中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/10/20 土曜日

米国ルポ:アメリカの大学から何を学ぶべきかーリベラルアーツ・カレッジの使命と実態

Filed under: - nakaoka @ 8:39

今までアメリカの大学2つで学び、1つの大学で教えた経験があります。また、現在、日本の大学3つで教えています。そうした経験を通していえることは、アメリカの大学の質の高さです。最近、その違いはどこから出てきているのか考えます。9月の末、アメリカの大学を取材に行きました。特にリベラルアーツ・カレッジを呼ばれる2つの大学に行き、学長や教授、学生と話をしました。またアメリカでトップの工科大学であるマサチューセッツ工科大学の取材もしました。その成果は『週刊東洋経済』(10月13日)に掲載しました。ひとつ結論を言えば、取材で訪れた大学はいずれも明確な教育の理念を持っていることでした。最近、ある大学の関係者と話し合う機会がありました。彼らは一様に日本では大学選択の基準は就職率が高いかどうかで、必ずしも教育の質ではないと語っていました。また大学ランキングや予備校の判断で大学が選択されることが多いとのことでした。どんな教育をし、どんな教育の理念を持っているかは、日本ではあまり重要ではないようです。なおウエルズリー・カレッジとウースター・カレッジの学長のインタビューも掲載しました。

リベラルアーツ・カレッジのランキング
1位 ウィリアムズ・カレッジ
2位 アマースト・カレッジ
3位 スワースモア・カレッジ
4位 ウエルズリー・カレッジ
5位 ミドルベリー・カレッジ
6位 ミドルベリー・カレッジ
7位 ボウイン・カレッジ
8位 ボモナ・カレッジ
9位 デビッドソン・カレッジ
10位 ハーバーフォード・カレッジ
(US News and World Report、2007年8月27日号より)

アメリカに初めて女性の大統領が誕生するかもしれない。現在、アメリカでは大統領予備選挙に向けて激しい選挙運動が展開されている。世論調査で圧倒的なリードを保っているのがヒラリー・クリントン民主党上院議員である。彼女がリベラルアーツ・カレッジの名門ウエルズリー・カレッジを卒業したのは1969年である。

クリントン議員は自伝『リビング・ヒストリー』の中で同カレッジに入学した時の思い出を次のように書いている。「最初の日、私は孤独を感じ、圧倒され、場違いな感じを抱いていた。私が会った学生は私立の寄宿舎学校を卒業したり、海外生活を経験したり、外国語を流暢に話し、成績が良かったので新入生のコースを免除されていた」と新しい世界に当惑する姿を描いている。「私は数学と地質学に苦闘し、医者や科学者になる考えを断念した」。しかしウエズリーで過ごした4年間は彼女を変え、今や最も有望な大統領候補と目されるまでになっている。 

ウエズリー・カレッジは数多くの指導者を生み出している。たとえばクリントン政権のオルブライト国務長官は、同カレッジを59年に卒業している。彼女も「教授たちは私たちが第一級の人物になるように挑戦し、その教えは私たちの生涯の教えとなった」と述懐している。同カレッジの卒業生リストの中には作家、ジャーナリスト、大学の学長、政治家、社会活動家、科学者、企業経営者など数え切れない著名人の名前が列挙されている。
 1870年に設立された同大学はボストンから車で約30分の高級住宅地に位置し、森のなかに校舎がゆったりと立ち並び、歴史の重みを感じさせる。キャンパスの中には大きな池があり、ボートが浮かんでいる。多くのリベラルアーツ・カレッジに共通する素晴らしい環境の中にある。

独自のリベラルアーツ教育で実績を上げているオハイオ州にあるウースター大学のグラント・コーンウエル学長は「リベラルアーツ・カレッジの使命はアメリカの指導者を育成することである」と語る。ウエズリー・カレッジはまさにそうした使命を現実している。しかも、様々な分野に人材を提供しているのもリベラルアーツ教育の大きな成果といえよう。

有名なリサーチ大学を凌駕するリベラルアーツ・カレッジ

アメリカには幾つかの種類の大学がある。日本で良く知られるハーバード大学やイエール大学は規模が大きく、教育よりも研究に力を入れており「リサーチ大学」と呼ばれている。また多くの大規模な州立大学は「総合大学」であり、小規模で学生の教育に力を注いでいるのが「リベラルアーツ・カレッジ」である。アメリカの大学教育の中で、リベラルアーツ・カレッジは重要な役割を果たしてきた。

