動は基準相場を軸に0・3%の変動に抑えられて来た。しかし、07年5月21日に変動幅は0・5%に拡大されている。

バスケット方式に移行した05年7月以降、07年9月13日までに元相場は8%弱上昇している。中国経済の成長から見れば2年間で8%程度の上昇というのはアメリカの保護主義者を満足させるものではなかった。

しかし、元相場の方向は明確である。それは元高である。問題はどの程度のスピードで元高が進むのか、いつの時点で変動相場制に移行するのかである。中国政府も、元高の方向は避けられないことは十分に認識している。国内経済の自由化との間合いを慎重に計りながら、緩やかな元高政策を続けているのである。同時に将来の変動相場制移行に備えて国内制度の自由化を着実に進めている。

今年に入っての元相場の推移を見てみると、緩やかに元高が進んでいる。月間平均で見てみると、1月が7・788元、4月が7・725元、6月が7・633元、7月が7・552元、8月は7・573元と若干元安に振れたが、9月になると再び7・533元(9営業日の平均)と元高のトレンドに戻っている。9月に入ると連日最高値を付けており、9月12日には1ドル=7・521元と史上最高値を記録している。

9月の元高の背景には、中国経済が順調に推移し、貿易黒字が拡大しているという実体経済の状況を反映する一方、アメリカ経済の成長鈍化が予想され、9月18日に開催されるFOMC(連邦公開市場委員会)で利下げが決定されるのではないかとの思惑が元買いの要因となった。ドル金利の低下が予想される中で、中国の金利はインフレ懸念から金利は10年来最高の水準にまで上昇している。ちなみに8月の消費者物価の上昇率は10年来最高の水準に達している。中国人民銀行は、相次いで預金準備率の引き上げを行なうなど、景気過熱によるインフレ高進を抑えようとしている。

そうした元金利の上昇が、為替市場での元買いに拍車をかけた。そうした中で中国人民銀行は、資本流入を抑制するために続けていたLIBOR(ロンドン銀行間取引金利)市場でのドル金利と元金利のスプレッドを300ベーシス・ポイント(3%)以内に維持する方針を変更し、実質的に元金利の上昇を容認する決定を行なっている。こうした要因に加え中国株式市場が好調を維持していることもあり、9月中旬の相次ぐ元相場の高値更新の材料となった。

日米貿易問題と米中貿易問題には基本的に異なる点がある。それは米中経済は予想以上に一体化していることだ。多くのアメリカ企業は中国でアウトソーシングを行い、低廉な部品を中国から輸入している。中国の輸出の約70%は外資系企業によるものである。そうした状況で急速な元高が進めば、アメリカ企業のコストに大きな影響を与えることになる。日米経済には、そうした依存関係は存在しなかった。元高は中国からの消費財のまた、アメリカ企業にとって中国は大きな市場であり、昨年、対中輸出は33%も増加している。もし制裁法案が成立すれば、中国の報復措置発動は避けられないだけに、産業界も容易に議会の保護主義に同調できない状況にある。

財務省も本音では急速な元相場の切り上げに消極的である。年2回、財務省は議会に対して各国の為替政策について報告書を提出している。その中で中国は“為替相場操作国”に認定されていない。むしろ「中国が経済的な利益を得るために為替相場を操作している証拠はまったく存在しない」と指摘している。ポールソン財務長官は折に触れて中国の自由化が遅いと批判しているが、為替相場に直接言及することは少ない。

財務省の基本的立場は、米中戦略経済対話を通して中国の自由化を促進させることにある。中国も、金融市場の自由化など着実に開放政策を実施に移している。日米貿易摩擦の際、アメリカは大幅な円高を求め、日本政府は円高を受け入れた。しかし、為替調整は貿易不均衡是正にはほとんど効果を発揮しなかった。保守派のシンクタンクであるヘリテージ・ファンデーションは9月11日の「ウエブ・メモ」の中で米中貿易不均衡を解消する「唯一の責任ある方法は英中戦略経済対話や通商・貿易に関する米中共同委員会などの協議の場を通して行なうことだ」と、議会の保護主義の動きに反対の主張をしている。

中国にとって緩やかな元高は2つのメリットを持っている。1つは、輸出に対する影響を最小に留めることができることであり、もう1つは輸入価格の下落を通してインフレ圧力を緩和できる。要するに、緩やかな元高を受容しながら、市場開放を確実に進めていくほうが米中両国にとって好ましいのである。したがって、議会の保護主義の動きにもかかわらず、政府間では急激な為替調整よりも市場開放に軸足を置いた交渉が続けられることになるだろう。

