中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/12/28 金曜日

米大統領予備選挙の最新分析:混迷するアイオワ州とニューハンプシャー州の情勢

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大統領予備選挙も直前に迫ってきました。1月3日にアイオワ州、8日にニューハンプシャー州、15日にミシガン州と続き、29日に大きな州のフロリダ州で投票が行なわれます。2月5日に22州で一斉に行われる予備選挙で民主党と共和党の大統領候補がほぼ決まります。2008年8月に開催される両党の全国大会で指名され、正式な党の大統領候補になります。一時、民主党はヒラリー・クリントン上院議員、共和党はジュリアーニ元ニューヨーク市長でほぼ決まりかといわれていましたが、直前になって状況が大きく変わっています。最新の世論調査(Fox New、12月19日実施)では、民主党ではクリントン上院議員が49%、オバマ上院議員が20%、エドワーズ元上院議員が10%です。共和党はジュリアーニ元市長が20%、ハッカビー元アーカンソー知事が19%、マケイン上院議員が19%になっています。ただ、アイオワ州では、民主党はオバマ議員が30%、クリントン議員が29%、共和党ではハッカビー元知事が29%、ロムニー元マサチューセッツ知事が27%になっています。なお、本記事は12月6日に『時事トップコンフィデンシャル』に執筆したものです。

“アイオワ・ショック”が直撃

民主党と共和党の予備選挙に向けての選挙活動が最終段階を迎えている。最初に行なわれるアイオワ州の党員大会は1月3日に開かれる。続いて5日にワイオミング州、8日にニューハンプシャー州、15日にミシガン州と続き、29日にフロリダ州を経て、2月5日に22州で一斉に予備選挙が行なわれる“スーパー・チューズデー”でクライマックスに達する。ここで勝利を収めた候補者が、8月に開かれる全国大会で正式に党の大統領候補に指名されることになる。共和党はジュリアーニ元ニューヨーク市長、民主党はクリントン上院議員が順当に大統領候補に指名されるとみられてきた。だが状況は急変している。両候補は世論調査では依然としてリードしているものの、11月以降、支持率が急速に低下している。両候補にとって予断を許さない展開になっている。

世論調査では民主党ではクリントンが圧倒的にリードしている。主要な6つの世論調査ではクリントンは2位のオバマを10ポイントから24ポイントもリードしている。その差は平均で17ポイントである。しかし10月の調査で差が15ポイントあったことからすれば、オバマの追い上げは急である。

共和党でも6つの世論調査のうち5つの調査でジュリアーニがリードしている。ただラスムーセンの調査で初めてハッカビー元アーカンソー知事が20%を獲得し、ジュリアーニに3ポイントの差をつけてトップに立っている。またハッカビーは2つの調査でロムニー元マサチューセッツ知事を引き離し2位に付けている。クリントン同様、一時40%近い支持を得ていたジュリアーニの支持率の低下も顕著になっている。

全国調査でクリントンとジュリアーニの支持率の低下傾向が見られるようになっているところにアイオワ州の地元紙デス・モネス・レジスター紙が行なったアイオワ州の世論調査の結果が発表され、クリントン陣営とジュリアーニ陣営に激震が走った。民主党ではオバマの支持率が28%で、クリントンの支持率25%を抜いたのである。エドワーズ元上院議員の支持率も23%と上位二人に肉薄している。さらに追い討ちをかけたのがアメリカン・リサーチ・グループの調査でもオバマの支持率が27%、クリントンが25%、エドワーズが23%という結果がでた。ABCとワシントンポスト紙が共同で行った調査でも、オバマの支持率は30%に達し、クリントンの支持率は26%と低迷している。

クリントンが強いといわれるニューハンプシャー州でもサフォール大学の調査ではクリントンの支持率は34%、オバマの支持率は22%となったが、6月の調査と比べるとその差は12ポイントも縮まっている。同大学のデビッド・パレオロゴス教授は「この数週間でオバマがさらに6ポイント支持率を伸ばせば、その差は誤差の範囲内にはいる」と、オバマ勝利の可能性を示唆している。

クリントンの独走状況に対してオバマとエドワーズは公然とクリントンに個人的攻撃を仕掛けていた。両候補にとってクリントンを批判する以外に劣勢を挽回する道はなかった。クリントンはこうした個人批判に対して超然たる態度を取り、公開討論会でもあたかも既に大統領候補であるかのような対応をとってきた。だが、支持率の低下でそうした余裕もなくなりつつあり、オバマに個人的な攻撃を加えると宣言したのである。クリントンは「この何ヶ月、私は共和党を攻撃し、アメリカの問題を攻撃してきた。しかし私は(民主党の他の候補から)執拗な攻撃を受けてきた。予備選挙の前の最後の一ヶ月に面白いことが始まる」と、公然とオバマ攻撃を宣言したのである。これに対してオバマは「大統領選挙は楽しみのために人々を攻撃するものではない」と即座に反論している。これから両候補の間で泥仕合の様相を呈する可能性もある。