恒例のアメリカの『USニューズ・ワールド・リポート』誌の「大学ランキング」では、リベラルアーツ・カレッジは一つのカテゴリーとして示されている。最新のランキングでは、トップはウイリアムズ・カレッジ、2位はアマースト・カレッジで、3位スワースモア・カレッジ、4位にウエルズリー・カレッジが入っている。日本では知名度は低いが、いずれも大規模な有名大学を上回る質の高い教育を行なっていることで知られている。しかも、いずれのカレッジも学生数が数千人の小規模な大学である。

リベラルアーツ・カレッジの特徴は、専門的・技術的なカリキュラムよりも学生に一般教育を与え、学生の知的能力を高めることを目的とするカリキュラムを主体に教育する大学である。より専門的で役に立つ教育を求める最近の大学教育とは、明らかに違った理念に基づく大学である。

ウエズリー・カレッジのキム・ボトムリー学長が「学生は性急に専攻を決めたがるが、私たちは2年後半まで専攻を決めたいように勧めている」と語るように、人文科学、社会科学、自然科学の基礎的なコースの履修を重視するのが、リベラルアーツ・カレッジの特徴である。

今年、ウースター・カレッジに入学した山田健太郎君は将来、音楽を専攻する計画だが、敢えて同カレッジを選んだのは「音楽以外のクラスも自由に取れる」からだと語っていた。在米7年で同カレッジの4年生の福田茜さんは「普通の大学と違ってクラスに弾力性がある」という。彼女はカレッジを卒業して、大学院は医学部への進学を希望している。ウエルズリー・カレッジの学生は「4年生になるけど専攻を変えようかと思案している」と語っていたが、こうした自由度が高いことも専門教育よりも学生の知的能力と興味を深めることを重視しているリベラルアーツ・カレッジならのことである。

卒業生の多くは大学院に進学

しかし、一般教育で終わるわけではない。多くのカレッジの卒業生は大学院に進み、専門的な知識を習得する。ボトムリー学長は「本校では卒業生の80%が大学院に進学している」と語る。広い視野と基礎力があるから、その成果も大きい。ウースター大学では、卒業生のうち博士号を取得している比率は14%に達している。リサーチ大学の卒業生の博士号取得比率は6%であるから、いかに多くの学生が大学院で成果を挙げているかがわかる。これもリベラルアーツ教育の成果の一つであるといえる。

さらにリベラルアーツ・カレッジには大規模な大学にない優れた特徴がある。まず大半のリベラルアーツ・カレッジは全寮制であることだ。その結果、「大学に優れたコミュニテーが成立する」(アンドリュー・シーネン・ウエルズリー・カレッジ学部長)。寮での生活に加え、教師と学生の間に緊密な関係が成立するのである。「教師がいつでも、どんな質問にも答えてくれる」(福田さん)。そうした教師と学生の密接なコミュニケーションを可能にしているのは、教師と学生の比率が「通常、教師一人に対して学生数は15名程度」(コーンウエル学長)と教師の数が多いからである。

ただリベラルアーツ・カレッジに悩みがないわけではない。学生の興味が広がり、それに見合うクラスを準備しなければならなくなっているからである。「クラスが増えれば、教師が必要になり、コストも増加する」(シーネン学部長)からである。また、どうしても非常勤の教師も増え、リベラルアーツ・カレッジのメリットが損なわれる懸念がある。こうした状況に対してウエルズリー・カレッジでは「ブラインダイス大学やMITと単位交換制度を導入し、対応している」(シーネン学部長)。ウエルズリー・カレッジとMITの間に1時間おきにシャトルバスが運行している。その結果、ウエルズリー・カレッジのキャンパスに男子学生の姿も見られるようになっている。

贅沢な教育を支える豊かな財政基盤

こうしたリベラルアーツ・カレッジの教育が再評価されている。現在、日本の大学同様、アメリカの大学も社会の変化、学生の興味の多様化に対応するために積極的にカリキュラム改革に取り組んでいる。そのポイントの一つは、コアの教養コースの取り扱いである。すなわち教養コースの重要性が再認識されつつある。言い換えれば、リベラルアーツ・カレッジの優れた点を有名リサーチ大学でも積極的に取り入れる動きがある。

