中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/12/1 土曜日

アメリカ外交を検討する(1)自壊するアメリカの”一国覇権主義”

Filed under: - nakaoka @ 14:58

相変わらず多忙な日々が続いています。ブログをアップする回数も随分減ってしまいました。なんとアップする回数を増やせればと考えています。先日、あるアメリカの学者と赤坂見附で昼食を一緒にしました。そのとき、彼の言った言葉が強く印象に残っています。アメリカの外交に関して、ブッシュ政権の高官がインタビューで語った言葉だということです。インタビューで「アメリカは世界の現実(reality)にどう対応するのか」と質問されたとき、高官はやや当惑した顔をして、「アメリカが世界の現実を作るのだ」と答えたそうです。これはアメリカ外交の一面を実に見事に表現しています。ベルリンの壁の崩壊、湾岸戦争での圧倒的勝利、90年代の経済的繁栄の中でアメリカの“一国主義的覇権”が確立しました。それが連続テロ事件以降、妙な方向に進み、イラク戦争で頓挫しました。そうした状況を踏まえ、『週刊エコノミスト』(11月27日号)に「凋落する“一国覇権主義”の米国」と題する記事を寄稿しました。その原稿をアップします。

自壊するアメリカの外交政策

1990年代は湾岸戦争の勝利に象徴される圧倒的な軍事的優位の確立、ベルリンの壁の崩壊に始まるソビエト体制の解体による資本主義の勝利、そしてIT革命を原動力に始まったアメリカ経済の一人勝ちという状況の中で“アメリカ新帝国主義論”が語られた。

圧倒的な軍事的、経済的な力を背景に2001年9月11日の連続テロ事件を契機に“テロとの戦争”が始まった。先制攻撃を柱とする“ブッシュ・ドクトリン”が軍事外交政策の柱となり、03年のイラク侵攻によるサダムフセイン政権の瓦解で、アメリカは世界で唯一の覇権国家としての地位を確かなものにしたかに見えた。そうした覇権主義を支えたのが、世界をアメリカ型民主主義に作りかえると主張するネオコンと呼ばれる一群の保守的な思想家や政治家であった。

しかし、イラクの民主国家建設というネオコンの野望はもろくも崩れ、イラク政策の失敗とともに脆くも覇権国家アメリカの基盤も揺るぎ始めた。今や誰の目からみても、アメリカの凋落は明らかである。ロシア、中国が自信喪失を克服し、国際政治で発言力を強めつつある。同盟国の欧州諸国でも“反アメリカ主義”が台頭しつつある。民主党の大統領予備選挙に立候補しているバラク・オバマ上院議員は今年の4月にシカゴの国際問題カウンセルで行なった演説の中で「世界中の国がアメリカの行動に失望している。一部の人はもはやアメリカの時代は終わったと言っている」と、世界の中でアメリカの地位が大きく低下していることを認めている。

第二次ブッシュ政権は、大きく外交政策の舵を切り替え、アメリカの覇権主義を支えたネオコンが去っていった。イラク問題の解決の道が見出せないものの、ライス補佐官が国務長官に就任し、ブッシュ政権の外交政策は共和党主流派の現実主義的外交政策が回帰したかに見えた。

しかし、今年の9月以降、再びブッシュ政権の外交政策は大きく揺れ始めた。まずブッシュ政権は国連安全保障理事会でのイラク制裁決議が成立しそうにないことから、9月に単独でイラン制裁を発動したのである。それは、ライス国務長官のもとに取られていた多国主義路線と決別する意味合いがあった。

イラン制裁を発表した後の10月17日、ブッシュ大統領は記者会見の席で「第3次世界大戦を阻止したいと思うのなら、イランが核兵器開発に必要な情報を入手するのを阻止しなければならない」と発言した。“第3次世界大戦”という表現は、ブッシュ政権がイランを爆撃する意図を持っていると解釈された。それか4日後、チェイニー副大統領も同種の発言を行なっている。大統領と副大統領がほぼ同じ時期にイラン攻撃を示唆する発言を行なったため、ブッシュ政権は09年1月の任期が終わるまでに“最後の賭け”に出るかもしれないとの推測が一気に広がった。

バーンズ国務次官は「強力な外交政策を実施するという意味に過ぎない」と沈静化を図ったが、ブッシュ政権の中で何らかの外交政策の変更があったと見るほうが妥当だろう。現在、ブッシュ政権の外交政策はチェイニー副大統領と副大統領オフィスのスタッフに集中しているといわれる。同オフィスのスタッフはネオコンが主体で、再び一国主義的な政策に傾斜し始めたのかもしれない。事実、ブッシュ大統領の“第3次世界大戦”発言は、イランではアメリカが再び“体制転換”を求め始めていると受け取られた。