では、なぜクリントンは急速に支持率の低下に見舞われたのであろうか。その最大の理由は、10月31日にフィラデルフィアで行なわれた公開討論会で不法移民に対する自動車免許発給に関する問題で初めて劣勢に立たされたことが響いている。その結果、クリントンが持っていた“オーラ”が消えてしまった。クリントンが曖昧な答えに終始したことで、オバマがクリントンの「信頼性」に疑問を呈したのである。メディアは一斉に公開討論会でのクリントンの敗北を報じた。11月にラスベガスで行なわれた公開討論会では一転してクリントンが攻勢に出て、フィラデルフィアの失地を回復したかに見えた。しかし、一旦、“弱いクリントン”を国民の前に見せてしまったダメージは予想以上に大きかった。それ以降、支持率の低下は顕著になっている。

ハッカビー急浮上の背景

共和党も“アイオワ・ショック”に見舞われた。アイオワ州で圧倒的にリードしていたロムニーがハッカビーに抜かれたのである。デス・モネス・レジスター紙の調査では、ハッカビーの支持率は29%と、10月の調査の17%から大きく伸び、ロムニーの24%、ジュリアーニの13%に差をつけた。またラスムーセンの調査でも、ハッカビーの支持率は28%と、ロムニーの25%を上回った。ニューヨーク・タイムズ紙は「ハッカビーはアイオワ州などいくつかの世論調査で強さを示し、舞台裏から一気に主役に躍り出た」と書いている。

ただアイオワ州で急速に支持率を上げているハッカビーだが、全国的な知名度は高くはない。なぜハッカビーが急浮上したのだろうか。

共和党の支持基盤であるエバンジェリカルと呼ばれる宗教的保守派は、彼らの立場を代表する候補者がいないことに不満を募らせていた。一部の指導者は第三党を結成して、自分たちの意見を代弁する候補者を送り込もうとする動きもあった。エバンジェリカルはモルモン教徒のロムニーを忌避している。エバンジェリカル票をまとめると期待されていた保守派のトンプソン元上院議員は、支持率を伸せばないでいた。そうした状況の中で元バプティストの牧師であるハッカビーが登場したのである。エバンジェリカルは、ハッカビーの元に終結しつつあるのかもしれない。
 
ただ、それだけではハッカビーの急浮上を説明するには説得力に欠ける。何が新しい状況を作り出したのであろうか。ハッカビーは11月29日フロリダ州で行われた公開討論会で存在感を示し、一気に有力候補者として認知されたのである。アメリカのメディアはハッカビーを「人当たりが良く、庶民的なスタイルで、シャープな心を持ち、冗談が言え、聡明で、直截である」(デイリー・ニュース紙)と最大級の賞賛の言葉を送っている。

公開討論会ではジュリアーニとロムニーが激しく個人攻撃を展開した。討論会の最初の30分は移民問題に集中した。ジュリアーニは、ロムニーは「違法移民を雇って私邸の工事をしていた」と批判の口火を切った。ロムニーは「変なアクセントをしているからといって書類を見せろとはいえない」と反論。さらに「ニューヨークは移民のサンクチャリティ(聖域)になっており、違法移民に教育や医療補助を行っている」とジュリアーニを批判した。両者のやり取りはきわめて感情的なものであった。それは大人気ないという印象を与えた。ロムニーはハッカビーにも矛先を向け、「アーカンソー州では不法移民の子供に不当な奨学金を与えている」と批判した。これに対してハッカビーは「違法移民の子であっても教育を受ける権利がある」と正論を展開して、ロムニーの批判を切り返した。
 
討論会では宗教や倫理問題の質問も出た。ロムニーは、以前、「中絶を安全であり合法的だ」と発言をしたことを「間違いであった」と釈明する場面もあり、選挙に勝つために主張を変える日和見主義的な印象を与えた。ジュリアーニに対して聖書に関する質問が出て、彼が言いよどんでいるとき、ハッカビーが「私が代わりに答えてあげよう」と揶揄する場面も見られた。ハッカビーは「イエスは死刑を支持しているのか」とさらに質問されると「イエスは賢明な人物だから公職に立候補することはないだろう」とユーモアでかわした。ボストン・グローブ紙は「討論ネガティブなものだった」と評していた。それまでの共和党の公開討論会ではヒラリー批判に集中したが、今回はお互いの足を引っ張り合う場面が見られた。そのなかでハッカビーの“大人の対応”が高い評価を得たのである。

共和党で誰が最後に笑うのか

共和党の強さはレーガン大統領が中絶反対や同性愛を否定するエバンジェリカルや社会的保守主義者と、減税や小さな政府を主張するリバタリアン(自由主義者)をまとめあげ、支持基盤を確立したことにあった。しかし、現在はそうした保守連合は形成されていない。ジュリアーニとロムニーが2つのグループの支持をまとめきれないでいるからである。今回の大統領選挙では「共和党は分裂し、結果がまったく予想できない」(ウォール・ストリート・ジャーナル紙)状況である。