ハーバード大学は学部の教師を大幅に増やし、一クラス14名以下のセミナー形式の授業を増やすとともに、学生が教養コースを選択できる余地を広げる改革を行なっている。アメリカのエンジニア大学を代表するMIT(マサチューセッツ工科大学)も、一般教養コースの充実を図るカリキュラム改革を行なっている。MITのカリキュラム改革に携わったチャールズ・スチュワート教授は「従来のMITの学生は専門コース重視で、社会に出て必要となるコミュニケーション力や表現力が欠ける面があった」と言う。そうした反省に立ち、古典などの人文科学を学部学生に積極的に教える方針を打ち出した。また、カリキュラム改革のもう一つの柱が、国際化である。海外の留学生を積極的に受け入れると同時に、アメリカ人学生に海外への留学を勧めている。ハーバード大学では、学部の学生の半分が海外で学ぶまでになっている。

多くの大学で「急激に変化する社会に対応するには専門的な知識だけでなく批判精神が必要」(ボトムリー学長)との認識が高まっているのである。それはまさにリベラルアーツ・カレッジが掲げてきた教育の理念そのものである。

アメリカの大学教育は日本の大学では想像もできないほど優れている。それは潤沢な資金力に裏付けられているから他ならない。日本で盛んに主張されているように、大学に“競争原理”を導入すれば教育の質が向上するというわけではない。ウエルズリー・カレッジは15億ドル以上の大学基金を運用している。ランキングで2位のアマースト・カレッジの大学基金の額は17億ドルである。ちなみに昨年のアマースト・カレッジの大学基金の運用利回りは約28%であった。こうした大学基金の運用益に加え、卒業生などからの潤沢な寄付も大きな収入源になっている。いずれのカレッジも、授業料が全収入に占める比率は極めて低い。それだけ大学やカレッジの教育の自由度は高いのである。

こうした潤沢な資金を背景に優秀な学生に対して潤沢な奨学金が与え、さらに教育の質を高めているのである。ウースター・カレッジで話を聞いた学生はいずれも授業料の半分程度の奨学金を得ていた。

MITのリチャード・サミュエルズ教授や何人かの教授に「自分の子供を大学に入学させるならリサーチ大学を勧めるか、リベラルアーツ・カレッジを勧めるか」と聞いたところ、返ってきた返事は一様に「リベラルアーツ・カレッジだ」であった。

ウエズリー・カレッジ学長・H・キム・ボトムリー

-学長は8月にイエール大学教授からウエルズリー大学学長に就任されたばかりですが、大学着任後の印象をお伺いできますか。

ボトムリー 私が驚いたのは、教師が教育に対して極めて献身的であるということです。学生は誰でも直接教師に語りかけることができ、教師も常に学生にチャレンジしているのが印象的でした。エール大学も優れた教育をしていますが、教授と学生の関係はそれほど密接ではありませんでした。

―リベラルアーツ・カレッジとは何か説明していただけますか。

ボトムリー リベラルアーツ・カレッジの特徴は、学生が非常に広範な学問を学ぶことができるところにあります。学生は自然科学、社会科学、人文科学などを学び、それを総合して複雑な現実の問題を理解することが期待されています。たとえば上級生になって古典を専攻する場合でも、最初の二年間は自然科学や社会科学などの他の基礎コースの履修が求められます。

―社会の大学に対する要請は変化しています。現実の世界ではすぐに役に立つ知識を求めています。教養の基盤を与えるというリベラルアーツ・カレッジも社会のニーズの変化に対応せざるを得ないのではないでしょうか。

ボトムリー それは間違いです。確かに技術は急激に変化しています。企業経営者は、実務的だが断片的な知識を持っている人を採用するのか、極めて創造的な発想ができ、自由に行動できる人材を採用するのか選択しなければなりません。私は、企業は自由で弾力的な発想ができる人材を雇うべきだと思います。なぜなら企業は長期的に変わっていくもで、そうした変化に対応できる人材こそが企業にとって必要なのです。ベラルアーツ・カレッジは、そうした要請に応える教育をしているのです。

-上級生になるまで専攻は決めないのですか。

ボトムリー そうです。学生は性急に専攻を決めたがります。しかし、私たちは十分な学問的な基礎を身に付ける前に専攻を決めないように学生に勧めています。多くの場合、三年生になる頃に専攻を決めます。私たちは新入生をテストし、どれだけの知識を持っているか判断します。それに基づいて教育プログラムを準備します。そうした過程を経て学生は高いレベルのコースに進むことができるのです。