こうしたネオコンの影響力の回復は、大統領選挙の中にも見られる。ネオコンを代表する評論家のノーマン・ポドホレッツは近著『第4次世界大戦』を出版、イスラム国家は“イスラモファシズム”に基づいて世界を作り変えようとしており、それに対抗すべきだと説いている。彼が一評論家としへ議論を展開するのは問題ないが、彼は共和党大統領候補のフロントランナーであるジュリアーニ元ニューヨーク市長の外交顧問でもある。また比較的リベラルと見られる候補者ロムニー前マサチューセッツ州知事も選挙広告のなかで“イスラモファシズム”との戦いを訴えている。ネオコン思想の復活を一笑に付すわけには行かないのである。

ただ、10月30日に行なわれた民主党の公開討論会では、クリントン上院議員、オバマ上院議員、エドワーズ前上院議員など、いずれも“先制攻撃”に反対し、国際機関と協力する戸発言している。共和党と民主党の外交政策に大きな違いが見られる。いずれにせよ、ブッシュ政権が大きな賭けに出ようとしているのは事実である。

失いつつある外交の正当性

さらにアメリカ外交の本質を試される事件が起きた。パキスタンのムシャラフ大統領が戒厳令は発表し、憲法を停止したのである。その決定が発表されるライス国務長官はムシャラフ大統領に電話し、直接、思いとどまるように説得を試みている。しかし、同大統領はその要請を無視し、戒厳令を敷いたのである。“テロとの戦い”という大義名分のもとにブッシュ政権は独裁者であるムシャラク大統領を支持してきた。

連続テロ事件後、アメリカはパキスタンに110億ドルの援助を提供している。その大半は軍事援助である。独裁国家の民主化を求めるアメリカの外交政策は、パキスタンでは大きく頓挫することになる。しかし、ライス国務長官は「アルカイダとの戦うパキスタンを麻痺させるような政策は取らない」と、ムシャラフ大統領の独裁制を傍観する姿勢を取っている。ミャンマーの軍事政権に対しては間髪いれずに制裁措置を発表したのとは大違いである。確かに両国の戦略的な位置づけは大きく違う。

しかし、そうした政策の一貫性の欠如によってアメリカ外交の正当性が損なわれることは間違いない。ネオコンの民主主義の普及の主張も虚しく響く。いかなる覇権国家も、それを支える正当性がなければ影響力を持続することはできないだろう。

台頭するロシアと中国

アメリカ欧州やロシア、中国に対してイラン制裁に加わるように要請した。欧州は国によって対応に差があったが、ロシアと中国は外交政策で解決すべきであるとの立場から、アメリカの要請を拒否した。

しかし、ロシアと中国の拒否の背景には、新しい大国としてのロシアと中国の自信の回復があった。07年4月に発表されたロシアの外交文書の中で「一国主義の世界の神話は崩れた。強力で自信に満ちたロシアは世界の変革を行なう一部となった」と書かれている。これは、アメリカの一国主義に基づく覇権国家の崩壊を宣言したに等しい。

共産主義体制の崩壊で自信を失っていたロシアと中国は急激な経済成長を背景に確実に自信を回復しつつある。中国の外貨準備は1兆3000億ドル、ロシアは3000億ドルを越えるまでになっている。欧州諸国はロシアの原油供給なしでは経済が成り立たない状況になっている。そうした経済力の裏づけと、アメリカ型資本主義とは違う独自の体制で経済成長を遂げつつあることに対するプライドの回復もある。

ロシアと中国は急激に接近しつつある。上海協力機構が、大きな協力の基盤となりつつある。ロシア、中国に加え旧ソビエトのウズベキスタンなど6カ国で構成され、オブザーバーとしてインド、パキスタン、モンゴルなどが加わっている。アメリカはオブザーバーとして参加を求めたが拒否されている。今年の8月に初めて反テロを口実に共同軍事演習を行なっている。

中国の台頭は著しい。軍事予算はアメリカの4590億ドルに対してわずか450億ドルに過ぎないが、着実に軍事的な地歩を固めている。中国と同様に、アメリカの軍事予算も急激に増加している。連続テロ事件以前はGDPの3・5%であったものが、現在では4・4%にまで増加しており、現在の軍事的優位性を維持するためには、その比率は5%を上回るといわれている。アメリカは、この負担に耐えられないだろう。オーバーリーチした覇権国家は崩壊するというのは、ポール・ケネディの『大国の興亡』で指摘されているところである。

経済面でも中国企業の躍進は目覚しく、例えば石油会社ペトロチャイナの株式の時価総額はエクソン・モービルを抜き、時価総額上位10社のうち中国企業は3社を閉めている。こうした経済力を背景にアフリカ、南米に対する積極的な資源外交を展開している。しかし、南米では反アメリカ主義が、北米と南米を包括した共同市場を作ろうとしているアメリカの野心を挫いている。

明らかに現在の世界は90年代とは違っている。覇権国家アメリカの相対的な地位の低下が着実に進行しているのである。

1件のコメント »

  1. >しかし、今年の9月以降、再びブッシュ政権の外交政策は大きく揺れ始めた。まずブッシュ政権は国連安全保障理事会でのイラク制裁決議が成立しそうにないことから、9月に単独でイラク制裁を発動したのである。

    イラン制裁、ではないかと。

    コメント by uddy — 2007年12月3日 @ 13:35

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=228

コメントはお気軽にどうぞ