ジュリアーニは保守基盤に訴えかける戦略ではなく、むしろ民主党の中の保守的な層を取り込む戦略を取っている。彼が重視する選挙区は保守的な南部諸州ではなく、民主党の地盤であるニューヨーク州やニュージャージー州などの東部諸州である。それが結果的に支持基盤を広げることになるのか、あるいは狭くしてしまうことになるのか、大きな賭けである。保守層が離反すれば、大統領選挙で苦戦を強いられることになるだろう。

ジュリアーニがそうした立場を堅持するのは、国民の関心が倫理的な問題から安全保障の問題にシフトしているという判断があるからだ。中絶や同性愛問題で保守派に妥協するよりも安全保障問題を訴えることで民主党の地盤に食い込もうというのが、彼の選択である。従来、各州の党派別の色分けは明確で、選挙の結果を決するのは選挙ごとに支持政党が変わる“スイング・ステート”をいわれる州の投票結果である。コネチカット州やイリノイ州、ペンシルバニア州などで勝利するかどうかが選挙結果を決めると見ているのである。80年以来、共和党が勝利したことのないカリフォルニア州やニュージャージー州でジュリアーニが支持を増やしているのも、彼の戦略が成功しているからといえるかもしれない。

ジュリアーニの選挙戦略は、アイオワ州、ニューハンプシャー州で上位に付け、1月29日に行なわれるフロリダ州まで持ちこたえることである。フロリダ州はジュリアーニ支持者が多く、そこでの勝利をスプリングボードにして最大の地盤であるニューヨーク州、ニュージャージー州、コネチカット州で勝利を獲得すれば、共和党の大統領候補指名が見えてくると踏んでいる。
 
ロムニーもアイオワ州とニューハンプシャー州で勝利し、“スーパー・チーズデー”まで持ち込めば勝機があると踏んでいたが、ハッカビーの浮上で状況は厳しいものになっている。そんななかロムニーは賭けに打って出た。12月6日、ロムニーはテキサス州のジョージ・ブッシュ大統領図書館で自らの宗教に関する所信を表明したのである。カトリック教徒であったケネディ大統領は60年に「カトリック教の指導者の影響を受けることはない」と語って、プロテスタントの警戒感を解いたことがある。現在、多くのエバジェリカルはロムニーに懐疑の念を抱いている。今回の所信表明でエバンジェリカルの支持を獲得できるかどうか不明だが、ハッカビーの猛追をかわすためには避けられない選択であった。

クリントンの弱点

民主党の場合、「クリントンがアイオワ州で勝ち、その勢いでニューハンプシャー州で勝利すれば、指名を確実にする」(ニューヨーク・タイムズ紙)というのが一般的な予想である。ただ、選挙の帰趨は意外なことで変わるものである。まだクリントンに“当確”を出すのは早すぎる。

クリントンには大きなアキレス腱がある。それは熱狂的なクリントン支持者が存在するのと同じくらい、“クリントン嫌い”がいることだ。直近のNBCとウォール・ストリート・ジャーナル紙の共同調査では、クリントンに好感を持っている率は47%、好ましくないと思っている率は44%に達している。オバマを好ましいと感じている率は43%とクリントンと同じだが、好ましくないと感じている率は24%に過ぎない。

“クリントン以外なら誰でもいい”と主張するクリントン嫌いが多い。ブッシュを大統領に当選させた元次席補佐官のカール・ローブはクリントンの能力を高く評価しながらも、「今までの選挙のなかでクリントンほどネガティブな受け止め方をされている候補者はいなかった」と指摘している。ニューヨーク・タイムズ・マガジンも「女性が大統領になれるかどうかが問題ではなく、クリントンが大統領になるかどうかが問題だ」と指摘しているように、彼女の強烈な個性が最終的に有権者に受け入れられるかどうかが問題といえるよ。

では、もしクリントンとジュリアーニが大統領候補に指名された場合、どちらが有利なのだろうか。世論調査によればクリントンがジュリアーニをリードしている。ただ、その差は1ポイントから6ポイントと誤差の範囲内で、激しい接戦になると予想される。ではジュリアーニとオバマではどうであろうか。4つの調査のうち3つの調査でオバマがジュリアーニをリードし、1つで同率となっている。ジュリアーニが大統領候補になった場合、オバマのほうが勝つ確率は高いのである。

民主党にとって悩ましい状況である。現在、党内の支持ではなく、“エレクタビリティ”すなわち大統領として当選する確率があるかどうかが候補者選びのポイントになってきている。大統領を奪い返したい民主党にとって、大統領選挙でクリントンが勝てるのか、オバマが勝てるのか判断しなければならなくなっている。アイオワ州の党員集会までもう時間は残されていない。年明けに意外な結果がでてくる可能性は否定できないのである。大統領予備選挙は例のないほど混迷の色を濃くしているのは間違いない。(敬称略)

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