卒業生の80%が大学院に進学

-有名大学との競争は激しくなっています。どのようにして優秀な学生を確保しているのですか。

ボトムリー 幸いなことにウエルズリー大学はアメリカでは高い評価を得ており、優れた学生を集めるのに苦労していません。私たちは優れた教育と訓練を行ない、優秀な卒業生を世の中に送り出してきた実績があるからです。それに加え高校にスタッフを派遣して本校の特徴を説明したり、卒業生が高校生に大学での経験を話したりしています。大学訪問で来た学生は、教育の内容だけでなく、美しいキャンパスや、優れた学生に好印象を持って帰ります。そうした努力の積み重ねを通して優れた学生を確保しています。

もう一つは、最高の教師を擁していることです。教師は教育に専心し、教室内外で積極的に学生に接しています。こうした教師の存在が本校を特別な大学にしているのです。また教師は教育だけでなく、積極的に研究を行うことも奨励されています。私は、良い授業をするには良い研究をすることが必要だと考えています。
 
-リベラルアーツ・カレッジの使命の一つに卒業生を大学院に送ることにあります。

ボトムリー ええ、そうです。卒業生の10年後の経歴を調べたところ、卒業生の80%が大学院や法律大学院、経営大学院に進学しています。私たちは、そうした教育をしてきたのです。

-学生の教師評価はどのように活用されていますか。

ボトムリー 私も教壇に立っていましたが、学生の評価に戸惑ったこともあります。悪い評価をするのは学生の本性なのでしょう。97名の学生が良い教師だと評価し、3名が良くない教師だと評価すれば、常識的に評価を判断できます。本校では教師評価を効率的に行なうために同僚による評価を導入しています。同僚の評価を通して教授法を改善することもできます。また教師の授業改善を支援するために学内にセンターが置いています。

―学生の成績はどのようにして付けるのですか。

ボトムリー 教師は非常に厳しく成績を付けることを求められています。学期末にどうして成績が厳しいのか、また甘いのかについて教師と議論します。そうした過程を経て検討が繰り返されます。なお成績の割り当ては行なっていません。

単位を取るだけが教育の目的ではない

-リベラルアーツ・カレッジの特徴の一つは新入生に対する優れたオリエンテーションがありますね。

ボトムリー 新入生に対して入学後一週間、オリエンテーションを行なっています。新入生には上級生のメンターが割り当てられ、メンターが公私にわたって新入生の面倒を見ます。寮にも学生グループが設置され、新入生を対象に様々な問題について議論が行なわれます。最初の授業で教師のアドバイザーが紹介され、一年のコース履修などの相談に乗ります。またキャンパス・ライフは単に授業に出席し、単位を取るだけでなく、様々なクラブ活動やコミュニティ活動への参加が奨励されます。こうしたオリエンテーションを通して新入生はお互いに知り合い、学園生活に馴染んでいきます。

-多くの大学がカリキュラム改革に取り組んでいます。

ボトムリー 私たちも常にカリキュラムの見直しを行なっています。大きな見直しは10年ごとに行なっています。この10年、国際化に対応し、様々な学際的な知識が必要になっています。学生がこうした変化に対応できるように私たちは教育プログラムの評価を行なっています。伝統的な“コア・カリキュラム”に加え新しい“学際的なカリキュラム”を導入しています。そうすることによってカリキュラム全体が活性化されています。

-財務状況はどうなっていますか。

ボトムリー 収入に占める授業料の比率はわずかです。現在、15億ドル大学基金を運用しています。また卒業生などから寄付もあります。そうした資金が新しいプログラムの導入や校舎の増改築に使われています。授業料は寮費・食費を含めて4万ドル越えますが、学生の約60%がなんらかの奨学金や資金援助を受けています。私たちは資金のない学生に対しても、こうした資金援助を通してウエルズリー大学に入学することができると訴えかけています。

ウースター・カレッジ学長・グラント・コーンウエル

―まずリベラルアーツ・カレッジとは何か説明していただけますか。

コーンウエル リベラルアーツト・カレッジは18世紀末から19世紀半ばにかけてアメリカで生まれた大学制度です。ウースター・カレッジは1866年に設立された典型的なリベラルアーツ・カレッジのひとつです。民主主義が機能するためには社会統治がどのように行われるかを理解できる市民が必要です。リベラルアーツ・カレッジの使命は、そうした民主主義の指導者を育てることにありました。指導者を育てるためには狭い学問の範囲を越えた広い見識と視野が必要となります。社会の変化に対応し、様々な問題を解決できるような指導者を育てるというのが、当初からの使命です。