ドルとの金利差拡大でユーロ高は進むが円はキャリートレード進み円安展開へ
(9月24日執筆)

アメリカのサブプライム問題に端を発した信用逼迫の状況の中で為替相場は乱高下を繰り返しているが、世界の為替相場の基調に変化が生じたのだろうか。過去の例では主要国の大きな政策転換がない限り、為替相場の基調が大きく変わったことはない。為替相場は基本的に金利差をベースに推移してきた。円相場に限って言えば、円の“キャリートレード”が円安相場を形成してきた。2月の中国の株安から始まった世界同時株安の時に為替アナリストやディーラーは、円のキャリートレードの巻き戻しが行なわれるとして大幅な円高に推移すると予想した。しかし予想は外れた。それは、投資家は世界の金融市場の基調は変わらないと見て、円のキャリートレードを継続したからである。

では、今回、世界の金融情勢は変わったのか。9月18日に開催されたアメリカのFOMCは、フェデラル・ファンド金利は0・5ポイント引き下げた。これは市場の予想を上回る引き下げ幅であった。この利下げで他の主要通貨とドルの金利は拡大し、ドル売りの要因となった。ドルはユーロに対して史上最安値を記録、対カナダ・ドルに対しても31年来の安値を付けた。ただ円相場は一時的に円高になったが、すぐにドルは買い戻された。

円相場を取り巻く状況は変わらず

FOMCの声明から判断すると、FRBの懸念はインフレから景気減速に移っていることは明白である。コーンFRB副議長が最近行なった講演の中で「資産価格の動向が金融政策の運用に際して重要な役割を果たす」と語っている。コーン発言は、FRBは初めて公式に資産価格の動向が景気に大きな影響を及ぼすことを認めたことを意味する。かつてグリースパン議長は株価下落に際して常に金融緩和をして投資家を救済したと批判された。しかし、今回の利下げでバーナンキの政策運用はグリーンスパンの金融政策運用に近づいたと評されている。すなわち今回の利下げは信用逼迫に対応すると同時に株価対策の意味もあり、事実、利下げで株価は上昇した。さらにドル金利が低下しても、円ドル金利差は依然として大きく、投資家は再び円のキャリートレードは始めた。このため、円相場はユーロ相場などと違った展開を示した。円を取り巻く金融情勢は基本的に変わってはいないのである。

今後の金利見通しから言えば、年内にFOMCはドル金利を再度引き下げる可能性が強い。逆に欧州中央銀行は引締め姿勢を継続すると予想される。他方、日銀は年内の利上げは困難との見方が強くなっている。とすると、ドルと他の主要通貨の金利差はさらに拡大し、ドルはユーロ、英ポンドなどに対してさらに下落すると予想される。ただ円ドル相場はやや異なった推移を示すだろう。市場の混乱が収まり、ボラティリティが縮小し、日銀の利上げが遠のいたと判断されれば、円相場は再びキャリートレードを背景とした展開となろう。とすれば円相場は1ドル=120円台に接近する場面も十分に予想される。

“ドル離れ”で長期的なドル安は避けられず

もうひとつ、ドルが売られた要因にサウジの動きがあった。サウジは通貨をドルにペッグしており、ドル金利引下げにもかかわらず金利を据え置いた。そのことでサウジはペッグを廃止すとの憶測が流れた。既にクエートがペッグを廃止していることが、そうした思惑に拍車をかけた。ただサウジ政府はペッグ制廃止を否定している。しかし基調として“ドル離れ”の動きは間違いなくみられる。グリースパンはドイツの『ステルン』誌のインタビューに答え「ユーロがドルに替わって準備通貨としての地位を高める」と発言している。中国なども外貨準備運用の分散投資を進めている。したがって長期的にドル安基調が相場のベースになることは間違いない。ただ、それが直近の為替相場に大きな影響を与える可能性は少ないだろう。

それと経験則で言えば、相場が大きく展開するときは、必ずといっていいほど、アメリカの政策転換あるいは主要国のなんらかの合意が存在していることだ。ドルはユーロに対して大幅に下落しているが、アメリカからのコメントはあまり聞かれないし、逆に円安に対する不満の声も聞かれない。今の状況はアメリカにとって”快適な状況”かもしれない。

1件のコメント »

  1. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ � 秋から年末にかけての中国人民…いたlibor(ロンドン銀行間取引金利)市場でのドル金利と元金利のスプレッドを300ベーシスポイント(3%)以内に維持 [...]

    ピンバック by 為替相場 ドンは大事です | みんなでFXまとめサイト — 2010年11月10日 @ 11:22

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