したがってリベラルアーツ・カレッジのカリキュラムは、人文科学、社会科学、自然科学、数学、芸術といったコアのコースを強調するように構築されています。現在もこうしたコア・コースがリベラルアーツ・カレッジのカリキュラムの基礎になっています。多くの指導者はカレッジ卒業後、大学院に進学して専門的な学問を身に付けています。

教師と学生の比率が極めて低いのが特徴

―リベラルアーツ・カレッジの授業料は高額ですね。

コーンウエル 授業料は4万ドルから5万ドルです。なぜ授業料が高額かというと、教師と学生の比率が極めて低いからです。学生6名に対して教師1人という大学もあります。通常、教師1人当たり学生数15名程度です。教師の数が多いのは、リベラルアーツ・カレッジの教育は講義を中心としたものではないからです。その目的は単に学生に知識を伝達することではなく、問題解決のスキルを教え、批判的な精神を持った指導者を育てることにあり、数百名という大規模のクラスでは、そうした教育は行なえません。教育費はかかりますが、学生の教育という面では大きな成果を挙げています。

-ウースター・カレッジではどのような教育を行なっているのですか。

コーンウエル 3年生から4年生にかけて学生は教師の指導にもとで“シニア・リサーチ・プロジェクト”を行ないます。また自然科学専攻の学生全員に実験室に自分で実験を行なえるように個人スペースが与えられます。芸術専攻の学生には制作スタジオが与えられます。社会科学、人文科学専攻の学生にも同様な便宜が図られます。

-ハーバード大学やイエール大学など著名な大学でも一般教養のクラスはありますが、どこが違うのですか。

コーンウエル そうした大きな大学はリ“サーチ大学(研究大学)”と呼ばれ、教授は長期的な研究プロジェクトに取り組み、学部学生よりも大学院学生の教育に力を注いでいます。もう一つの違いは、リベラルアーツ・カレッジでは専門的な教師が学生を教えているのに対し、リサーチ大学では大学院生のアシスタントが教えているケースが多いことです。もし自分の子供がリベラルアーツ・カレッジの名門スミス・カレッジとハーバード大学のいずれかを選べるとすれば、私は躊躇なくスミス・カレッジに子供を入学させます。教育という観点ではリベラルアーツ・カレッジのほうがはるかに優れているからです。

―リベラルアーツ・カレッジで学ぶ学生の数は増えているのですか、減っているのですか。

コーンウエル 安定した数で推移しています。多くのリベラルアーツ・カレッジは規模の拡大を行なっていないからです。また小規模なのがリベラルアーツ・カレッジの特徴でもあります。リベラルアーツ・カレッジの学生数は2000名前後です。

―ウースター・カレッジのカリキュラムの最大の特徴は何ですか。

コーンウエル 全学生が社会学や生物学などの入門コースを取らなければなりません。授業は少数の学生を対象にセミナー方式で行なわれます。これがカリキュラムの基礎です。2年生の後期まで専攻を決めることはできません。全ての基礎コースと履修してから、興味ある分野の勉強を始めます。3年生になるとそれぞれ教師が付いて“インデペンデント・スタディ”を始めます。これは教師と学生が一対一で勉強するもので、費用もかかり、教師の負担も大きいです。4年生になると卒業論文に取り組みます。

―3年になって専門コースの勉強を始まるわけですが、それで時間は足りますか。

コーンウエル もともと4年間で複雑な学問の全てをマスターすることはできません。リベラルアーツ・カレッジの教育は、考え方や基本的な研究手法を教えることです。基礎的な勉強をすることで将来も勉強を続けることができるようになります。社会は急激に変化しており、そうした基本的な能力を高めることが重要なのです。

潤沢な奨学金で優秀な学生を確保

-著名大学と優れた学生を巡って競争があります。どのようにして優秀な学生を獲得するのですか。

コーンウエル 優秀な学生を巡って競争が激しくなっているのは事実です。しかし、リベラルアーツ・カレッジは基本的には大規模な大学とは競合しないのです。成績の良い学生は評価の高いリベラルアーツ・カレッジに進学しています。最も優秀な学生はウイリアムズ・カレッジに進学するでしょうが、ウースター・カレッジでは奨学金を出すことで資金的にウイリアムズ・カレッジに進学できない優秀な学生を確保し、それぞれが共存しています。

―どれくらいの学生が奨学金を貰っているのですか。

コーンウエル 学生の約85%がなんらかの奨学金や資金奨学金を受けています。またウースター・カレッジには教師の研究を支援するプログラムもあります。たとえば5年間授業をすると研究のための有給休暇を取ることができます。3年教えると1学期間クラス担当を免除される制度もあります。こうした制度によって教師の研究活動を支援しているのです。研究をしている教師にとって、最も貴重なのは時間です。

―ウースター・カレッジでは学生の成績はどうつけているのですか。

コーンウエル 学生の質を高い水準に維持しなければなりません。しかし成績は学生に勉強のインセンティブを与える一つの手段に過ぎません。成績評価の具体的なルールはありませんが、最高の成績は最高の成果にのみ与えられるという暗黙の了解があります。それとグレードごとの割当もありません。極端な場合、全員が“D”になることもあります。

―リベラルアーツ・カレッジの将来性はどうなるのでしょうか。

コーンウエル 基本的に使命は変わらないと思います。ただ世界は変わっています。知識も変わっています。それに応じて教育の目標も変わってきます。50年前には重要でなかった技術的な習得も必要となっています。しかし基本的な使命は変わっていません。

ただ、国際化に対応しなければならないでしょう。既にそうした傾向は見られ、ウースター・カレッジでも異なった文化的背景を持つ人々を受け入れています。使命は変わらないが、時代の流れに対応する必要はあります。留学生も従来は少なかったのですが、現在は8%程度になっています。将来は10%程度にできればと思っています。

5件のコメント »

  1. 大変興味深いエントリをありがとうございました。細かい指摘をさせてください。引用されている「リベラルアーツ・カレッジのランキング」は、正しくは、カールトン・カレッジとミドルベリー・カレッジを同点5位に、またポモナ・カレッジとボウディン・カレッジ同点7位にしているはずです。なお、Pomonaは「ポ」モナ、またBowdoinはボウディンの表記が原語に近いと思われます。

    (参考URL)
    http://colleges.usnews.rankingsandreviews.com/usnews/edu/college/rankings/brief/t1libartco_brief.php
    http://www.bowdoin.edu/about/history/name.shtml

    コメント by hmmm — 2007年10月31日 @ 01:14

  2. シンプルですが「大学の先生は学生に宿題を出すべき」というのは如何でしょう。日本の大概の大学生は1年目にして如何に自分が暇かを知らされるとか。勿論、勉強とは自主的にすべきことでしょうけれど、通信教育しかりで、それが相当困難なことを私たち大人は知っています。宿題によって強制的に本を読まさせられる、強制的に勉強させられる…ことは、大学生活の充実に繋がるのではないでしょうか。宿題によって先生も忙しくなることは必至ですが、そのお立場の方が楽をしてはいけないと思います。アメリカの先生よりも学生よりもラクをしているのが日本の現実かと。

    コメント by しょう — 2007年12月9日 @ 19:52

  3. アメリカの名門Liberal Arts College進学を提唱している者です。ハンドル名はexodusと申します。未だにHarvard、Yale、Princeton、Stanford、UCLA、UC-Berkeleyという名前に拘泥する風潮は根強く、なかなかLACに目が向きません。その為、多くの日本人がチャンスを失っていると思われます。
    そこで、私は、LAC進学には何が必要なのか?といったハンドブックも作成しました。もし、可能であれば、そのハンドブックの監修をお願いいたしたいと希望しております。ご検討賜われば幸甚でございます。原稿はご指定の方法でお送り申し上げます。

    コメント by exodus — 2007年12月18日 @ 12:41

  4. [...] This post was mentioned on Twitter by TOMITA Makoto and katsuhiko, 山内太地. 山内太地 said: 米国ルポ:アメリカの大学から何を学ぶべきかーリベラルアーツ・カレッジの使命と実態 http://www.redcruise.com/nak [...]

    ピンバック by Tweets that mention 中岡望の目からウロコのアメリカ » 米国ルポ:アメリカの大学から何を学ぶべきかーリベラルアーツ・カレッジの使命と実態 -- Topsy.com — 2011年2月21日 @ 10:12

  5. はじめまして。本日、BostonのSmithCollegeより娘に合格通知メールが届きました。母娘で大喜びしていますが私にはよく解りません。LACの女子大としては有名なようですが、どんなもんなんでしょうか? さておき昨今、日本人の留学離れが顕著で寂しい限りですね。 将来、うちの子が世界と日本の架け橋として役に立ってくれればと願っています。何かユースフルな情報等ありましたらお教えください。また、これからLACに留学を希望する方には、on timeな情報をご提供します。

    コメント by hit16 — 2012年3月24日 @ 18:35

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=227

コメントはお気軽にどうぞ